俺だよ俺! 誰!?
「おはようお前ら!」
芯のある美声が広間に響き渡る。
ようやく起きたシェリーさんが二階から降りてきた。パジャマ姿なのか寝る前とは格好が違う。
シェリーさんのパジャマ姿もまた露出多いな……。この人たちは露出しないと寝れないのだろうか?
「シェリーちゃん、もうお昼よぉ」
「なに!?」
そう、もうお昼だ。
既に朝ごはんを食べ、片付けをして、俺の部屋ができあがっている。後は細かい家具を置くだけだ。
そしてまさに今、お昼ごはんの前にシェリーさんを起こしに行くかどうか話し合っていたところだ。
「なんで……誰も起こしにこない!?」
「「「「……」」」」
シェリーさん以外の女性陣の視線が俺に集まる。いや、一人だけ一部を見てるな……。
「……ダッツが起こしに行かないから」
「だよなぁ。さっさとダッツが行かないから」
「そうねぇ……。はやくダッツくんがイかないからぁ」
おい、一人違うぞ。俺の一部を見るんじゃないよ。
「わたしは起こしに来てくれたのにね」
「……なに? おい豚野郎。どうしてアリアは起こして、私のことは起こしにこない……?」
だって、部屋にナニ置いてるか分からないじゃん……。調教グッズとか置いてそうなんだもん……。
「……ほら、勝手に寝顔とか見られたら嫌かなって」
「むぅ……確かに。自分がどういう寝顔か分からないからな……万が一だが、変な顔をしている可能性もある」
「あれ、わたしの寝顔は……? 勝手に見られたんだけど、ねぇ……?」
スルーだ。ここはスルーしかない。
決して目を合わせてはいけない、アリアさんのその疑問に対する答えは持ち合わせていない。
「雌豚の寝顔など、どうでもいい! 部屋は、片付けはどうした?」
「……とっくに終わった」
「ならば買い出しは?」
「昼メシ食ってからだなぁ」
「ならばちょうどいい! 食べに行くぞ!」
「いいわねぇ、みんなナニ食べたい?」
ニーナさん、なんで俺の一部を見ながら言うの?
「じゃあ、わたしあの店の――」
「豚が意見をするな! 私が決める!」
「はいぃぃ……!」
当たりが厳しいなぁ……。この二人、仲が良いぶん遠慮とかしないらしい。いや、シェリーさんは俺に対しても遠慮ないな。
「……どうせアリアは激辛の店しか言わない」
あぁ、そういうことね。シェリーさん辛いの苦手だったな。
「私が決めようと思った、が! 仕方ないからダッツに譲ろう」
さてはなにも浮かばなかったな……?
「そうだな、ダッツが普段食ってるモンは気になるなぁ」
「そうですか? じゃあ、俺が通ってる定食屋さんとかどうです?」
「……良いと思う」
「よし、ならばソコだ! 着替えてくる!」
シェリーさんはそう言って走り去っていった。なんだろう、本当にSランク冒険者なのか疑わしいぐらいに子供みたいな人だな。
「じゃあ、すぐに外出できるようにしておきましょうか」
「今着替えに行ったし、まだ大丈夫なんじゃ?」
「……シェリーはお出かけの時だけ準備が異常に速い」
本当に子供だな……。
「それでも女性なんですよ? さすがに――」
「よし! 出かけるぞお前ら!」
噓でしょ……?
場所を移してここは俺の馴染みの定食屋。
いつも寡黙な店主の調理音と、客として来ている男性冒険者たちの会話で騒がしい店内。
なのだが……。
「……」
「あら? どうしたのダッツくん、顔色が悪いわぁ」
「……大丈夫?」
うん、大丈夫じゃないかも……。
きちんと考えてなかった。こんな男臭い定食屋に五人もの美女と美少女を引き連れてきたら……どうなるのかを。
その中に男一人混じっている俺に、どんな視線が送られるのかを……!
「見て、シェリー! これ美味しそうじゃない?」
「ふむ、こっちも良さそうだぞアリア」
「あー……串って文字見たら酒が欲しくなってきたぁー」
少しは俺の心配もして!?
さっきから怨念を送られてるんですけど、視線で呪われそうなんですけど!
「……ダッツ、もしかして昼だ――」
「ウーン! もう大丈夫カナー!」
こんな店内でナニ言う気!?
リノ、恐ろしい子……!
「あら良かった。ダッツくん、本当にツラそうだったから」
うん、俺の下半身を見ないで。別に今はそうでもないから、通常状態だから。
「……ナニがツラそう」
「リノ……俺はもう大丈夫と言ったんだ。……分かるな?」
「……分かったと言わなければいけない。そんな気がする」
「よし……」
段々とリノの扱いにも慣れてきた。やはり明らかに年下だから、他のメンバーに比べて遠慮がなくていい。
ちなみに皆の年齢は知らない、聞けるはずもない……。
待てよ、リノは年下だろうから聞いても大丈夫なはず。そこから他のメンバーの年齢もさり気なく聞けるのでは……?
「あれ? ダッツか?」
よし、聞いてみるぞと覚悟を決めた瞬間、唐突に男の声で名前を呼ばれて振り返る。
そこに立っていたのは……見覚えのない男だった。
「よぉ、ダッツ。美人ばっか連れて、どういう状況だよ?」
どうしよう……。向こうは俺の名前を知ってる上に、かなりフランクな態度だ……。
でも、俺には彼が誰なのか思い出すことができない……!
「……お、おぉ。ひ、久しぶり?」
こういう時は誤魔化すのが一番だ。正直に「ごめん、誰だっけ?」と聞くと、嫌な顔をされることが多い。
向こうは知り合いだから話しかけに来ているのに、こっちは知らないと言うのだ。それは嫌な気分になるだろう。だから穏便に誤魔化す……!
ちなみに今まで臨時パーティーを組んだことのある人に「久しぶり!」と声をかけて、「ごめん、誰だっけ?」と言われたことは五回ほどだ。
「あん? ダッツ、知り合いか?」
メイリーさんが気だるげに聞いてくる。テーブルに上体を乗せているから、胸がつぶされて凄いことになっている。
「……え、ええ。まぁ?」
「あ、俺はボ――」
「おい、貴様」
男が自己紹介しようとしたところをシェリーさんが遮る。もう少しで名前聞けたのに……!
「見て分からないか? 私たちは今、固定パーティーで団らん中だ。部外者は引っ込め」
お、おぉ……。そこまで言わなくても。
だけどなんだろう。固定パーティーで団らんって、すごく良い響き。
「は、はぁ!? 固定パーティーって、コイツもか!?」
そう言って俺を指差す男。
俺の知り合いなら、俺が固定パーティーに入ってるのは驚きだよなぁ。
未だに思い出せないのが申し訳ないんだけど……。
「姉ちゃんたち、分かってんのか!? コイツのメインジョブは盗賊だぞ! ダンジョンでしか使い物にならない中途半端な野郎だ!」
え?
なんか俺、すごく馬鹿にされてる……。この男やっぱり知り合いじゃないんじゃ……?
未だにまったく思い出せないし。
「うるさいぞブタ……。私のパーティーメンバーを侮辱するということは、この私に喧嘩を売っているのと同じだ……」
「ぶ、ブタだと! 俺はBランク冒険者だぞ! 分かってんのか!?」
あ、Bランク冒険者なんだ。ごめん、それ聞いても思い出せない。
「貴様こそ、私たちを「鮮血散らす乙女」だと分かって喧嘩を売っているのだな……?」
静寂。
シェリーさんが俺たちのパーティー名を告げた瞬間に、店内から音が消えた。
あの寡黙な店主すら調理の手を止めてこちらを見ている。いや、手だけは動いている。プロ魂ってやつか……!
「あ……鮮血散らす乙女? 本当に?」
男は呆然とした顔で俺に聞いてくる。本当なので頷いておくが、ところで誰なんだこの男……。
「あ……あ……すいませんでした! まさか鮮血散らす乙女の方々とは知らずに!」
「分かったのならさっさと消えろ。不愉快だ」
「は、はぃ……!」
転げるようにしながら店から出て行った男。せめて名前だけでも知りたかった……。
最強の冒険者パーティーの一角と名高い「鮮血散らす乙女」が俺たちのパーティーだ。まぁ、俺は昨日入ったばかりだが。
正直、昨日の夜に名前を聞いた時は驚いた。そして「鮮血散らす乙女」の中に明らかに乙女じゃない俺が入ることに恐怖した……。
それとパーティー名の由来は聞いてない。聞きたくもない。
「……豚よ、知り合いだったみたいだな」
「そうらしいですね……」
「なんとなく私たちを見る目が不愉快だったのだ、許せ」
「そうなんですか? 正直に言うと、俺も誰だか思い出せなくて……」
「あら、お尻合いじゃなかったの?」
なんだろう、ニーナさんの言い方に疑問を感じる。視線も下半身に向かってはいるけど別の場所な気がする……。
「向こうは知ってたみたいですけど、俺は思い出せなくて……」
「……あるある。ボクもよくオジサンに知り合いだよって言われる。思い出せないけど」
それは絶対に知り合いじゃない!
ついていくんじゃねぇぞ……!
「ほらほら! さっさと食うもん決めようぜ!」
そう言ってメイリーさんが場の流れを変えてくれる。いつもこういう役割なんだろうな。
「買い物にも行かなきゃだしね。……わたしコレ!」
「おい豚! 私の隣で辛いものを食べる気か!」
「ダッツくんはナニを食べるのかしら?」
ナニってなに……?
「……ダッツ、これ」
そう言ってリノがメニューを指差す。
「……数量限定、オークのいんけ――」
「店主! 定食屋になんでこんなモンが置いてあるんだ!?」