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変態でも良い。自分らしく育ってくれれば

「……はぁ」



 シェリーさんが大きな溜息を一つ。



 現在は五階層へと降る階段の半ば。


 さっきまでは意気揚々と先頭を歩いていたシェリーさんだが、今はかなり落ち込んでいる。理由はもちろん、さっきの部屋に来るかどうかという話。……なわけがない。


 みんなその場のノリだと理解しているから、話の後にはいつものように戻った。問題はその後……。


 剣を収めようとしたシェリーさんは、ナニかに気づき刀身を見つめた。

 そしてそのまま固まってしまった。


 そう、シェリーさんが落ち込んでいる理由は剣の刀身にあった。



「この私が……はぁ」



 また溜息をこぼすシェリーさん。



「そりゃ、刺突用の剣でオーガを真っ二つにすれば刀身も歪むわな!」



 シェリーさんが落ち込んでいる理由を、ハッキリと言ってしまうメイリーさ……メイリー。



「俺も短剣使いですけど正直言って、見てもまったく分からないんですけどね」


「アタシもだ。同じ剣士ではあるが、些細な歪みなんて気にしたことはないな」



 メイリーさんの場合は大剣だから、尚更のこと気にしないだろう。



「うぅ……私は分かるのだ……明らかに歪んでいる……」


「……まず刺突用の剣で斬撃の技を選んだのが謎」



 うん、それは俺も思ったけどさ……。言わないのが優しさだろ?



「私の師匠は言っていたのだ、剣技は極めれば剣を選ばないと……なまくらでも名剣になるのだと……つまり刺突用でも大丈夫ということ」



 いや、さすがにそれは違う……。

 逆によく刺突用の剣で歪むだけで済んだな。それだけシェリーさんの技量が高いのか?



「うぅ……ほんとにはやく帰りたい……」



 シェリーさんが完全にやる気をなくしてしまっている。遂には項垂れてしまった……。



「だから言ったじゃない、風傘買いましょうって! 風傘があったら一気に戻れたのに!」



 アリアさん、風傘のことまだ引きずってたのか。



「その通りだ……すまん、アリア」


「え、あ……はい」



 いつもの罵倒がなく、肩透かしされたような表情になるアリアさん。なんだかすごく残念そうだ。そうだよね、ドМだものね。



「いっそのこと、五階層は今度にして引き返してもいいと思うわぁ」


「しかし、五階からフロアボスが出るのだろう?」



 項垂れている態勢なため、俺に上目遣いで聞いてくるシェリーさん。



「はい。五階層から十階層、十五階層と五階ごとに下へ降りる階段の前にフロアボスが陣取っています」


「……フロアボス、強いの?」


「……正直、さっきのオーガの方が格上なんだよね」



 リノの問いに俺がそう答えると、その場になんとも言えない空気が漂う。まぁ、そうだよね……。



「今日は、帰りましょうか?」



 ニーナさんのその一言にみんなが頷いたのだった。

 そしてなんともいえない形で、ダンジョン初挑戦は終わった……。



「せっかくだし、最後にこの五階層から大穴を見て帰りませんか?」



 なんとなくこのまま帰るのもアレだったので、そう提案してみる。



「……気になる」


「そうね! 風傘はないけど、見てみたいわ!」



 アリアさん、風傘への執着すごすぎない……?



 女性陣の賛成を得られたので、俺を先頭に大穴に繋がる通路を探す。



「今みたいに風を少しでも強く感じてきたら、その近くに大穴があります」



 徐々に風を感じてきたので、それを皆に伝える。かすかに音も聞こえてきた。もうすぐ、大穴が近い。



 そこから少し進み、通路が途切れたその場所にたどり着く。


 向こう側の通路などが見えるが、なにより目を引かれるのは風傘で昇っていく冒険者の姿。そして見下ろしてもまったく底が見えず、暗闇がひろがる大穴。


 なんでだろう……。なんとなく懐かしい。


 なんどもダンジョンに潜り、見慣れたはずのソレが懐かしく思えるのはこのみんなと一緒だからだろうか……。



「これも幻想的な光景ねぇ……」



 ニーナさんがウットリとした表情でそう呟く。



「はぁ……風傘……いいなぁ……」



 ほんとに引きずるね、君は。



「やはり気になるな。この下にナニがあるのか……」


「そうだねぇ。ダンジョン自体、どんな仕組みなのかもさっぱりだし。アタシには見当もつかないよ」


「……これほどの風がどこから来ているのかも分からない」



 ダンジョンは解明されていない謎だらけのモノ。


 俺も冒険者になったきっかけは、ダンジョンへの憧れだった。そんなものとっくに忘れていたけど。


 だけど、このパーティーなら下の階層へ。それこそ最下層へまで辿り着けるかもしれない……!



「よし、大穴も見たし帰るとするか! はやくこの剣を鍛冶屋に持っていきたいしな!」


「そうね、いつまでも見てても風傘があるわけじゃないし!」


「……はやくお菓子食べたい」


「アタシは酒だな! ダッツ、付き合えよ?」


「いいわねぇ。わたくしもお姉ちゃんとして、参加しなきゃね」



 お姉ちゃん関係ないから。あとお姉ちゃんとは呼ばないから、絶対に。



「よし、お前ら! 帰りは高速でいくぞ! 戦闘は早い者勝ちだ!」



 そう言って駆けだすシェリーさん。さっきまで落ち込んでたのに、立ち直りはやいな……。



「うっしゃぁあ! 獲物はアタシがもらうぜ!」


「あ、わたしも戦いたい!」



 そんなシェリーさんの後を追っていくアリアさんとメイリーさん。ほんとに戦闘に積極的だな……。



「わたくしたちも行きましょうか」


「……お兄ちゃん、いこ」


「……帰るか」



 そしてやっぱり、なんとも言えない形で帰路へ着くのだった。






 はずなんだが……。



「この僕のお供にしてあげるって言ってるんだ。大人しく従ったほうが身のためだよ?」



 高速でダンジョンを上がり、一階の最初のフロアへと戻ってきた俺たちは今、なんだか変な奴に絡まれていた……。



「だから断ると言っているだろう。貴様の耳は飾りか?」



 戻ってきた俺たち……おそらく俺以外の女性陣に、今からダンジョンに潜るからお供をしろと急に言ってきたこの男。


 そしてそんな男を一蹴するシェリーさん。それでも諦めない男。それを断るシェリーさんの繰り返しをしているのが今。



「だからさっきから言ってるけど、僕はマゴット伯爵家の人間だよ。そんな口のきき方をして許されると思ってるの?」


「思っているからこの口のきき方をしているのだと分からないのか?」


「あぁもう! 黙って僕のお供になればいいんだよ!」



 無茶苦茶だ。なんだか典型的な貴族のお坊ちゃまって感じの奴だな。


 シェリーさんもニーナさんも家名があったから貴族のはずだ。伯爵家相手でも動じてないところを見ると、二人とも伯爵家より上の家柄の人間ってことかな……?



「貴様、この私を――」


「シェリーちゃん。わたくしで充分だわ、そうよね?」


「……そうだな。ニーナ、頼んだ」



 シェリーさんの言葉を遮って、ニーナさんがお坊ちゃまの前に出る。



「ふん! あの高飛車では話にならんからな、賢明な判断だ」


「シェリーちゃんが高飛車、ねぇ。……それではここからは「カルチェ公爵家」の次女、ニーナ・カルチェがお話相手を務めさせていただきます」



 公爵家!?


 まさか公爵家の次女だったなんて……。そうなるとシェリーさんもソレに近い家柄だと考えていいかもしれない……。



「え……? あ、え、カ、カルチェ公爵家……」


「はい。現カルチェ公爵の次女、ニーナです」



 おぉ……。ニーナさん、いつもと雰囲気が違う……。



「あの……はい。その……」


「それで、もう一度ご用件をお聞かせ願えますか?」


「いえ……その、すみません……」


「はい? わたくしはご用件をお聞かせくださいと言ったのですが」


「すみません! 僕が悪かったです! 許してください!」



 そう言ってお坊ちゃまは泣き出してしまった。年齢的に俺とそんなに変わらないような男が、人前で泣き出すのはちょっと……。



「はぁ……。分かりました、どうぞお帰りを」


「はぃぃい!」



 お坊ちゃまは何度も転びながらも、走って帰っていった。なんだか見たことあるな、こんなの。


 それにしても、本当にいつものニーナさんとはまるで雰囲気が違う。とても凛としており、まさに公爵令嬢って感じだ……。



「すまん、ニーナ」


「いいのよぉ。あんなおバカさん、どこにでもいるしねぇ」



 シェリーさんが謝ると、いつもの雰囲気に戻ったニーナさん。



「さっ! バカに時間をとられちまった。さっさと退散しようぜ」



 そして空気を変えてくれるメイリー。いいパーティーだな、ほんと。



「ダッツくん……」


「はい、なんですか?」


「わたくし、公爵家の人間らしくないでしょう? ダッツくんから見ていつものわたくしは、どうなのかなって……」



 なんだか不安そうな顔でニーナさんがそう聞いてくる。公爵家の人間らしくない、ねぇ……。



「いいんじゃないですか?」



 俺のその返答に、不思議そうな表情で俺を見つめるニーナさん。珍しく視線はちゃんと合っている。いつもは下を見てるから……。



「俺が貴族じゃないんで、公爵家らしい人間の定義を知りませんし、いつものニーナさんの方が俺には接しやすいです」


「ダッツくん……そうよね! わたくしはわたくしらしく、飾らないわたくしでいいのよね! ありがとう、ダッツくん!」



 そうだね、飾らなくてもいいよ。ただその俺の一部を見るクセは止めなさい。さっきまで視線合ってたじゃん!?




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