お兄ちゃん、今のはない
「あー、あ、頭」
「……巻き髪」
「み、み……みつ」
「あら、ダッツくん。なんの蜜かしらぁ」
蜜に反応すんな。
「……つち」
「……ち、ち、ち、ちー……」
「あるじゃねぇか、ダッツ。ちん――」
「チキン! はい、俺の負け! いやー、しりとり強いなリノ!」
現在は四階の通路を歩きながら、リノとしりとりをしていた。
四階に降りてからフロアに出るたびに冒険者パーティーが戦闘をしており、シェリーさんの出番は訪れていない。
そのため、非常につまらなさそうにしているシェリーさん。
今もアリアさんにちょっかいを出し、罵倒をしている。
そしてそれがとても幸せそうなアリアさん。二人の仲の良さはここから来ているんだろう。知りたくもなかったが……。
「ブダッツ! 暇だ!」
やめて。ブタとダッツを混ぜないで。
「まぁまぁ、シェリーさん。ほら、次のフロアが見えてきましたよ」
「今度は戦えるのだろうな……?」
いや、俺に聞かれても。
「戦闘音はしないわねぇ。大丈夫じゃないかしら?」
たしかに戦闘音はしないので、今度こそシェリーさんの出番かも。
そんなことを思いながらフロアへ歩みを進める俺たち。
そして、フロアを目前にして俺たちはソレに気づく。
フロア内にいるのは、明らかに今までのモンスターとは一線を画すモンスター。赤い皮膚に筋骨隆々の身体。身長は俺の二倍ぐらいはある。
オーガだ……。
オーガは元々そのフロアにいたであろう、コボルトの死体を何度も踏みつけてニタニタと笑っている。
「気をつけてください、徘徊型のモンスターです」
徘徊型。
基本的にダンジョン内のモンスターは決まった階層のフロアにしか、出現しないと言われている。
普通のゴブリンやコボルトは浅い階層にしか出現せず、フロア間の行き来もしない。出現したフロアに留まり続ける。
しかし徘徊型は、そういったものを無視して階層やフロアを徘徊する。
基本的には下の階層から上がってくることが多く強いモンスターが多いため、冒険者にとっては出会いたくない存在だ。
このオーガもそう。
四階に出現するモンスターじゃない。元々は十階層から出現するモンスターだ。
それでも、このパーティーには関係ない。
それもこの人なら尚更……。
「待たされたのは不愉快だが……少しは良さそうなのが出てきたな」
ニヤリと笑ったシェリーさんは、お手本のように綺麗な動作で腰から剣を抜く。
「いいなー。わたしもアレがよかったー」
アリアさんは羨ましそうに見ている。どうせオーガの方がスリルが、とか思ってるんだろうな。このドМ。
「リノがオリジナル魔法を披露したのだ。私もリーダーとして、ダッツに良いところを見せてやらねばならんな……」
そう言うとシェリーさんは剣を持った右手を腰のあたりに持っていき、左手をオーガに向けて突き出す。
なんとも独特の構えだ……。
「素は反神斬りの儀式に用いられた五つの魅せる剣舞……」
オーガはコボルトの死体を踏みつける行為を止め、シェリーさんへと視線を向ける。
「……されど極めたそれは、剣舞の理を貫き、神をも斬り裂く剣術へと昇華した」
そして、ゆっくりとシェリーさんへ向かって歩いていくオーガ。その顔には余裕と愉悦が浮かんでいる。
「神斬り・魅理貫流・五織」
それまで構えをとり続けていたシェリーさんの身体が、一瞬ブレたかと思うと……。
「一護……」
剣を振りぬいた状態のシェリーさんと、いつの間にか腰のあたりから真っ二つにされ、血を噴き出すオーガの姿がそこにあった。
「……すげぇ……」
オーガが一瞬で……。
Sランク冒険者っていうのは、これほどまでに次元が違う生き物だったのか……。
「どうだ! 豚よ! 惚れてしまったか? うん?」
「いや、ほんとにすごいですよ! 惚れて、惚れなおすぐらいすごかったですよ!」
「う、うむ。そうか……」
あれ、なんで引かれてるんだ……?
「……お兄ちゃんがそこまで興奮してるの初めて見た」
「やっぱり、シェリーちゃんの揺れるおっぱ――」
「違います!」
「そうだぜ、ニーナ。アタシは分かってる、尻だよな?」
「剣技ですよ!」
「ムチであの技を……はぁはぁ」
アリアさん、貴女はなんでそこに行きつくの……?
「こんなに凄い剣技なんですよ! みんな反応薄くないですか!?」
「まぁ、見慣れてるしなぁ……アタシらは」
あ、そっか……。
俺以外はみんな見慣れているのか……。
「……俺、本当にこのパーティーに入れてもらって良かったです」
「なんだか、ダッツくんからその言葉が出るのが今なのは……」
「まぁ、釈然としないなぁ。こんだけ美人に囲まれて」
それも実は嬉しいですけど……!
一応、好みの女性は清楚な方なのでね……。
「フフ、豚もようやく私の魅力に気がついたか。なんなら今夜、私の部屋へ来るか?」
「いいんですか!?」
「ふぇっ!? ほ、ほんとにくるのか……?」
「ぜひ!」
「え、いや……その、あの……」
「もっと剣技について聞かせてください!」
「……こなくていい」
「え、シェリーさん?」
「……こなくていいブタ。さっさと五階を攻略して帰るぞ。興が覚めた」
あれ、シェリーさん?
あれ、なんでみんな視線が冷たいの……?
「……お兄ちゃん、今のはない」
あ……はい。なんかすみませんでした。