抱きしめたいな、ダッツ
「「「「「……」」」」」
一階の最初の広いフロアを抜けて少し奥へ進んだ通路。
壁一面があわく自然発光しており、視界を確保してくれるのはもちろんだが、なによりその光景はとても幻想的だ。
女性陣はさっきからその光景にウットリとした表情で浸っており、無言の時間が過ぎている。
俺はとっくに見慣れてしまった光景だが、代わりに美人なメンバーのそんな様子を見て癒されている。
「……お兄ちゃん、とっても綺麗」
「リノ、その言い方だと俺が綺麗みたいだよ……」
「ダッツ、悔しいけど綺麗よ……」
アリアさん、わざとかな……?
やっぱり俺が綺麗みたいに聞こえるんだけど。
「すげぇな……。ダッツ、ほんとに綺麗だ。今すぐに抱きしめたいくらいに綺麗だ、ダッツ」
いや、もうわざとだよね?
完全に俺のことを言ってるよね?
「こんな幻想的な空間で……豚を……フフ」
豚をなに……!?
豚って俺のことじゃないよね!?
「うふふ。こんな空間だと、とてもロマンティックにできそうよねぇ。せっく――」
「せっくしょっん! いやぁ、風邪かなぁ……!」
言わせんぞ……!
絶対に言わせんぞ!!
「は、はやく進みましょうよ、ね?」
これ以上はいつその単語が飛び出すか分からないので、女性陣を先に促す。
「そうだな、はやく先へ進もう。もっとすごい光景が待っているかもしれん」
「アタシもワクワクしてきた! はやく戦いてぇ!」
「まだ一階なんで、メイリーさ……メイリーが満足できるようなモンスターはいないけどね」
「それでもいいさ! この新しい大剣の試し振りには充分だろ!」
「本当に太くて立派な大剣よねぇ……」
「こいつをはやくぶっ刺してやりてぇな」
大剣は刺す武器じゃないよー。叩き切る武器だよー?
そうして幻想的な通路を進むこと少し、広めのフロアが見えてきた。
それと同時に戦闘音も聞こえてきた。
「どうやら戦闘中のようだな、こういう時はダンジョンだとどうするのだ?」
「そうですね、邪魔にならないようにフロア前で待つか。フロア内を外回りで通っていくかですね。……もう少し下の階層からは通路が枝分かれしているので迂回ができるようになります」
「……戦闘を一度見てみるのがいいと思う」
「そうねぇ。ダンジョン戦闘での動きとかも気になるし」
「よし、ならばフロア前で見学といこうか」
そういうわけでフロア前まで歩みを進める。
フロア内では5匹ほどのゴブリンと4人組の冒険者パーティーが戦闘を繰り広げていた。
冒険者パーティーは若い男女だ。おそらく十代後半だろう。
ダンジョンは十代が多いんだよなぁ。一攫千金って言葉にどうしても惹かれるものがあるんだろう。
「……あんまり外の戦闘と変わらない」
戦闘を見ていたリノがつまらなさそうに呟く。
「浅い階層は広めのフロアが多いからな、あんまり変わらないよ」
「でもリノちゃん、男女がああやって真剣な顔で汗を流すさまは、見ていて楽しいわよ?」
「……たしかに、まるでせっく」
「せくしょんっ! あー、やっぱり風邪かなぁー?」
「ダッツ、あんた大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。これから先もくしゃみするだろうけど大丈夫」
絶対にそこから先は言わせんぞ……!
「終わったみてぇだぞ」
「ふむ、では行くか」
戦闘が終わったので、フロア内に入っていく。
若い冒険者パーティーは俺たちに気づくと、軽く頭を下げてくれた。俺たちも手を振って答える。
若いのに、しっかりしてるな。
さっきから若いのにって、なんだか俺がおっさんみたいだな。まだ二十代なんだけど。
そうしてフロアを抜け、通路に入っていく。
やっぱり広いフロアと違って、狭い通路だと自然発光が感じやすく、幻想的だ。
アリアさんはいまだにウットリとした表情で歩いている。
「むっ。フロアに出るぞ」
次のフロアへとたどり着いた。
今度は冒険者はおらず、ゴブリンが七体ほどいるだけ。
ゴブリンたちは木の棍棒を振り回しながら、理解不能な言語を叫んでいる。
「獲物がきた」とも見えるし「ここから出ていけ」とも見える。しかしなんと言っているのかは分からないので、答えも分からない。
「よぉーし、アタシがもらってもいいよな?」
「一応聞いときますけど、一人で大丈夫ですか?」
「もっちろん! 逆に手出したら今夜、アタシが手出すよ」
今夜……!?
今夜ナニされちゃうのか気になる。ちょっと手出してみようかな……?
「おら、いくぜゴブリン共っ!」
メイリーさんは雄叫びと共にすごい速度でゴブリンへと突っ込んでいく。
大剣使いの時点で言うことではないけど、どんな筋力だよ。やっぱりジョブ補正ってのはすごいな……。
そして、大剣の一振りで四匹のゴブリンが即死した。
更に返しの一撃で残りのゴブリンも即死させるメイリーさん。
ものの数秒で終わり。
相手がゴブリンとはいえ、さすがだな……。
「んー? 悪くないかな!」
大剣を満足そうな顔で見つめるメイリーさん。ただし顔が近い。そのまま舐めだしてしまいそうだ。
「よし、では一階はメイリーに任せて四階まで順に一人ずつ戦闘をしていこう」
「わたし次やりたい!」
「分かった、アリアは二階だな」
「……三階はボク」
「三階はリノ。四階で私だな」
「俺とニーナさんは?」
「ダッツは五階でパーティー戦だ。あくまで四階までは慣らしでしかない、重要なのはダッツと私たちの摺り合わせだ。……ニーナは治癒士だから慣らす必要もない」
「わたくしはリノちゃんと違って、魔法も援護射撃が主ですものねぇ」
「なるほど、分かりました」
「よぉーし! 次、いこう次!」
大剣を振り回し、完全にはしゃいでるメイリーさんだった。だからどんな筋力してるんだよ……。