このドМ豚が!
冒険者ギルドの騒がしい飲食スペース。
そのいっかくにあるテーブルで、俺と彼女は向き合っている。
とても真剣な表情の彼女が今から言うであろう台詞を、俺はもう予見している。
「ごめんなさい。……タイプじゃないの」
「あ、うん……」
「あ、今のタイプって言うのはウチのパーティーに合うタイプじゃないってことね」
「分かってるから説明しなくていいよ……」
まただ。
一緒に仕事をしたパーティーに「固定パーティーに入れてくれない?」なんて聞いてみて断られる。
これでもう二十回は断られている……。
「あの、ホントにごめんね?」
「大丈夫! いつものことだからもう慣れたし!」
「そ、そっか! じゃあ、またよろしくね!」
「……うん」
今回はいけると思ったんだけどなぁ……。
なんだか優しそうな子だったし。
というか、断っておいてまたよろしくって……。
「はぁ……また固定パーティーに入れず、かぁ……」
なんで盗賊がメインジョブになったのかなぁ。これがサブジョブの魔法使いと交換できたら、どれほどいいだろう……。
やっぱり冒険者なんて向いてなかったのかな?
今からでも、両親や妹のいる田舎に帰ってみるのもありかも。
「もういっそ、冒険者なんてやめて……」
「おい、そこのお前」
唐突に芯のある美声が響き渡る。
声のした方に向くと、その美声の持ち主はしっかりと俺を見ていた。
なんか、すごく綺麗な女性だ……。
鮮やかな金髪にメリハリのある身体。
男としてどうしようもなく目を引かれてしまうものがある。
そして、そんな女性が俺を見ている。もしかして今呼ばれたのは俺なのだろうか?
「……えっと、俺ですか?」
「そうだ。……お前」
女性は近づいてくると、俺の顔をマジマジと見る。
近くで見るとその肌の白さと細やかさがよく分かる。ピンク色の唇はつやつやで、吸い込まれていきそうだ。
「な、なんでしょう……?」
「お前、ドМだな! ウチの固定パーティーへ入れ!」
その瞬間、この場に衝撃が走った。
今まで騒がしかった冒険者ギルドは無音になり、周りの視線が集まっているのがよくわかる。
というかこの人なんなのだろう。なんで俺はいきなりドМ認定されたんだ……?
分からないがとにかく否定しとかないと、周りに誤解されてしまう。
それに、なんで俺を固定パーティーへ誘ったんだ?
「あ、あの……俺、ドМじゃないです」
「いいや、私の眼は誤魔化せん! お前はドМだ!」
「違います! あの……違いますけど一応、なんでドМだと固定パーティーに誘うことになるんですか?」
そう聞くと、女性はニンマリと不敵に笑い、胸をはる。
その瞬間、大きな胸がバインッと揺れた。
「私がドSだからだ! 相性バッチリだろ?」
胸をはって言うことじゃない!
駄目だ、この女性は変態だ。固定パーティーへの誘いは嬉しいけど、こんな変態は嫌だ!
「あの……お誘いは嬉しいんですけど、俺はドМじゃないので……」
「いいのか……?」
「……なにがですか?」
「知っているぞ、お前が何度も固定パーティーへの加入を断られているのを」
「……ぐっ」
その言葉は俺の胸に深く突き刺さった。
この女性、それを知っているとは……。
「お前はこれからも、万年助っ人で終わるつもりか……?」
「それは……」
嫌だ!
俺だって固定パーティーに入りたい。あの「ウチら超仲良しなんで」っていう雰囲気を味わいたい。「え? あ、すいません。これウチのパーティーの合図なんですよ、教えてませんでしたネ?」なんていう疎外感を味わいたくない!
「断られても、フラれても、罵倒されても折れないドМ根性は一流のドМの証だ! 私と共に来い、新しい世界へ連れて行ってやろう!」
「罵倒されてもないですし、新しい世界へなんて行きたくないですけど……パーティー、パーティーかぁ……」
冒険者になってはや数年、俺は一度も固定パーティーへ入れたことがない。
どうしようもなく心惹かれる……。固定パーティー、なんて魅惑的な響き……!
「安心しろ、優しくしてやる。……なにすぐにお前も気持ちよくなる」
「ぐぬぬ……固定パーティーかぁ!」
「さぁ、どうする! いつまでもブヒブヒ泣き喚くだけのオスブタでいるのか? それとも私のパーティーで立派な雄豚になるのか!」
どっちも嫌だ!
「その……ちなみになんですけど、貴女の冒険者ランクは……?」
「もちろんSだ! ドSのS! サディスティックのSだ!」
Sランク冒険者の固定パーティーに勧誘される。冒険者なら一度は夢見る最高のシチュエーション……。
でも、でも相手は変態……っ!
「今まで辛かったろう……。タイプじゃないのと断られ、アイツまた固定パーティーに入れなかったぜ、プププっと笑われる日々が……」
「それはっ……!」
辛かった。とても辛かった!
仕事終わりに飲みに誘っても「あ、すいません。ウチらパーティーで飲むんで」なんて言われる日々が、辛くなかったはずがない!
あぁ……だめだ。
俺に、俺にはこの誘惑に抗える力はない……。
「……そのはなし、うけます……」
「よし、よく決断したぞ! お前は今日から立派な雄豚だ!」
拝啓……田舎で応援してくれている両親。ようやく固定パーティーに入れました。
俺に憧れて、冒険者になると言っている妹よ。頼むから冒険者にはならないでくれ。こんな変態のパーティーに入ったと知られたくない……。
「さぁ、いくぞ!」
「行くってどこへ……?」
「決まっているだろう、私のパーティーと顔合わせだ!」
どうしよう、胃が痛い……。
絶対に変態の巣窟だよ……大変な変態の集まりだよ……。
「む、そういえばお前の名前を知らん、教えろ豚よ」
「……豚じゃないです、ダッツです」
「そうか豚よ、私の名はシェリー・S・スコッティだ! 今からよろしく頼むぞ豚よ!」
「……結局、名前聞いといて豚呼びじゃん……」