出現。
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「こんな所で会えるなんて宇宙は狭いな、んでこんな場所で話ってのは何だ?」
明るく活気ある酔っ払いたちの声が聞こえる酒場の別室で、酒を飲むには少々場違い過ぎる鈴が鳴った様な可憐な声が響いた。
円型のテーブルの一方には屈強なボディガード二人を連れた華麗なる美少女、もう一方には浮遊するタコ、オードックと厚化粧を施した花崗岩が擬人化したかの様な男、マリーが一人が向かい合って座ってコップに注がれた赤い酒を喉に通している。
「本当都合よかったわぁ……いつ見ても可愛いわねんソレ、やっぱ凄いのエルフィモーフ?」マリーが少女を穴が空くように見つめながら答えた。
「あぁ、前の義体とこれとでは交渉の進み具合がカメと推進装置つけたウサギレベルに違う。中には俺の顔見ただけで契約を結ぶ奴までいる」
そう言って少女、運送会社M&J社社長マキシミリウス・ロックドーンは誰もが見惚れる笑顔を二人に向けた。
彼の装着している義体、エルフィモーフは美しさと交渉要素において共にこの宇宙で最上位の位置にその身をおいており、妖精的外見と共に放出されているフェロモンは全ての性別、年齢、性的趣向を魅了するように調節されており、その新陳代謝は自身の体から不快な匂いを全て除去されるように改造され、排泄物でさえ全くの無臭であるという。
故にその値段はオードックが装着しているオクトモーフを自転車一個の値段とするならば、戦艦一個分に相当する。帝国の大貴族でもおいそれとは手を出せない物である。
「良く買えたものだね。どんな魔法を使ったんだい?」オードックが器用のその触手で酒を口に入れながら尋ねた。
「大きい仕事があったんだよ、それよりあのじゃじゃ馬は首取れるメイドとじゃじゃ馬はいねえのか? じゃじゃ馬はともかくメイドがいねぇのは珍しいな」
露骨に話を変えたマキシミリウスにマリーとオードックは何かしらの裏を感じ取ったが、深くは追及しなかった。誰も自分の裏を知られたくないものだし、同業者の腹を探っても利益は少ない。
相手が銀河を股にかける運送会社の社長相手なら特にだ。
「ミリアは新人の子と一緒、イヴは――」
マリーの声を遮り、酒場の方から瓶が割れ少女の怒号と男達の痛みと恐怖が混じった悲鳴が響いてきた。それを聞いてからマリーは何も言わず親指でどったんばったんと騒がしい方を指さしてから、「話を戻しましょうか」と話題を変えた。
「貴方から買いたい仕事があるの」
「なるほど、仕事の斡旋ね」
商売の話と聞いて、美少女は指を合わせて微笑んだ。
彼女は銀河を駆ける運送会社の社長ではあるが一方で、その立場を利用して情報を収集し、しかるべき人間にしかるべき情報を売りつける情報屋の一面も持っていた。
その情報屋に偶然とはいえ盗聴の心配がある通信画面越しではなく直接顔を向き合って話せるというのは、マリーたちにとって幸運であったと言える。今回は仕事の情報であった。
「まぁてっとり早く物の配達がいいわ。裏が無い奴」
「珍しいな、アンタが仕事のえり好みとは」
「新人の子が来たから、いくら?」
「ちょっとまて」
そういうとマキシミリウスは虚空を見つめた。何も知らないものが見ればアンニュイになった美少女が何かを憂いている様な絵画的一場面に見えるだろうが、彼女の脳内ではメッシュが該当する情報を彼女の本拠地にある膨大なデータからダウンロードして探し出している真っ最中である。
「二千だ」数秒してマキシミリウスの口が開いた。
「五百」間髪をおかずオードックが触手を上げた。
「馬鹿言うな、千七百」
「五百と一」
「交渉って言葉知ってるかタコ!」
「彼なりの冗談よ、千クレジットで勘弁してちょうだい」
「それでも半分じゃねぇか……」
差し出されるマリーの大きくごつごつとした手とそれとは正反対のか細く美しい手が握手をすると、数秒後手が離れ時美しい手の方には丁度千クレジット分のカードが握られていた。
それを確認してから、マキシミリウスは口を開いた。
「美術品の輸送がある、隣の星域のライムスまでだ。報酬は一万二千。密輸品」
「相手は?」とオードック。
「ただの画商だ。合衆国の人間に売りさばきたいんだと」
「乗ったわ」
「OK、アンタの船に積ませておく。だが気を付けろよこの頃は物騒だ、帝国の軍艦の目撃情報があったことだしな」
「軍艦? ここいらは非戦闘宙域だろう。そんなことしていては挑発行為と合衆国側から避難を受けるんじゃないかね?」
もっとも帝国の方は毛ほども気にしないだろうが、と続けてオードックはグラスの酒をちびちびと口まで運ぶ。まるでその報告を酒のつまみにしているかのようであるが、実際オードックはタコのくせして酒を好んでいた。
「海賊狩りかしらん?」
「俺もそう思ったが、それがアルテラ級重巡洋艦となると話が違ってくる」
「重巡洋艦……?」
「ベーコン焼くのにビーム砲使うぐらいの過剰火力ねん。それはどこへ向かってたの?」
「分からん、撃沈したからな」
「撃沈……!?」
その言葉を聞いてオードックは危うくグラスを触手から滑らせようとして、残りの触手を総動員しなければならなかった。
「理由は分からん、何時撃沈されたのかもわからん。ただ宇宙の回収屋、つまり宇宙ゴミ取集者共がその残骸を見つけたから分かっただけだ。帝国はあちこち調べ回っているらしいが、調べているのは原因というより、それによって消えた何かを。だ」
「なぜ?」
「帝国の奴ら、この星域の回収屋を片っ端からあたってやがる。だがこの行動で分かることが一つ」
「重巡洋艦は何かを運んでいた? そこまで重武装をしてまで運びたい何かを」
「そうだ、しかもそれは公式任務に乗らないような、秘密裏に行われている作戦だった。実を言うと俺がこんな辺鄙なセクターに来たのはその何かをかすめ取ってやろうと思い立ったからさ」
そうして不意に見せたマキシミリウスの笑みは美少女のものというより狡猾な狐を思わせた。
「そんなことしてると帝国を敵に回すわよ」
「ただ偶然見つけた何かを高く売ってやるだけよ。残りはこのセクターぐらい。おっと、この情報はサービスにしとくが見つけたら俺に教えてくれよ?」
その問いにスペースオカマと浮遊するタコの二人は一瞬だけ顔を見合わせた後、同時に
「「もちろん」」
と答えた。
だが二人の脳裏にあるのは、新しく自分たちの仲間となったある少年の事だった。彼は帝国製の保存ポッドの中でスタックだけとなって宇宙を彷徨っており、そして「地球人」だ。
帝国は間違いなく、彼を探している。彼は重巡洋艦で運ばれていたのだ、なぜ撃沈されたのはかは知らないが。
「さてと、ごめんなさいねん。私達もうそろそろ行くわ」
そこまで考えてマリーはグラスの入っている酒を飲み干すと、席を立ちあがった。その肩に張り付くようにオードックも共に席を立つ。
「おいおい、来たばっかりだぜ。もうちょっとゆっくりしていけよ、エルフィモーフの魅力ってやつを……」
「実を言うと前の義体とのギャップが凄すぎて、君を見ると問答無用で頭にゴリラが浮かんでね、すまない」
「どういうこったそりゃ――」
起こる姿まで美しかったマキシミリウスを背にして部屋を出ると、マリーは早足で階段を駆け下りて裏口からすぐに店を出て表通りに出た。
表には店主から追い出されたのか、イヴが気絶した男達で出来た山の上で瓶ごと酒をかっくらっており、二人を見ると見るからに上機嫌な顔をして横へと並ぶ。
「また喧嘩をしたな君」オードックがため息をついた。
「うるせぇタコ。私の顔見るなり、『いくらだ』何て聞いてくるあいつらが悪い」
「マ、失礼。そりゃあ殴られて文句言えないわ。にしては機嫌いいわねん」
「へへっ、あいつ等結構クレジット持っててさ!」
そうしてクレジットが入っている透明なカードを見せて笑顔を見せるイヴに、今度はマリーもため息をついた。
「アンタね……もうちょっとモロボシちゃん見習って、人が喜ぶことやんなさい」
「へーへ―、それで次の仕事決まったのか?」
「えぇ、すぐに出発するわよ」その声は少しばかり焦燥感が混じっている。
「はぁ!? 来たばっかりじゃねーか、此処でやるっていってた歓迎会とかはどうすんだよ!」
「少し状況が悪い、歓迎会は次の場所でやろう」
「一体どうしたってんだよ、いきなりそんな―————」突然イヴの声が途切れた。「————聞こえたか?」
それはまるで些細な物音に気付いて反応する猫のような素早さだった。彼女の静かな警戒心に連動するかのように額の角が青く点滅し、二人を注目させようとしているかのようだ。
「何が聞こえたの?」その意味が分かっているマリーは静かに、彼女の聞き耳を邪魔しない穏やかな声で尋ねた。
「レーザーピストルの発射音だ、帝国の軍人が使う奴。それに、ワームホールを通った時の様なバチバチって……」
「時空震音かい? 妙だな……」
オードックがその触手をすり合わせてその頭に疑問符を出した。時空震音、ワームホールでワープした時に聞こえる特有の音が響いているとイヴは言っているのだが、ここの宙域一帯にはワームホールなんてものはなく、空耳でもなければ聞こえるはずのない音なのだ。
「とりあえず、モロボシちゃんとミリアちゃんを迎えに――」
だがその疑問は、間をおかずイヴ以外の二人にも聞こえる様に鳴り響いた爆発音と共に吹き飛ばされた。
「なっ……!?」
それは可燃性の物質が爆発したというより、何かの弾頭が炸裂したかのような音であった。
顔を向けていると市場の方から黒煙が上がっており、それに続いて人々の叫び声も聞こえてくる。
それにあそこにはモロボシとミリアがいるはずであった。
「おいおい、何が起こってやがる……」
「行くわよ!」
逃げ惑う人々と反対方向に向かって二人と一匹のタコが走り出す。
————怪我しないでちょうだいよ!
マリーは心の底から願うが、その願いをあざ笑うかのように市場に近づくごとに聞こえる悲鳴は多くなっていくのだった。