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満天の星空の中に僕はいる。  作者: 御手洗団子
魂(エゴ)
10/11

ギアとプログラムで動く神(アポ・メーカネース・テオス)

 

「モロボシちゃん! 良かった戻ったのねん!」


「おごごごご!?」


「マリーストップ、彼の義体が死ぬ」


 諸星が目を覚ましてまず最初に感じたのは、岩のように硬い筋肉の抱擁であった。

 その盛り上がった大胸筋と上腕二頭筋による圧迫は途中でオードックが止めなければ、諸星をもう一度精神の暗闇の中に送り返していたことは間違いない。


「何だか夢を見ていた様な気分です、ミリアさんが僕を……そうだ、ミリアさんは?」


「ミリアちゃんは……」


 諸星がマリーの視線を追うと、そこにはイヴにボディと共に抱きかかえられたミリアの姿があった。

 唯一残った腕は針を出したままぶらんと垂れ下がり、その顔は少しだけ微笑んだまま目を閉じまるで眠っているかのようだ。

 それはボディが機械の部分を露出しても、頭の半分が金属を露出させていようと諸星には人間は安らかに眠っているように見えた。


「お前のスタックが再起動したのを確認してから、事切れる様に機能停止しやがった。攻勢防壁に中枢部を焼かれちまってたんだ、記憶回路だってイカれちまってる。ほっとけって言ったのによ」


 普段荒げている声が、錨を付けて海に投げ捨てたかのように沈んでいた。

 その意味が諸星に分からないわけではない、ミリアは修復不可能の程に壊れてしまった、自分のせいで。


「モロボシちゃん、どうか自分を責めないであげて。ミリアちゃんはあなたを助けたいって感情を自分の保護より優先したの」


 優しく肩にマリーの手が置かれ、諸星は自分の視界が涙で滲む。無力と後悔の涙だ。

 世の中ままならない事ばかり、自分のために犠牲となってしまった人にごめんなさいもありがとうも言えない、傷つく人々を見るしかできない弱い自分。

 美空も同じ気持ちだったのだろうか、諸星はその絶望感に膝が崩れそうになる。


「……はい。だけど、まだ諦めません」


 だが、その膝も、手も地面に着くことはなかった。足は根を張った小さな苗木のようにか弱くも己を支え、その手は赤くなるくらいに握られている。


「きっと、きっとミリアさんを直してみせます! 何年かかったって!」


「それは償いかしら?」マリーが口にした。


「いいえ、恩返しです!」


 涙をぬぐいながら少年は決意を声にした。無力と後悔が涙となって出たのなら、その身体に残っているのは意思の力と希望、それにちょっとの無謀さである。


「うふふ……若いっていいわねん。恩返しかぁ」


「へっ、私への恩返しも忘れんなよ」


 満開に咲いた花、もしくは岩を裂いてできたごつい彫刻のように笑顔と見せるマリーと、意地の悪そうに微笑むイヴ、二人は目の前の少年が数時間前とはまるで別人のようだと感じていた。それも良い方に。


「あーすんまへん、青春の一ページに鴉が鳴くようですいませんが、ちょっと何か忘れてまへん?」


「うーむ、しまった。彼が目覚めれば暴食渦が止まると思っていたが、別にそんなことなかった」


 そんな三人の後ろから、カラスとタコが声をかけた——ネコはただ立って頷いている―。若干その声には焦りが生じており、彼らの翼と触手が射す先にはどんどんと建物や地面を食ってく黒い霧が自分たちの周りまで迫っている。


「な、何ですかコレ!? グラスウォームって教育プログラムにあった……」


「ほら見なさい、アンタよりモロボシちゃんのほうが物知ってるわよ。来たばっかなのに」


「うっせぇ! 経験がちげーんだよ!」


「も、モロボシはん……でよかったんよな、兄ちゃん? どうにかなら辺のかアレ! アンタの周りから飛び出してきたんやで!」


「どうにかって言われても……」


「音声認識かもしれない、モロボシ君、一回何か発して見たまえ、止まれとか、機動停止とか」


「えっ、アレにですか!?」


 オードックの指の先にある暴食を繰り広げる黒い霧たちはいまだに満腹感を得ることもなく、当たり構わず食い散らかしている。このままではセクターの地面から外壁までくい進むことは確実で、そうなった場合このセクターすべてがこの宇宙に散らばる宇宙ゴミの一つになることもまた火を見るより明らかだ。

 それを見て自分が「地球」出身の人間であることに一抹の望みをかけながら諸星は大きく肺に空気を入れて叫んだ。


「止まれ―――!!」


 自分でもこれほど出るのかと思うくらいの大声がセクターに響いていく。こんなに大声は前の体の時だってなかったに違いない。と諸星が思うほどの会心の声だった。

 だがその声で止まったのはその予想以上の声に驚いたオードック達だけで、暴食渦たちは相も変わらず進んでいく。

 まるで聞く耳を持たない。そもナノレベルに小さいロボ達に音声を認識する「耳」があるとはどうにも思えない。


「ふむ、無理か……」


「お仕舞や――! ワイは此処で死ぬんや―――! いやぁ――!」


「君は翼があるんだから飛んで逃げれなかったのか?」


「ミーヤを置いて行けるわけないやろ! ミーヤの重量を持って飛ぶには力が足りんわ!」


 カァー! といいながら地面を転げまわる鴉を見ながら、泣くスタックも黙る猟犬部隊とは思えぬ新たな一面に、意外な義理堅さを感じるマリーたちであるが、まさにお仕舞というこの状況ではそれに感心する余裕もない。

 暴食渦は着々と迫っており、船へと続く道も食われている。空を飛ぶような装備もない、空を飛び過ぎてもそれはそれで暴食渦に食われる。まさにお仕舞という状況だ、こうなると誰もが閉口し、自分の身に迫る無を甘受するしかない。


「(此処で終わる? 折角旅立てた所なのに……いや、諦めない。ここであきらめたらミリアさんが……!)」


 だが全員が沈黙していく中、諸星だけが心の中とはいえ饒舌だった。


「(諦めて堪るか……僕はまだ何処にも行けてない!)」


 彼はまだ諦めてなかった。諦めきれなかった。

 歯を食いしばり、生存の道を探す。それは無と言う恐怖を一度は体験した彼の無謀がそうさせた蛮勇かもしれないが、彼は諦めなくなかった。


「あきらめ……?」


 そんな時、ピコンと音がした。

 それは彼の脳内にある小型コンピューター、メッシュがメールを受信した音だった。

 メールと言っても遠くの人間に文章を送る類のものではなく、接触回線などで繋がった相手に声を出さずに会話したり、情報などを送信するものである。

 遠くの人間にメールを送るための、現実でいう携帯に相当する通信端末はあるが、近くには諸星と回線がつながった者もおらず、そんな端末を持っている人間もない。

 では何処から……? 恐る恐る、メールを開いてみるが彼の瞳に映されたのはただ文章も題名もない空のメールであった。


「なんだこ――!?」


 だが数瞬して、それは空ではないことが諸星には分かった。大量の情報が彼のスタックに直接流れ込んできたからである。

 拒否することも出来ず氾濫した川の濁流のように流れてくるその文字列たちは、諸星のメッシュを熱暴走ギリギリまで稼働させ彼の鼻から流血させるほど情報量を含んでいた。目の前が眩しいくらいに輝き、脳が焼き切れるほどに熱くなる。


「あぁ……あぁぁぁぁ!」


「モロボシちゃん!? オードック!」


「わ、ワイは何もしてへんぞ!」


 周りの人間も諸星の異常に気が付き、慌てて駆け寄ってくる。特に鴉のリーパーは焦った、その様子は自分たちが時折使うメッシュ暴走を利用した暗殺方法にそっくりだったからだ。


「モロボシちゃんしっかり!」


「だ、大丈夫で……す……!」


 だが、その介抱を拒否したのは誰でもない諸星だった。


「見つかりました……皆が助かる道が……!」


 そうして、諸星が鼻からではなく目や耳からも血を流しながら手を暴食渦へと向けた。まるで黒い霧を触ろうとするように。

 だがその瞬間、暴食渦はまるで時を止められかのように蠢くのを止めた。それは指揮者の手に合わせて演奏者たちが楽器を止める様に、残響も残さず微動だにもしない。


「と、止まった……? 止まってるで兄ちゃん!」


「まだです……『皆が助かる』道なんです!」


 そういって、諸星が何かを祈る様に目を閉じると再度暴食渦は動き始めた。だが今度は不規則に食っていた黒い霧は統率がとれているかのように一つに集まっていくと規則的に分かれ始め、再度地面へと広がっていく。


「お、お前アレを動かせんのか!? ってお前何してんだ!?」


 イヴが目を開いて叫んだ、ミリアの残骸にもその黒い霧が集まっていたからだ。ミリアが食われてしまったらそれこそ1%も無かった修復の可能性が0%になる。


「ミーヤ! お前の義手にも……兄ちゃん、ミーヤを食わせるつもりか!」


「喰わせるんじゃありません……!」


「なに……?」


「作らせるんです……!」


 誰もが彼が何を言っているか分からなかった。何をしようとしているかもわからなかった。

 だが変化は数秒にして訪れた。


「マリー! アレを見ろ!」


 最初に気付いたのはオードックだった、震えた声で触手が指す先には家を食べている暴食渦の一部があった。だが食べているにしては、可笑しい。喰らっているにしてはその家は削られているどころか、むしろ直ってきている。

 家だけではない、道路が、穴の開いたガラスが、テントにおかれている商品が、道に転がっていた空き缶でさえも、それはまるで暴食渦が自らが食べたものを吐き出しているかのように黒い霧が通った後に全てが元通りになっていた。

 只元通りというわけではない、キツネが放ったクラスターグレネートで壊れていたいえさえも、爆発前と一緒になっている。直しているのだ。


「こ、これは暴食渦が物質を()()してるの……!? いったい、どうやって……モロボシちゃんがやっているの!?」


「んだよ、コレ……お、おいまさかミリアもか?」


 ミリアでさえそれは例外ではなかった、グレネードで半壊した体がまるで新品同様に内部の機械構造まで正確に修復されて行き、剥がれた人工皮膚や、焦げた頭部の人口髪、内部のメモリまでもが元通りになっていく。

 数秒後にイヴが感じたのは、確実に全ての部品が収まっているであろうミリアの重さだ。そしてミリア自身もゆっくりとその眼を開けていく。


「モロボシ様……?」


「お、オイ! ミリアが、マリー! ミリアが直りやがった! 何が起きてんだひゃっほー!」


「なんてこと……」


 まるで何もなかったかのようにすべてが直っていく、爆発さえなかったかのように、冷気を出すブラックホールアイスさえ……


「何やこれは……悲劇嫌いの神様が自分好みのストーリーにしたくて降りてきたんか……?」リーパーが放心状態で呟いた。


「そう、思いたいところだが……」


 傷一つないミリアを血と涙を流しながら見つめて安堵の表情を見せる諸星を、さらに見つめながらオードックは地球が持つテクロノジーの底の知れなさに恐怖した。こんなことが赦されるのは確かに神しかいないだろうだが、そうすると地球は神を作ったことになる。

 機械仕掛けの、歯車(ギア)とプログラムで動く神を……


「ミリアさん……よかった」


 だがそこで限界が来たのか、諸星はそのまま気を失う様に倒れた。


「モロボシ様!」


 すかさずミリアがイヴから飛び降りて、血だらけの諸星を胸に抱いた。その手をうなじに触れ、スタックを確認すると数秒して安堵の声を漏らす。


「良かった……スタックに異常はありません。ただ気を失っているだけです」


「私が心配なのはミリアちゃんなんだけど……何ともないの? 本当に?」


 マリーがミリアの頭の先からつま先までじっくりと見るが、どのパーツも欠けておらず、むしろ新品のように汚れ一つもない。ボディの方も何ともないと言う様にその手でピースの形を作った。


「はい、五体満足……私を構成する部品で言うと三万パーツ程度満足です。自己診断を行いましたがどこも以上は発見されていません」


「記憶も初期化されていない、そのまま情報丸ごと修復したのか……? むっ!?」


 すっかり元通りとなった街並みに、暴食渦だけがまた空中に浮かび上がると、今度は一つ残らず諸星へと向って来ていた。

 咄嗟にミリアが諸星を庇うが、黒い霧たちは諸星のすぐ上に只集まると、一つの小さなキューブを構成した。掌に乗せられるほどの大きさで時折紫色の光が鼓動のように浮かび上がっている。

 暴食渦たちはその中に吸い込まれるように入っていくと、その姿を消し、残ったのは逃げた人間達以外は元通りの街並みだけであった。


「何かしらこれ……箱……? じゃない、急いでモロボシちゃんを船の医務室に運ぶわよん! その後直ぐ発信!」


 その光景に一同は唖然と立っているだけであったが、マリーの声に我を取り戻すと諸星を連れて船のある方角へと走り始める。

 何が起こったのかは分からないが、そこから何も食い尽くすまで止まらない暴食渦が止まったのだ、原因を探りに非難していた人間たちが帰ってくるだろう。諸星はただでさえ皇帝からその身を狙われていたのだ、これ以上目立たされるわけにはいかない。皇帝の手に渡すわけにも。


「ってなんでオメーらもついて来てんだ鴉と猫!」


「堪忍してや! コレ説明しろ言われても無理や、上からスタック取り出されて解析に回されるわ! ワシも一緒に逃げる。ミーヤの腕の直してもらったことやしな!」


 イヴの後ろで猫のミーヤがニッコリと笑いながらその腕に付いているイヴから壊されていたはずの義手を見せた。

 どうだと言わんばかりの満面の笑顔にイヴはもう一度その腕を千切り飛ばしたくなるが、今はそれどころではないとマリーから引っ張られた。

 要らない乗客が増えそうだと、オードックが張り付きながらぼやいた。


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