僕は此処にいる。
「直撃! 直撃! 第二機関室大破! 装甲内粒子拡散層落ちましたァ!」
「隔壁下ろせ! 区画は放棄!」
艦橋内が衝撃に揺れ、オペレーターの一人が悲鳴じみた声を張り上げた。
直撃したミサイルは自分たちがいつも使っている物よりも二回り、もしかすると小型戦闘艇が使うミサイルよりも小さなサイズなのに対し、その威力はアルテラ級重巡洋艦の分厚い装甲をシールドごと貫いた。それもシールドを発生させるための第二機関部を正確に。
最早ビームを防ぐための装甲は機能せず、艦橋に打ち込まれれば頭が、弾薬庫を撃たれれば胴体が、機関部を狙われれば心臓がお陀仏になる。
恐怖に駆られるのも無理はない、アルテラ級重巡洋艦「ブレダ」の艦長はたくましく伸びた髭を少し弄ると自分の腕の中に納まっている丸い筒型の保存用ポッドを見て心の中で舌打ちをした。
「主砲の口は空いてるか?」
「二門健在です、二連粒子砲が一門、電磁投射砲が一門」
「後は下甲板のは全滅か……機関長を呼び出してくれ」
思わず口から出てこようとする溜息を喉の付近で止めて、敵艦との位置を三次元的に示しているメインモニターを睨みつけた。
敵艦は虚空の闇から消えては現れを繰り返し、こちらの戦闘能力を裂いた途端に攻撃を止めて降伏勧告信号を繰り返し送ってきている。
敵は全くもって最悪の一言に尽きた。たった一艦、それも民間船よりも小さいサイズでありながら、こちらよりも高火力、高機動であり優れたステルス、ピンポイントでこちらの武器を潰す射撃管制。全てにおいてこちらのスペックを上回っていた。
さらには船の照合も不可、そして何より単独で行われるワープ。いまだこの世において物質の時空転送は巨大なワームホールゲートよる移動でしか不可能だと言うのに相手はあの小型艦でそれを可能にしている。
間違いない、「地球」から来たのだ。艦長は自分が持っている筒の中身をすぐに相手に渡したくなるが、それでは自分の国への裏切りとみなされるであろう。つまりは戦うしかない。
「第一機関室、通信入ります」
オペレーターの声に意識を戻した艦長が返事をすると、数秒ほどしてメインモニターの隅に下半身が蛇で出来たラミアモーフの煤だらけの顔が表示された。
「機関長、拡散層だけでも起動できる動力は回せないか?」
「光子帆で帰りたきゃどうぞ。こっちの動力だけじゃ相手のビーム一回でおじゃんです」
いい加減何故艦長が素直に降伏でもしてくれないかと言いたげな表情であった、先ほどの直撃で何十名もの乗組員に犠牲が出ているのだ。
そのことを理解しつつ艦長は淡々と答えた。
「一回防げるなら十分だ、動力を出来る限りそっちに回してくれ。それと慣性制御装置をダウン、船体を今のこの座標で固定しろ」
「此処に錨をおろすと? 正気ですか?」
「正気じゃあいつには勝てん、義体の替えは買ってるか?」
その言葉に機関長は笑いながら「アイアイサー」と答えると、すぐに船は大しけの船さながらに不安定に揺れ始めた。
それを知らせるブザーでさえも動力を停止しており、何人かのオペレーターは椅子からずり落ちた。
「粒子砲用意、放射砲には接触信管装填。おそらく相手はもう一つの機関部を狙って完全に動力を停止させてくるだろう」
「で、でもブリッジが狙われるのでは……」
「だったら既に狙われている」
船長が手元の筒を見てそう言うのと、未確認の敵が再びレーダーに捉えられたのは同時であった。
驚くことに敵艦は船の砲門が全滅し死角となった、直下数百メートル付近でワープアウトして降伏勧告信号を出してきた。まるでいつでもお前達を殺せるという様に。
今まで本当に手加減されていたのだとこめかみに血管が浮き出るものがあるが、艦長はそれをゆっくりと飲みこみ、周りにこれからやることを反論は無しで伝えた上で、相手にこう返事するように伝えた。
「馬鹿め」
それは推定数十秒で決着がつくであろう、戦いのゴングであった。
「粒子砲、射角めい一杯上げろ! 放射砲は徹甲弾に変更!」
「敵ビーム来ます!」
オペレーター大声が大声を上げた瞬間、ビームが装甲の粒子拡散層によって細かく分散する際の閃光がモニターに映り画面を見ていた者達の瞼を細くさせる。
「第一エンジン停止、操舵不能! 操舵不能!」
「敵ビーム砲チャージ確認、もう一発きます! 推定、六秒!」
「粒子砲!」
「角度調整終了! 撃てます!」
「総員衝撃体勢!」
艦長の声がブリッジに響いた瞬間、その場にいた全員が天井に叩きつけられんばかりの衝撃を受けた。
敵艦からの衝撃ではない、慣性制御装置が切れた状態で粒子砲を撃ったために座標を固定した船が中央部分を軸に縦回転した際に生じた物であった。
それと同時に敵から放たれたビームが船を掠めて宇宙の深淵の中に消えていく。船内後方にある機関室が船の思わぬ行動により位置が変わったからである。
少しでも下手をすれば動力部以上の被害を受けかねない非常に危険な賭けだが、今回は艦長の悪運が勝ったらしい。
ブレダは相手に対して直角の位置に回頭すると、砲弾が詰められた電磁投射砲が火器管制室の必死の調整により、確実に当たる位置へと微調整される。
敵艦は初めて焦った様子でワープを急いで起動しようとして周りの時空を歪ませるが、ブレダの照準修正の方が早かった。
「照準完了!」
「素人め、撃ぇ!」
ブレダの上甲板付近から眩い光が走る。
電磁投射された徹甲弾が、敵船の薄い装甲に食らいつくと簡単に引き裂さいて、そのまま大きな穴を空けた。
ワープしようとしてたそれはそのまま火花を散らしたかと思うとそのまま小さな爆発を起こして宇宙に彷徨う鉄くずの一つとなっていき、それをモニターで見ていたブリッジには歓声が巻き起こった。
「ふぅ……」
そんな中で艦長は一人心の中で安どのため息を漏らしていた。
「(まったく、たった一つのスタックのためにここまでの被害だとは……)」
この小さな筒に入っている小さな物体のおかげで何人が再装着をする羽目になるのか、そこまで重要な物を重装備の艦一隻だけで、それも秘密裏に辺鄙な惑星まで取りに来なければいけなかったのか。
————割りに合わない。
そう考えるのは軍人失格だろうが、それでも艦長は思わずにはいられなかった。
「喜ぶのはそこまでだ、光子帆の準備と被害報告、それに————」
だが、艦長の目が防護壁で閉じられていた強化複合ガラスで出来ている大窓に目を向けた瞬間、その体が固まった。
解放された大窓の外に、一つ、ぽつんと人型の機械が浮いていたのだ。
大きさ的には五メートル前後、黒い外装に、頭部からは二つのレンズアイが鈍い緑色を放っている。
「なっ――!」
声を上げる暇さえも無い、艦長が最後に見た光景はその機械が腕に装着されているらしいバルカンを自分に向けて回転させている所だけであった。
■
「————っ!」
その日何処にでもいるはずだった少年、諸星光は息が出来ない事を自覚して飛び上る様に目を覚ました。
大きな玉の汗が全身から噴き出ており、ベットのシーツまでもぐっしょりと濡らしている。
それもそのはず、諸星が自分の体を見てみると一糸まとわぬ姿でベットに入り込んでいたのだ。張り付いたシーツの感触に思わず顔をしかめながら辺りを見回すと、見慣れた自室ではなく消毒液らしい香りが漂う見たことが無い部屋だった。
戸棚から除く薬品や机に無造作に置いてある注射器などをみるにどうやら医務室らしき場所の様だが、窓が一枚も無く、黄土色の床と天井から除くむき出しのまま配管されたパイプなどがまともな医療施設ではないことを諸星に知らせていた。
その中でも特に目を引いたのが、部屋の隅に置かれている謎の機械で、人一人がラクラクに入れそうな大きさの円筒状の機械に緑色の液体が充満しており、時々不気味に泡を立てて怪しく鈍い光を出している。
「気が付いたかね?」
そんな時、ふと部屋の中から声が響いた。いぶし銀のきいた中年を思わせる低い声で、それだけで脳内に渋い男のイメージがわいてくるほど良い声だ。
だが、諸星が部屋を見渡しても声の主は見当たらない。仕切りも無ければ部屋の隅から隅まで見渡せる位置にいるのにどこを見たって影も形も見つかりはしなかった。
「あの、すいません……」
「おっと、すまないね。いつもの癖で」
やっと声の場所が自分の天井だと気付いた瞬間、諸星の目の前ににゅっと出てきたのは赤黒い色をしたぶよぶよとした物体だった。
長い吸盤が付いた八本の足と大きなこぶのような頭に小さな目が二つ目立たない様についており、その姿は何処からどう見ても蛸である。
そんな大人一人よりも大きな蛸が諸星の前でふわふわと浮いていた。
「え、あ……た……!?」
「どうかしたかね? もしや魂魄収納装置に何か異常でも……」
「スタッ……え……?」
更に奇妙なことにさっきまでのダンディな声は目の前の蛸から聞こえてくるではないか、よくよく見るとタコのこぶ部分に小さくスピーカーが付いている。
「あの、その……蛸……? ですよね……?」
「勿論だとも、オクトノイドを見るのは初めてかね?」
「二度目見られる光景ではないかと……」
まるで水の中にいる様に慌てる諸星の前で空中を泳ぎながら、その蛸はその吸盤で諸星をぺたぺたと触り始めた。
ひんやりとしたタコ足が火照った体に気持ち良いが、心中は疑問符でいっぱいであった。怖がっていいのか、笑ってやればいいのか、傍から見ればとてもシュールな光景には間違いはない。
「ふぅーむ、上手く定着しているようだ……装着酔いは? フラッシュバックは無いかね?」
「え、えっと、ドッキリ……ですか? よくできてる人形ですね……?」
「ドッキリ? 何を言いたいのかよく分からないが、不調はないようだね。船の中で報酬代わりに掴まされた骨董品の義体を使ったので何かないかと心配だったが」
「義体?」
「あぁ、宇宙に漂っている保護ケースに入ったスタックだけの君を見たときは驚いたよ。誰にやられたのかは知らないが、スタックに損傷が無いのは運が良かった、此処には記憶装置は無いからね。あっても使えるほどの金はうちにもないが」
そう言ってタコは近くのテーブルに触手を伸ばして鏡を取ると、諸星の前へと持ってきた。
鏡と言っても手鏡ではなく、壁に取り付ける様な鏡を割って持ってきた様なボロボロな物であったがそれでも諸星が自分の顔を見るのには十分であった。
「これが今の君の義体だ、気に入ると良いが……」
諸星がこれまで毎朝朝洗面台で見てきた顔は、日本人らしく黒い髪、黒い目をした目が大きいとよく友人からからかわれた顔だった。
だが、今は、色素の薄れた白髪に、深い琥珀色の瞳を持った西洋人の顔が驚愕の表情で鏡に映っている。
自分が知っている諸星光という男よりもとても良い面差しの美男子だ。だが、こんなものは自分ではない。
心臓の鼓動音が早くなり、汗がまた噴き出てくる。だがその汗を出しているのも自分ではない。
息を吐いているのも、眼尻から流れた涙も、震える手も全てが諸星にとっては他人の行動を見ているような感覚になり、接続障害と赤字で書かれた文字が視界いっぱいに広がっていく。
「あ、ああ……ああ……!!」
「おい、どうした? 君、君! コネクトエラー? 今になって何故……!」
諸星の姿にタコが慌ててその触手で腕を押さえると、残った一本で諸星の首元に軽く触れた。
「自己崩壊性装着障害? 有り得ん! おい君、自分をしっかり持つんだ! 私の目をみなさい!」
「僕は……僕はど、どこに……いるの……?」
「I think, therefore I amだ。君は此処にいる、しっかり、落ち着いて息をしなさい……大丈夫だ……私の言葉を繰り返して、さぁ、我思うゆえに我あり」
「わ、われおもうゆえに、わ、われ、あり……」
「そうだ、君の存在を肯定するために必要なのは君の体ではない、君の精神だ。君は此処にいるぞ」
君は此処にいる、その言葉を聞いた途端、諸星はさっきまで文字でいっぱいだった視界が急にクリアになった。
未だにこれが自分の顔とは思えないが、確かに自分はこの体の中にいるのだと感じられる。単純だが、それ故に安心できる言葉だった。
十分もすると、諸星は何とかタコと話せるほどに落ち着きを取り戻していた。
「ふぅ、一先ずは何とかなった……君がまだ若くて助かった。これの装着障害を起こす時は決まって長く生きすぎた者達で言葉だけでは効果は薄いんだ」
「自分が、自分じゃないみたいに……」
「大丈夫、カウンセリングをしていけば安定していくよ。とりあえず君の名前を教えてくれるかな?」
「えっと、あの……」
戸惑う諸星を見て、タコは一つ笑う————表情はともかく、聞こえる声はそうだった————と、一本の触手を彼の前に出した。
「そうか、まずは私からだな。私はオードック、君は?」
どうやら握手のつもりらしい。諸星が自己紹介しながら恐る恐る手を伸ばすと、オードックは触手で優しくからめ取って腕を振る。
「えっと、モロボシです、モロボシ、ヒカル」
「そうか、モロボシ。良い名だ、この宇宙では特に」
それは何とも奇妙な光景であった。奇妙な光景であったが、諸星はそこで初めてぎこちないながらも笑顔を浮かべるのであった。