ニキシーと疑惑(後)
「ええと、【注ぎ槍】に【串刺し】と……あとひとつ、もっかい、いいかな? ニキシー」
「【天ノ崩雷】です」
「それを使ってワームと死体を丸こげにした、と……」
イーシャは沼ワーム討伐の顛末を聞いて、しばらく考え込む。
「……ちょっと待っててくれる?」
フッ、とイーシャの姿が消え、三分後に再び現れる。
「そんなのスキル図鑑に載ってないわ」
「スキル図鑑って、なんですか?」
「このゲームはプレーヤーの発見を重視していてね。習得したスキルを学者ギルドに登録すると、スキル図鑑っていうアイテムに記載されるのよ。ゲーム内攻略Wikiみたいなものね。同じようなものに、アイテム図鑑とモンスター図鑑があるわ。そのうち買っておくといいわよ。と――そうじゃなかった」
イーシャは両手を合わせて話を戻す。
「【注ぎ槍】と【串刺し】は図鑑に載ってたんだけど、【天ノ崩雷】は図鑑に載ってなかったのよ」
「それって、ニキシーさんが初発見ってことですか!」
ディーザンが椅子を蹴って盛り上がる。
「すごい、三年たってほとんどのスキルは発見されたって話なのに!」
「とは、限らないわねー」
イーシャは躊躇なくディーザンの興奮に水を差した。
「スキル図鑑に載せると、ひらめきかたが大体わかっちゃうし、強力なスキルは隠し持っていたいプレーヤーも多いのよ。だから【天ノ崩雷】も誰かが発見して隠しているだけかもしれないわ」
「ああ……そうなんですか」
「ところでニキシー、このスキルはいつ覚えたの?」
「沼ワームとの戦闘で、ですけど」
「……ねぇもしかして」
イーシャはおそるおそる尋ねる。
「さっき、このディーザンって子がスキルコンボって言ってたけど……連続して使ったってことは、ひらめいたの? 三連続で?」
「……そうですよ」
「ええええ! すごいすごい!」
ディーザンの興奮度が再びMAXに。
「三連続ひらめきって、めちゃくちゃ低確率で、宝くじの一等ぐらいなんでしょう? 達成者も片手で数えられるぐらいしかいないとか! うわー、すごいなあ!」
「はぁ……」
ニキシーとしてはそれを達成した知り合いもいるし、自身も二度目なので珍しさはなかった。みんなちょっと話を盛りすぎじゃないか? とすら考えている。
「そんなことはどうでもよくて!」
バンッ、と机が叩かれる。セレリアはニキシーをギロリと睨みつけた。
「初心者で、たまたま沼に行って、宝くじの一等を当てて生き残った? だからMPKじゃなくて、ただの事故だって言いたいわけ?」
「そういうことでしょう? アイテム消失も【天ノ崩雷】の効果だと思うわ。このゲーム、フレンドリーファイア防止はないし、範囲内にいたら容赦なく当たるのよねぇ……」
「そんなの誰が信じるって言うのよ!」
「あたしが保証するわよ」
イーシャが己の胸に手を置いて言うと、セレリアの矛先はイーシャに向いた。
「そもそもあんたも怪しいのよ。ニキシーの友達? 都合よくあらわれたものね。初心者装備のくせに、やけにゲームに詳しいみたいだけど、なんなの?」
「ああ、あたしはセカンドキャラよ」
イーシャはにこりと笑う。
「ニキシーと足並み揃えたかったから、買っちゃった」
このゲームをやるために必要なヘッドセットは高価だ。○ヵ月分のお給料、のところに人によって様々な数字が入る。何も言わずに家人が「買っちゃった」と持ち出してくれば、大騒動になるぐらいには。
「ファーストはアーシャ・マオドラゴン。こっちは、イーシャ・マオドラゴンね」
「はぁー? よりによってマオドラゴンですって?」
セレリアが蔑んだ目でイーシャを見る。
「ほんと、聞いてたとおりね。トッププレーヤーの一人、唯一のバブル系魔法の修得者、大魔法使いのアーシャ・マオドラゴンの名前をかたる詐欺がゲーム内で横行してるって。いくら苗字かぶりが許されているからって、そんなパチモンくさい名前、アーシャに失礼だわ」
「まぁ確かに、マンドラゴンだのマンドラゴラだのはいたけど……」
「そっちのほうがまだマシね。イーシャ・マオドラゴンですって? 今すぐ改名してきて欲しいぐらいだわ。大魔法使いのパロディなんて下品よ」
「ええと、セレリアちゃん? あなた、苗字は?」
「セレリア・セレミアナだけど、それが何?」
「オッケー、セレセレ。ちょっと待ってて」
「誰がセレセレよ!」
セレリアが机を叩いた瞬間、イーシャの姿が消える。
「ログアウトして逃げたわね……」
セレリアは苦い顔をして――急に、目を剥く。
「? どうしたんだよ、セレリア?」
「フレンド申請がきてる……」
「なに? 聞こえないけど」
「アーシャ・マオドラゴンからフレンド申請がきてる!」
セレリアはディーザンのもじゃもじゃ頭を掴んでゆさぶった。
「ど、どどど、どうしよう!? アーシャだよ、本物のアーシャ!」
「やめっ、セレリア、やめっ、ゆれ……揺れる……!」
「どうしよう、本物だったよ!?」
「あああああああああいだあああああああ」
「あたしってば失礼なことを!」
「かみかみかみぃいいいあああああああああああ!」
イーシャが戻ってくるまでの数分間、ディーザンは頭を揺さぶられ続けたのだった。
◇ ◇ ◇
「ただいま。信じてもらえたかしらん? というか、フレ登録してくれてよかったのよ?」
「いえいえ、そんな、畏れ多いですから」
打って変わって。
イーシャが戻ってくると、セレリアはニコニコとしながら出迎えた。
「そう。もうニキシーを疑ってないの?」
「もちろん、疑わないわ。よく見たらなんかトロそうだし、MPKするような子にはみえないもの」
「あっはっは! そうよねー、顔に出てるのよね」
「ちょっと、待って。わたしはトロくなんて……」
「昔から見てて心配になるのよね。よく転ぶし、落ちるし」
「そんなに転んだり落ちたり、してな……してません」
すくなくとも先日は崖から落ちたわけではなく、降りたのだ。
現実でだって転ぶなんてことはほとんど――ない、とは言い切れないニキシーである。
「でもこんな頼もしい初心者がいるなら安心だわ」
イーシャはにこりと笑う。
「飛んでくるのは触媒代がかかるし、足並み揃えたほうが一緒に遊べるかな~って思ってセカンド用意したけど、これなら必要なかったわね。あなたたち、セレセレとディーちゃん? ニキシーとフレンドになって遊んであげてくれる? 友達を作るのが苦手な子なのよ」
「なっ、か、勝手に……」
「ニキシーがこの世界を楽しんでくれるのが、あたしは一番嬉しいのよね。たまーに冒険の話を聞かせてくれればいいから」
「いや、でも……」
〈セレリア・セレミアナからフレンド登録の要請がありました。受理しますか?〉
「ぐずぐずしないで承認しなさいよ」
「えぇ……」
「本当に初心者なら、このゲームで初心者同士で遊べる機会なんてそうないでしょう?」
〈ディーザン・フォッサマグナからフレンド登録の要請がありました。受理しますか?〉
「アーシャとフレンドになれ、って言われたら緊張するけど、ニキシーさんならそんなことないかな」
「そう……ですか?」
「三連ひらめきはすごいけど、まあ言ってみればそれだけだし?」
しばらく考えて、ニキシーはフレンド登録を承認しながら思った。
この二人、少しばかり自分をバカにしてないだろうか? 気のせいかな?
◇ ◇ ◇
「しかし、よかったのか」
明日の約束をして、セレリアとディーザンと別れた後――
ニキシーはイーシャに問いかけた。
「何が?」
「わたしと遊ぶために、セカンドキャラを用意したんだろう?」
「ああ。そうだったけど、本当にもういいのよ」
イーシャは苦笑する。
「特にやりたいビルドもなかったし、このままじゃアーシャ2ができるだけだったしね。ニキシーに一緒に冒険する仲間ができたなら、もうお役御免よ」
「……そう寂しいことを言うな」
ニキシーはイーシャを見上げて言う。
「お前は、わたしの友達だろう」
「……うーんこの、ニキシーめぇ!」
「きゃ!?」
イーシャに頭を抱きこまれる。このあたりの感触はさすがVR、しっかりと表現されていた。
「それじゃ、あたしと遊ぶために早く強くなりなさいな。このゲーム、装備は早めに頭打ちするし、サクッと三連ひらめきするような運があるなら、すぐに追いつけるから」
「……まあ、しばらく続けてみようとは思う」
「うんうん」
VRMMORPGも、やってみればなかなか面白いものだった。
見たことのないものを見て、やったことのないことをやっている。なかなか、楽しい。
「でも」
「ん?」
ニキシーはイーシャを見つめて言う。
「スキルとか使わずに強くなれないものだろうか?」
「……このゲームの全否定かな~」
イーシャは楽しそうに苦笑するのだった。