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番外編:少女と魔法使い

「えっ、来れないの?」

『すまん……どうしても修正が終わらなくて』


 スマホから聞こえるパパの声は、とても苦々しく、そして疲れていた。


『楽しみにしていたのに、悪いんだが……』


 だから、わたしは許す。


「いいよ、パパ、お仕事大変なんだよね。大丈夫、会場には一人で行くから」

『えッ。一人でって……だ、大丈夫かい?』

「パパ……わたし、もう中二だし、駅までは一人で来たんだから平気だよ」

『あ、ああ……そうか。もうエヴァに乗れる年か……そうだったな』


 エヴァがなんだか知らないけど、パパは納得してくれたらしい。


『わかった。気をつけて行きなさい。スタッフに話は通しておくから』

「うん。パパもお仕事がんばってね」


 通話を切って、わたしは歩き始めた。

 平日だっていうのに、この秋葉原って町は人が多い。ビジネス街ってわけでもなさそうなのに、どうみても観光客じゃない日本人もたくさんいる。客層がよくわからない町だ。


「よし」


 少し気合を入れなおして、わたしは会場に向かって歩き始める。

 今日はパパの作ったゲームのイベントが開催されるのだ。


 ◇ ◇ ◇


 パパはすごい人だ。


 ここ数年、ほとんど家に帰ることなく仕事をして――没入型? とかいう新しいVRを作って、そのうえそれを使うゲームをいち早く発売した。パパ個人はテレビにあまり登場しなかったけど、その機械やゲームはニュースですごく報道された。歴史的なことだと褒められていた。そういうことをたまに夜遅く帰ってきたパパに報告すると、パパにはあまり伝わっていなかったのか、驚いて喜んでくれていた。


 そんなパパは、ここ最近元気がない。

 ゲームのユーザー数がなかなか増えないとか、会社が買収されて体制が変わって大変だとか、いろいろ……浮かない顔をしていた。

 それでもゲーム開始して一周年のイベントで、ユーザーと交流するのが楽しみなんだ、と言っていたのに、昨日から急なバグの修正で行けなくなったという。運が悪いというしかない。


 パパのためにも、ここはイベントをきっちり楽しんで、どんな感じだったのか教えてあげないとね。

 きっと参加しているユーザーは、とっても楽しんでくれるに違いない。パパの作ったゲームだもの、間違いない。



 ◇ ◇ ◇



 ――なんか疲れた。


 わたしはスタッフさんが用意してくれた椅子に座って、深く溜め息を吐いた。


 ……ゲームのイベントってこんなものなのかな?


 なんかただの立食パーティっぽい。何台かあるモニターにはゲームのPVが流れてるけど、あれって一年半前に発表されたやつだよね? 何かしら催しがあるのかと思ったら、開会の挨拶が終わってから二時間、ずっとプレーヤーの交流っていう名目で放置されてるし……。

 わざわざ平日に、倍率の高い抽選を通ってまできてくれたユーザー、百人ぐらい? 最初は話も盛り上がってたみたいだけどさすがに今は……会話も食事も飽きた、みたいな目をしてる。これネットで生放送もしてるはず、なんだけど……見てる人いるのかな?


 ていうか、皆立ちっぱなしなんだよね……会場に椅子がなくて……壁のほうで座り込んでる人もいる。わたしは椅子を出してもらったけど……なんか悪い気がしてきた。みんなに椅子を出すように言うべきかな? でも会場にこれ以上椅子はないみたいだし……。


『みなさん、大変ながらくお待たせしました』


 あっ、ステージで何か始まるみたい。司会の男性の声に、退屈していたみんなの視線が、一斉に向かった。


『それでは続きまして――コンパニオンの撮影会を始めます』



 ……撮影会?



『コンパニオンの皆様の入場です。拍手でお願いいたします』


 ぱち、ぱち、とまばらに拍手があがる。参加者の大部分が、死んだ目をしながら義務的に手を叩いてた。

 ステージに何かコスプレをしたお姉さんたちが上がり、数名気合の入った人がカメラを構えて最前線に向かう。でも他の大多数は、しらけた空気の中にいた。


 ……うん、やっぱり、その……ダメだよね? このイベント。


 っていうか、司会の男性、よくニコニコしながら進行できるよね。わたしだったら居たたまれないよ、こんな空気。


 しらけた時間がしばらく経過して――ようやく撮影会が終わる。コンパニオンたちはなぜかステージから降りず、脇に寄って待機する。


『それでは続いて、今後のアップデートスケジュールについて』


 参加者の空気がピリッと引き締まった。これまで以上の視線が、ステージに向けられる。

 やっぱりみんなゲーマーだから、こういう情報は気になるのね。


『プロデューサーのノナカからご説明いたします。ノナカさん、どうぞ』

『いや、どうもどうも』


 出てきたのは顔面が四角っぽいおじさんだった。なんか肌が濃い。あとコンパニオンを見る目がやらしい。……苦手だな。この人がパパの上司ってわけ?


『それじゃあね、軽く現状の話から』


 ノナカって人は、ゲームが想定よりユーザーを集められていないこと、売り上げが良くないことをスクリーンに資料を映しながら説明した。特にサービス開始直後の人数をキープできていないことが問題だと、強く主張した。


 ……それ、遊んでる人に言う話?


『そういう現状を変えるため、ボクがプロデューサーになったわけです。就任の際にメディアを通していくつか約束をさせていただきましたね。その成果がようやく昨日、アニバーサリーアップデートとして出てきました』


 資料には初心者町がどうとか、闘技場がどうとか書かれている。特に大きな文字になっているのは、『二年後予定の魔界コンテンツ解放→一年に短縮!』という部分だった。


 ……二年かかるものを一年でやったのは確かにすごいかもしれないけど、たぶんそれをやったのはパパだよね? すごく忙しそうだったのはそのせい……?


『近年、後発のVRMMOが出てきて、ボクらは押されぎみです。体制は整ったから、ここからバンバン巻き返していきます。今日はその予定を皆さんに紹介しましょう』


 スクリーンに別の資料が映る。と、近くにいたスタッフさんがざわついた。なんだろう?


『まず大きな柱として――クエストを導入します!』


 ざわ、と参加者――プレーヤーたちもざわついている。


『ゲームにログインしても何をしていいのかわからず、やめていく……そんなことはもう起こさせません。誰でも最後までクリアできるメインクエストを柱に、サブクエストも充実させて、クエストを追っていけば楽しく遊べるように改良します』


 ……?


『どうキャラを育成したらいいかわからない。そう、今の状態ではね。ですから、レベル制度、クラス制度を導入します。ウォーリア、アーチャー、メイジ、クレリックを基礎クラスとして、レベルを上げて二次職三次職へとクラスチェンジしていく形ですね。これとは別に生産もクラフト職として細分化します。一人で何でもできるより、一人ができることを特化して、協力や交流を促していきます』


 ……あれ?


『合わせて、運に左右される《示し》システムは廃止してスキルツリー、スキルポイント制にします。パッシブスキルもこれで幅広く取得し、レベルを上げていくことができるでしょう。加えて、スキル効果の数値もきちんと表記していきますよ。ダメージ、攻撃力、クールダウンタイム……どれだけポイントをつぎ込んだら強くなるのか、わかりやすいようにね。これでビルドの楽しみを創り出します』


 ……これ、パパの思想じゃない、よね?

 ノナカって人が言っていることは、常々パパが否定してきたものだ。それを急に導入しようなんて、パパが考えると思えない。

 周りのスタッフさんもオロオロしている。やっぱりこれはパパの考えじゃない。きっとこういう発表があるってことをスタッフさんたちも知らされていないんだ。だから慌ててる。

 ――でも、ノナカを止めることはしない。できないってこと? あの人、どれだけ偉いっていうの?


『デスペナルティを廃止します。死亡したら荷物を持ったまま復活地点へ戻る形ですね。ああ、PKも廃止です。PvP専用コンテンツとして闘技場は用意しましたので、これからはPvEに注力します。PKにやられて身包みはがされて引退する……なんてことは、今後は起きないでしょう』


 どこかで「ハァ!?」と参加者の誰かが声をあげた。でも、それだけだった。

 ユーザーは用意されたものを遊ぶ側。受け手。だから制作側に何も言えない?


『……しかしこれらの施策を行っても、巻き返しは相当難しいというのが我々の判断です。ですので、ここで重大な決断をしました。それが……これです!』


 パッ、とスライドが切り替わり、この日一番のどよめきがあがる。


『月額課金をやめ――ドロクサーガは基本無料に生まれ変わります!』


 ……可能なの? パパは機体は逆ザヤ、インフラは赤字スレスレで……とかなんとか言っていた。よくわかんないけど、儲かってはいないはず。そこを、基本無料だなんて。


『既存の課金アイテムに加え、さらに課金によるサービスを充実させます。目玉はワープチケット。町と町の間を結ぶワープを設置し、それを利用する期間チケットを販売します。課題となっている移動時間も、これで解決できるでしょう』


 ノナカは自信満々にスライドを操作する。


『そして土地の購入! そうです、ハウジングを導入します! 皆さんの家をゲーム内に持つことができるようになるのです』


 資料には文字だけ書かれている。画像はなかった。……この資料、誰が準備したんだろう?


『初心者支援のキャンペーン、およびカムバックキャンペーンも実施予定です。また公式コミュニティとしてプレーヤーブログのポータルを用意します! そしてブログを書く公式プレーヤーは……彼女たちです!』


 ノナカがコンパニオンたちに向かって腕を振り、彼女らは笑顔で手を振る。……だいぶ、張り付いた笑顔だよね。ノナカだけが、心の底から笑っている。


 なんで? どうしてだろう? ……誰も、止めないから?


『ノナカプロデューサー、ありがとうございました。それでは質疑応答の時間に移らせていただきます』


 ノナカがその後も何枚かスライドを使って好き勝手に喋った後、司会がそう告げた。


『プレーヤーの方々、何かプロデューサーに質問はありませんか?』


 参加者は――手を上げなかった。呆然としていたり、なんか呆れた顔をしていたり、スマホに目を落としている人もいる。


『ありませんか?』


 ……誰も手を上げない。


 わたしも、何もできない。


 パパの……パパが理想を掲げて作ってきたゲームが、変わってしまう。

 でも、ここでわたしが騒いで何になるだろう? スタッフは誰も声を上げない。誰よりも内情が分かっているはずのスタッフが……逆らえない。たぶん、ここのスタッフさんは知らされていなかった情報だけど、上層部は知っているのかもしれない。

 そんな状況で、わたしが言ったぐらいで何が?


 ふざけないで。そんなのパパのゲームじゃない。


 そう言いたいけど、怖くて言えない。


 ……ごめん、パパ。わたし……。


『では質疑応答は――』

「あります」


 ……!?


『おお! じゃあそこの綺麗なお姉さんに、マイク渡してあげて。他にいないみたいだから、たっぷり質問してくれていいよ』

『かしこまりました』


 手を上げたのは――黒いドレスを着たおばさんだった。お化粧や身に着けた装飾で若く見えるけど、体型や目元からちょっと無理してるのが伝わってくる。……ああいう年齢の人も、ゲームするんだ。


「ありがとう」


 スタッフからマイクを受け取ったおばさんはニコリと笑い、ノナカの顔を見て言う。


「では――そうですね。ワープについて聞かせてください。すべての町を課金のチケットのみで瞬間移動できるのですか?」

『もちろん、そうなりますよ。隣町に行くまで何日もプレイするとか、退屈で仕方ないでしょう』


 ノナカが自慢げに答える。するとおばさんは、少し声の温度を下げて言った。


「その場合、流通への影響はどうなるのでしょうか?」

『は? ……流通?』

「荷馬車を使って輸送業を営んでいるようなNPCが一番影響を受けると思うのですが。ゲーム内資源の消費無しに無制限にワープ可能となると、荷物の輸送に価値はなくなって失業者が大量に出ると、少し考えれば分かることですが?」


 おばさんは畳み掛ける。


「死者もでかねませんよ」

『……えー、失業者、死者……NPCの、ですか?』

「そうです。ドロクサーガはNPCによって経済・物流が発生する仕様だというのは、ご存知だと思いますが」


 ノナカは何か少し考えたあと、ヘラッと笑う。


『今後のアップデートによって生まれ変わるドロクサーガは……新生ドロクサーガは、プレーヤーファーストをモットーとしています。NPCは今後は経済にかかわりません。それに、NPCは不死になりますよ。NPCが死んだりしたら、クエストの進行にも影響が出ますからね』

「そうですか……」


 おばさんは――スッと表情を消す。



「くだらないわね」



 しん、と会場が静まり返る。ステージの上のノナカは、目をぱちくりさせて固まっていた。

 ……わたしを含めて、みんな驚いて固まっている。そんな中、おばさんは言葉を重ねていった。


「昨日のアップデートからして、ほんとくだらなかったわ。闘技場はひとつのクランを優遇するだけの愚作だし、魔界は条件見てきたけど入るまで半年はかかるから意味ないし。極めつけは初心者町の改装――ゲーム開始直後ならまだしも、今さらよね。千人規模で入れる町にしたところで、いったい現状何人が利用するかわかってるのかしら? 交通の便も最悪で今や一日かからずに用済みになる場所に……町並みの趣味も悪いし、頭も悪い」


 ハァ、とおばさんは溜め息を吐く。


「まるで未来の読めていない行き当たりばったりの施策だわ。あなたが就任した半年前の状況からしても、遅すぎる。このアップデートに、一周年の段階で必要なことなんてほとんどないし」

『……なッ、な』


 ノナカが、小刻みに震えて顔を赤くして怒鳴った。


『なんだ、お前は!』


 うわぁ……お客さんに、お前って言った、この人……。


「ドロクサーガのファンよ」


 まったくひるまずに、おばさんは続ける。


「ドロクサーガの、ね。あなたは随分、ドロクサーガのことが嫌いみたいだけど」

『はぁ!? そっ、んなわけないだろう!』

「だったら何よ、さっきのアップデート計画は」


 おばさんは腕を組んで切り込んでいく。


「レベル、クラス制にクエスト制。ひら――《示し》システムを捨ててスキルツリー化。デスペナ廃止にハウジング。……ずいぶん、前時代の――ふつうのMMORPGに寄せてきたじゃない?」

『それこそ王道というもので、VRMMORPGの第一人者として――』

「そういうのなら、もうあるから」


 ある。半年前からいくつかVRMMOがサービスをスタートさせている。幼馴染の男の子が興奮して教えてくれたから知ってる。大企業の超有名IPを使った、すごいやつだ。今後もいくつもそういうのがサービスを開始していく予定になってるらしい。


「そういう『ヌルい』のがやりたい子は、とっくに引退してるわよ。いくら既存のゲーム内資産があるからって、『これからヌルくします』って言われて歓迎するような古参はもういないわ。今の発表を聞いて喜んでいるようなのは……いるのかしらね? どう、皆」


 おばさんが会場に集まった参加者に問いかける。誰も反対しなかった。

 わたしの隣では、スタッフたちがスマホを囲んで話し合っている。ネットの生放送のコメントも、大多数がおばさんに同意しているらしい。


「半年前。後発の登場によって独占市場じゃなくなって、ただでさえ減少傾向にあったプレーヤーがドッと減った。でもそれ以降はほぼ横ばいよね? 詳しいデータを見なくたって、プレーヤーは肌で知ってるわ。もうこのドロクサーガには、その独自のシステムを受け入れた古参しか残っていないのよ。今さら『ふつう』にされたら、引退者が増えこそすれ、初心者がそれを上回ることなんてありゃしないわ」


 ……一年で古参って言うものなんだ?


「正直、『ふつう』のMMORPGにしたらネームバリューもないし?」

『ぐッ……終わり! 終わりだ、質問は終わり! スタッフ、片付けろ!』


 ノナカが腕を振り回して命令するけど、スタッフは誰も動かない。


『お前らッ――いいのか、俺の指示が聞けないなら……』


 脅し。スタッフは――揺れた。ノナカに従わないとクビになるのかもしれない。そんなに偉いのだろうか。


『わかったな。終わりだ、質疑応答は――』

『たっぷり、でしたよね』


 司会の男性が、割り込んだ。


『……は?』

『まだ時間もありますし、彼女にはまだまだ質問があるようです。たっぷりお話しいただきましょう』

『な、お前ッ、名前は――』

「ありがとう。まだまだ言い足りなかったのよね。話が分かる人がいてよかったわ」


 おばさんは頬に手を当てて首をかしげる。


「なんせ、新規プレーヤー獲得の施策に、コンパニオンの公式プレーヤーとかを持ち出すエロオヤジだもの……ちゃんと理解できる人がいるのか不安だったわ」


 ノナカの顔は赤さを通り越して黒くなり始めてる。呼吸できてないんじゃないかな?


「あたしたちの課金が、エロオヤジの性欲に使われているなんてねぇ……申し訳ないけど、名前も知らないようなコンパニオンじゃ集客力には大して期待できないわ。新人さんと、売れないレースクイーンさんと? 予算のなさが浮き彫りね。趣味は悪くないけど……」

『かッ――ふざけッ……! これはだなあ! 実績のある集客法で……! お前らなんかな、エロで釣っておけばいいんだよ!』

「どこの実績なのか知らないけど、ドロクサーガには……いえ、MMORPGには合わないわよ」


 おばさんの目が、静かな怒りをたたえる。


「ホント、あなたは分かってないわね。MMORPGのことじゃないわよ? ――ドロクサーガの、あの『世界』のことをよ」


 世界。


 ゲームじゃなくて世界だと、おばさんは言った。


「あの世界はあたしたちのためにあるわけじゃないのよ。究極のところあたしたちが全員ログインしなくたって、経済活動を行って生活している。NPCや――ドロクサーガに住む存在のためにある世界なの。だからこそ――異邦人として訪れるのが楽しい場所なのよ」


 何人かの参加者がおばさんの言葉に頷いた。


「プレーヤーは根無し草の冒険者。常に世界に存在することができない以上、生活者――経済に組み込まれた存在であってはならない。だからハウジングもない。保証された生活もない。苦労も多い。でも、だからこそ楽しいのよ。本気で向き合うことができるから」


 おばさんは、にこりと笑って言う。


「過剰な接待を受けたいのだったら、とっとと別のゲームをやってるわよ。ねえ?」


 誰も声は上げなかったけれど――参加者たちは全員が、ノナカに視線を向けた。百以上の敵意を持った目に見つめられて、ノナカがひるむ。


『ばッ――ばかなことを。お、お前らのような頭の固い古参がいるから、人が増えないんだ! 他の大多数のプレーヤーはアップデートに賛成するし、新規プレーヤーだって増える!』

「なら、証明しましょう」


 おばさんは、一歩も譲らない。


「これから一週間。あなたのアップデート計画に反対するプレーヤーは、ゲームにログインしないわ。DAUは取ってるんでしょう? どう推移するか見ものね」

『な――』

「そして一週間後にはまたゲームにもどってくる。自然減という言い訳はさせないわよ? 今日から一週間の減少と、一週間後の増加の差が――あんたの計画に反対する意思の表われよ」


 参加者たちはおばさんの言葉に、「一週間か」「まあその程度なら」とひそひそ話し合う。

 反対運動――ストライキ? はもう止められない。


『クッ――クソッ、ふざけるなッ! そ、そうだ! 業務妨害だ! 貴様、どこのどいつだ! 訴えてやる!』

「あたし?」


 クス、とおばさんが――ううん。


「あたしは……アーシャ・マオドラゴン」


 頼もしく素敵な魔法使いのお姉さまは、笑う。


「訴えたければそうしてみなさいな。あなたの会社にその余力があればいいけどね。いろいろ噂は聞いているのよ? 無理な吸収合併のひずみをどう隠そうとしているか。あら、知らない? なら上司に聞いてごらんなさないな。……空席があれば、乗せてくれるんじゃないかしら?」


 会場が揺れる。ざわざわと、そこかしこで呟きが漏れる。


 ……え? なに? どういうこと? 会社、よくないの?


『ふッ、風評被害だ! 根も葉もない噂だ! そんなもの――』

『質問は以上ですか?』


 スッ、と。ノナカがわめきちらすなか、司会の男性が割り込んできた。


「ええ、以上よ」

『ありがとうございました。大変参考になりました』


 司会の男性はにこやかに笑う。まるでノナカなんていないかのように。


『それでは以上を持ちまして、イベントは終了となります。皆様、ご来場まことにありがとうございました』



 ◇ ◇ ◇



 あれから二年。あたしを取り巻く環境にはいろんなことがあった。


 パパは社長になった。出世――というとちょっと違うのよね。独立して社長になった。

 二年前、パパの会社を吸収合併した会社が、粉飾決済で世間を騒がせて――倒産する前に、パパはVRMMORPGの部門を率いて独立することになった。

 おかげさまで、パパはさらに家に帰れなくなった。社長で開発者でプロデューサーでと、三役以上をこなす激務で忙しい。身体が心配だ。ちゃんと食べているのかしら。


 そのパパの作るゲームは――あのノナカってプロデューサーが粉飾決算騒ぎの中に更迭されて、変なアップデートをされることなく、元からのコンセプトを貫いて運営されている。後で聞いたけど、あのアップデートはやっぱりノナカって人の独断専行だったらしい。まったく冗談じゃないわ。


 ちなみにプレーヤー数は……あまり芳しくないらしい。減ることは少ないけど、増えることも多くないって。


 久しぶりに家で会ったパパは、楽しそうだけど不安そうでもあった。

 これから先、ゲームの運営を続けられるかどうか、日々綱渡りのような状態なんだって。


「どうしたら続けられるのかしら?」

「一番は、プレーヤーが増えてくれることなんだがね。さてどう集客したらいいのやら」

「広告をすれば集まるものじゃないの?」

「そう簡単なことじゃない。広告を見たからって、心が動かなかったものは買ったりしないだろう?」

「じゃあ心を動かす広告を作ればいいんじゃない?」

「そういう広告を打ってるつもりなんだがね」


 どうもイマヒトツなんだ、とパパは宙を仰いで言う。


「パパたちが考えるドロクサーガの売りと、ユーザーが感じているドロクサーガのいいところが、微妙にズレてるのかもしれないな。そして、まだ知らない人が広告を見て引き込まれるポイントもまた違うんだろう……」

「アンケートとかすればいいんじゃない?」

「そういうのとはまた別なんだよ。どうしても齟齬ってのは出てきてしまう。実際に『ユーザー』として遊ぶことは、作り手にはどうしてもできないからね……難しいところだ」


 パパは苦笑いして、あたしの頭をポンポンと叩く。


「なに、大丈夫さ。パパも仲間もがんばるからね。安心していなさい」


 ――パパが家に帰ってくる日はどんどん少なくなる。


 だから、あたしは決める。


 あたしが、パパのゲームを遊ぶ。そして、感じたことを伝える。あたしだけじゃなく、もっとたくさんの――ドロクサーガの世界を、アーシャのように真剣に遊んでくれる人の気持ちを、パパに教えてあげるんだ。そうすればきっと、パパの助けになる。


 16歳の誕生日プレゼントはヘッドセット一式にしてもらった。

 ドキドキする胸を押さえて、ヘッドセットをかぶってリクライニングチェアに横たわる。


 よくわからないチェックがいろいろ始まっては終わり、アバターの作成。

 同行してくれる幼馴染のリクエストで、種族をエルフに。あとは髪色を変えるぐらい。



 最後にネームエントリー。



 ――わたしは、セレリア・セレミアナ。


 パパのためにこの世界の魅力を探る――冒険者だ。

この番外編をもって完結済みとさせていただきます。読んでいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。 良い物語をありがとうございました。
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