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ニキシーと決闘(9)

 頭が重い。めまいがする。今すぐ目を閉じて横になりたい。

 いいや、立たなければいけない。武器を持って。終わるまで。


 背反する思考がニキシーの中で堂々巡りを起こす。足に力が入らない。


 そして、敵は待ってはくれない。


《【鉄クズノブレス】》


 要塞竜のスキルが始動。竜の顎が開き、鈍色の口腔の奥で歯車や鎖が動く。

 狙いは正確に、瓦礫の上で膝をつくニキシーに。


 それでもニキシーは立てない。さんざん枯渇したものを消費しようとするシステムに、意志の力も疲弊させられていた。


 だから――立たない。


 ジャガガガガガガガッ――!


 大小さまざまな鉄くずが、要塞竜の口腔から放たれる。遠目から見てもほとんど隙間のない高密度な奔流を――ニキシーは、瓦礫の上から転がり落ちることで回避した。次の瞬間、瓦礫は無数の鉄くずに削り取られ消滅する。


「ぐッ――ぅ」


 地面に半身を叩きつけられる。わずかな落下ダメージ、わずかな痛み――ニキシーはそのまま転がり、勢いで身を起こした。ふらり、と揺れる上半身になんとか言うことを聞かせ、手放さなかった太刀を……竜の足へ繰り出す!


《示せ》


「【疾風刃】」


 斬撃と共に風の刃を飛ばす複合攻撃。だがどちらも要塞竜の防御を貫けない。


《示せ》


「【天地剣】」


 高威力の二段攻撃――弾かれる。


 ぐらり、とニキシーの体が揺れ、再び膝をついた。


『ニキシー、やはりもう限界か! 動きを止めたぞォー!』

『がんばったと思うけど、ここまでだね。どうあがいても勝てないんだし』


 通常攻撃は威力不足。

 妙運によるひらめきは手数不足。


 勝てない。


 ニキシーの内なる声が言う。


 勝てない――なら、もういいのではないか? あきらめてしまってもいいのではないか?

 だってほら、こんなに眠い。気持ち悪い。吐き気がする。めまいが。悪寒が。頭痛が。

 目を閉じる理由はこんなにある。

 続ける理由はなにもないじゃないか?


 だから、目を閉じよう。


「――……」


 横になろう。



「――……か」



 口を閉じよう。




「――……ったことか……あああッ!」




 目を開き、立ち上がり、ニキシーは叫んだ。

 太刀を両手で握り締め、ふらつきながらも構えを取る。


「しるか……しったことか……」


 勝てないとか負けるとか、そういう話じゃない。


「……られ、ない……から……やる……ッ」 


 ここで折れたら――自分を認められないのだ。それだけは絶対に嫌だった。

 勝てない、そうかもしれない。知ったことか。自分はこのゲームに詳しくない。だがどんなに詳しい人間が断言したとしても――それは外野の予想だ。結末は当事者が決めるものだ。自分が、自分の意志で。


「ッ――ああッ!」


 叫んで、太刀を繰り出す。要塞竜の足はそれを弾く。



《示せ》



 やってみせろと、声が言う。



「【正対正断】」


 低位の火力スキル。弾かれる。


《示せ》


「【絶妙剣】」


 中位の火力スキル。弾かれる。


《示せ》


 三連続のひらめき。引き出される力。


「【鹿角】」


 居合いの構えから放たれる神速の一撃。広範囲を切り裂く防御無視スキル。要塞竜に一筋の大きな傷がつき、一拍遅れて血飛沫があがる。



《示せ》



 ――四連続。頭蓋の、脳の底をひっかきまわされる感覚。視界が明滅する。気持ち悪い。内臓すべて戻してしまいたい。

 そんなニキシーの思考とは裏腹に、体は背筋を正して太刀を掲げる。閃光が刀身から放たれる。


「【止刻の剣】」


 ズガァッ!!


 大上段から振り下ろした太刀は要塞竜を切り裂く。

 続いて閃光が要塞竜を包み込み、痛みに咆哮をあげようとした竜は――動きを止めた。


『ま、またしても四連続!? 確率一千億分の一とはなんだったのか!? しかも効果不明の未登録スキルだ!?』

『まあ確率については僕らの予測が違ったのか……というか、なんだこの効果。……時間停止?』


 時間停止。ごくわずかなスキルでしか発生しない状態異常。

 対象の時を止める強力な効果と引き換えに、成功率は低く、効果時間も耐性等によって指数関数的に短縮される。特にボスクラスのモンスターであればなおさら効果時間は短くなる。


 ひらめきでなければ。


 スキルをひらめいた際は、必中。その効果は完全に発動する。

 さすがに無効化の無効化とまではいかないのだが、要塞竜には時間停止の耐性はあっても無効化はなかった。

 最大時間の状態異常が、要塞竜の動きを封じる。闘技場に訪れる、久方ぶりの静寂。


 だが、代償もあった。ニキシーの手の中で、太刀がパリン、とゲーム的な音を立てて消える。耐久度の限界に達したのだ。


「ぜっ……は……――」


 ニキシーは地に手をつく。荒い呼吸で、肩を震わせる。


「――き……、ぶ・き……お」


 ずるっ、と、ニキシーの手が滑る。左腕の肘をついて体を支える。そして、のろのろと右手を腰のポーチに伸ばした。


「ぶき……」


 ぼやけた視界の中にインベントリーが開く。とにかく目に付いたものを引っ張り出す。


『ここでニキシーが取り出したのは……片手剣! 銀製の片手剣、ブロードソードです!』

『ヴァンパイア対策のために買ったんだろうね。聖属性の付与もされてる。まあ要塞竜を相手にするんじゃ、耐久が低いってだけだけど……こりゃ武器も尽きたかな?』


 ディーザンのアドバイスを聞いて、一本だけ用意した銀製の武器。

 それを右手に、ニキシーは左腕を使って要塞竜の足へと這い寄る。鱗を剥いでいない足。だが、もう他のところに移動するほどの力が残っていなかった。


「ッ……――!」


 のろのろと剣を振り上げ――鋭い剣を繰り出す。高速高威力の通常攻撃。


 ガッ! ――弾かれる。手ごたえはない。二度、三度と繰り返す――だが、弾かれる。


 ガッ! ガッ! ガッ! ガッ!


『おや……どうしたことでしょう? 打てばひらめく、といったペースでひらめきまくっていたニキシー、通常攻撃を繰り返すがひらめきません!』

『おっ、乱数が仕事してるのかな? ……それとも、もう片手剣でひらめくスキルがない、か?』


 片手剣。ニキシーが始めて使った武器。手にはいりやすく価格も安いため、女王蜂マラソンでも積極的に使っていた。スキルをひらめききれば、もうひらめかなくなると信じて。


 ガッ! ガッ!


 通常攻撃を繰り返す。高精度な攻撃で、せめて一点を集中して防御を破壊できないかと試みる。


「ま……だッ」


 あきらめない。


 ガッ! ガッ! ガッ――


「ッ」


《示せ》


 体が勝手に持ち上がり、片膝立ちの姿勢に。


「【十字斬り】」

(え?)


 縦横に繰り出す連続攻撃。要塞竜の防御は――抜けない。


《示せ》


「【グローリークロス】」


 聖属性をもつ縦横の連続攻撃。光り輝く剣筋――防御に阻まれる。


「……は……ッ……なに……が?」


 何かおかしい。だが何が? もうはっきりと思考ができない。

 ニキシーは違和感を棚上げして、震える手に力を入れて再び剣を振るう。


《示せ》


「【二段斬り】」

(は?)


《示せ》


「【五月雨斬り】」


 内心の動揺とは裏腹に、体は勝手に動く。雨だれのような連続攻撃。


《示せ》


「【銀雨斬り】」


 三連続。銀製片手剣固有スキル。威力を増した連撃が、時を止めた要塞竜に傷をつけていき――ニキシーの動きが止まった。ぐらり、と体が揺れて、思わず剣を地面に突き立てる。


「……んだ……」


 何だ。何なんだこれは。


『おーっと! またも三連続! 二連続も相当珍しいのに、もはや三連続が普通になってきた感じですが!』

『なんかさ、ニキシーが今さら不思議そうな顔してるね?』


 そんな顔にもなる。

 だって――【十字斬り】も【二段斬り】も【五月雨斬り】も――修得済みなのだ。

 そのうえ、完全封印している。もう二度と自分が使うはずのないスキル。それが、どうして?



『仕様です』



 実況席から、声がする。

 思わずニキシーはそちらを振り仰いだ。声の主は赤いローブのフードの端から、口元だけを露にしている。

 その唇は、確かに歪んでいた。


『え? なんだい急に、何も聞いてないけど』

『ああ、失礼しました。なんだか言わないといけない気がして』


 それも一瞬。幻のようにGMの唇から表情が消える。実況と解説の二人も、首をかしげながらもそれ以上の追求はしなかった。


『さあ、またもニキシーは動きを止めた! フォートレスドラゴンの時間停止はいつ切れるのか!? さすがに永続ということはないでしょう、それまでに状況を覆せるか!?』

『いやあ、無理だろう? こいつは即死も完全無効だし、【虚空斬】みたいな『空間ごと消す』系の攻撃にも耐性があるからね。まあ、ここら一帯を全部消し飛ばすようなチートスキルが隠されてて、それをひらめくとかでもなければねえ』

『そんなスキルがあったら開発の頭を疑いますね』

『はは、最初からイカれてると思うよ。そんなゲームに付き合う僕らも同類だけどね。いや、一番ぶっとんでるのはニキシーか。精神力ってなんだよ、まったく』


「……っ……ぇ……」


 勝手を言う。


 どいつもこいつも。わけがわからない。


 特に、この世界(ゲーム)だ。理不尽だし、それが当然という顔をするし。


 ひらめきとか、スキルとか――ほんとうにめんどうくさい。


「……ふーッ……ぐッ……」


 剣を杖代わりにして、ニキシーは立ち上がった。

 ふらつく体を、歯を食いしばって、足に力をこめて真っ直ぐに立たせる。


「……ふーッ……ふーッ……」


 ギリッ……。


 過剰な力のかかった奥歯がきしむ。


「……ぬ……ァ……ッ!」


 剣の柄を手に取り、力をこめて引き抜く。ギリギリと歯軋りをして構える。剣を向ける。

 そして、放つ。高速の――通常攻撃を。


 ガッ! ガッ! ガッ!


 スキルでついた傷に重ねるように、寸分の狂いもなく打ち込む。


「グ……ゥ……! ……フーッ……!」


 ガッ!  ガッ!  ガッ!  ガッ! ガッ――


「――うわッ、なんじゃ!?」

「――グオォォ!?」


 打撃音に混じって、イリシャの声があがる。と同時に、要塞竜が痛みに吼えた。


『おおっと! フォートレスドラゴンが動き始めました! どうやらイリシャ様も時間停止の効果を受けていた模様! ですが今、効果時間が経過! これはもはや万事休すかー!』

「は? 時間停止……?」


 ガッ!  ガッ!  ガッ!


「くッ。小娘が相変わらず脳筋を! オシロン、さっさとやってしまえ! もう他のターゲットなぞおらんじゃろが!」

「グオオォ……」


《鉄クズノブレス》


 竜の顎が開く。首がニキシーの方を向く。ニキシーは――



 ガッ!



 通常攻撃を放つ。その目はもう、前しか見ていない。

 要塞竜の口腔の奥がきらめき、ジャガガガガッと大量の鉄くずが吐き出される。

 それは――ニキシーの左半身に直撃し、皮と肉を散り散りに飛ばした。ブシャッ、と半身から血が噴き出す。HPゲージが大半吹き飛ぶ。防具と服が一気に破壊され、ボロボロの姿になる――それでも。


 ガッ!


 速度・精度・威力に補正のかかった脅威の通常攻撃。ブレスと同時に放ったこの一撃が、衝撃に倒れそうになる体を強引に前に引っ張った。狙いたがわず、それは要塞竜の足を打ち――


《示せ》


 声が、ニキシーの意識を暗闇に沈めようと呼びかける。


「【暗黒】」


 刀身が闇を帯び、放たれる。自身のHPを犠牲に放つ高威力の攻撃。残りわずかなHPが限りなく0に近づく。


《示せ》


「【陽光剣】」


 闇の次は光。アンデッド系に特攻のある輝きの一撃。


《示せ》


 三連続。ニキシーは頭の奥に手をつっこまれる感覚に耐えながら次の動作を待った。


《――示せ》


 ――だが、いつもとは違った。声が問いかけてくる。


《示せ。汝が封じるスキルの数を》


 スキル?


 ああ、スキル。勝手に体を動かすし、意識を削り取ってくるめんどくさいやつ。

 そんなもの、答えは決まっている。



 ぜんぶだ。



 ◇ ◇ ◇



 その内なる問いは、外から見れば一瞬のできごとだった。

 ゆらり、とニキシーは剣を掲げる。左半身から血が流れ――全身から蒼いオーラが立ち上る。


「【封印剣――」


 小さな唇が、感情のない声で宣言する。


 その次の瞬間、ニキシーの背後にいくつもの文字が浮かび上がった。




 【巻き打ち】【抜き打ち】【虚ろの太刀】【拳取】【峰打ち】【氷断】【火流穿】【雷切】【一刃二刀】【鱗返し】【燕返し】【踏込】【霞の太刀】【夢幻雪月】【乱れ雪月花】【兜割り】【真っ向唐竹割り】【一切献上崩天斬り】【無心の太刀】【無二の太刀】【無尽の太刀】【無終の太刀】【水月】【截鉄】【百花繚乱】【大乱れ雪月花】【弧月斬】【疾風刃】【天地剣】【正対正断】【絶妙剣】【鹿角】【止刻の剣】【グローリークロス】【銀雨斬り】【暗黒】【陽光剣】【封印剣】



 そしてそのすべてに、赤い打ち消し線が刻まれていく。ひとつ刻まれるごとに、ニキシーが掲げる刀身に紋様が刻まれ、光を放つ。


「――三十八】」


 【封印剣】。指定した数のスキルをランダムに『一時封印』し、その数に応じた威力の一撃を放つスキル。この戦いにおいてひらめいたすべてのスキルをつぎ込んだその一撃は、要塞竜の足を深く切り裂いた。


「グォオオ!?」

「な、なんじゃとッ」


 竜がバランスを崩す。身にまとう巨大な要塞が、ぐらりと傾き――地鳴りと共に着地した。突風が土煙を巻き起こす。


『すさまじい一撃だ! 要塞竜が片膝? 片手? とにかく斜めに倒れました!』

『お手軽ぶっぱスキルでぶっぱなしたか。まあ封印解除しにいくのがめんどくさいから、よほどのことじゃないと出さないスキルなんだけどね。38ともなるとなかなかの威力だ。あとは追加効果――』

『これは!? ニキシーがいない? あ、いやッ!?』


 土煙が晴れたとき、ニキシーの姿は要塞竜の足元になかった。


「ぜ……は……ッ」


 その足の上をよじ登り――要塞の端に立っていた。


『要塞! 要塞の上にいたッ! ニキシー、要塞に取り付きましたッ!』

『よく動けるな、ホントに……』


 風が吹き、ニキシーの髪を揺らす。血に濡れて乱れた髪から、焦点の合わない瞳がらんらんと輝く。

 そして、一歩。ゆらりと揺れながら、足を踏み出す。

 カン、カン、と、右手で引きずる剣が、鋼の要塞を叩いて鳴らす。


「ふ、ふははっ! 馬鹿めっ! オシロンの要塞部はその名のとおり要塞じゃ! ゼロ距離から砲撃を受けて弾けとぶがよいわっ!」


 要塞の隠し部屋に隠れ潜むイリシャが笑う――が。


『それはどうかな』

「は? どういう意味じゃ? アン?」

『フォートレスドラゴンがそのスキルを使えればそうなるだろうけど、どうだろうね?』


 ――【封印剣】。使用者のスキルをランダムで指定数封じて放つスキルには、追加効果がある。

 それは封じたスキル数に応じた、対象のスキルの一定時間の封印。

 時間停止と同じく、数も効果時間も耐性で短縮・減少する状態異常だが――


『ひらめきで放った【封印剣】。38個盛り。……3つぐらいは使えないんじゃないか?』

「お……おっ、おのれぇえええ!」


 イリシャが吼える。


「そんな都合よくアンチ張り付きのスキルが封じられてたまるかッ! オシロン、砲撃じゃ! 矢でもよいぞッ!? ……ないのかッ!? せ、せめてじゃな、ミニオンスキルは……」

「グオオォォン!」


《【デアエデアエ】》


「よおぉおおし! わははッ! 畳んでしまえぇ!」


 要塞竜の各部から歯車と金属音が鳴り、所々で蒸気が噴き出す。

 その白煙の中、姿を現したのは――武装した骸骨。スケルトンの上位に位置する、竜の牙から生まれたアンデッドモンスター、竜牙兵ドラゴントゥースウォリアー。さまざまな武器を持ち、要塞のそこかしこからカタカタと姿を現す。その数、およそ百。


「この数の竜牙兵相手にひとりィ? 無理無理無理じゃ! あっという間に物量に押し切られておしまいよ! はーっはあっはっはっは――」


 ガシャン! バキッ! グシャッ!


「はっはっはっは――ん?」


 鳴り響くのは――骨を粉砕する音。


「……え?」


 派手な音を立てて、竜牙兵が吹き飛ぶ。


 ニキシーに押し寄せる不死の戦士たちが、その間合いに踏みこむたび――斬り飛ばされる。


「ば……ばかな……」


 ふらり、と。今にも倒れそうな様子で、ニキシーが一歩を踏み出す。

 その背後から竜牙兵が槍を手に飛びかかり――次の瞬間、ニキシーが繰り出す剣に弾き飛ばされる。


 その剣筋はもう糸のようにしか見えない。高速高威力の――通常攻撃。

 竜牙兵が粉々になる。ニキシーは倒れそうになる体を強引に持ち上げ、再び上を向いて一歩を踏み出す。


 真正面から突っ込む敵を、切り伏せる。

 横から飛び出す敵を、切り払う。

 歩みを邪魔するすべての敵を――一刀の元に排除する。


「………フーッ………フーッ………!」


 ニキシーの食いしばり、むき出しになった歯牙から、呼吸が漏れる。

 竜牙兵が間合いに入るやいなや、見もせずに通常攻撃で粉砕する。


 ニキシーは要塞をのぼる。百の敵を払いのけながら。


『りゅ、竜牙兵が一撃で……?』

『銀武器で聖属性だからってのもあるだろうけど……通常攻撃だぞ……』


 竜牙兵が構える間もなく迎撃する。

 鎧をそのままに両断する。

 そしてまた一歩、要塞の上へと足を踏み出す。


「フーッ………ゥ゛ー………!」


 そしてついに、最後の竜牙兵が砕け散る。それと共に、パリン、とニキシーの手の中の剣も消失した。突然の重量の変化に、バランスを崩して倒れそうになり――ずしゃ、と血に濡れた足を踏ん張って持ちこたえる。


 ギリ……ギリギリ。ニキシーの奥歯が立てる悲鳴が、闘技場に響く。


 やがてニキシーは、要塞の最上部にある扉の前で足を止めた。

 要塞竜の隠し部屋。人間ひとりがなんとか入り込める狭い空間。普通の手段ではたどり着けない安全地帯。

 ニキシーは鋼の扉に手をかける。だが、開かない。内側から鍵がかかっている様子だった。


「……ーッ……が……」


 ポーチに手を伸ばし……滑る目線と震える指先でUIを操作し、武器を取り出す。

 高品質の片手鈍器、戦闘開始時に出したきりしまいこんでいたライトハンマー。


 振り上げ、扉に向かって繰り出す――通常攻撃を。


 ドゴォッ!


「グオォォォ!?」

「なッ……!?」


 要塞竜が悲鳴をあげる。

 生身に見える頭や手足の部分だけでなく、要塞部分も竜の身体の一部である。隠し部屋の扉も例外ではない。


 ドゴォッ!


「グォォオ……!」


 攻撃されれば、要塞竜に判定がゆく。


「ば……ばかなっ!? オシロンの防御力じゃぞ!? それが……」


 ドゴッ! ドガァッ!


「ギャアアアアオオォ!」

「通常攻撃でダメージ入るわけないじゃろがアァァァッ!?」


 入っていた。通常攻撃で、強固な防御力を誇る要塞竜に、ダメージが。


『そうか……なるほど……』


 熟練のプレーヤーたちからすれば信じられない光景が繰り広げられる中、解説席でカニカンが呟いた。


『彼女は、スキルをひらめくたびに強くなる――通常攻撃が』

『ど……どういうことです?』

『パッシブスキルだよ……【通常攻撃強化】。あれが強化されたんだ。【封印剣】でスキルを封印したことによってね』


 パッシブスキル。それは封印したアクティブスキルの数に応じて効果を増す。

 およそ250個のスキルの完全封印。そして追加で38個の一時封印。一時封印は完全封印と比べて効果量が低いとされているが、正確な内部計算式はプレーヤーの誰も知らない。まぜこぜになったとはいえ、約290個の封印による【通常攻撃強化】が――ついに、要塞竜の防御を貫いたのだ。


「くッ、おのれ……こうなったらわし自ら……って鍵が開かない!? 破損状態じゃと!?」


 百人レイド規模の要塞竜を倒せないと評された理由。そのひとつが完全に覆される。


 そもそもが、ひとりで討伐することは不可能に近いデザインがされている。

 高火力のスキルで要塞竜のHPを削りきろうにも、SPという問題がある。回復薬の連続使用と累積使用にはペナルティが科されており、やがて活動不能に追い込まれてしまう。だから多人数で交代しながら戦うしかなかった。そうしなければ倒せないから。


 ――ニキシー以外には。


「まッ、まてまてッ! ストップ! タイム! ちょっ、やめっ! 叩くなッ!?」


 SPを消費しない、無限に使用できる高威力の――通常攻撃。


「ゲェ!? ハコが変形して……狭ッ!? う、動けん……はッ!? 嘘じゃろ!? ガッ!? ゲフッ!? 扉越しにわしにダメージがッ!?」


 ハンマーを振りかぶり――振り下ろす。通常攻撃に要塞が震え、へこむ。変形していく。


「……ふーッ……! ふゥ゛ーッ……!」

「ま……まてッ!? やめッ……」


 ギリギリと奥歯をかみ締め、荒く息を吐きながら、ニキシーはハンマーを扉に振り下ろす。

 悲鳴を上げるイリシャの声も、ニキシーにはもう聞こえていない。


 ただ、とにかく目の前の障害を――叩き続ける。


「ぐはッ! こッ……! お――おのれッ! おのれぇぇええッ!」


 いびつな形に打ち直される鋼鉄の扉の奥から、怨嗟の声があがる。


「覚えておれッ! この屈辱――忘れんぞッ! ポッと出の小娘がッ! わしはァ――」



 ドゴォォッ!!



「……グオォォ……」


 要塞竜が力なく吼えて、その身を闘技場に横たえる。

 もはや原形を残さない隠し部屋の扉の奥から、声が消える。

 パリン、と役目を終えたハンマーが、ニキシーの手の中で消える。


 しん、と静まり返った闘技場の静寂を。


『あ、死にましたよ』


 無遠慮な声が破る。GMリリアンが、その権限を使ってイリシャの状態を確認したのだ。


『終わりましたね?』

『え、あッ――はい、そうですね』

『では私はこれで。今後ともドロクサーガをよろしくお願いします』


 そう言って、GMリリアンは消える。残された実況は解説のカニカンに助けを求め、カニカンは肩をすくめた。終わりだろ? と。


『――決着! 試合終了! だれが予想したことでしょう! 勝者はニキシー! 初心者のニキシーだ!』

『オッズ的にはそこそこ予想してたよ? まあ、賭けた人はおめでとう、いい倍率で返ってきただろう』

『しかし驚きです。まさかフォートレスドラゴンまで単独撃破するとは!』

『出てきたこと自体が予想外だけどね。見なよ、闘技場がすっかり更地だ。こりゃ直すのにいくらかかるんだろうねえ』


 瓦礫と黒煙の上がる闘技場。それでもいくらかのプレーヤーは逃げずに観戦を続けていたようで、その姿がちらほらと見かけられるようになってくる。


『いや、特等席で見れて良かったなあ。それにしてもニキシーには驚かされてばかりだったよ。通常攻撃とか、ひらめきとか、ぜひ色々話を聞きたいね』

『確かにそうです! インタビューといきましょう! さあ、ニキシー、話を……おや?』


 要塞竜の上層部。隠し部屋の扉の前に、ニキシーはいない。



『あれ? ……ニキシー?』



 闘技場のどこにも――ニキシーの姿はなかった。

次はエピローグになります。

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