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ニキシーと決闘(8)

『ははぁ……なるほどね』

『ええと……突然のイリシャ様の勝利宣言ですが、カニカンさん、どういうことでしょうか?』

『なあに、ニキシーがミスをしたという話さ。攻めすぎたんだね』


 イリシャの笑いが響く中、解説のカニカンは残念そうに言葉を続ける。


『通常攻撃が効かないとみて、ひらめきに賭けた。おそらく普段から運はいい方なんだろうね、四連するぐらいだし。だから、防御無視攻撃をひらめくまでひらめき続けるつもりだったんだろう。適度にSP回復を挟んでさ。ところがまあ――ひらめいた防御無視スキルが悪かった。【一切献上崩天斬り】とはねぇ』

『刀スキルには詳しくないのですが、その口ぶりからすると――』

『そう。罠スキルだよ。全SP消費スキルさ。ひらめいて使用した瞬間に、SPが枯渇して行動不能になる……いやほんと、罠だよ、これは』


 全SP消費スキル。残りSPがどれだけあろうとも、すべてのSPを消費してしまうスキルだ。残りSPに応じてダメージや効果が変動するのだが、デメリットが勝ちすぎてほとんどのプレーヤーが使用していない。


「フフフ……そう、そのとおりじゃ」


 相変わらず要塞竜の背――存在を噂される安全地帯、隠し部屋に潜むイリシャが、声だけで答える。


「オシロンはもはやわしの制御下にない。ヘイトがあっても時々ターゲットの変更が入る厄介なモンスターじゃが……じきにあの小娘を標的にし、押しつぶしを選択するじゃろう。わしはそれを待つだけでよい。フフフ……調子に乗った罰じゃな、これは。SPが枯渇すれば行動はとれん。回避はおろか、移動も不可能。攻撃だって無理じゃ。せいぜい、悲鳴でもあげるぐらいかの? それとも悲鳴をあげる意識すら失ったか? くふふ……勝った、勝ったわ。完勝じゃ! 戦いというのはのう、引き出しが多いほうが勝つのじゃ。年月の差はひっくり返せない! さあオシロン、つぶせ! つーぶーせっ! つーぶーせっ! つ――」

「【無心の太刀】」


 キィン! 闘技場に鳴り響く、澄んだ金属音。


 イリシャの声が止まる。



《示せ》


「【無二の太刀】」


 ギィン!


「はあッ!? だ、誰じゃッ!? 乱入かッ!?」

『いや、まだフィールド機能は生きているから――誰も闘技場へは下りられない。乱入はないよ』

「馬鹿な……そ、それでは、これは……」


《示せ》


「【無尽の太刀】」


 高速の連撃。音が詰まって聞こえるほどの速さで放たれる高位スキル。要塞竜がもがく。


《示せ》


 四連続。意志のこもらない冷たく平坦な声が、告げる。


「【無終の太刀】」



 ガガガガガガガガガガガガガッ──!



 【無尽の太刀】を超える神速、終わることのない連撃。その衝撃に――


「グオォォ!?」

「なッ、なんじゃと!?」

『こっ、これは──浮いたァーッ!』


 要塞竜の半身が、宙に浮かされる。

 その隙間から──太刀を振るうニキシーが姿を現した。


『ニキシー! ニキシーだッ! 攻撃を続けていたのはニキシーッ! さらに再び四連ひらめきだッ!? しかもこれは――やはり! 未登録スキル! 【無終の太刀】は今まさにニキシーがひらめいたッ!』

『嘘だろう……? SP枯渇状態で攻撃したっていうのか? あんな状態で動けるわけが――』

『仕様です』


 ズン、と要塞竜が再び地に足を着けた地響きと共に、GMリリアンが断言した。


『いや、異議あり! 異議ありだよ! SP枯渇状態は、行動不能になるはずだろ!?』

『そんな説明はしていませんよ』

『はァ!? いや確かに君らのマニュアルにえーっと……検索しても出てこないな、ああ、書いてないよ! ほんっと最低限のことしか書いてない。でもこの三年で嫌ってほど体験してきた。あんな判断力の低下した状態で攻撃なんて……せいぜい寝返りぐらいしかできないだろ。ひらめきといい、やっぱり彼女は何かおかしい。僕は断固抗議――』

『ええと』


 GMリリアンはひとり宙を見て――頷いて口を開いた。


『そのとおり、行動不能ではありません。あなたが寝返りを打てるように……数歩ぐらい歩ける人も、それなりの人数がいるのではないでしょうか』

『……つまり、SP枯渇状態でできることには個人差がある、って言いたいのかい? それは何の差なんだ?』

『ゲーム的なパラメータに差はありません。本人の意志の力、とでも言いますか』

『精神力? 根性?』

『そのようなものです』

『僕らは――全プレーヤーを代表して断言したっていい。SP枯渇状態で攻撃できるような人間をみたことがない。本当に精神力の問題か?』

『そうです』


 GMリリアンは再び宙を見る。


『個人差で検証はできないから説明……ああ、はい。ええと……理論上……三日完徹で働き続けたあと、お風呂入ってマッサージを受けてお腹いっぱい食べて、完璧な空調の部屋で理想のオフトンに入って目を閉じて――それでも気合と根性だけで24時間寝ないような精神力があれば』

『化け物かよ。いやむしろ不眠症かよ』

『病気ではありません。まあ、例えですが――それほどの精神力だということです』

『チートかよ……』

『仕様です』

『わかってるよ。そういう意味じゃなくてさ……』


 実況席に諦めのような呆れたような空気が流れる一方、闘技場の――要塞竜の上はやかましかった。


「くそっ、くそッ!! このうつけが! 早く押しつぶしを選択せんかッ!」


 イリシャが焦りを隠しもせずわめく。要塞竜が制御下にあれば決着はすぐについたはずが、解放してしまったからモンスターの気分に任せるしかない。そして、もちろんモンスターは望んだようには動かないのだ。


《【火矢ヲ放テ】》

「ちがあぁぁう! いやっ、それもありじゃけども!? まわりくどいッ!」


 要塞の各所から、火のついた矢が放たれる。それらのいくつかは闘技場内に突き刺さり──先ほど流された油を引火させた。ボウッ、と一瞬にして闘技場内が火の海になる。


「よ、よしッ! ――わはははッ! 火に巻かれて死ぬがいいわッ!」


 円形の闘技場が燃え上がり、要塞竜が蓋をする。


 没入型VRMMORPGとして世界初のサービスを展開したドロクサーガは、その名のとおり泥臭い思想で作られている。特に悪名高いのは下水の汚臭などに代表される、不快な環境の再現。

 低温、高温の環境もそれに含まれる。ニキシーは逃げ場のない息苦しさと熱気に取り囲まれる。油が火と共に流れ、足元へと這い寄ってくる。


 それを。


「ッぐ――!」


 踏む。


 HPゲージが減り始める。


 ダメージによる、安全規定ギリギリで与えられる『痛み』が――本能が、泥沼に沈む意識を呼び起こす。

 かすむ視界で、要塞基部の亀裂に太刀を振る。



《示せ》



「【水月】」


 水面に映る月を斬るが如き、鋭い一撃。わずかに防御を貫き、竜を呻かせる。


《示せ》


「【截鉄】」


 鋼鉄を切り裂く一撃。要塞竜に対し特攻を発動、ダメージを重ねる。


《示せ》


 三連続。


「【百花繚乱】」


 舞と剣戟の一体となった連続攻撃。一撃ごとに花の舞う高位スキル。

 体が勝手に動き、足を踏みかえるたび、炎を踏む。


「ッ――……!」


 痛みを押し殺し、歯を食いしばる。舞踏が終われば余計なダメージも――



《示せ》



 四連続のひらめき。連続するひらめきはより高位と定められるスキルを呼び出す。

 もう空っぽのはずの『何か』を探して頭の底をひっかかれるおぞましい感触――悲鳴の変わりに、ニキシーの口はコマンドを叫ぶ。


「【大乱れ雪月花】」


 太刀を構え、舞う。一太刀、二太刀と振るごとに、刀身に冷気が収束する。

 そして最後の一振りで、雪の花が咲いた。闘技場全体に及ぶ広範囲攻撃。ニキシーを中心にして広がったそれは、油を、火をも凍らせる。


「グォ――!」


 そして要塞竜も、呻き、ひるむ。全身に霜が下り、特に足には氷の花弁が貼りついてダメージを与える。


『でっ、でででっ、出たア!? また四連続だ!? しかも未登録スキル!?』

『【乱れ雪月花】の上位か? いやそもそも【百花繚乱】の上位にあるとか――はぁ……斧に次ぐ技のデパートなだけあるね……もう感覚が麻痺してきたよ』

『そしてスキル効果で闘技場は完全に鎮火! なんという幸運! 持っている、持ちすぎている! これをチートでなくてなんと呼ぶ!?』

『仕様です』

「はァ!? なんじゃと!?」


 解説に反応して、イリシャが声を上げる。


「おッ、おのれッ! 都合よすぎじゃろうがッ! ご都合かッ! ご都合主義かッ! この――」

《【フォートレスプレス】》

「ご都合大好きィ!」


 要塞竜の腹の下は、要塞竜自身の攻撃が届かない安全地帯。しかしそこにプレーヤーが存在する場合に不意に発動されるのが、【フォートレスプレス】、通称押しつぶし。手足を要塞に引っ込め、落下してすべてを押しつぶす即死攻撃。

 一瞬でも判断を誤れば下敷きを免れないそれを――


《示せ》


「【弧月斬】」


 要塞が落ちる轟音の一瞬前に響いたニキシーの声。地が揺れ、瓦礫と土埃が高く舞い上がるその中に。


『ああーっと! ニキシー、大ジャンプ! 押しつぶし攻撃から逃れたァーッ!』

「はあァァァァー!?」

『あー、敵を飛び越えて反対側に回るスキルだね。補正があっても一定以上の高さは跳べないはずなんだけど……』

『仕様です』

『知ってるよ……ひらめき発動時は必ず成功するからね。上空から一撃いれるっていうスキルである以上、要塞竜も飛び越えちゃうわけだ。いやあ、高い高い』


 要塞竜が暴れまわった結果、闘技場はもうその姿をほとんど保っていない。

 それでも闘技場のフィールド効果は残っており、闘技者として設定されているニキシーは外へ出ることはできない。場内に崩れ落ちてきた、ニキシーの背丈ほどもある柱の瓦礫の上に着地する。


「ッ……はッ……はァッ……」


 そして、膝をついた。

 呼吸も荒く、なんとか右手で太刀を離さないが、左手は頭を抱える。


『おおっと! ニキシー、ついに限界か!?』

『いや、SP枯渇してる時点で限界突破してるからね? それで動き回っていたのが驚きで、むしろ今が普通でしょ』

『ですよね!? いや、しかし、ニキシーには大変惜しい結果となりましたね。あのまま続けていたら、フォートレスドラゴンも倒してしまうような勢いでしたが、ここでついに膝を――』

『それはないよ』


 解説者――カニカンは断言する。


『は?』

『倒せるわけない』

『いや、しかし――』

『ないね。ニキシーに勝ち目なんてない。たとえSP枯渇状態でも自由に動けて、20武器種をすべて持ち込んでいて、あと何百個スキルをひらめいたとしても、勝てやしないさ』

『……その理由は?』

『相手がフォートレスドラゴンだからだ』


 要塞竜がゆっくりとその手足を伸ばす。ギリギリ、ミシミシと要塞の至るところから音を立て、その身を持ち上げる。【大乱れ雪月花】によってところどころ凍りついていた部分が、バキバキと割れて氷を落としていく。


『百人レイド規模のモンスターだって言ったろう。君、そういうの参加経験ないのかい?』

『ええ、まあ……』

『百人レイドっていうのはね、戦争なんだ。そりゃあ休みなく攻撃し続けられるなら、そんなに人数はいらないさ。でもこのゲームにはクールダウンもあるし、ポーションの連続使用には中毒もある。だから必ず交代要員が必要だし、補給専門で動く人も必要だ。それらを全部合わせての百人レイド。初討伐は戦闘開始から二時間ぐらいかかったんじゃなかったかな。とにかく――体力バカなんだよ』


 唸り声を上げて、竜が首を伸ばす。その目が、ギラリ、とニキシーを睨みつけた。


『防御力が高いのもあるけどね。防御無視スキルでなければ、倍率が約14倍を超えなきゃダメージが入らない。そんな高位スキルがあとどれだけ残ってる? 残ってて全部ひらめいたとして――たったの一回しか攻撃できなきゃ、ダメージ量が足りるわけないじゃないか』


 ニキシーは――まだ、立たない。瓦礫の上で、荒く息を吐く。


『ひらめきの確率がおかしいことになってるけど、それだけだ。SPが尽きてる今、有用なスキルをひらめいたって、それは一度しか使えない。――イリシャの勝利宣言は正しいんだよ』


 竜が、咆哮する。


『SPが尽きた時点で――ニキシーに勝ち目はないんだ』

次回で決闘は決着です

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