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ニキシーと決闘(7)

 まずは武器をどうにかしないといけない。

 ニキシーはインベントリを探った。


 投げ斧は壊れて、投げたもう一本は行方不明。用意した手持ち武器の残りは、三つ。

 要塞竜の防御力は、投げ斧の通常攻撃をシャットアウトした。ということは、それより強い武器でないとダメだろう。となると――


「グオオォォオオオオン!」

《【矢ノ一斉射】》


 要塞竜が吼え、その背から雨のように矢が放たれる――上空に向かって。矢は放物線を描いてやがて落下し、観客席を襲う――直線的な砲撃から身を隠した人々を、無防備な上空から。


「くッ」


 迷っている時間はない。ニキシーはインベントリから武器を掴み出す。

 アーシャも、セレリアもディーザンもスタも、応援に来ると言っていた。この騒ぎの中、無事に逃げ出せただろうか? まだこの場に残っているだろうか? ――いずれにしろ、自分のやるべきことをしなければ!


「押し付けられて正解だったな」


 取り出したのは、緋色の太刀。

 赤逆毛の友人――バンカズから、決闘の代理に立てないのならせめて持っていってくれと託された、彼の打った一振り。

 おそろいとかなんとか言われた気もするが――今は気にしている場合ではない。手持ちで攻撃力が高そうな――両手武器はこれだけなのだ。


 要塞竜は、さんざん叩いてもノーダメージだったためか、頭部がニキシーのはるか頭上にあるためか、今のところニキシーをターゲットに行動してはいなかった。刀を構え、無防備な足に突撃する。


「やあ!」


 キィン! 鋭い音が響く。要塞竜の足に、傷は見当たらない。


「だめか――?」


 いや、分からない。ダメージがわずかでも通っていれば、可能性はある。何度も攻撃し続ければいいだけだ。

 そう、決意を新たに刀を振るい――


「やあッ!」


 キィン!



《――示せ》

「ッ!?」



 久しく聞いていなかった忌々しい声が、ニキシーを操る。


「【巻き打ち】」


 それはニキシーの油断であった。ひらめくことなんてすっかり忘れて、頭に血を上らせて、考えもせずに刀を手にとってしまった。

 NPCの武器屋で取り扱いがなく、露店でも高値であったため、一度も使ったことのない刀系武器を。


《示せ》

「【抜き打ち】」


 上限が来たのだと、限界が来たからひらめかないのだと、そう思っていた。


《示せ》


 それは間違いだ。


 三連続のひらめき。ニキシーの妙運は尽きていない――眠っていたのだ、死んだふりをして。

 これまで相手がプレーヤーとそのペットだからひらめかなかっただけで――要塞竜がイリシャから解放されてモンスターとなったことで、仕様上ひらめかない保障はなくなったのだ。


「【虚ろの太刀】」


 剣の霞む一撃を放ち、ニキシーの動きがいったん止まる。


『お、おおっと!? ニキシー、ここにきてスキルを連発! メイン武器は刀だったか!?』

『あ、やるの実況……いや、どうなんだろうね? よく見てなかったけど、最後のやつ、ひらめきエフェクトでてたからねえ……案外、三連ひらめきかもしれないよ』

『おお!? なんという豪運! ここに新たな三連達成者が!』

『ま、それはすごいけど、でも――ダメだね』

『はい?』

『明らかに、スキルなんかよりも通常攻撃の方が威力があるでしょ』


 やはりか、とニキシーは内心呟く。そんな手ごたえはあったのだ。


 スキルの威力は、通常攻撃をベースに計算されている、とプレーヤーたちの結論は出ている。

 だがそれはあくまで「ふつうの」通常攻撃だ。パッシブスキル【通常攻撃強化】が乗る前の値である。


 いまやニキシーにとって中途半端なスキル攻撃は、通常攻撃より威力が低い、ただのSPの浪費でしかない。


「こんなことなら……SP回復薬も買えばよかったな」


 女王蜂を相手にスキルをひらめきまくったことで、いくらかSPの上限が増えている実感はある。現に、今の一連のひらめきでもSPはまだ余裕がある。

 が、反復してスキルを使ってSPを消費してこそ、上限の成長はある。ここに至ってもまだニキシーのSP成長率は平均よりもずっと低い。この調子でひらめいたらいつSPが尽きるかわかったものではない。


「だが……」


 それを恐れて、何をする? 取るべき手段はもう一つしかないのだ。


「やあッ!」


 少しでもダメージが通る可能性を求めて、竜の足の指と爪の間を狙う。正確無比な通常攻撃が、狙い通り爪の付け根を打ち――


《示せ》

「【拳取】」


 敵の武装解除を狙う攻撃。爪は武器ではない。


《示せ》

「【峰打ち】」


 気絶を狙う低威力の攻撃。もちろん竜は気絶なんでしない。


「くそッ……邪魔だ……」


 いいところに当たればダメージは出そうな気がする。だがそれが通常攻撃よりも弱いスキルに邪魔をされ、貴重なSPが減っていく。


「このッ……!」


 苛立ちと共に刀を振るえば――


《示せ》


 声が、邪魔をする。


「【氷断】」


 冷気をまとった大上段からの斬撃。


《示せ》

「【火流穿】」


 炎をまとった突き。


《示せ》

「【雷切】」


 稲妻すら両断する、神速の剣。


「グォ……!?」


 要塞竜の肉が弾け、血が噴出する。


『おおおっ! 出たァ! またもや三連ひらめきだ!? この短時間に、なんというミラクル!』

『うわ、初めて見たよ……起こりえるものなんだねえ。天文学的な確率だろうに』

『仕様です』

『しかも最後の【雷切】はかなり効いた模様! これはどうなる!?』

『そりゃあ決まっているだろう』


 ギロリ、と――要塞竜は首を下げ、ニキシーを睨みつける。


『――ヘイトを稼いだんだよ』


 ◇ ◇ ◇


 いままで特に目標もなく手当たり次第に周囲を砲撃・射撃していた要塞竜が、ニキシーを攻撃対象として認識する。


「グォオオオオオ!」

《【熱シ油流セ】》


 背負った要塞からの攻撃が一時止み、カラカラと歯車の回る音が至るところからする。

 そして――闘技場に、熱せられた油が、何本もの滝となって流れ落ちた。


「きゃッ」


 じゅうっ、と油が地面を焼く。跳ねた油がニキシーの鎧を焼き、焦がす。

 思わず悲鳴を上げながらも、ニキシーは鋭く周囲の様子を観察した。


「……流している――だけ、か?」


 油の滝は、要塞竜の動きに合わせて移動はするものの、独自には動かない。要塞から流れ出る口は固定されているとみてよかった。


「動かないなら――」


 踏み込める。ニキシーは熱を帯び始める闘技場の中を駆け、刀を振るった。


「やあッ!」


 キィン!


《示せ》

「――【一刃二刀】」


 振り切った刀を強引に振り戻しての二連斬り。


《示せ》

「【鱗返し】」

「グォ!?」


 鱗をえぐり切る二連斬り。竜に対して特攻効果を発動。要塞竜の足の、盾ほどもある鱗を一枚剥ぎ取る。


《示せ》


 ――ぐッ、と大幅にSPゲージが減少する。残りわずか。


「【燕返し】」


 一太刀の軌跡に見える神速の二太刀。太刀の長さ以上を斬る、飛行特攻の高位スキル。


「グォオオ!」


 鱗を剥ぎ取った箇所を正確に二度斬り、要塞竜に悲鳴を上げさせる。


『ま、またもや三連ひらめき!? 我々は奇跡を目撃しているのでしょうか!?』

『ミラクルも奇跡も同じだよ……これ乱数偏ってない?』

『仕様です』


 驚きを通り越して困惑を始めた実況席をよそに、ニキシーは息を吐き出す。

 SPは残りわずか。だが希望は見えた。さすがに鱗の剥げた箇所を攻撃すれば、ダメージは通るだろう。あとは通常攻撃を続けるだけだ!


「やあッ!」


 ザグッ! ――狙い通り、手ごたえが違う。鱗のない部位からは血飛沫があがる。


《示せ》


 狙い通りではないのは、この声。


「【踏込】」


 ダンッ、と足を踏み込んでの高速の移動攻撃。鱗の剥げた箇所から、遠ざかる。

 ふざけるなよ、と怒りを覚え――


《示せ》


 SPが枯渇する。

 急激に思考能力が低下する。

 感情が押し流される。

 体が勝手に動く――


「【霞の太刀】」


 さらに移動攻撃。残像を残して斬りつけ、一気に闘技場の端から端――巨大な尾が待ち構える、要塞竜の背面へ――そして。


《示せ》


 三連続のひらめき。


「【夢幻雪月】」


 要塞竜の腹部――要塞の底部を連続して斬りつけながらの移動連続攻撃。ゆらゆらと幻のように歩み、一太刀ごとに刀身から雪の花を散らす高位スキル。


 だが威力は足りない。

 連続攻撃ゆえ、一発の威力が低く、要塞竜の防御を抜けない。

 よどむ思考の中、歯噛みし――




《示せ》




 四連続。0.000000001%のひらめき。


「【乱れ雪月花】」


 ニキシーの瞳が蒼く冷たく光る。


 一太刀。雪の冷たさのごとく鋭き。

 二太刀。月の欠けることなき軌跡。

 三太刀。花の舞と見まがう美しき。


 すべての刀使いの目標、必殺の三連撃スキル。要塞の基部に、大きな亀裂が三つ走る。竜が悲鳴を上げる。


『で、で……でたッ!! 刀技最強の一角、【乱れ雪月花】! 腹の下で直接は見えませんでしたがッ! しかし、これは、まさかッ!?』

『ウソだろ……え、四連続……ほんとにか?』


 実況と解説が、間に座る赤ローブの女、GMに視線を注ぐ。

 そして、GMリリアンは頷いた。



『仕様です』



『しッ、仕様だァー! 連続ひらめき、四連続は仕様ッ! 上限は三連続ではなかったッ!! 計算上0.000000001%、オーナインシステムとまで揶揄された事象が今ッ! ここに確認されたァー!』

『これで三連が何回? その上、四連? もうなんか、彼女の乱数おかしいだろう……チートじゃないのか?』

『仕様です』


 盛り上がる実況席も、ニキシーには遠い。

 スキルによる手が止まった。ならば次。SP枯渇で重い頭で、体に命じる。

 刀を振り上げ、要塞の基部、竜の腹に一撃――


《示せ》


 まだ止まらない。


「【兜割り】」


 体が勝手に動く。真上から切り落とす攻撃。


《示せ》


「【真っ向唐竹割り】」


 さらに大上段から、真っ直ぐに打ち下ろす。


《示せ》


「【一切献上――

(う゛ッ!?)


 ごりっ――と。精神力と呼ばれる何かの底がこそぎ落とされる感覚。強烈なめまい。

 いまにも体を二つに折りたい――その気持ちとは裏腹に、ニキシーの体は直立する。二本の腕で太刀を天に向ける。かすかな光が刀身に収束する。


 ――崩天斬り】」


 刀身から放たれた光が、竜を貫く。そのまま振り下ろした軌跡は、外からでもはっきりと見えた。


「グォオオン!」


 要塞竜が吼え、身をよじる。

 さらに闘技場が破壊され、要塞から流れ出す油がびたりびたりと跳ねる。

 轟音、高温。


 それらがひと段落したとき。


「ふっ……」


 漏れ出す笑いが、響く。


「ふふっ……フフフ、フハハハハハ! 勝ったッ! 勝ったぞォォ!」


 いつのまにか要塞竜の背に隠れひそんだイリシャが、その姿を見せないまま宣言する。


「わしの勝ちじゃあああああああぁぁぁぁぁぁアアアア!! ひゃアアーーーハハハハハハハッ!! イヒヒッ!! ひひっ! イヒャハハハハハハッ!!」


 狂乱の響きが、闘技場を支配した。

お待たせしました。今週中に最終回(エピローグ掲載)になります。

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