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ニキシーと決闘(4)

「し……よ、う……?」

「はい」


 壊れた機械のように呟くイリシャに、GMリリアンは頷いた。


「通常攻撃、しかも投石で、フルプレートから大ダメージ出すのが、仕様……じゃと?」

「はい、仕様です」


 GMはニキシーを見て言う。


「彼女は何一つ不正は行っていませんし、計算式に異常もありません。想定された仕様です」

「馬鹿な! ――納得できるか! 説明しろっ、説明! なにがどーなったら通常攻撃でこんなダメージがでるんじゃ!」

「それは攻略情報にあたるので、開示できません」


 GMは両手を挙げて、ふるふると首を横に振る。


「スキルもなしに高速で投石できるものかっ!」

「仕様です」

「理由は!」

「お答えできません」


 GMは少し宙を見ると、小首をかしげて手を合わせて、かわいらしく言った。


「ドロクサーガはプレーヤーの発見を尊重する世界です。ぜひ、その謎はみなさんで解き明かしてください」


 公式サイトにも書かれている一文。完全に答える気はないことが、誰の目にも明らかだった。


「お、おまッ──それで納得するとでもッ」

「皆様の忍耐に感謝します」

「グッ――この――運営の犬めがッ!」


 イリシャは地団太を踏む。その様子に、会場でいくつか嘲笑があがった。自信満々に不正を指摘して、真っ向から仕様と答えられる――普段ファナティックムーンにいい思いをしていないプレーヤーにしてみれば、これほど愉快なことはない。

 それはイリシャの怒りをより高まらせたが――これ以上抗議しても無駄だ、という判断ができるぐらいには理性が残っていたようだ。ギリギリと歯軋りしながらも、罵るのをやめる。


「ならば、この決闘が終わるまでここにおれッ! 不正があったら即座に対応してもらうッ!」

「はあ……えーと……ええ、構いませんよ」


 GMはフワッと浮かび上がると、実況席へと飛んでいく。


『では、ここで失礼』

『あ、はい。どうぞ』


 実況は戸惑いながらも、席を空ける。


『ええー……GMによって仕様だと断言された先ほどの投石攻撃ですが、いかがでしょう、カニカンさん?』

『まあ今のやり取りの間にね、いろいろ情報が寄せられて、いちおうの仮説は立ったよ』

『おお、さすがですね! それで?』

『攻撃に身体能力の補正がかかるのはスキルだけ――というのが通説だけどね。アクティブスキルだけじゃなくて、パッシブスキルにも目を向けるべきだったんだよ。ほら、スキル封印で取れるアレさ。リストの中にあるだろう――【通常攻撃速度強化】とか、【通常攻撃精度強化】とかね、スキル使用なしで補正がつくようになるわけだ』

『なっ――なるほど、確かに!』

『もし総合スキルの【通常攻撃強化】の補正値が高ければ、今の現象は説明がつく。ただ――みんなも知ってのとおり、【通常攻撃威力強化】でさえ、100個の完全封印で170%だ。とうていフルプレートを抜く攻撃力にはならない』

『初心者がそんなにスキルをひらめいたとも思えませんね』

『何か噛み合う数字でもあるのか――あるいは封印したスキルの質が影響しているのかもしれないな。実は数じゃなかった、という……検証しがいのあるテーマだねえ』

「あのう」


 状況に置いていかれていたニキシーは、ここでようやく手を挙げた。


「あの、続けてもいいんでしょうか?」

「ああ……いや、ちょっと待つのじゃ」

「はい」


 イリシャはスペルブックを取り出す。


「【グレーターヒール】」


 光に包まれ、傷を癒す。続いて重装鎧をインベントリーにしまいこんだ。代わりに、ドレスよりも露出の多い革鎧になる。二の腕も胸元も背中も太ももも、白い肌があらわになった。そのすべてに、タトゥーのように未知の文字が刻まれている。


『おっと! ここでイリシャ様が装備を変更したぞ!』

『ああ、あれが彼女の本来のスタイルだね。本気になったってことかな?』


 その答えは是だった。イリシャはさらに魔法の詠唱を重ねる。


「【フォールスライフ】【フルポテンシャル】【ストーンスキン】【リヴァイヴァ】【リジェネレーション】【セカンドウィンド】【ミサイルガード】【フローティングウェポン】【エアーステップ】……」


 さらに二本の大鎌を取り出して放り投げ、それが魔法の効果でゆっくりと回転しながら宙に浮く。すべての魔法を唱え終わったイリシャは、MP回復ポーションを取り出して使用し、スペルブックをしまった。


「……うむ、よいぞ」

『あー、これはおとなげないね。イリシャびいきで解説しろって言われてたけど、ちょっと考えちゃうなあ。うやむやに任せて初心者相手にバフマシマシして、もうこれは――』

『さあ仕切りなおして! 再び戦いの火蓋が切られます!』


 なるほどやけに自分の手の内ばかり解説されると思った、とニキシーは納得する。

 とはいえ、自分がやっていることはただの通常攻撃だ。これ以上解説されることはない。


「えいっ!」


 せっかく手に持っていたので、もう一度投石を試みる。

 一直線にイリシャに向かった高速の魔弾は――イリシャの目前で急に進路を変え、轟音を立てて地面を穿つ。


「……?」

『仕様です』

『いや知ってるよ……【ミサイルガード】が入ってるからねぇ、射撃攻撃は効かないのさ』

『どうやらニキシーは魔法に詳しくないようですね』


 となると、接近戦を挑むしかない。ニキシーはハンマーと石袋をしまう。


『おっと、ニキシーは武器を交換。これは――槍だ!』

『片手鈍器と槍か、なかなか渋い構成だね。高品質ではあるけど、それだけか』


 槍を両手で構えて、駆け出す。イリシャは大鎌を手に待ち構えた。まだ隠し玉を警戒しているようだ。

 だが、ニキシーがすることは通常攻撃しかない。


「やあッ!」

「ッ!?」


 ニキシーの突き出した槍を、イリシャが顔面スレスレで避ける。

 トロトロ走ってきたのと、鋭い攻撃のスピードのギャップが、反応を遅れさせた。ハラリ、とイリシャの髪が数本、風に舞う。


「ハハ……なるほど、確信したわ。通常攻撃、じゃな。とんだ初心者よのッ!」


 イリシャが大鎌を振って距離をとろうとし――間髪いれず、ニキシーは突きを繰り出した。


「やっ!」

「フン」


 直線的な軌道を、跳んで避けられる。魔法(フルポテンシャル)で強化された身体でのジャンプは、ニキシーの頭よりも高い。

 だが、跳んだからには、落ちてくる。ニキシーは槍を引き戻し、着地の瞬間を狙った――が。


「甘いわ」

「えっ」


 イリシャは宙を蹴り、ニキシーの頭を飛び越えた。魔法(エアーステップ)による空中機動。あっさり後ろに回りこまれる。


「【(たつ)


 修得済み(しってる)。本人中心の回転攻撃。武器のリーチから逃れられれば!


   巻斬り(まきぎり)】!」

「ッ!」


 風が逆巻く。後ろを振り向かずそのまま前に転がり込んだニキシーは、華麗に舞うイリシャの大鎌から逃れ――きれなかった。ほんのわずか、足の運びで前に出られて、背中を斬られる。


「きゃ……!?」


 スキルは使い込めばある程度のアレンジが効くようになる。たった一度使っただけのニキシーには知ることのできない動きだった。ダメージは少ないが、衝撃は少なくなかった。


「ほう、避けるか」


 イリシャは大鎌をくるりと回して、ニキシーが体勢を整えるのを待つ。


「よいよい、そうでないとの。そうでなければ面白くない――【(あし)


 【足薙ぎ】。足狙いの低い払い斬り。ニキシーは攻めを選択する。跳んでかわして懐へ!


「―――」


 だが。ニキシーが経験からタイミングを計って跳んだ時になっても、斬撃は放たれなかった。


「えっ?」


 それは――着地の瞬間を狙う。


「――薙ぎ】!」

「ッ!! きゃあ!」


 ガッ! とっさに地面に突き立てた槍が、大鎌の斬撃を受けて跳ね飛ばされる。それを支えに空中にとどまっていたニキシーは、無様に転がった。イリシャは追撃をせず、余裕の表情でそれを見下す。


『おーっと、ニキシー、転がされております! どうでしょう、解説のカニカンさん!』

『まあ初心者だよね。どうやらスキルの予習はしたみたいだけど、テクニックまでは知らないみたいだ。ディレイはPvPじゃ必須だからねぇ』


 ディレイ。プレイヤー間でそう呼称されるテクニックは、PvPの上級者では必須とされている。


 ドロクサーガではスキルの発動にコマンドの発声が必要だ。そのため相手に発動を悟られてしまう。

 では小声で発動すればと誰もが考えたが、一定の音量までは補正で引き上げられてしまうので不可能だった。

 次に考えられたのは「だるまさんがころんだ」の要領でスピードを変化させてフェイントを――というもので、これが当たりだった。スピードを変化させることはできなかったのだが、『単語間の切り離し』が可能なことが発見されたのだ。

 例えば【火炎斬り】ならば、「火炎」と「斬り」の間で「溜め」を作ることができる。溜めている時間が長すぎたり、別の言葉を挟んでしまうとキャンセルになるのだが、ある程度なら発動を待つことができるのだ。


 待ち時間の猶予はスキルによって様々――使い込んだ経験、研究の積み重ねがものを言う。


『反応はいいけどね、とっさに槍を立てて浮いたのもいい。けど防御系スキルのない長柄で、スキル並みの速さの通常攻撃を回避したイリシャの反応もいい。そうなったら経験者が有利かな?』

『なるほど、さすがイリシャ様ということですね! ニキシーはどこまで抵抗できるか!?』

『でも回避はギリギリだったよね。あれはそうは続かな――』

『できるか!?』


 勝手を言う実況に歯噛みしながら、ニキシーは起き上がった。それを見て、イリシャはニヤリと笑う。


「そろそろ、底が見えてきたかの?」

「………」

「どーも、お主の攻撃方法は通常攻撃だけ、みたいじゃな。ま、あれだけの威力があればスキルなぞいらんかもしれんが……それで勝てるほどわしは甘くない」


 ニキシーに、大鎌が突きつけられる。


「終わりといこう。スキルコンボというものを見せてくれるわ!」


 イリシャが跳ぶ。ニキシーは構える。空中でまた跳ばれる以上、この段階で先手は打てない。

 なんとかして二度目の跳躍から、カウンターを……。


「【月輪】ッ!」


 未修得(しらない)


 250を超えるスキルを既知としたニキシーでもしらない、長柄系統の武器でも大鎌でだけ発動できるユニークスキル。投擲された鎌の刃が白く輝き、回転し環を描いてニキシーに襲いかかる。


「ッ!」


 回避できたのは僥倖。ニキシーをかすめた大鎌は、地面に跳ねて魔法フローティングウェポンの効果で宙に浮く。


 好機。イリシャは武器を手放して宙にいる。ニキシーは槍を握り締め――


「まだじゃ!」


 イリシャが、宙を蹴って跳ぶ――事前に浮かせておいた、もうひとつの大鎌に向かって。宙でそれを掴んだイリシャは、鎌を支点にぐるりと回転し――


「【月輪】!」


 再び大鎌が回転しながら飛んでくる。避けきれないと見たニキシーは、槍の柄で弾き返した。


「【月輪】ッッ!」


 跳躍、投擲。槍で弾く。大鎌はそのまま宙に浮き――ふたたび、主の手に握られる。


『出たー! イリシャ様の必殺コンボ! 月影の輪舞(ムーンライトロンド)だあーッ!』

『名前がダサいと思う』


 解説はげんなりしながらも仕事をこなす。


『【エアーステップ】は空中ジャンプが一回できるバフだけど、ああやって空中を移動し続けられるのは【月輪】の特殊効果なんだよね。地上で使うと分かりやすいんだけど、【月輪】って浮遊を伴うんだよ。そのときにステップ回数のリセットがかかるわけだね。だからまた空中ジャンプして、浮かせた武器まで移動できるわけ』


 イリシャは縦横無尽に跳び、三本の大鎌を飛ばしてくる。


『どうでしょう、これは! 決まりですかね!』

『まあ普通に考えたら、イリシャのSPが切れるか、ニキシーが防御をミスるのか、どっちが早いかってとこだけど――』


 パリン。


 アイテムの破壊音。ニキシーの手の中から、猛攻に耐え切れずに槍が消える。


『――こういうことも、起こるよね』

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