ニキシーと決闘(3)
『皆様、大変長らくお待たせしました!』
会場の喧騒を割って、男の声が響き渡る。
『ファナティックムーン主催の狂月祭は本イベントをもって終幕となります! なお、会期中に販売したくじは本イベント終了後に会場内にて引き換えとなりますのでお忘れなく!』
ブーブーとブーイングが起こる。どう考えてもこのイベントに人を集める施策だった。時間も遅いしイベントに興味のない者も多い――が、くじを無視してまで帰るには景品が惜しかった。なので、会場――闘技場内には、多数のプレーヤーが観戦に訪れていた。
闘技場。首都拡張区に存在する、『プレーヤーが一時的に設置できるアイテム』で作られていない、正規の施設である。
もともとは拡張区の他の建物と同じで、アイテムを創意工夫で配置して作られた施設だった。それが一周年記念のアップデートで正式にゲームに組み込まれ、常設の施設となっている。運営要員としてのNPCも配置され、剣闘士のシステムが実装されている。それでいて闘技場の経営はクラン『ファナティックムーン』に任せられているのだから、『半運営』と他のプレーヤーたちに揶揄されるのも仕方のないことだった。
『それでは最終イベント、処刑タイム! まずは処刑対象の入場です! 契約違反をし、儚い命を奪った大罪人! ニキシー!』
名前を呼ばれると同時に、闘技場への入り口が開く。太陽の光のまぶしさに目を細めながら、ニキシーは踏み出した。闘技者を逃がさない高い壁が楕円に配置され、その向こうに観客席が何段にもなって設置されている。そしてその席は、様々な装いの人々が覆いつくしていた。
「すごい人だな……」
とニキシーは呟くが、実際のところすべてがプレーヤーというわけではなく、NPCも混じっている。『このNPCなら見物に行くだろう』と人工知能ゾチが判断したものが、観客として訪れているのだ。
『解説にはクラン『ねこだいすき』のカニカンさんに来ていただいております。カニカンさん、処刑対象ですがいかがでしょう?』
『一ヶ月前に開始した初心者だそうだよ。名前を聞いたことないし、そこは間違いないだろう。まあ首都まで来てるし、BoLを撃退したって噂もあるから、おそらく相当なパワーレベリングを受けてるんじゃないかな?』
実況と解説の二人組は、闘技場の高いところから見下ろしている。会場全体に声を伝えられるギミックは、この施設特有のものだ。
ちなみに闘技者の声も会場に伝えられるので、気が抜けない。
『そう、この大罪人、ニキシーはBoL三名をひとりで瞬殺したとの噂があります! BoLといえばベテランプレーヤーでも裸足で逃げ出すPKクラン! どうやらただの初心者ではないようだ!?』
瞬殺とまで尾ひれがついてきた。
『とはいえ単純な勝敗のオッズじゃ、圧倒的にイリシャだったけどね。まあしょうがないだろうねえ、あの噂を掴んでいなければ……』
『おおっと? それはどういうことでしょう? ニキシーに何か別の噂が?』
『そういうことだよ。ほら、久しぶりに斧の新技が登録されたろう?』
『ああ、【次元斬】ですね! 斧といえば彼! アックスボンバー氏が発見したという!』
『そう。でも実は一ヶ月ぐらい前にスレにひらめき報告があったんだ。しかも四連でひらめいた、とね』
『四連――それはまた、うさんくさい話ですね』
『そう、当時はただのデマだと誰もが思っていた。けどアックスボンバーくんがひらめいたということは、もしかしたら発見報告も事実だったのかもしれないね。そして――そう考えると、ひとつ面白い推測が成り立つんだ』
『というと――?』
『四連ひらめき報告の対象は、怒りの羊公爵だった。今となっては初心者しか行かないようなフィールドだ。初心者……時期……そしてチートスキル。それとBoL瞬殺をつなげて考えれば、もう答えはひとつさ』
『ではっ――大罪人ニキシーこそが最初の【次元斬】の修得者だと!?』
よどみない受け答えだった。おそらくこのあたりは事前に打ち合わせしてあるのだろう。
だが、観客のほうは初めて聞く情報だったようだ。ざわざわ、と動揺が走る。いくつか悲鳴もあがっていた――どうやら賭けの予想を覆されたようだ。
『だろうね。さすがに四連は盛ってると思うけど。というわけで、彼女の使用武器は斧だね、間違いない。この処刑の執行者を倒すには、【次元斬】を決めるしかないだろう』
『それではその執行者にご入場いただきましょう! 我らがファナティックムーンのクランマスター! 月夜の主! イリシャ・ラスクイーター!』
突然、空が暗くなる。甲高い声を立てて、コウモリが飛び交う。
「ハーッハッハッハ!」
そして空から、大鎌に腰掛けたイリシャがゆっくりと降ってきた。着地して、その大鎌をニキシーへと向けると、空がさあっと晴れていく。今日はドレスではなく、黒い重装鎧を身に着けていた。
「今度こそは逃げずに来たようじゃの。その心意気は褒めてやるわ」
「? はあ……」
今度も何も逃げたことはない。
そもそもファナティックムーンの責任者とは何回か打ち合わせしているし、今日だって入場前、さんざん「来てくれてありがとう」と挨拶されたので、啖呵を切られてもいまいちなニキシーである。ファナティックムーンとしても最後のイベントにニキシーが不在では困るのだ。
『いやあ、今日もお美しい!』
『アーハイ、ソウデスネ』
『なお本日の処刑は事前の告知どおり、決闘形式を取ることとなっております。大罪人ニキシーも、もしイリシャ様を倒すことができれば、その罪は不問とされます!』
契約違反も含めて、だった。ディーザンが依頼を受けたときの前金も返却不要で、そのうえ正規の報酬も支払うという。
『とはいえ、制限無しのなんでもありルールなんだろう? それじゃいくら【次元斬】があっても、ニキシーが勝つのは難しいんじゃないかな? オッズを見てもそう考えている人が多そうだけどね?』
『ところが、なんでもありルールを提示したのはニキシーの方なのです!』
『――ほう。どうやら自信があるようだね?』
自信というか、細かいことを決めるのがめんどうなので無制限にしただけである。
「フン。とはいえ、わしが本気を出して瞬殺してもつまらんじゃろ? じゃから、このスタイルで相手をしてやる。ペットもなしじゃ」
『さすがイリシャ様。いかがですか、カニカンさん』
『ハンデ、と考えていいのかな? 大鎌は特殊形状武器だから、長柄でも使えないスキルがあるしね。鎧もまあ、彼女は本来スピードを武器にしているからね。動きは鈍くなるし初心者相手には当てやすくなっていいだろう。硬さを抜けるかどうかは別として。ペットなしは普通というか当然――』
『さあ両者揃いました! ルールはなんでもあり、相手を殺すかギブアップするまで試合は続きます! 己の名誉をかけた真剣勝負!』
実況が早口に告げる。
『それでは構えて!』
ニキシーはインベントリに手を触れて装備を取り出す。
インベントリは背中のバックパックではなく、腰につけるポーチに新調していた。武器や道具の取り出しに便利で、脱初心者の一歩目の装備としてお勧めされるアイテムである。
平服から白い軽装の革鎧の姿へ。
腰にはポーションホルダー。インベントリ操作なしで事前に挿しておいたポーションを使うことができるようになる。が、使用者は少ない。なぜなら、ホルダーに挿してあるポーションは衝撃で破損するのだ。それならインベントリを使ったほうが安全だし確実で、時間短縮のメリットはほとんどない。
それでもニキシーがポーションホルダーを選んだのは、『インベントリ操作がなくなるから』だった。地味に面倒臭いのだった――それにインベントリはUIが開くから、視界もふさがれるので。
そして、手に持った武器は――
『……斧じゃないですね?』
『ああ、片手鈍器だね。噂は単なる噂だった、てことかな』
解説者は少しすねた声で言う。観客席からはブーイングがあがった。
『ただの高品質のライトハンマーか。初心者らしくてかわいいものじゃないか。金属鎧に対して相性は悪くないし、いいんじゃないかな?』
『銀製ではないんですね』
『ヴァンパイアへの特攻は肌に接触しないと効果がないからね、関係ないさ』
そうだったのか、買わなくて良かった、とニキシーは内心ホッとした。
なにせ――高かったのだ。そのくせ耐久度は鉄製より格段に低いという。一本買うので精一杯だった。
『あとは何か袋を腰に下げていますが……?』
『あれは……なんだったかな……袋……袋だね。インベントリじゃなくて、アイテムをそのまま入れるタイプの袋だ。中身はなんだろう。わざわざ外に出しておくって……?』
「ええい、ごちゃごちゃとうるさいのう」
大鎌を振り回して、イリシャが一喝する。
「解説はもうよい! とっとと始めぬか!」
『あっ、はい、失礼しました!』
実況が慌てて進行に戻る。
『それでは――始め!』
◇ ◇ ◇
長柄には短剣の【加速突き】のような移動攻撃スキルが数少ないながらもある。
一気に距離を詰めてくることを警戒して身構えたニキシーだったが――イリシャは動かなかった。ニヤリ、と余裕の笑みを浮かべて、ニキシーの動きを待ち構えている。
「それなら」
ニキシーはハンマーを左手に持ち替え、右手を自由にした。
『おっと、ニキシー、謎の袋に手をつっこんだぞ! 取り出したのは――』
『――石?』
石だった。手のひらサイズほどの。
『スリングに武器を変更するのかな?』
『――いやっ、ニキシーそのまま!?』
『投石スキルか?』
大きく腕を引く。左足を踏み込み――横手から!
「フン、投石なぞ――」
ドゴッッ!!
「ガッ!?」
『は?』
『え――い、イリシャ様、ダウン!? ど、どういうことだ!?』
『スキルのコマンドはなかった……なのに、なんだ、これは?』
『解説してくださいよ!』
『知らないよ! コマンドがなかってことは……ただ投げただけ、だろうけど……』
仰向けに倒れたイリシャを見て、観客席に動揺が広がる。
誰の目にもただ投げたように見えた。小さな体が繰り出す、サイドスローの可憐なフォーム。
だが飛び出していったのは剛速球どころではなかった。強弓で放たれた矢のように空を切り裂いて、イリシャの胴鎧に着弾し砕け散った、魔弾。
『いや……ありえない。スキルもなしに投石であんな速度や精度が出るわけない。しかも、ダウンを奪う威力? スリング使わない投石じゃ、スキル使ってもお遊び程度のダメージしか出ないんだぞ……タスラムとでもいうのか?』
『鑑定したところ、ただの丸石だったようですが……』
『え? 【超電磁砲】ならダメが出る? そういう話じゃないだろ、スキル使ってないんだから……一回限りの特殊エンチャントとかじゃないのか? ただの威力増強だった? は? 野球選手? 破壊時ボーナス? ちょ、待って、待て待て、一斉にメッセージ送るな!』
実況席も混乱する中、ニキシーは次の石を取り出してイリシャの動きを観察していた。
ぴくりとも動かないが――死んだのだろうか? 試合終了と言われないということは生きている?
混乱の中、ひとり警戒して――いち早く異変に気づく。
「……誰?」
倒れたイリシャの隣に、忽然とあわられた赤いローブの人物に。
「ふ、ふふ……」
と同時に、イリシャが小さく笑いながら身を起こした。
「ふん、落ち着け。よくあることであろう」
『は? あっ、こ、これは! GMです!』
「じーえむ……?」
どうやら赤いローブがGMらしい、と理解したものの、ニキシーにはGMがなんなのかが分からなかった。
「あ、こんばんわ」
そのGMが口を開く。
「ドロクサーガ・サポート担当の、GMリリアンです。ゲームの不具合とのことでコールいただきましたが」
「うむ、その通りじゃ」
イリシャがうなずく。会場もそのやりとりを見守っていた。ニキシーは……とりあえず様子を見ることにする。どうも今攻撃すると顰蹙を買いそうだ。
「詳しい状況を説明いただけますか?」
「なに、ことは単純じゃ。ダメージ計算式がバグっておるぞ」
「計算式が……? はあ、どういうことでしょう?」
「そこの小娘が投石の通常攻撃をしたのじゃがの。フルプレート装備のわしが三分の一もHPゲージを飛ばされたのじゃ」
観客席に動揺が走る。
「普通ならノーダメージか、運が良くてもミリじゃろ? となれば考えられる可能性はひとつ。バグじゃ。めったにない組み合わせとはいえ、困ったものじゃの。さっさと修正してもらえぬか?」
「はあ……彼女が?」
「そうじゃ。それに投石も何かバグっておるぞ? スキルなしでえらい速度で飛んできおった」
「……なるほど」
GMはニキシーをじろじろ見つめた後、うなずく。
「分かりました」
「うむ、納得のいく説明をしてもらおうかの。会場の皆も不安じゃろうし」
GMは再びうなずいて、会場をぐるりと見渡して。
そして、言った。
「それは仕様です」
――と。