ニキシーと決闘(2)
「情報を集めてきたんだ!」
とディーザンが言うので、ニキシーは反射的に答えた。
「いえ、結構です」
「せめて何のか聞いて!?」
「日ごろの行いのせいね」
「ですねぇ」
クラン『ファナティックムーン』が主催するプレーヤーイベント『狂月祭』の開催が迫りつつある日。
しばらく姿を見せていなかったディーザンたちとカフェで合流して、一言目がそれだった。
「いやそのでもさ? せめて何を調べてきたかぐらいは……えぇ……」
「ああ、すいません。ちょっと先ほどバンカズさんに会ってきたもので」
落ち込むディーザンに、ニキシーはフォローを入れる。
「決闘の代理に立つとしつこく言われたのを断ってきたので、その流れで、つい」
「……ボク、あのTシャツの人と同じレベル……?」
「実力が伴わなってないんだから、アレ以下なんじゃないかしら?」
「うぐ……っ」
「この間もサクッと死んでましたしねぇ……」
「ボクは攻略型の完全支援系だから……しょうがないだろ? PKは対人型でそもそもスキル構成がちがくて……って、いや、ボクの話はいいよ、もう」
ディーザンはニキシーに向き直る。
「イリシャの情報を集めてきたんだ。決闘するにしても、相手の情報はあるにこしたことないだろ?」
「それはそうですが……」
「こうなったのもボクらに多少は責任があるわけだし……一緒に戦うことはできないけど、せめてバックアップをさせてほしいんだ」
ニキシーは少し考えてから、条件を口にした。
「難しくない話なら」
「……なるべく簡単にまとめるよ」
ディーザンはホッと息を吐いて話しはじめる。
「まずイリシャの大まかなデータからだね。クラン『ファナティックムーン』の創設者で、ゲーム開始当初から活躍してるトッププレーヤーだ。特にテイマーとして有名だよ」
「テイマーとは?」
「動物やモンスターの中には【調教】スキルで味方にできるのがいるんだ。そうやって手に入れたペットに戦わせるスタイルを、テイマーっていう。ドラゴンも何体か飼ってるらしいよ」
「たたかわせる……ああ、セレリアさんの精霊みたいな」
「似たようなものね」
セレリアは目を逸らして溜め息を吐く。
「パフは【精霊契約】で契約して召喚できるようになった子よ。PKに殺されたけど」
PKの襲撃時、目隠しをした魔法使いが最初の獲物に狙ったのが、セレリアの精霊だった。
「あぁ……ペット系は自立行動するし、潰せるようなら先に潰すのがセオリーだからね。また契約しなおせばいいよ」
「そういう問題じゃないのよ、デリカシーないわね」
「え、えぇ……?」
ディーザンはうろたえる。だが誰も助け舟は出さなかった――そこは、分かってほしい、とニキシーも思う。
「うーん……?」
だが一朝一夕で分かるようなものでもないようだ。首をひねるディーザンに、ニキシーは先を促す。
「では、イリシャさんも何かのペットを戦わせてくる、と?」
「なんでもありルールだから、可能性はなくはないけど……さすがにおとなげないから、ないと思うな。でも馬系は使ってくるかもしれない。メイン武器が騎乗用の長柄、特にサイズ――大鎌らしいから。何かのペットに乗って、鎌を振り回してくる、かも?」
ドロクサーガにおいて体型は筋力の基準にならない。小柄であっても大きな武器を振り回すことができる。しかしながらリーチの差は存在するので、有利だけを追及するなら長身のアバターであるべきだ、と言われている。イリシャほども背の低いアバターで戦闘を行うのは、ロマンすぎるというのがプレーヤーたちの評だ。
「いやでも、十中八九、ペットはないと思うな。人形化があるから油断はできないけど」
「人形化――というと、沼竜を出したアレですか?」
「ペットを人形にしておいて、呼び出す儀式魔法さ。呼び出しは一瞬だけど、触媒も詠唱時間もめちゃくちゃコストかかるから……沼竜の持ち運びに使うなんて、ほんと金持ちの道楽はよくわからないよ」
ゲームは道楽じゃないのか、とニキシーは心の中でつっこみを入れる。
「猫一匹間違って殺したぐらいで処刑とか言い出すし、クランマスターとしてもどうかと思うな」
「猫ですよ?」
「うん? うん、猫だよね、ミストキャット」
ニキシーは猫派である。
イリシャの気持ちが分かるとまでは言えないが、飼おうとしていた猫を失ったことに激怒するのだから、相当思い入れがあったのだろうということは想像できた。
「とにかく、ニキシーのことはただの初心者だと思ってるだろうし、徒歩のサブ武器、片手剣で来ると思う。そのスタイルでもトーナメント上位に入るんだから、十分以上だと普通なら考えるよ」
「トーナメントというと……?」
「そういうプレーヤーイベントが毎月あるんだよ。対人戦のトーナメント。下位と上位のリーグがあって、上位は非公開なんだ。だから情報もなかなか集まらないんだけど、そこはね、話したがりは探せばいるものだからさ」
「なるほど」
ニキシーはディーザンを見て、うなずいた。
「……? とにかく、イリシャは強いよ。しかも種族はヴァンパイアだしさ。スケジュール的には決闘は昼だけど、対応する魔法もあって――」
「種族ってなんですか?」
ディーザンは少し止まる。
「いやいや。アバター作るときに選択肢あったじゃないか? ほら、人間とかエルフとか、ギグルとかマトールとかいう独自のやつとかもさ」
「……ありましたっけ……」
「見ようよ! 細かいところだけど! まあ種族差はそんなにないゲームだけど――ほら! セレリアはエルフだろう?」
「ああ、だからエルフ娘と呼ばれたりしてるんですね。耳が尖っているから、そのあだ名かと」
「……とにかく、イリシャはヴァンパイアなんだよ」
「あれぇ? でもそんな種族選べましたっけ?」
ディーザンが脱力すると、スタが〈・x・〉をひねってつぶやく。
「一覧になかった気がしますけどぉ?」
「ああ、ヴァンパイアはゲーム内で条件を満たすとなれる種族なんだよ。スペルブック無しで【ポリモルフ】でコウモリに変身したり、接触状態から【吸血】でHPの回復と運動能力バフを得たりできる。あとは再生とか完全暗視能力とか……」
「それは強そうですね」
「まあ……メリットだけ見ればね」
ディーザンは眉根を下げる。
「コウモリになったらステータスもコウモリに合わせられるからめちゃくちゃ弱くなるし、【吸血】は条件が厳しいから普通に魔法で回復とバフしたほうがマシ、再生・暗視も魔法により効果が高いのがある。それどころか日光に当たるとペナルティを受けるし、流水の中だと動けないし、銀武器と聖属性の攻撃に弱くなる」
「それって弱くなってるだけじゃないかしら?」
「まあ、はっきり言ってロマンだよ。普通は選ばない」
ヴァンパイア発見当初はずいぶん注目を浴びたものだが、結局デメリットの方が勝ち、軽い気持ちでヴァンパイアになったプレーヤーはほとんどが引退してしまった。元の種族に戻る、という選択肢は、このドロクサーガには用意されていなかったのだ。
「まとめると、ロマン体型でロマン大鎌を使うロマン種族のプレーヤーなんだけど――それで強いって事は、うまいんだよ、ゲームが。テイマーは特にモンスターの生態にも詳しくないとやってけないし……技量も知識も含めて、うまい」
ディーザンは机の上で組んだ手に、力をこめる。
「ボクは――このままじゃ勝てないと思ってる」
「そうですか」
「負けてほしくないんだよ!」
急に大きな声を出されて、ニキシーは目を丸くした。
ディーザン自身も己の声に驚いたようで、口元に手をやって呆然としている。その背中を、ドンッとセレリアが叩いた。
「まっ、心配してるってことよ。ディーも、あたしもね。ああいうタイプってネチネチ嫌らしく痛めつけてきそうだし、見世物になったニキシーが嫌になってゲームを引退しちゃわないかってね。そうなったら――困るのよ」
「困る……?」
「そっ。困るの――こっちの都合だけどね」
何か口を開こうとしたディーザンを視線で留めて、セレリアは言う。
「決闘が終わったら、聞いてほしい話があるの」
「終わったら、ですか?」
「『その後』のことがあったほうが、やる気がでるでしょ?」
口調は軽いが、表情は真剣そのものだった。それを見てニキシーは少し考え、うなずく。
「……わかりました。必ず聞きましょう」
「そう言ってくれると思ったわ」
ありがと、とセレリアは小さく呟いた。
「ま、あたしはニキシーが勝つと思ってるけどね? あんなの軽くひねってやりなさいよ」
「……ボク、前から疑問なんだけどさ。なんでセレリアはイリシャにはそんな感じなわけ?」
「何がよ?」
「いや、有名度で言ったらアーシャもイリシャも同じようなものだし……なのになんでアーシャはよくて、イリシャはダメなの?」
「だってアレはどう考えても中身おっさんでしょう?」
セレリアは辛辣に切り捨て、一方アーシャを語るときは乙女の目をした。
「アーシャはリアルでもイケてるじゃない! それで実力も伴ってれば、尊敬するってものでしょ」
「……あの」
ニキシーは混乱しながらも、手を挙げる。
「リアルでも、というのは? もしかして、知り合いですか?」
「直接じゃないけど……ほら、一周年でオフラインイベントがあったじゃない? そのとき会場で見たのよ。かっこよかったわ、ビシッと――運営に文句を言ってくれて。スカッとしたわね」
そういうイベントがあったとは知らなかったし、アーシャが参加してるとも知らなかった。
が、ニキシーはそれ以上に、今の発言にひとつ気になることがあった。
――セレリアは初心者のはず。なぜ、一周年……二年前のイベントに参加しているのだろう?
「ああそう……まあいっか、ミーハーなとこあるよね、セレリアは……」
だがその疑問を口にする前に、話は進む。
「とにかく、基本情報は押さえたってことでさ! ここからはイリシャ対策の話をしよう!」
「えぇ~……まだお話するんですかぁ?」
「いやいやここからが本番だよ!? とりあえずこっちもメイン武器決めて、銀武器で聖属性のエンチャントもかけてとかさ……」
「ここまでにしましょう」
ぺらぺらと喋り始めたディーザンを、ニキシーはさえぎる。
「ありがとうございます。情報はこれで十分です」
「いやいやでも攻略はこれから――」
「攻略の仕方――対策については、自分で考えます」
知ることと、考えることは違う。
「分からないことがあったら、教えてもらうかもしれませんが――ここから先の『戦い』については、わたしに任せてもらえませんか」
それにこれは、ゲームなのだ。
相手を知った後、どうやって攻略するか考える――そこから戦いは始まっている。
「ひさしぶりに、コントローラーを託されている気分なんです」