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ニキシーと初心者殺し(前)

 VRMMORPG『ドロクサーガ』。それは人間の神経経路をバイパスし、デジタルの世界に投影する完全没入型と呼ばれるVR技術が生まれて初めて発売されたゲームだ。


 今年で運営開始から三年目を迎えるドロクサーガだったが、人気は下火だった。

 あるレビュワーの言葉を借りれば、『あまりに泥臭い』ゲームデザイン。ステータスはほとんどマスクされてプレーヤーが知るすべは少なく、武器の強弱もほぼ重量で決定されるゆえすぐに頭打ちとなる。モンスターは強く、人間は常識程度の力しか持たない。そんな無骨なまでの泥臭さは、後発の華やかなゲームにすぐに追い抜かれていった。


 『世界初の』完全没入型VRMMORPGゆえ、ある程度のプレーヤーが『慣らされて』定着したことで運営を続けていくだけのプレーヤー数は確保されていると言われているが、新規プレーヤーがほとんど入ってこない現状に誰もが不安を覚えている。


 そんな中、ニキシー――能見西姫は、知り合いであるアーシャの熱心な誘いを受けてドロクサーガの世界へやってきた。RPGは難しいからやらない、と公言する西姫にアーシャはあらゆる手を使って勧誘をかけ、ついになかなかのお値段のする装置一式を買わされて。


 ◇ ◇ ◇


『ニキシー! よかったぁ、昨日あんなことがあったから、もうログインしないかと思った』


 ニキシーがゲームにログインすると、すぐにアーシャからフレンドチャットが飛んでくる。


「一か月分の料金は支払ったからな……さすがに一日では、もったいないよ。なかなかの値段もするわけだし」

『はー、心配してたのよ』

「お前が連絡をせずに待つとは、なかなか珍しいパターンだったな」

『だって、ニキシー、なんか様子がおかしかったし』

「あぁ……」


 ホタルイカを消滅させた後、ニキシーは気を失った。

 気づいたのはアーシャが借りている宿の一室だ。だが目覚めて早々、ニキシーはゲームからログアウトした。SP枯渇によるペナルティで頭が重く、さっさと寝たかったからだ。


『ほんと、昨日はごめんなさいね。まさか広範囲を消滅させるような能力を持ったモンスターが生息してたなんて……びっくりしたでしょう』

「ああ……まあ、うん」


 目を覚ましたらそういうことになっていた。範囲攻撃を受けた後、死亡保護が発動して吹き飛ばされただけで済んだのだと。訂正もめんどうなほど疲れていたのでそのままにしてログアウトしたから、もう今さら真実を伝えるのも微妙な気がして、ニキシーは黙る。


『でも、ログインしてくれてよかった! ねえねえ、それで今日はどうする? あたしのオススメはね~』

「それなんだが、ひとつ頼みがある」


 はしゃぐアーシャに頼みを伝えると、アーシャはひどくがっかりとした。


『いいけど……何かあったらすぐ言ってね?』


 ◇ ◇ ◇


 ということで、ニキシーは初心者町に戻ってきていた。

 いきなり高レベルなところに連れて行かれても、何がなんだか分からない。少しゲームに慣れたい。そう言ってアーシャに送ってもらい、しばらく一人で活動することにしたのだ。

 アーシャは同行すると言っていたが、断った。解答用紙がすぐ近くにあっては勉強は身につかない。


 閑散とした町を抜け、野外へ出る。


「これは……いいのか、初めてのフィールドがこんなので」


 青い空、さわやかな風、一面に広がる大草原――ではなく。

 初心者町の外は、べとべとした湿地、暗い空、どんよりした空気が広がっていた。なんなら、ぽこぽこ泡立っている沼もある。全体的に黄土色で暗緑色だ。


 出現するモンスターは、ドブネズミ。皮も肉も少量しか得られず、サービス開始当初、多くのプレーヤーがネズミを一週間狩り続けたという。わずかな肉を食べ、なめした皮を売り、野宿して金を貯めて。そして一週間して攻略サイトは結論付ける。

 こんなとこ無視して次の町に行ったほうが、楽だし稼げるぞと。


 ――とはいえ、初心者町の外なのだ。体験にはちょうどいいだろうと、ニキシーは足を踏み出す。


「そうだ、装備しておかないとな」


 バックパックを触ってインベントリーから武器を取り出す。

 それは羽根の装飾が掘り込まれた槍だった。アーシャがバンカズから預かったものだという。長ったらしいバンカズのメールを要約すると、昨日のお詫びと、お近づきの印だそうだ。


 このゲームに装備制限というものは、基本的にない。持てる重さのものなら、持つことができる。そして武器の強さは、だいたい重さに比例する。

 バンカズが寄越したのは、初心者の筋力でも持てるレベルの高品質性の槍に、威力増加の魔法付与がかけられたものだ。威力増加の魔法付与は珍しい。なぜなら、ほんのわずかしか増加しないことが検証でわかっているので。

 それでも「スキルとかコンボとかむずかしいから通常攻撃でなんとかしたい」というニキシーの希望を汲んだ、バンカズの心遣いだった。


「初心者町周辺ぐらいなら、通常攻撃でもなんとかなるらしいが……む、ネズミ、あれか」


 ニキシーが湿地をごそごそ歩いている子犬ぐらいの大きさのドブネズミを見つけると、向こうもニキシーを視認して戦闘態勢に入る。

 MMORPGでは積極的にプレーヤーを攻撃する敵をアクティブ、攻撃されるまで反撃しない敵をノンアクティブといい、序盤はノンアクティブな敵を用意するのが普通なのだが、ドロクサーガは違った。ドブネズミはアクティブだった。


「うらみはないが――やあ!」


 狙い済まして、突く。ザクッ、とドブネズミの体に穂先が突き刺さり、動きを止める。


「ナイフで触るとアイテムを回収……こうか、ふむ」


 ナイフで触れると、ドブネズミの姿が「ぐちゃり」とつぶれる。インベントリに入った肉と皮の分、体積が減ったような感じで。


「……グロいだろう、このゲーム」


 ゴア描写に耐性のないものはだいたいこのあたりで脱落していったという。


「まあ、一撃で倒せるなら大丈夫だろう。スキルは使わなくてよさそうだ」


 そもそも、昨日ひらめいたスキルは使えなかった。

 まず第一に、あれは片手剣のスキルなので、両手槍を使っている状態では使用できない。


 そして第二に、スキル使用に必要なSPというポイントが足りなかった。スキル説明文を見ると、使用後にSPがマイナスになることから使用禁止がされているのが分かる。

 SPがマイナス倍にならなければ一度は使用できるので、かろうじて【大切断】は使うことができるのだが、そうするとSP枯渇による思考力低下のペナルティを受ける。ニキシーはそれが嫌だった。


 少なくとも今はいいのだ。通常攻撃で一撃で倒せるから。


「経験を積めば、ステータスは伸びていくんだったな。しばらく戦ってみるか」


 筋力を使う行動をとると筋力が上がる。そういうシステムがとられている。それならずっと筋トレしていればいいのかというとそうではなく、格上の相手との戦闘中に行動する必要があった。

 このゲームに、ステータスとしての「レベル」はない。「経験値」もない。こうしてネズミを突き殺していても筋力が上がるかどうかは運次第――そして、運は回数でカバーする必要がある。そうなるともはやトップレベルのプレーヤーたちのしていることは修行の域に達している。明確な数値も目標もなしに、反復してモンスターを狩り続ける日々。

 このあたりの仕様で、だいたい根気のないプレーヤーは脱落していった。


 が、ニキシーは今のところそれを苦にしない。面倒な手続きは苦手だが、単純作業は平気なのだ。


「やあ!」


 槍で殺し、ナイフで突く。その繰り返し。インベントリに徐々に物資が溜まっていく。――と。


「ッ! いてて……」


 油断した。先手を取られてネズミに噛まれ、HPゲージが減少する。

 慌てて距離をとり、槍で突き殺して一安心――できない。HPゲージの減少が止まらない。


「……毒?」


 バッドステータスについてのチュートリアルが表示される。毒、一定時間HPに継続ダメージ。直すには解毒ポーションか対応した魔法が必要。

 ニキシーはまだ魔法は習得していない。そして初心者町では、解毒ポーションは売っていない。

 このネズミの毒で何人もの初心者が死亡し、そのままゲームをやめていったという。


「……このまま死ぬしかないのか?」


 毒の痛みはそれほどではない。これが続いて死ぬぐらいだったら怖くはないが、かといってわざわざ死にたいわけでもない。ニキシーはとりあえず町に戻ろうとした。

 が、痛みを感じながら歩くというのはなかなか重労働で、思ったように進めない。


「町にたどり着く前に、死にそうだな……」


 町の門が見えてきたが、HPゲージも尽きそうだった。覚悟を決めた――そのとき。


「【キュアポイズン】!」


 響いた声と共に、バッドステータスの表示が消え、HPゲージの減少が止まるのだった。


 ◇ ◇ ◇


「や、やあ、たいへん、でしたね? いや、間に合ってよかったな、ハハハ」


 そう言って笑うのは、杖を持ち茶色のダボダボのローブを着た、もじゃもじゃした髪の少年だった。

 メガネの奥で視線を左右にキョドキョドとさせながら喋る。


「ネズミ狩り、ってことは、はじめたばかり? いや、ボクも初めてで、ヘヘヘ」

「………」


 その隣に立つのは、蛍光イエローに近い鮮やかな髪色をした少女。動きやすい革鎧を装備して、細い剣を腰に下げている。釣りあがった目に、とがった長い耳。そして――


「バーカッ!」

「ゴフッ」


 鋭い打撃。少年は少女に脇を殴られて悲鳴を上げる。


「話しかけるの下手すぎ。挙動不審すぎじゃない。やめてちょうだい、そういうの。一緒にいて恥ずかしいから」

「う、でも、セレリアが助けろって言ったんじゃ」

「うるさいわね! そういうのは言わなくていいのよ!」


 ばしばしと少年の頭を少女――セレリアが叩く。顔が少し赤かった。


「ああ……その……助けてくれて、ありがとうございます」


 打撃が止まりそうにないので、ニキシーは自分から切り出した。それでようやく、二人の動きが止まる。


「あっ、いやっ、いいんだよ。魔法を使う練習にもなったし。あッ、ボクは、ディーザンっていうんだ」

「ニキシー・ノウミィです」

「ニキシーか、いい名前だね、ヘヘヘ」

「ちょっと、気持ち悪いわよディー。だいたい」


 セレリアはニキシーを指して言う。


「こういう、いかにも! って感じのアバターは中身おっさんなんだから!」

「「えっ」」


 ニキシーとディーザンが、同時に驚く。


「よく見なさいよ。あの武器、初心者用じゃないし。鑑定したらかなり価値高かったわよ。ていうことは、アレよ、貢がせて姫プレイしてるおっさんよ。間違いないわ」

「……い、いや、まあ、ゲームはゲームだしね? オフで会うわけでもないし、アバターってなりたい自分だし……ぼ、ボクは別に気にしないよ」


 セレリアが自信満々に言い、ディーザンが視線をオドオドさせる。


 ニキシーは冷や汗をかいた。

 別に男と誤解されるのはいい。電話口で間違えられたこともある。だが、幼女趣味のおっさんで、さらに姫プレイだと勘違いされるのは? 変態だと思われるのだけは勘弁してほしかった。


 かと言って「現実でも女です」アピールなんてしたら逆効果に違いない。

 どうしたらいいのか、必死で考え――そして。


「こ、これっ、セカンドキャラなんです。ちょっと、気分を変えて、最初からやりたくて」


 せめて姫プレイ疑惑だけでも晴らすことにした。

2017/08/23 誤字修正

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