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ニキシーと決闘(1)

「絶対許さない、と」

「……はあ」


 ニキシーは生返事をした。そういう態度は好かないのだが、この状況ではどうしてもそうなる。


「半年も我慢したのに、契約違反までして、許されると思うな、と」

「はあ」

「こうなったら大衆の面前で処刑しないと気がすまない、と」

「……はあ」


 目の前に立つ男は、そこまで言うとようやく、宙に向けていた視線をニキシーへやった。


「――そう、クランマスター、イリシャ様は言っております」

「はあ……知ってます」


 ミストキャット本体をうっかり殺してしまった昨日、激怒したイリシャから言われた台詞だ。

 だが、その日は時間が遅かった。だから「覚えてろ」という典型的な台詞で締めになり――


「だから、今日ここへ来たのですが」


 あらためてニキシーは首都拡張区の、クラン『ファナティックムーン』の詰め所へやってきていた。イリシャから「必ず来い」と言われていたので。

 だが、対応に現れたのは護衛をやっていた男。執事のような服を着てメッセージを読み上げる。


「それで……イリシャさん本人は?」


 男は神妙な顔をして答えた。


「――仕事です」

「仕事」

「ええ。リアルの仕事です」


 現実世界での仕事。


「……それは、仕方ないですね」

「ご理解いただけて幸いです」


 いくら限りなく現実に近いとはいえ、VRMMORPG『ドロクサーガ』はゲームである。

 たとえ本気で取り組んでいても、ゲームとは消費なのだ。

 収入源である仕事は、優先しなければ生きていけない。


「では、今回のことはなかったことに?」

「は、なりませんね」


 男は苦笑いする。


「あの方は執念深いですから。もしあなたが逃げるようなら、クランメンバーを総動員して捕まえろと言われています」

「そうですか……」

「むしろ私どもとしては、逃げると思っていたのですがね。厄介ごとはゴメンでしょう。しばらくログインしなければほとぼりも……まあ、半年後には……たぶん冷めるでしょうし」


 長いな、おい。


「ここに来るという約束でしたから」

「律儀な方だ」


 無視はできなかった。事前に説明は十分にあり、こちらが確認を怠ったのは事実。PKの襲撃はどちらも想定外のトラブルだが、言い訳にはできない。

 契約を破ったのは確かにこちらだ。そう、ニキシーは考えていた。


「まあ、その方がこちらも助かりますがね……長々と愚痴につき合わされるのはゴメンですし」


 男は溜め息を吐く。そういう経験もすでにしているのだろう、とても実感のこもった言葉だった。


「あなたにとっても、正解だと思いますよ。さっさと事を済ませて、あの方を納得させたほうが面倒にならなくていい」

「済ませたいんですが……」


 本人がいなければ話にならない。


「わかってます。イリシャ様からこの件については調整を任されていますので、ここから詰めていきましょう」

「はあ……」


 なんとも事務的な話になってきたな、とニキシーは考える。


「イリシャ様としては、ニキシーさんを公開処刑したいとお考えです」

「処刑、というと」

「殺すということですね」


 文字通りの意味だった。もっと特殊なことだったらどうしようかと思っていたが、シンプルなのはよかったのか悪かったのか……。


「この世界はゲームです。一回死んだところで、蘇生が可能ですから、大した事ではありません。一日に何度も死ぬと能力の減衰があることが分かっていますが、一回程度なら問題ありませんしね。目的はイリシャ様の憂さ晴らしですから……あなたのインベントリは保護しますし、いかがでしょう? 一回殺されてみるのは?」

「嫌です」


 例えそういうものだと知っていても、死ぬのは嫌だ。痛いし――ましてや無抵抗に殺されるなど。


「わかります、わかります」


 男はコクコクと頷いた。


「無抵抗に殺される――なかなかプライドが許すことではありません。承服しがたい、わかりますとも。少し言ってみただけです。気に障ったのなら失礼」

「いえ」

「それにね、私も『その程度』であの方が満足するとはとても思えないのですよ」


 男は――ニヤリ、と暗く笑った。


「無抵抗なんてとんでもない。無抵抗の相手を殺しても何も面白くない。見る側としてもね」

「……何が言いたいんですか?」

「結論から言うと、PvPにしましょう。つまり、決闘です」


 男は楽しそうに続ける。


「処刑したい者と殺されたくない者、それが対峙するとなればもう決闘しかないでしょう。ああ見えてイリシャ様は、PvPも好きなのですよ。提案は確実にのんでいただけると思うのですが、ニキシーさんはいかがでしょう?」

「それも嫌だと……言ったら?」

「ゲームですから強制的に決闘させるわけにもいきませんしね。そうなったら、クランを挙げて引退に追い込むことになるかと」


 前時代のMMORPGのように、ログアウト制限というものはドロクサーガには設けられていない。ログアウトを望めば、いつでもどこでもすぐにゲームを終わらせ、この世界から消えることができる。

 では死ぬ前にログアウトしてログインしなおせばいいかというと、そうはならない。再ログインまで時間がかかるし、ログイン直後には操作できない時間が存在する。

 ログイン時を狙って殺してしまえば、あとは決められた復活地点を張り、蘇生直後にまた殺す。これを繰り返すことでプレイ不能にして引退に追い込むのが、ひとつの手口である。

 もちろん嫌がらせ行為なので運営に通報すればある程度の対応はしてもらえる。だがドロクサーガの運営は本当に『ある程度』までしか介入しない。結局、被害者側が根負けすることが常であった。


「……という感じです。正直なところ、双方にとってあまり益のない選択でしょうね」


 追い込む側も24時間監視をしないといけないし、負荷が高い。

 男は具体的な手口まで解説して、ニキシーの選択を待った。


「……決闘、したとして」


 しばらく考えて、ニキシーは問いかける。


「――わたしが、勝った場合は?」


 男は――にんまりと笑う。


「調整しましょう」


 ◇ ◇ ◇


【次スレは】ドロクサーガ Part276【980で建てろ】


802:名も無き没入者

狂月祭のイベントスケジュール公開されたぞ

[[URL]]


803:名も無き没入者

宣伝乙


804:名も無き没入者

いつもながら絵師だけは有能なクラン


805:名も無き没入者

何これ、イベント? 公式で案内されてないけど……


806:名も無き没入者

ファナ主催のプレーヤーイベントだよ

つか公式がやれ。三周年まじで何もないし


807:名も無き没入者

運営が関わってるクランだから公式イベント(極論)


808:名も無き没入者

カシミヤ売ってくださいモスファルにいます


809:名も無き没入者

バザーとか生産品評会とかDPSチャレンジとかは分かるんだけどさ?

何だよこの最終日の処刑タイムってwwwwwwww


810:名も無き没入者

これって参加してもいいの? イベントとか初めてだから行ってみたいんだけど


811:名も無き没入者

処刑タイムとか見せしめかよ


812:名も無き没入者

>>810 単に大手のクランが主催してるプレーヤーイベントだから気にせず参加しな

半運営とかいろいろ言われてるけど結局みんな参加するし


813:名も無き没入者

まあ賞金がうめぇから(ただし入賞できない)


814:名も無き没入者

>>812 なんで半運営なの? 公式が運営してるクランなの?


815:名も無き没入者

もうあの暗黒の一周年を知らない奴がいるのか・・・


816:名も無き没入者

>>814 クソプロデューサーが介入したんだよ。今は更迭されたけどな


817:名も無き没入者

処刑タイム、イリシャ直々に処刑すんのか


818:名も無き没入者

姫クランの話はもういいよ


819:名も無き没入者

処刑の相手、BoLを1vs3で全滅させたの? すごくね?

処刑つーか普通にデュエルじゃね?


820:名も無き没入者

BoLも落ちたな


821:名も無き没入者

BoLをひとりで狩れるってどこのどいつだよ

ニキシーとかしらねえよ時計かよ


822:名も無き没入者

BoLってなに?


823:名も無き没入者

イリシャがこういうとこで戦うのは珍しいな。わりと強いらしいけどどうなんだ?


824:名も無き没入者

相手チーターらしいぞ


825:名も無き没入者

>>822 PKクランだよ


826:名も無き没入者

よっしゃああああああああああ【次元斬】ひらめいたああああああああああああああああああああ!!


827:名も無き没入者

>>826 何それ


828:名も無き没入者

mjd!!!???


 ◇ ◇ ◇


「直接会うのは久しぶりね」


 黒いアオザイに翡翠のアクセサリーをじゃらじゃらと下げて、彼女は――アーシャは言う。


「そうだな」


 古い友人であるアーシャと話す時だけは、ニキシーは現実と同じ喋り方をした。


「しかし、いいのか? 魔法を使うのにも、金がかかるのだろう?」

「ゲートは特にね。触媒もレアだし財布に厳しいわ……でも、さすがにこれは直接会いたいでしょ」


 落ち合ったのは首都にある酒場の個室だ。アーシャはスマホを机の上に投げ出す。


「ファナティックムーンのイベントの最終日に、ニキシーがイリシャとデュエルするっていうんだもの」

「……祭りの出し物にするとは聞いていたが、こんな告知がされていたのか」

「結構注目度高いわよー? 有名PKクラン3人を1人で撃退した、とか煽られてるしー」

「ひとりではなかったのだがな……」


 とはいえ、そうでもしないと盛り上がらないのだろう。興行とはそういうものだ。


「イリシャはイリシャで、PvPトーナメントの上位の実力があるわよ。あんまり表にでないけど。だから――やめない?」


 アーシャはじっとニキシーの瞳を見つめる。


「イリシャとならあたし、ツテがあるし。何があったか詳しくは知らないけど、仲裁に立てると思う。親友が公開処刑されるところを黙って見てるなんて、気分が悪いもの」

「アーシャ……」

「初心者と初期プレーヤーの差は圧倒的よ。もしホントにニキシーがPKをひとりで撃退したとしても、イリシャじゃ相手が悪いわ。しかもルールはなんでもありって……ただの見世物になるのがオチよ」

「見世物になるぐらい、気にしないさ。ゲームだからな」


 ニキシーは答える。


「だがゲームだからこそ信用が大事なんじゃないか? 今さら約束は破れない」

「……ふふ。だいぶこのゲームを好きになってくれたみたいで、嬉しいわ」

「そうかな」


 確かに、多少は印象が良くなった気がする。ひらめかなくなったからだろう。ひらめかないのはいいことだ。


「まあ、無様に負けるつもりもない」

「頼もしいわー。やっぱりPK撃退したってのはホント? 成長したわねー。あんなにスキルとかめんどくさいって言ってたのに」

「えっ?」

「……え?」


 沈黙。


「……いや、PKを撃退するぐらいだから、きっちりスキルコンボ決めたんでしょ?」

「スキルはつかってない」

「……魔法を使った?」

「つかってない」

「じゃあどうやって撃退したのよ?」

「通常攻撃だ」


 ニキシーは【通常攻撃強化】を取得した経緯を説明する。アーシャの顔がみるみるこわばり、そして最後のあたりで風船に穴が開いたかのように脱力した。


「前人未到の領域ね……ほんとニキシーが親友だと退屈しないわ~」

「そうかな」

「それだけのレアスキルを迷いなく完全封印するところとか、ねー。常人じゃちょっと」

「体を動かせば攻撃できるのに、わざわざ口で喋らないといけないなんてめんどうくさいだろう」

「喋るだけだけど……」


 アーシャは苦笑する。


「まあ、RPGやらせたらコマンド選択の部分でもうめんどうくさがっていたもんねー。そりゃ初期の頃はたしかに面倒くさかったけど、だいぶ改善されてもだめだったわよねえ。たたかう、を選ぶ時点でテンション下がってたし」

「ボタンを押したらジャンプして、攻撃するぐらいでいいだろう?」

「アクションで敵の行動パターン覚えるのは得意なのにね……あの頃のニキシーは男子にも人気者だったわよねー、激ムズゲーもあっさりクリアしちゃうから、助っ人に呼ばれたりして。パターンを見切ってからの大逆転――ほんと、ヒーローみたいだったわ」


 アーシャがくすくすと笑い、ニキシーは口をヘの字に曲げる。


「大したことじゃないだろう。一度やればわかる、簡単なことだ」

「とか言って、ボタン増えたらぜんぜんできなくなったのは笑ったけど」

「……移動、攻撃とジャンプのボタンだけで十分なのに、増やすのが悪いんだ」


 なのでゲームハードにボタンが増えて以降、ニキシーはゲームから遠ざかっていた。

 ようやく最近になって、最新機種でもスティックとボタンひとつで遊べるゲームがあると聞いて再開し、アーシャに誘われてVRMMORPGをはじめた程度である。ブランクは長い。


「それにだ。声を出すのもめんどうだが、体が勝手に動くとか気持ち悪くないか?」


 自分の意識下にない行動をとる。ニキシーはその手のものが嫌いだった。


「ああ……脚気の検査とか、ニキシーすごい嫌がってたものね」

「気持ち悪いだろう、あれ」


 膝を叩いて足が反射で跳ね上がる現象を利用した検査方法だ。強く意識すれば抑えられるので、ニキシーは毎度しつこく抵抗して医師を困らせたものである。


「スキルは使い込めば違和感が減るらしいけど」

「そこまでする気にならないな」

「でしょーねー。あっはっは」

「それにあれは、隙だらけだろう。三音ぐらい聞けばほとんど何をしてくるか丸分かりだぞ。あらかじめどう動くか分かるから、避けるのも簡単だし」

「あー……かるたやらせると無双するタイプだったわね」


 アーシャは昔を懐かしみながら頷く。


「そうね。このゲームの中なら、思ったとおりに体も動くし、ニキシーには向いてるか。現実じゃそうはいかないものねー?」

「うるさい」

「ふふ。でも対策はいろいろあるんだから、過信しないようにね。上級者はそういうこと込みで戦略立ててくるから。イリシャぐらいのレベルともなればね」

「そういうものか……」


 ニキシーは気を引き締める。


「ぶざまな戦い方はできないしな、気をつけよう」


 ただの見世物になる気はない。相手が決闘でいいと言うのだ、勝ちに行くのは当然のことだ。


「ふふふ」

「……なんだ?」

「んー、なんでも? あっ、そうそう」


 アーシャは手を合わせて目を輝かせる。


「お酒飲まない!? せっかく酒場にきてるんだしさ」

「アーシャ、わたしは――」

「分かってる分かってる。あたしもリアルじゃ絶対誘わないでしょ? でもここはゲームの世界だし、お酒は飲んでも何の効果もないし――だったら、よくない? 一度でいいから、親友と杯を交わしてみたかったのよねー」

「むう……」


 自分の意識を手放すことが許せないニキシーは、飲酒をしない。酩酊して思考が低下するのが嫌だからだ。

 だが、ドロクサーガの酒は酔わない。無駄に高い金額が設定されているが、食事と同じでただの空気だ。


「まあ……酔わないならいいか」

「やったぁー! 店員さーん、注文ッ!」


 はしゃぐアーシャが注文をとり、すぐにグラスが机に並ぶ。


「それじゃ、ニキシーの勝利を祈って! かんぱーい!」

「乾杯」


 グラスを合わせて、杯を呷る。


「………」

「………」


 そして二人、渋い表情で顔を見合わせる。


「空気だな」

「雰囲気で酔う、ってレベルじゃないぐらい空気ね」


 それでも二人は、苦笑ではあるが笑いあうのであった。

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