ニキシーと捕獲(中)
ガタガタと音を立てて豪奢な馬車が走る。車内には六人。ニキシー、セレリア、ディーザン、スタ。そしてイリシャとその護衛。体の小さいのが二名いるものの、車内はギュウギュウ詰めだった。その半分ほどが、イリシャが下敷きにしているクッションで占められていたので。
「募集要項は読んでいると思うが、念のため改めて説明させてもらおうかの」
ひとりフカフカしながら、イリシャが言う。ニキシーたちは不意打ちのように跳ねる馬車に尻を叩かれ、クッションをうらやましそうに見ながら耳を傾けた。
「今向かっている場所は、首都の北にある山、白帽山じゃ。標高はそんなに高くはないのじゃがの、山頂が常に霧で覆われておる。その様子から学者どもがつけた名じゃな」
「霧? 山にかかってるのに雲じゃないんだ」
「霧も雲も発生の仕組みは同じじゃよ。ま、白帽山の場合はギミック的に霧と表現したほうがよいじゃろう」
ディーザンの疑問に、イリシャはスラスラと答える。
「一般に地面に接しているものが霧、宙に浮いているものが雲じゃ。それ以上の違いはない。白帽山のものが霧と呼ばれるのはな、半年に一度、一日だけ霧が山頂から麓に降りてくるからじゃよ」
「なるほどね。それで霧か」
「まあどっちでもいいんじゃがの。霧が先か雲が先か、それは重要ではない」
イリシャは真紅の爪先をチチチッ、と振る。
「重要なのはそこに棲んでいるミストキャットじゃ。白帽山固有のモンスターでの、存在自体はずいぶん前から登山部のやつらが見つけておった」
登山部。前世代のMMORPGでは、通常のルートでは登れない場所へ登ることを目的にするプレーヤーたちのことである。山と名はついているが、たいていは開発が『それとなく』ルートを残してある建物などに登る。
VRMMORPGの時代になってからは、登山部はその名の通りの活動である。ドロクサーガでも早い段階で登山活動専門のクランが設立され、今も活動を続けている。未踏破の山がいくつもある世界など、登山愛好家たちにとっては理想の世界に他ならない。
「霧の中に現れる白いモフモフでのう。これがとんでもなくかわいい。特に手触りがな、たまらんのじゃ。ま、山頂に行くともれなく襲ってくるそこそこ強めのモンスターじゃがの。おかげで登山部もなかなか登頂できなかったそうじゃぞ」
「白い……モフモフ」
ニキシーは白い猫を頭に思い浮かべて、少し口元をほころばせた。猫派なので。
「ミストキャットは強敵で、調教もできなんだ。しかもな、倒すと霧になって消えるのよ。おかげで図鑑登録もままならなかったのじゃ。なぜか分かるかの?」
「確か……生体か死体を、ギルドに渡す必要がある、と聞きましたね」
話自体はきちんと聞いているニキシーである。学者ギルドでのやりとりもしっかり覚えていた。
「そうじゃ。だが逆にな? 生体か死体の引渡しができなければ図鑑登録できない、ということは、かならずどちらかを手に入れるギミックがあるに違いない。と、賢いわしはそう考えたのよ。半年に一度、霧が降りてくるギミック……これが関係しているのじゃろ? とな」
「確かにそうですね」
「まあこのゲームでは裏切られることも多いがの。じゃがこの件は当たりじゃった。霧が降りてくるとな、ミストキャットの分体も大量に発生するのじゃが、その中にひとつだけ本体があらわれるのよ。それをわしが捕まえたわけじゃ。それが一年前……あのモフモフといったらのう! じゃが――その半年後の捕獲は――横槍が入った」
イリシャは、ギリリと歯軋りをする。怒りに紅の瞳がより赤くきらめく。
「今思い返してもはらわたが煮えくり返るわ。捕獲ならまだしも、殺してドロップだけもっていきおって。その場で処刑してやったが、一人だけ飛んで逃げるし――あやつはわし自ら八つ裂きにせんと気がすまぬわ」
イリシャは深く溜め息を吐いて怒りを逃し、遠くを見つめる。
「どうせまた捕まえられるからと、学者ギルドに引き渡したのがよくなかった。おかげであのモフモフを半年も愛でておらぬ。あれは……ミストキャットは、わしのものじゃ。わしが愛でるべきなのじゃ。――じゃから、今回は本気を出して、クランメンバーを総動員しているわけよ。っと――うむ、着いたな」
馬車が止まり、イリシャはクッションからポンと飛び降り、扉を開ける。
その向こうは、見通すことのできない白――霧が覆っていた。
「さあゆくぞ――猫狩りのはじまりじゃ」
◇ ◇ ◇
霧の中は肌寒い。霧とは空気に溶け込まない水の塊なので、濡れて肌がべとべとする。どうして細かい不快さを再現するのか、とニキシーは辟易した。もう少しサッパリした霧があってもいいではないか。
「山頂にあるうちは範囲は狭いのじゃが、裾野に降りてくると霧も範囲が広がってのう。クランメンバーだけでは人手不足なのよ。それで今回からは、そちらのように外部の人間を雇うことにしたわけじゃ」
足元にはシダ植物が生い茂り、針葉樹が立ち並ぶ。加えて霧。視界は不良だ。
「そういえば……イリシャさんは、なぜわたしたちに同行を?」
「そですねぇ。クランマスターなら、もっと強い人たちと一緒にいるとかぁ」
「範囲が広いからの、戦力は分散させねばならん」
イリシャは腰につけたポーチを探りながら答える。
「外部の協力者はクランメンバーと組んで行動させておるが、お主たちは初心者じゃろ? 珍しい! 興味が沸いた――というわけじゃ。それに、いずれクランに勧誘するならトップの人となりを知ってもらったほうがスムーズであろうしな」
「勧誘ですか」
「人は増やしたほうができることが増える。結構本気じゃぞ? うちは身内には優しいクランじゃからな。なんなら、うむ、そこの坊主はメイジ系か? フルスペルブックを売ってやらんでもないぞ。原価だけの特別価格でじゃ」
「ほ、ほんと!?」
「ちょっと」
ディーザンが食いつく――が、同時にセレリアがそれを制した。
「ディー、あんた、目的を忘れてるんじゃない?」
「あ、あぁ……うん、ごめん、忘れてないって」
ディーザンは頭をかく。
「ごめん。ボクらはなるべく……先行者の助けを得ないで進めるつもりだから、そういうのは」
「ふむ? 殊勝な心がけじゃが、辛いだけじゃと思うぞ? 経済が回る以上、なんにせよ先行したプレーヤーは関わってくる。まあ、よい、心変わりしたらいつでも言うのじゃぞ――と、すこし退け。騎獣を出すでの」
ニキシーたちがお互いが霧に隠れない程度に離れると、イリシャはポーチから取り出した人形を放る。するとそれは空中で巨大化し、ずしん、と地響きを立てて着地した。
「あっ、沼竜ですねぇ!」
「ほう、知っておるか? この近辺では見ないモンスターなのじゃが……まあ、最近は使役している者も多いから、首都でも見るかもしれんの」
イリシャは沼竜の背中、草のような毛が生えた部分に備え付けられた鞍に飛び乗る。
そして、その背を優しく叩きながら言った。
「ま、高価な人形化まで使って連れてくるのはわしぐらいなものじゃろうがな。おおよしよし、ヌマタンよ。今日も湿っておるのう!」
「ヌマタン――」
四人は顔を見合わせる。セレリアがディーザンを見て、ディーザンは首を振ってニキシーを見て、ニキシーはスタにそのままスルーパスした。スタは〈・x・〉頼もしく頷く。
「ヌマタンっていうんですかぁ。流行ってるんですかねぇ? 沼竜にヌマタンって名前つけるの」
「む? さあ、ペットは名前重複がないから、他にもつけようと思えばつけれるがの?」
「あ、でも別のですよねぇ! 飼い主が違いますもん!」
ディーザンがあたふたとジェスチャーでスタに止めるよう伝えるが、霧のせいで見えていない。
一方、イリシャは首をかしげる。
「ふむ? もしかしてうちの飼育係が連れているところでも見たか?」
「ふぇ? 飼育係?」
「わしは色んなモンスターをテイム――捕獲しているんじゃがの。数が多すぎて育成に手が回らなんだ。そこでクランメンバーに権限を譲渡して、育成をやってもらっておるのよ。むろん、経費は出すし、メンバーも好きでやっておるぞ。ヌマタンの担当はちと、入れ込みすぎな感じはあるがの」
「入れ込み……ってどゆことですかぁ?」
「こんな顔して、こやつの好物はケーキなのじゃ。そのために【料理】スキルを取るぐらいでの」
「へぇぇ……じゃあそのメンバーさんは、今頃寂しいんでしょうねぇ」
「その前から落ち込んでおったがな。チートがどうこう言って」
「チート……?」
「スキルを乗せてない素手攻撃で、一撃死させられたとか。あるわけないじゃろに、まったく」
「えぇー、そんなことはないと思いますよぉ。現にここに」
「いやいや、ありえないありえない! まったくありえないからね!」
ニキシーを指そうとしたスタの前にディーザンが飛び出し、大げさに否定する。
「うむ? まあ、そうじゃの。素手とか一番攻撃力が低いし、いくらプレーヤーの最大HPが低いといってものう」
「だよね!? いやなんか、きっと悔しくて話を盛ってるんじゃないかな!?」
「混乱してるようじゃったな。まあヌマタンを取り上げたときのほうが取り乱して追ったが」
「はははざまぁ――いてッ!」
「はいはい、そこまで」
セレリアに足を踏まれて、ディーザンが悲鳴をあげる。
「仕事の話をしましょ――ちょうど、来たみたいだし」
◇ ◇ ◇
がさり、と。シダが踏まれる音がする。姿はまだ見えない。霧の中だ。
「ミストキャットかな?」
「じゃないの? 【精霊召喚】、パフ、出てきて。霧を吹き飛ばせない?」
セレリアの呼びかけにこたえて、下級の風の精霊が姿を現す。デフォルメされた顔が描かれた巾着袋に綿毛が生えたような、丸い半透明な存在だ。
《【風ガ吹ク】》
風鈴のような声が響き、そのか弱さとは裏腹にビル風のような強さで、霧が吹き飛ばされる。シダが揺れ、それを踏んでいた生き物の姿を露にする――
「……キャット?」
というには大きすぎるだろう。どちらかというと虎だ。黄金の目、綿のような白い毛をもつ、虎サイズの猫。
「うむ、ミストキャットじゃな」
「タイガーでは?」
「ふ、わしから見ればかわいい猫のようなものよ。まったくわがままなボディをしておるわ」
図鑑に登録したのはイリシャである。学者ギルドで名称変更が行われていない以上、これはキャットなのであった。
「さて、分体か本体か調べる必要がある。まずは、そやつの動きを封じるのじゃ!」
沼竜の上からイリシャが号令をかける。
「あんたは手を出さないの?」
「そのためのお主らじゃろ?」
イリシャの護衛と、御者をやっていたもう一人のクランメンバーも動く気はないらしい。セレリアは肩をすくめてミストキャットに向き直った。
「死なない程度になら攻撃してもいいのかしら?」
「いや、もうちょっと賢くいこうよ。えーと、動きを封じる魔法なら……これかな――」
「任せてください! とっ捕まえてやりますよぉ!」
スタがミストキャットに向かって飛びかったのと、ディーザンの詠唱が終わったのが同時だった。
「【フック・ループ】――あ」
「捕まえ――ぎゃあ!? なにこれぇ!?」
「ニ゛ャアアアア!?」
ミストキャットに組み付いたスタが悲鳴を上げる。その皮膚が、ミストキャットの毛にくっついて剥がれない。くっついた右手を剥がそうと、左手を使って力をこめると――びりびりっという音がして右手が剥がれるが、今度は左手が剥がれない。〈・x・〉も皮膚と扱われているのか、ミストキャットの腹にひっついてひどい形に歪んでいる。
「……何、あれ?」
「範囲内の対象の皮膚をマジックテープにする、みたいな魔法だよ。ミストキャットの足止めになればいいかなと思ったんだけど――ミストキャットには抵抗されて、スタだけにかかったみたいだ」
「にぎゃあああ!」
「ニ゛ャアアア!」
二匹がごろごろと地面を転がってわめき散らす。
幸いにもスタは裾の長いシスター服を着ている。そのため被害は顔と手だけ――と思いきや、組み合ううちにどんどん裾がめくれ上がり、太ももの辺りまで魔法の被害にあってしまった。
「あー……見苦しいが今のうちじゃな。分体は体のどこかに手のひらサイズの黒い斑点があるのじゃ。全身真っ白なら本体ということじゃな。さあ、探してもらおうかの」
ミストキャットとスタが複雑に絡み合った惨状を見て、三人は顔を見合わせるが、やがてぞろぞろと近づいていった。
「な、なんです? うひゃっ! くしゅぐっ、くすぐったい! そ、そこだめぇ! ひいぃ!」
ひっくり返したり転がしたりすることしばし。
「あった、ありましたよ。尻尾の付け根が黒いです」
「これは分体ってことね」
「どれ、見せてみるがよい――ふむ、ハズレじゃな」
馬上ならぬ竜上から、イリシャは頷く。
「ハズレの場合は容赦なく殺ってよいぞ。ドロップはないがの」
「殺る、といっても」
ニキシーはミストキャットを見る。まさしく白いモフモフだ。スタと戯れている様は、ただの巨大な猫にしか見えない。
「少し愛着がわいてしまって……」
「そうね。このままでもいいんじゃない?」
「ちょ、ま! モンスターですよぉ! モンスターですからねぇ! 私っ、さっきから爪でひっかかれたりっ! 噛まれたり! そろそろHPがっ!」
だいぶ血まみれになってきたスタである。ミストキャットの毛も赤く染まってきていた。
「くぅぅ、いいですよぉ! なら自分でなんとかしますぅ! ぐっ、くっ、このぉ!」
威勢のいい台詞は、なんとか〈・x・〉の下に仕込んだインベントリから武器を出そうともがいているだけである。
「と、とれない……あああ゛あ゛、両手が顔の中からとれなぁぁあぁ!」
「何やってるんだか」
「いやいや、いい加減助けてあげ――」
「んぁぁぁぁ――【杭打ち】ッ!」
ぐわッ――ガスッ! 限界まで背を反らしたスタが、すさまじい勢いで頭突きを食らわす。股の間に挟まれたミストキャットに、逃れる術はない。
「【杭打ち】! 【杭打ち】! 【杭打ち】! 【杭打ち】ッ! 【杭打ち】ィェェッ!」
ガス! ガス! ガス! ガスッ! ガスッッ!
連打されるスキルに、ようやくミストキャットの反応がなくなる。その姿は、ふわりと霧になって消えていった。
「やった! やりましたよぉ!」
血まみれの〈・x・〉で勝どきを上げる。その場の誰もが、一歩後ろに引いた。
「任せてよいか、ちと不安になってきたわ」
イリシャはぽつりと、そう呟くのだった。




