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ニキシーと技道場(後)

「――どういうことですか」


 カウンターの奥にいる女性職員と、防具屋にいたおじさんが同一人物とは思えない。

 だが、職員は、あれは自分だと主張している。


「キャラクターはもちろん別よ。今も防具屋にはおじさんがいるわ」


 職員はウインクする。


「同じなのはAI――中の人、よ」

「……どういう……?」

「このゲームのAIはね、ぜーんぶあたし。人工知能ゾチって聞いたことない? ないかぁ。まあ先輩が偉大だからね……とにかく、人工知能サービスの一種なの。ドロクサーガのプレーヤー以外のキャラクター、モンスター……それらすべては、あたしが動かしている」

「すべて、ひとりで?」

「スーパーコンピューターに住む人工知能ゾチたんだからね。それぐらい余裕よ」


 職員は――人工知能のゾチはにこにこと笑う。


「TRPGでいうところのゲームマスターが、あたし。今こうして喋っていても、別のところではプレーヤーから品物を買い取っていたり、モンスターとしてプレーヤーと戦ったりしている。だからゾチとして退屈することはないわ」

「……では、退屈だと言ったのはウソですか」

「この職員はお店に客が来てくれない日が続いている。そんな人が言う台詞として、退屈は――これ以上なく適切だと思うわ」

「なるほど」


 つまり人工知能ゾチは演じているのだ。退屈なギルド職員という役を。そして同時に、他の何かを演じている。この世界で、同時に、無数に。


「そんなことをわたしに教えてもいいんですか?」

「公式サイトでも紹介されている基本情報だからね。ネタバレにならない程度にゲームの紹介をするのも、職務のひとつよ」


 職員は肩をすくめる。


「時間をもてあましていると考えたから、知らないであろう仕様を教えて、退屈をまぎらわせる――そういうホスト精神? みたいな」

「なるほど……」

「とはいえ、普段はあまり気にしないでほしいな。ゾチたんもまじめに仕事してるんで、演技に付き合ってあげてね?」


 その態度はとうてい真面目とは思えなかったが、ニキシーは気にしないことにした。何を言おうと、人間の指示で演技しているに過ぎないのだ。


「それで……ここはどういう店なんですか?」

「技術封印屋よ」

「ふういん……?」

「覚えたスキルを封印……要するに使えなくするのよ」


 確かにゲーム的な機能だ。現実に代替となるサービスは存在しない。なるほど、そういう機能を提供するのが冒険者ギルドか、とニキシーは理解する。


「しかし、せっかく覚えたものを使えなくするなんて、何か意味があるんですか?」

「スキルを封印する代わりにひとつ、パッシブスキルを修得できるようになるわ」

「スキル……」

「パッシブ――受動的。つまり所持しているだけで効果のあるスキルよ」


 持っているだけでいいならめんどうくさくなさそうだ。ニキシーは少し興味がわいた。


「ひとつ封印するたびに、ひとつスキルが手に入る?」

「いいえ、修得できるパッシブスキルはひとつだけ。いくつスキルを封印しても、それは変わらないわ。ただ、封印した数に応じて、パッシブスキルの効果は上昇していく」

「――封印代償」


 どこかで聞いた覚えのある言葉が浮かんできた。

 どこだからは思い出せない――思い出したくもないが。


「あら、知ってた? そう、封印する代わりに強化される能力ね」

「どんなものがあるんですか?」

「一覧はこれ」


 目の前にウィンドウが表示される。一覧は――たくさんあった。目が痛いほどに。


「よく取得されているのは、【状態異常耐性】ね。毒とか麻痺とかにかかりづらくなるわ」

「どれぐらい?」

「さあ……あたしは冒険者じゃないから、効果のほどはわからないわ」


 AIはとぼける。


「あっと、違うわよ? 攻略情報だから教えられないわけじゃないの。ゾチたんはゲーム内の細かい数字にアクセスできないから、本当に知らないのよ。ゲームマスターといっても、NPC担当みたいな?」

「……そうですか」

「ま、そのへんは冒険者同士で協力して、情報共有してみてね」


 なお三年にわたる情報共有の結果が、【状態異常耐性】である。『おそらく、多少は効果がある』という結論が出ているためだ。『たぶん、30個ぐらい封印したら1%ぐらいは上がってるんじゃないか』という結論が。


 封印代償はとにかく渋い、とプレーヤー間では噂されている。さまざまな効果のパッシブスキルがあるが、そのどれも多少のスキルを封印した程度では効果が実感できないのだ。一番効果があると噂されるスキルですら30個の封印が必要、というあまりの渋さに、検証は三年経った今でもあまり進んでいない。


 最近では、むしろ封印しないほうが汎用性が高くていい、と結論付けられており、その結果この店を訪れるプレーヤーはほとんどいなかった。


「【跳躍力強化】、【走力強化】……この二つと【移動力強化】の違いは?」

「【移動力強化】は総合的な移動能力ね。走ったり、跳んだり、登ったり」

「なぜ細分化されているのですか?」

「総合的な強化の方が、封印数に対する見返りが少ないからよ」


 総合的なスキルほど、より封印数に対するリターンが少ない。逆に専門的なスキルであれば効果が高いかというと――高いは高いのだが、その差はわずかである、とプレーヤーたちは結論付けていた。


「ひとつしか選べないから、修得するならよく考えて決めてね」

「ふーむ……」


 ニキシーは一覧をじっと見つめる。

 スキルなんて難しくてどうせ使わないのだ。別の力に変換できるなら、その方がいいに決まっている。


「ああ、二ページ目があるのか……」


 長いリストには続きがあった。ニキシーは呆れながらページを送り。


「これは」


 そのスキルを見つける。


「――これにします」

「あら、いいの? 三ページ目まであるんだけど」

「これでいいです」

「そ、そう」


 キッパリと言うニキシーに、職員はやや気圧されながらうなずく。


「じゃあ、次は封印するスキルを選んでくれる? このスキルの場合は――全戦闘スキルが対象ね。一時封印か、完全封印かも選べるわよ」

「違いは何ですか?」

「一時封印はここに来れば解除できるけど、完全封印は二度と解除できないの。スキル破棄と言ってもいいわね。パッシブスキルの選びなおしもできなくなるわ。その代わり、効果も少し高くな――」

「では、完全封印で」

「……いいの? 完全封印するひと、ほとんどいないわよ? 二度と使えないのよ?」


 よほどひとつの道を究めると決めたプレーヤー以外、完全封印は選ばない。

 理由はふたつ。ひとつは、ドロクサーガがMMORPGであること。使えないと思っていたスキルも、アップデート後にはとんでもないコンボが発見されるかもしれない。その逆もしかりだ。スキルひとつに絞って使っていたら、アップデートで弱体化するかもしれない。そんな懸念が、完全封印をためらわせる。


 ふたつめは――一時封印と対して効果が変わらないことがわかったからだ。引退を決めたプレーヤーに、全スキルを完全封印してもらって効果を確かめたところ、とてもとても残念な結果に終わり、引退の決意にトドメを刺してくれたという事件があったのだ。


 だから、よほどの理由がない限り、完全封印は選ばない。


 スキルを使いたくない、というような理由でもなければ。


「完全封印でお願いします」

「……警告はしたからね?」

「はい」


 ニキシーは頷き、職員は溜め息を吐く。職員として――人工知能ゾチとして。


 ゾチの使命は、ドロクサーガの円滑な運用だ。この世界にとどまるプレーヤーを増やし、ドロクサーガの運営に利益をもたらす一方で、己の成長の糧とする。そういうWin-Winな関係を築くことが目標である。

 だが、目の前のプレーヤーは最悪の選択をしようとしている。まだはじめたばかりだというのに、安易に力を求めて完全封印し、そしてその効果に失望して――取り返しがつかないことに気がついて――ゲームをやめてしまうのだ。それはドロクサーガの運営にとっても、ゾチにとっても、望むところではない。


 だが、プレーヤーの求めを断ることはできない。ギルド職員という役割を演じる上では、プレーヤーがやりたい、と言ったことを否定するわけにはいかないのだ。


 だから、ゾチは溜め息を吐く。自分の操作で一人のプレーヤーが辞めていくことが分かっているから。


「わかりました。っと――失礼。何のスキルを封印するのか、まだ聞いていませんでしたね」


 そうだ。何か気に食わないスキルがひとつかふたつあるだけかもしれない。

 ゾチはそう考えた。そうすることでポジティブな感情が沸き、内部評価値が上がる。

 そうとも。ひとつふたつぐらいなら、まだまだ全然、取り返しが――


「全部です」

「――は?」


 ニキシーは、混乱するギルド職員に――人工知能ゾチに、繰り返して念を押した。


「いま、わたしが覚えている戦闘スキル全部を――完全封印してください」

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