ニキシーと技道場(前)
「やった……ついにやったぞ……」
首都ドロクの東の丘から、首都へと帰る道を片足をひきずって歩きながら、ニキシーは一人つぶやいた。
革鎧は繋ぎ目が弾けとび、その下に着ている服までボロボロ。
杖代わりにしているハルバードは耐久度が残りわずかで、どう見ても刃こぼれしている。
それでも、じりじりと首都に向かって前進し続けるニキシーの顔は晴れやかだった。
「やった……やったんだ」
その喜びを、口にする。
「ついに――ひらめかなかったぞ!」
◇ ◇ ◇
バンカズから教えてもらい、多少誤解が混じった金策を始めたニキシーとスタ。
女王蜂からドロップする素材は、二人で頭割りしても十分な金額になった。たしかに、バンカズの情報どおり『おいしい採取』だと分かった二人は、次の日も引き続き女王蜂を『狩り』に出かける。
「ところで思ったんですが、ステルスっていらないんじゃないでしょうか?」
「確かにそうですねぇ……熊、あのあたりには近づかないみたいですし。触媒代ももったいないから、なしでいきましょかぁ」
そうして丘に向かい、枯れた巣を探し、二人がかりでドカドカ叩いて女王蜂を引きずり出し。
「【バッシュ】」「【クロスブレード】」「【バーニングブレード】」
ひらめいては倒し。
「【牙砕き】」「【頭蓋潰し】」「【全身砕打】」
ひらめいては倒し。
「【一番槍】」「【二段突き】」「【三連衝】」
ひらめいては倒して。
「はい、ニキシーさん、SP回復薬ですよぉ。ふりかけますねぇ」
「ありがと……ございます。すいません、薬代も馬鹿になりませんよね」
「やぁ、回数こなしたほうが黒字ですしぃ……でもどうしてSP切れるまでスキル使うんですかぁ?」
倒しては薬を使って回復してまた倒し、いい時間になれば街へ戻り、精算して解散。
次の日も倒しては街に戻り、精算して解散――と。
「だいぶお金たまってきましたねぇ。魔法買っちゃいました」
「武器が壊れたので、予備の武器ですね……あと、防具でしょうか」
「なんで武器壊すスキル使うんですかぁ?」
溜まったお金で装備を更新しては、女王蜂を狩って。
そうして――ついに今日。
スタが不参加だったので、一人で女王蜂を狩りに行った今日。
ニキシーはついに、望んだ状況を手に入れた。
「終わりのない作業かと思ったが……ふふふ……しょせんはゲーム、人のアイディアにも限界があるということだ。あるいは、例の仕様の制限がついにきたのかもしれんが……」
とにかく――ひらめかなかったのである。
女王蜂を何度攻撃しても、どんな武器をつかっても――ひらめかなかったのだ!
ついに、ニキシーは戦闘でひらめかなかったのだ!
ニキシーとしては、その理由を三つ考えている。
ひとつ。自分のよくわからない幸運が尽きた。尽きない運はないだろう――と祈っているが、なんとなく、そうではない気がしている。
ふたつ。すべてのスキルをひらめいたので、もうひらめかない。そうだったらいいと思うのだが、ひとつの武器系統だけでも恐ろしい数のスキルがあるので――こちらも、願い程度。
みっつ。ディーザンが話していた。スキルをひらめきすぎると、ひらめきづらくなると。
ある程度の修得数を超えると、その影響は一気に顕著になるらしい。初期のスキルですら、エンドコンテンツのモンスター相手にひらめかなくなるという。
つまり――自分はその壁を越えたのだろう。これが本命。
そのために、わざわざ違う種類の武器を仕入れては使っていたのだ。
――ほぼすべての武器種類に、武器が破壊されるスキルがあるのには辟易したものだが。
「とにかく――ひらめかなかった」
ニキシーは拳をぎゅっと握った。
「それに、通常攻撃でも倒せたしな……しかし」
ギリギリだった。
何回も戦った相手なので、動きが読めている。だから攻撃を回避することは九割できた。
残り一割でこのありさまだ。HPゲージも残り一割を切っていたと思う。
ひらめかないか確かめるため、多数の武器を使ったとか、そういう事情もあったが――
「今後、初めて見る相手には苦労しそうだ」
このゲームがスキルゲーと呼ばれる理由も分かってきた。
もしニキシーが普通に、いまのSPで取り回せるスキルを使っていたら、ここまで痛手は負わなかっただろう。
しかし、それでもニキシーの心は晴れやかだった。
「SPが減らないというのはいいことだ」
明晰な頭脳こそが生きていくのに必要不可欠だ、というのがニキシーの信条である。
それがSPが枯渇した瞬間、思考力を強制的に奪われ、間抜けな姿を人に晒すというのは――ニキシーには耐えがたい屈辱であった。
だが、今日はそれもない。なぜなら、ひらめかなかったので。
「首都に戻ったら、武器と防具を修繕に出すか」
懐もだいぶ暖かくなった。活動資金には余裕がある。
ニキシーは足を引きずりながらも、上機嫌で歩いていくのだった。
◇ ◇ ◇
武器と鎧の修繕を済ませると、ニキシーもいっぱしの冒険者のような姿になる。
下に着ている服は相変わらず『騎士見習いの服』だが、その上に軽量の革鎧を装備していた。ちょうど染色済みの中古品が出ていたため、かなりの大金を払って揃えたものだ。パールホワイトっぽい白い革鎧で、髪色と合っている気がして気に入っている。
「SP切れしていないから、まだ全然動けるな……」
ひらめいて帰っていた時は、もう街についたらすぐログアウトしているようなありさまだった。SP回復薬をつかっても、どうやらわずかにペナルティが蓄積していくらしい。
「セレリアとディーザンは……明日まで定期試験だったか」
現実では真面目な学生なのだろう。試験期間に入ってから、二人は一度もログインしていない。
「スタも……今日はいないな」
フレンドリストには『ヒメ・スタスタ(オフライン)』とある。
裸族クラン『スターカーズ』に所属するスタとフレンドになることには抵抗があったのだが――なぜ毎日ログインすると目の前で座っているのかとある日訊いたところ、
『フレじゃないから連絡つかないので、はぐれるともう会えないじゃないですかぁ。自分のほうがログインするの早いから、ニキシーさんが来るまで待ってるだけですよぉ、えへへぇ。え? ああ、今日は二時間ぐらいですかねぇ? スマホ使えるから大丈夫ですよぉ』
――という答えが返ってくれば、さすがにフレンド登録しないわけにもいかなかった。
まあ、クランから抜けたいと言っているし、服を着ることはスターカーズでは重罪だそうだから、本気なのだろう。そう判断して、フレンド登録した。
――もし裸族につきまとわれるようなことになったら、ゲームをやめよう。と覚悟を決めながら。
「時間が余ったし、街を観光してみるか。あまり見て回る暇もなかったしな」
そう決めて、街をぶらぶらと歩き出す。
「規模は大げさだし、清潔すぎる感じもするが、いかにも……昔のアニメみたいな中世ヨーロッパ風ファンタジーの町並みだな」
大通りは石畳で舗装されている。均一な形に切り出されたものではなく、自然の石の形を生かしたものだ。時折通り過ぎる馬車や荷車が、ガタゴトと音を立てている。
「建築様式としてはゴシックが中心か? 詳しいわけじゃないが……なかなか立派な建物も多いな」
しかし、中もきちんと作られているのだろうか? と少し疑問に思う。
遠くに見える大聖堂っぽい建物なんか、中まで作りこんだらすごいコストになりそうなものだが。
「ちょっと行ってみるか。いや――」
なんなら抜き打ち検査っぽい方がいい。ニキシーは思い直す。
立派な建物は誰だって入りたいだろう。なら思いのほかきっちり作っているかもしれない。
ならこういう――いかにもさびれて人気のなさそうな建物はどうだ?
ニキシーは人通りの少ない一角で、さらに誰も寄り付いていない建物の扉に手をかけた。
「お、開くな……」
「あら、お客さん?」
「ッ」
人がいるとは思わなかったニキシーは、びくりと背筋を正す。
「す、すいません。人の家だとは思わなくて」
「あはは、面白いこと言うわね。ウチは冒険者用の店だから、入っていいのよ」
中にいたのはメガネをかけて髪をアップにまとめた女性だった。
「ああ、そうだったんですか……けど、何を売っているんですか?」
見回しても、特に商品のようなものは見当たらない。武器屋であれば武器が、防具屋であれば防具が、売り物がかならず並べられているはずなのだが。
「うちはサービス業だから……ああ、よかったら座って?」
カウンターに備え付けの椅子を案内される。ニキシーは少し考えた後、ぴょんと飛び乗って座った。向かいに、女性が立って説明を始める。
「あたしは冒険者ギルドの職員。ここはギルドのサービスを提供している店ね」
「ギルド……というと、職人組合ですが……冒険者?」
「んー、ゲーム的な機能をね、提供するお店。冒険者ギルド、って名づけが適当だと思わない?」
「……ずいぶん、ゲーム的な話をするんですね」
「あっはっは、冒険者ギルドにフレーバーもなにもないからね。メタにもなるわよぉ――ん」
職員はニッと笑う。
「AIのくせに感情豊かだな、とか思った?」
「……ええ、まあ」
「ふふふ。あなたは初心者よね。慣れてしまった人は最低限の話しかしてくれなくて、退屈してたのよね。よければ、このゲームのAIについて説明を聞いていく?」
特に何かする予定があるわけでもなかったし、どうやら話したがっているようだ。
「せっかくですし、聞きます」
「ふふ、ありがとう。退屈してる――って言葉を信じてくれたのかしら?」
「……だと、思いましたが」
ニキシーは店内を見渡す。
「この通り、わたしの他に誰もいませんし……」
「正直ね。それでもって素直だわ。AIの仕様を本当に知らないのね」
職員はニコニコと笑う。
「さっき、武器屋と防具屋に行ってきたでしょう。防具屋のおじさんからは、鎧が似合ってるって褒められてた」
「――どこかで、見ていましたか?」
「うん、見てた見てた」
職員は笑って――己の鼻先を指す。
「だってそれは、あたしだもの」