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ニキシーと金策(前)

「ディーザンさんの風邪はまだ治らないんですか?」

「もう少しかかりそうね。昔っから一度風邪をひくと長いのよ」


 カフェで空気を食した、その次の日。

 噴水のある広場で待っていたのはセレリア一人だった。


 ニキシーが尋ねると、セレリアは肩をすくめる。尖った耳の先も心なしか垂れていた。


「そのくせ本人は無理していろいろしたがるから困ったものだわ。おとなしく寝ていればすぐ治るっていうのに」

「じっとしてるのが苦手なんですかねぇ。自分は得意なんですけど」

「……今日もスタが一緒なのね」

「えぇ……なんで嫌そうなんですかぁ……」

「ずだ袋かぶっている変態はちょっと」

「だからこれ〈・x・〉は……」


 今日もニキシーがログインすると、スタは目の前で体育座りしてスマホをいじっていた。

 なのでニキシーがつれてきたわけではない。勝手についてきたのだ。


「で、ディーからはニキシーに首都を案内するように言われてるんだけど、何か行きたいところはあるかしら?」

「行きたいところ、というか……大きな街ですし、いったい何があるのか、まずそこからわからないです」

「特殊な施設以外はだいたい揃ってるわよ。城を中心にして、各種ギルドに、工房に、店舗――」

「あ、それなら自分、札屋さんを見に行きたいんですけどぉ」


 横からスタが手を上げて口を挟む。


「ふだや? なんですか、それ」

「魔法の系統のひとつに、符術っていうのがあるんですよぉ。自分は符術師になりたいなって――」

「ないみたいね、札屋」

「えぇ……」


 セレリアは宙を眺めながら言う。


「ディーにチャットで聞いてるんだけど……符術のマスターは東の島? にしかいないんだって。行くとしても相当の長旅になるそうよ。札だけなら、売ってる露店があるかもしれないけど……」

「あぅ……じゃあ、いいですぅ……ミソナメクジの自分なんかがおこがましかったですぅ……」

「味噌?」

「あ、みそっかすのミソですね……」

「あんたが自分を卑下するのは構わないけど」


 セレリアは眉をひそめる。


「あたし、こう見えて味噌汁が好きなの。それやめてもらえる?」

「あっ、はいぃ! すいません……お味噌とナメクジに失礼でしたね……」

「ナメクジはどうでもいいわ。あたしも嫌い」

「えぇぇぇ……」


 スタはニキシーの後ろに回る。


「ニキシーさん、この人、自分勝手すぎませんかぁ……」

「そうですか?」


 中身が幼女趣味で変態のおっさんだと誤解されたくないため、おとなしく振舞っているが、ニキシーも現実では自分の意見をズバズバ言うほうである。特に異性の敵は多い。同性の味方が多いわけでもないが。


「まあ不器用な方だとは思いますけど」

「はぁ? ちょっとニキシー、なによそれ――」

「とりあえず、もう少し自信をもったらどうでしょう?」


 世の中には日本語を喋るのにまったく話の通じない相手というのもいる。それと比べたらセレリアもスタもかわいいものだ。


「……でも自分なんかたいしたことないですしぃ……やっぱり黙っていたほうが……」

「自分の意見を言うのはいいことですよ。自信をもつためにも、そうですね、まずは――」


 ニキシーはさわやかに提案する。


「その頭装備を脱ぐとか」

「それは恥ずかしいので嫌ですぅ……」


 ◇ ◇ ◇


「あー、やめやめ。案内とか考えるから難しいのよね。第一、ディーがやればいいのよ。あたしが代わりにやる必要なんてないわ」


 しばらくして、セレリアは元も子もないことを言って話を切り替えた。


「ニキシーは今日はどうするの? 何かやりたいことあるかしら?」

「やりたいこと……」


 といっても、ニキシーはこのゲームのことを良く知らない。


「……このゲームってRPGですよね? 魔王を倒しに行く……とか?」

「イメージ古すぎない?」

「うっ……いえ、その、RPGとか、はじめてなので……」


 一度だけ触ったことはあるのだが、難しすぎてすぐにやめてしまった。なので、はじめて真面目に遊ぶ、という意味では間違っていないだろう。


「言っとくけど、このゲームで『やらなきゃいけないこと』はないわよ。いわゆる、メインクエストとかもないし」

「えぇぇ、そうなんですかぁ!?」

「なんでスタが驚くのよ……あんたはニキシーより長くやってるんでしょ」

「いやぁ……事情があってずっと引きこもってたから、えへへぇ……」


 ドロクサーガに『ストーリー』や『クエスト』はない。クエストをこなしていけば強くなってストーリーが進むゲームではないのだ。ただ『ドロクサーガ』という世界があって、そこに放り込まれて、生きていくだけ。VRMMORPGを名乗ってはいるが、何人かのゲーム評論家からはワールドシミュレーターのジャンルを冠されている。


「だから、やりたいこと、っていうか、なりたいもの? が重要ね。例えばそこのスタは、符術師になりたいんでしょう? てことは東の島に行く準備をするのが当面の目標ね」

「なるほど……ちなみにセレリアさんは?」

「あたしは精霊使いをやりたいの。【精霊契約】は習ったから、ディーが復帰したら精霊と契約しに行くわ」


 サービス開始から三年もたてば、習得が難しいスキルもほとんど情報が出揃っている。今からはじめるのであればセレリアたちのようにある程度情報を得て先に進むのが一般的だ。

 友達に誘われたからって、何も調べずにポンとヘッドセット一式を購入してログインしたニキシーが普通ではないのだ。


「スキルを使わなくてよくなる方法があれば……」

「そういうのはないから」

「そうですか……」


 ニキシーはとりあえず、この世界で今後どうしたいかという大局を考えるのはやめにした。遊んでいれば、そのうちやりたいこともできてくるだろう。それよりも、ひとつやらなければならないことがあることを思い出したのだ。


「では……釣竿を買いたいです」

「釣竿? ニキシーは生産メインで行くのかしら?」

「いえ、わたしが使うのではなくて」


 ニキシーは北ルーシグ湖での出来事を話す。


「親切なプレーヤーに釣りの仕方を教えてもらったんです。そのとき貸してもらった釣竿を壊してしまったので、弁償しなければと」


 北ルーシグ湖のルッシー。あれを釣り上げたのは、その『親切なプレーヤー』の悪戯心のせいだったのだが、ニキシーは分からない。むしろ迷惑をかけたな、とそう思っていた。


「そうだったの。うーん、でも高品質な釣竿だったんでしょ? 結構、値が張るかもしれないわね」

「どれぐらいでしょう」

「興味ないから知らないわ。というか、フレンドなら聞いてみたら?」

「そうでした」


 ニキシーはフレンドリストを確認して――首をかしげる。


「あれ……消えてますね」

「? なんでよ?」

「あぁー、フレンドとか整理するタイプの人かもですねぇ……話を聞いてると、スキルトレーニングのためだけに登録したっぽい気もしますしぃ……」

「ああ、あるかもしれないわね。けど、そうなると困ったわね。ニキシー、あんたその人のフルネーム覚えてる?」

「ええと」


 フラ……フレイア? フレイミング? ……違う気がする。


「覚えてないですね……」

「じゃ問題が二つね。ひとつ、弁償代が分からない。ふたつ、送り先が分からない」

「送り先……郵便屋ですか」


 以前アーシャから聞いていた。このゲームで物を送ろうと思ったら、物理的に配送するしかないのだと。


「そう。フルネームと居場所を伝えて、配達の依頼をするんですって」

「そうなると難しいですね……」


 アーシャに聞いてみようか? 空を飛ぶようなプレーヤーだし、有名人かもしれない。


「まあ、いいじゃない。フレンド切ったってことは釣竿のことも気にしてないのよ。また会うことでもあったら、そのとき話し合いなさいな」


 確かに今考えても仕方がないことであった。ニキシーはセレリアの言葉に賛成し――また悩む。


「となると、何をしたいかという話に戻りますね。……いちおう、魔界に行きたいとは思ってるのですが」


 アーシャに追いつきたい。それが大きな目標だ。


「この首都の地下に入り口があると聞きましたし、簡単にいけるのでしょうか?」

「そうなの? ちょっと待って」


 セレリアは宙を睨む。


「……入り口があっても、キーアイテムを揃えないと入れないんですって。詳しくはディーに聞いてちょうだい。翻訳するには話が長すぎるわ」

「そうですか……」


 どうやら一筋縄ではいかないようだった。


「えぇーと、何をするにも、お金を稼がないといけないですし、それを考えてみたら……なんて……?」

「あら、スタ、いいこと言うじゃない」


 オドオドと手を上げたスタを、セレリアが褒める。

 ニキシーもそれには賛成だった。なにせ、実のところを言えば、一文無しなのである。服代はスタに出してもらっていた。


「そうね。先立つものがなければ何もできないわ。ああだこうだ言ってるより、まず行動よ」

「お金稼ぎ……となると、羊毛でしょうか?」

「……どうなのかしら。首都の近くで羊は見なかったけど……」


 セレリアもディーザンほど熱心に攻略情報を調べているわけではなかった。首都に到着して街中を見学して回っていたところ、ディーザンが風邪をひいたのでそれ以上の行動はしていない。


 さてどうするか。三人が頭を悩ませているところに。


「あっれ! やっぱり! そこにいるの、ニキシーちゃんじゃん!」


 聞き覚えのある声が登場するのだった。


 ◇ ◇ ◇


 正確に言えば、聞き覚えはあまりなかった。

 声をかけられて振り向き、その服――Tシャツに書かれた『もてたい』の文字が記憶を呼び覚ましたのだ。


「オレオレ! バンカズだよ、ひっさしぶり! もう首都まで来たんだ?」

「ああ……はい、お久しぶりです」


 赤い逆毛のひょろい男。白いTシャツに『もてたい』の四文字。初日にフレンド登録したアーシャの知人。太刀使いのバンカズだ。


「おっ、なんかかわいい子を二人も連れてるじゃん? エルフ娘に覆面娘? バリエーション豊かじゃね? いやー、たまには首都に戻ってくるもんだなあ! 紹介してくれない!?」

「そうですね」


 ニキシーは二人を振り返る。


「こちらはバンカズさん。初日にいろいろお世話になった冒険者の人です」

「よろしくな!」


 バンカズは親指を立てて歯を光らせる。それを見て、セレリアは一歩引いた。


「あぁ……あたしはセレリアよ。よろしく」

「自分は、ヒメ・スタスタですぅ。よろしくお願いしますぅ」

「うひょー! いいね! つり目のツンツン系エルフ娘! 謎のおっとり覆面シスター! フレンド登録してもいいかなっ!?」

「保留させてちょうだい」

「自分はいいですよぉ! 是非登録しましょお!」


 ニキシーはバンカズに助言するべきか迷って――そのままにした。

 まあ、全裸集団に誘われてもバンカズなら撃退できるだろうし、なんならそのTシャツを脱いだほうがいいかもしれないし。


「よおおおっしゃああ! かわいい女の子がまたオレのフレンドリストに増えたぜぇ!」

「でへぇ、照れますねぇ……」


 なんか相性よさそうだし。水を差すのも無粋というものだろう。


「バンカズさんは魔界で活動していたと思うのですが、今日はなぜ首都に?」

「ああ、クランメンバーに斧を作ってくれって頼まれててさぁ。鍛冶は刀専門で斧のスキルないし、原器もないからコピりにきたんだ。おっ、そういや槍の調子はどうだい? オレが作ったわけじゃないけど、なかなかイイ感じだろ!?」


 槍。バンカズから貰った、槍は――


「壊れました」

「あっれぇ……」


 『初心者殺しの沼ワーム』相手にひらめいたスキルに巻き込まれて壊れたのだ。断じて、ニキシーが自分で壊したわけではない、と思う。


「そっかぁ、もう耐久度尽きちゃった系か。ニキシーちゃん、やりこんでるじゃん」


 だが事情を良く知らないバンカズは、たくさん使って壊したのだと勘違いする。


「んじゃ、槍系で行くことにしたのかい? スキル使いたくないとか言ってたけど、やっぱスキル使うと違うっしょ? 武器は一本に絞ったほうが、やっぱ効率いいからさあ」

「いえ、もう槍は使ってないです」

「え? そうなの? じゃあ今は何使ってるんだい?」

「今は……これですね」


 ニキシーはインベントリーから最後の一本を取り出す。


「……これって『初心者用の細剣』? マジ? あ、鑑定してもマジだ。ええ、どういうことなん?」

「槍が壊れた後、お金がなかったので……」


 南ルーシグの武器屋の倉庫で大量に眠っている初心者用の武器を買い叩いたのだと説明する。


「マジかー……よく首都まで来たなあ。ケイブファル周辺はアクティブだらけなのに」

「ケイブファル?」

「正規ルートで行く町ね」


 首をかしげるニキシーに、セレリアが助け舟を出す。

 ケイブファル。南ルーシグから東に進んだ場所にある、渓谷に囲まれた町だ。少ないながら青銅などの鉱脈があり、鉱夫たちが生計を立てている。その資源を狙って人型のモンスターが定期的に襲撃をかけてくるため、町中でも安全とはいえない場所だ。


「あたしたちは北ルーシグ湖を渡ってきたのよ」

「あぁ……なるほどね。それなら納得だぜ。湖の上はアクティブ出ないらしいからなあ」


 下からはルッシーが出てくるが、『見えない足場』の上にはいない。


「んでも、首都の近くで活動するなら、それじゃマズいだろうし。そーだ、これやるよ!」


 バンカズは腰のポーチから、ニキシーの背丈ほどもある両手斧を取り出した。


「試しに作ったんだけど評価低くてさ。あとで工房で溶かそうと思ってたやつだけど、そいつよりはマシさ」

「おいくらでしょうか?」

「タダでいいって。練習用のやつだし。あ、でも気になるならデート――」

「ありがたくいただきます」

「――しない、はい。トホー」


 ニキシーは斧を手に取って眺める。


「これなら通常攻撃だけで倒せますか?」

「あぁ、スキル使いたくない話は続いてたのか……いやぁ、強いスキル使えば一撃だろうけど、通常攻撃じゃやっぱ無理っしょ。通常で殴ってる間に殺されるって。コンボひとつぐらいは覚えたほうがいいぜ」

「そうですか……」


 あらためて難しいゲームだなと思う。

 スキルとかコンボとか、本当にめんどうくさい。


「あー……ま、まあ戦闘だけがこのゲームの面白さじゃないしさ! やりたいように遊べばいいって! そういや、ニキシーちゃんたちは何してたんだい?」

「お金が必要だという話になったのですが、どうやって稼いだものかと」

「金策か。初心者のうちは大変だかんなあ」


 バンカズは遠い目をする。


「そうさなあ、元手がかからないやつだと採取が基本だな。次が狩り。材料があれば生産、って感じだぜ」

「採取というと、羊毛とかですか」

「ああ、南ルーシグだと基本だな。あれはハサミが必要だけど、触媒拾いなら道具はいらないぜ。道具を使う……例えば鉱山での採掘とかだな。そういうのに比べると効率は一段落ちるけどさ。で、狩りは、装備が整ってない間は動物を狩って肉とか皮を集める。そういった素材を集めて売る、もしくはさらに生産で加工して売る……って感じさ。生産は熟練度低い間は、儲けはほとんどでないんだけどなー」

「難しいんですね」


 昔のゲームだと、モンスターを倒せばすぐにお金が手に入っていたような気がするのだが。


「まあ、ひと財産作るにはそれなりの日数がかかるぜ、どれも。根無し草の冒険者っぽいっちゃあぽいんだが――」

「就職とかはできないんですか? 町にはいろいろ設備があるので、人を雇いたいところもあるかと思うのですが」

「……いや、ゲームで就職なんて言葉は初めて聞いたよ、ニキシーちゃん」


 バンカズはその発想に驚き、困惑する。


「就職……店員になるとか、か? それはできないんじゃねーかなー? オレらは冒険者って設定だし。そのへんはNPCが全部やってる気がする。生産職人になればギルドからの依頼もあるから、就職っちゃあ、就職っぽいけどさ」

「やめなさいよ、ゲーム内で就職とか。ぜんぜん夢がないじゃない」

「はあ……そうですか」


 バンカズとセレリアに言われて、ニキシーは意見を引っ込める。

 安全な職に就いて給金をもらう、いいアイディアだと思ったのだが、どうやらゲームらしくないらしい。


「では何がおすすめでしょうか?」

「普通なら戦闘経験も積める狩り、ってぇ言いたいとこなんだが」


 バンカズはニヤッと笑ってみせる。


「初心者時代を思い出したぜ。実はさ、ちょいと危険なんだけど、見返りがいい採取があんだな。内緒なんだけどニキシーちゃんたちになら教えてもいいぜ。ただ、ステルス効果のある魔法が必要なんだが……」

「あぁ~……自分、ありますよぉ! ステルス!」

「おっヒメちゃん、いいねえ! よっしゃ、それじゃいっちょレクチャーデートを……し……」


 勢いづいていたバンカズが、急に黙り込む。


「どうかしましたか?」

「……いや、はぁ、くそっ……今いいところだっつってんのに」


 しばらくブツブツと何か呟いた後、バンカズは眉を下げてとても悲しそうな顔で言った。


「ごーめん、クランから呼び出しでさ……やり方は教えるから、みんなで行って来な……トホホ」

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