ニキシーと方針(後)
「今後の方針なんだけどさ!」
南ルーシグの食堂に着くなり、ディーザンはメガネを光らせて話し始めた。
ニキシーが血染めの服を着ていることさえ、まるで気にせずまくし立てる。
「本来ならここからさらに東に行って、大回りに首都を目指すところなんだけど、けっこう時間がかかるんだよね。だから、北ルートでショートカットしていこうよ!」
「えっと……それは、なぜ?」
「なぜって」
ニキシーの問いに、ディーザンは目を宙に泳がせる。
「ほら……ボクらはこのゲームを始めたばっかりで、経験者とはずいぶんな差があるだろう? ゆっくりしていたら、いつまで経っても追いつけやしない。でも、経験者が先行しているってことは、攻略情報があるってこと。それを活用すれば、効率よく先に進めるのさ」
「ディー、言ってることはわかるけど、その理由がわからないわ」
セレリアが尖った耳の先をさらに尖らせて言う。
「無理せず先行の人たちとなるべく同じルートで進むんじゃなかったの?」
「それは……そうは言ったけどさ、ほら、このゲーム、すごい不親切だろ?」
「うん」
「東ルートで行くと3つ町を経由することになるけど、こことほとんど設備が変わらないって話じゃないか。その点、首都には全部の施設がそろってる!」
実際は段階的に新しい施設が登場するのだが、代わりに武器屋や防具屋がなかったりと、総施設数は増えていかない。うっかり忘れ物をすれば前の町に戻らないといけなかったりする。サービス開始当初も、多くの人が足止めを食らった行程だった。
「いろんなギルドもあるし、やれることが一気に増えるよ。セレリアだって、精霊魔法を取得したいだろ? ここから先、トレーナーは首都にしかいないんだしさ」
「それは、そうだけど……」
「ニキシーさんはどう?」
話を振られて、ニキシーは考える。
このゲームを始めたのは、アーシャの薦めであって、自発的に始めたものではない。
なにができるのか、なにがしたいのかも、今のところ分かっていないのだが――ひとつだけ明確な目標がある。
「……ショートカットすると、どれだけ期間を短縮できるんですか?」
アーシャに追いつくこと。それにかかる時間が、いくら短縮できるのか?
「このゲーム、すごい移動に時間かかるんだよね。縮尺がリアルっていうか……初心者町と南ルーシグは近いけど、その先は戦闘込みで……ボクらが揃ってログインしてる時間だと、次の町へ移動するだけで一日かかるかな。移動だけで首都まで四日。でも道中に必要な物資とかを買うお金も必要だ。そういう準備期間を含めると、順調に行って首都までは二週間かな。毎日プレイした場合だよ?」
それでも情報がないサービス開始当初よりは何倍も速い旅程である。
「ショートカットした場合は?」
「移動だけで二日。物資の買い込みに一日。それで三日――といいたいところだけど」
ディーザンは親指を立てる。
「物資は昨日一昨日の羊毛の売上金で買っておいたから。あとは出発するだけ。明日には到着できるよ!」
二週間が二日。ニキシーは頷いた。
「ショートカットに異議はありません」
「うん? うん……ああ、オッケーってことだね。よかった!」
「そうね。よかったわね、ディー。買い物が無駄にならなくって」
喝采をあげるディーザンの背後に、いつの間にか回りこんでいたセレリアが、にこりと微笑みながら言う。
その両手のげんこつは、ディーザンのこめかみに当てられた。
「ところであたし、あんたに売上金預けたままなんだけど。分配するって言ってそのままだったけど。今、あたしの分のお金を渡してもらえるのかしら?」
「あっ」
ディーザンは固まる。
「ああー……、あの、そのね? 別にセレリアは武具を更新しなくてもだああああああいいだだだだあああああああ!」
こめかみをグリグリされて、ディーザンは食堂の外まで響く悲鳴をあげた。
その様子にニキシーは少し、このゲームの安全規定に疑問をもつのだった。
◇ ◇ ◇
さすがのディーザンも、すべての資金を使い切ってはいなかった。
使い切ったのは、ディーザンとセレリアの分だけで、ニキシーの分け前だけは別に取ってあったのだ。
「はぁはぁ……と、というわけで、これ……ニキシーさんの分」
「助かります。――セレリアさん、この服はいくらでしたか?」
「いいわよそれぐらい……って言いたいけど、そこはきちっとしたほうがいいわね」
「今さらだけど、なんで血まみれなのさ?」
血まみれの服でもそこそこの値段がした。手持ちの金だけでは払えなかっただろう。
「移動に必要な物資はボクが全部そろえたからさ、ニキシーさんは自分が必要なものを買ってよ」
「……武器、でしょうか。もう何も持っていなくて」
あれだけ買い込んだ初心者用の武器は、平原への往路や羊公爵との戦いですべて失っている。
「ああ! じゃあさ! ボク、考えてたんだけど!」
武器と聞いて、ディーザンのテンションが再び上がる。
「セレリアと二人で前衛を組むだろう? そのときのコンボだけどさ、大剣装備がいいと思うんだ! セレリアが初撃を【スラスト】で入れてタゲを取るだろ? でニキシーさんが【カッティングアウト】で切り込んで背後に回る。そうするとヘイトがニキシーさんに向くから、セレリアが背後から【バックスタブ】。でまたタゲが移るから、【スラッシュ】【ダブルスラッシュ】をオーバーヒート尽きるまで入れてもらって、それでクールダウンが終わってるはずだから【カッティングアウト】で戻ってもらって、セレリアが横から」
「おーばーひーと? くーるだうん?」
ニキシーの脳はオーバーヒートした。ディーザンが何を言っているのかさっぱりわからない。
「ああ、スキルって使うと次に使用可能になるまで時間がかかるんだよ。で、それをクールダウンタイムっていう。で、スキルの中には複数回使えるやつがあって、その回数をオーバーヒートっていうんだ。オーバーヒートが尽きるとクールダウンに入る。だからそういう時間管理と、位置取りを考えてコンボを考えるのがこのゲームの肝なんだよ。一番火力が出るのは斧なんだろうけど、SPが足りなくて発動できないだろう? だからこの間ひらめいた中でも燃費と回転がいい大剣で行くべきだと思うんだよね。オーバーヒートもクールダウンタイムの三分の二でひとつ回復するから、もうひとつぐらいスキルをひらめくと――」
「いやです」
ニキシーは、ふるふると首を振った。
「えっ」
「いやです。スキルとか、コンボとか、むずかしい……」
「い、いやぁ、確かにちょっと難しいかもしれないけど、これができたらだいぶ強くなるよ? 熟練度が上がるとクールダウンも短くなるし、今から使って鍛えていくのは大切だよ。コンボの組み立ては、ボクに任せてくれれば全然やるし、むしろやりたいし。指示通り使ってくれるだけで――」
「いやです」
ニキシーは三度言った。
「時間管理とか、位置取りとか、めんどくさい……」
「ええっ。で、でも、位置取りは重要で! 【バックスタブ】とかは背後から攻撃するとボーナスが入って、これがけっこう大きいから――」
「ディー、やめなさいよ。ニキシーが迷惑そうじゃない」
興奮するディーザンをの肩を、セレリアが叩いて止める。
「確かにスキルを一切使わないのはもったいないと思うけど、あんたのはやりすぎ。あたしも聞いてて頭痛くなってくるわ」
「で、でも! すごいスキルひらめいてるんだし、SPは育てていかないと!」
ディーザンはそれでもまだ諦めずにまくし立てる。
「プレイスタイルを見てて不安になるんだよ! 槍、槌、短剣、大剣、鎖、斧……そりゃ最初のうちはいいかもしれないけど、この調子でいくと詰んじゃうだろ? アドバイスぐらいさせてくれよ」
「詰むって? 何がよ?」
「使用武器の種類はしぼらないと、ひらめかなくなっていくんだよ」
ニキシーは、ハッとディーザンの顔を見た。
「それは本当ですか」
「うん、そうだよ。強い敵に使ったことのない武器を使うと、そりゃあひらめきやすい。でも、たくさんスキルをひらめいている人より、武器種類をしぼっていた人のほうが、後半、いいスキルをひらめくって検証でわかってるんだ。むしろひらめきすぎてるとひらめかなくなる、っていう検証も出てる。本当は大剣を使うのもボクは反対なんだけど、SPがないから【相活殺斬】も使えないし、かといって【切り倒し】だけじゃ無謀だから、大剣でSPを育てて、そのうち斧に移行するほうが……」
先人の涙ぐましい検証の成果である。
ドロクサーガでは内部計算式や内部ステータスは一切公開されていない。特に『ひらめき』に関しては公式サイトではひとこと、『攻撃やスキルを使うと新たなスキルを得る《示》システム! 新たな力を示そう!』としか書いていない。
そこでコアなプレーヤーたちが協力し、膨大な時間をかけて検証した。結果、既存の修得スキル数に応じて新しいスキルを獲得する確率が下がり、一定数を超えるとそれが顕著になる、ということが分かっている。
だからディーザンは警告する。武器を絞ったほうがいいと。
だが、ニキシーは違った。
「他にはどんな武器があるんですか?」
「え? ええと、ここで手に入るのだと、剣、細剣、棒、長柄、弓……かな。首都まで行くと弩とかもあるけど……」
「ありがとうございます。わたし、決めました」
ニキシーは、ディーザンとは違った。
「そのなかの、使ったことのない武器を買います」
ニキシーはひらめきたくない。
もうSP枯渇で強制ログアウトを食らうのはまっぴらごめんだ。
だが、もし自分がとんでもなく運がよくて、どうしてもひらめいてしまう運命にあるのであれば。
さっさとたくさんひらめいてしまって、ひらめかなくなるようになればいいのだ。
ちょっと次は時間かかると思います、すいません