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星宮家と異世界的日常  作者: 兎花
第2章 星宮家の婚約事情
9/49


久し振りに歩く城内は、相変わらずの不快感で満ちていた。

私は光君に連れられて、司君の執務室へと向かっていた。なんでも司君が呼んでいるらしい。


「もう少しで着くから我慢してね、ゆりなちゃん」


気遣わし気な光君の声に私はクスリと笑った。


「そんなに気にしなくていいよ、大丈夫。ありがと、光君」


幸いなことに、城に勤める貴族達の視線は私ではなく、隣の美少女と美少年に向いていた。


先導するピーターの後ろを付いて歩く私と光君。どう考えてみても私、霞んでる。


しばらく城内を歩いた後、ある部屋の前で止まった。


「光君、ここが司君の仕事部屋?」

「うん、そう。そっか、ゆりなちゃんは来たことないんだったよね」

「宿屋を始めてからは向こうに住んでたからね。正直来たくもなかったし」

「そりゃそうだよね」


美少女の苦笑を見ている間に、ピーターが取り次ぎを終えて私達を呼んだ。


取り次ぎをしてくれたのはとても綺麗な女性だった。じっとこちらを見詰めてくる新緑の瞳に思わず飲まれそうになる。


「ユリナ=ホシミヤ様ですね。初めまして、ツカサ様の補佐をしておりますシェリエ=ノルトレートです。以後お見知りおきを」


真面目なキリッとした表情に、文官の紺色制服がとてもよく似合う。


………それにしても、こちらの女性は発育がいいなぁ。制服が(特に胸元とヒップが)とてもきつそうだ。


シェリエは私に名乗った後、光君を見てその眼差しを強めた。


「貴女は……」


訝しげに眉を寄せたシェリエに光君は微笑を見せると、ゆったりと淑女の礼を見せた。


「初めまして、シェリエ様。わたくしの名前はライティア=ノスモールと申します。ヴィスゴット辺境伯に呼ばれまして参りました」


「お話は伺っております。どうぞお入り下さい」


目の前のやり取りをぼんやりた眺めていた。光君の女声はとても自然で、所作まで教科書のように完璧だ。


中に入るとそこは応接室になっていて、司君が出てくるまでそこで待つ仕様だ。


「ねぇ、ひか……」

「ゆりな様、ライティアですわ。お間違えなきようにお願いしますわね」

「あー、ライティア……さん? あの、司君が呼んでるんだよね?」


そっと光君の耳元に唇を寄せると、手に持った扇子を広げて口元を隠してくれた。


「ええ、そうですわ。勝手にこちらまで来られて、司様がお怒りでしてよ?」

「え……。いや、近いうちに城には行くと言ってあったけど」

「今日、とは言ってないのでしょう?」

「それは、まあ、確かに言ってないけど」

「………あのね、ボスの気持ちもわかるよ。ゆりなちゃんは一人で城に来ちゃ駄目だ」


声を潜めて、かなり真剣な顔で諭すように光君が言う。その雰囲気に飲まれてしまい何も言えなくなる。


私達が座るソファの後ろに立つピーターが、同意するように何度も頷いているのを見て、私は我に帰った。


いや、一人じゃないし。ピーターがいるじゃん。


そう反論しようと口を開けると、光君が先手を打ってきた。


「ピーターがいるって言いたいんでしょ? それじゃ駄目だよ。ピーターは戦闘特化じゃないからね、せめてアリスならまだ許せたんだけど。城に行く時は、兄弟の誰かに知らせて? いいね、ゆりなちゃん」


息がかかるほど近くで囁く。少しだけくすぐったくて、私は肩を竦めた。


そんな私達の様子を続きの扉の前で見守っていたシェリエが、不思議そうな表情で問いかけてきた。


「あの……お二人は顔見知りでしょうか? なんだかとても親しげに見えますが」


すると私が答えるより先に、光君が背筋を伸ばしなんとも恥ずかしそうに、でもとても嬉しそうにはにかみながら答えた。


「はい。実は……ゆりな様はわたくしの『お義姉様』になりますの。その、正式な発表はまだですが」


――ん? なりますも何も、今でもこれからもお義姉様ですよね? んん? あれ、どういうこと?


頭の中で?が飛び交う私とは違い、シェリエは何かを察したようで顔色がサッと悪くなった。


「そ、それはつまり、貴女はツカサ様と………」


彼女の言葉を遮るように続きの扉が開いて司君が姿を見せた。


「またせたな――ライティア嬢、それに百合奈さん」


お城では無表情がデフォルトの司君だ。

司君がゆっくりと近寄ってくると、スッと光君に手を差し出した。驚いたことに、その表情は優しげに微笑んでいる。


けど、目の奥が笑っていない。むしろ寒風吹きすさぶツンドラ地帯のように冷えきっている。


それに対して、光君は器用にも頬を染めてちょっと嬉しそうにそっと司君の手をとると、衣擦れの音ひとつたてることなく優雅に立ち上がった。


………この子、女子力半端ねぇ。やっぱりこれは光君の隠れた趣味なんじゃ………。


「ゆりな様?」

「! はい、なんでしょう?!」

「それ以上は、メッ、ですわよ?」


ふふふ、と笑う光君の目がキラリと光った。

私は慌てて心の中で御経を唱えた。

呆れたような司君の声が、私も中に入るようにと促す。


「ピーターはここで待機だ。シェリエ、サルノールの所へ行って例の書類を貰ってきてくれ」


なにやら顔面蒼白にして落ち込んでいたシェリエが、司君の言葉に素早く背筋を伸ばした。その顔が見る見るうちに赤く上気し、目に喜びを浮かべ、満面の笑顔になった。


「はい! すぐに行って参ります!」


………そっかぁ、そういうことか。シェリエってば司君に惚れてるんだね。


喜び勇んで出ていく背中をちょっとだけ切ない気持ちで見送る。司君って、自分に興味(良い悪い関係なく)を向ける人間に対して、反比例するように興味をなくしていくからね。

とんでもない天の邪鬼。私なんかちょっとでも好きとか言われたら、それだけで好感度は鰻登りに上がるけど。


扉が閉まるのを確認して、司君が気だるげに腕を振り上げた。すると彼の腕から黒いもやが幕のように広がり、私達を包むと溶けるように消えた。


「結界を張ったから楽にしろ、光。―――まずは百合奈さん? 今日来るとは聞いてないけど、なんで教えてくれなかったの?」

「報告が要るとは思わなかったの。近いうちに契約更新に行くって言ってたでしょ?」

「聞いてたけど、それって俺かかすみが城に居るんだから任せればいい話でしょ。わざわざ百合奈さん本人が来る必要はない」

「まぁ、確かに……」

「しかも前触れもなく来て。万が一があたらどうするのさ」


呆れ半分で司君を見ていると、彼は眉間を僅かにひそめた。


「自覚が無さ過ぎる。百合奈さんは自分の価値を低く見すぎだよ」


恐い顔の美形に、3人並んで睨まれるとさすがに分が悪い。

私は素直に謝ることにした。


「次からは気を付けるから。ごめんなさい。―――それよりも司君、光君のこの格好は何? なんだか司君の趣味だって聞いたけど?」

「は?! 誰がそんなこと―――光」

「キャア、恐いわ。助けてくださいませ、ゆりなお義姉様!」


棒読みでそんなことを言いながら、素早い動きで光君が私の後ろに隠れた。


「ちっ、まあいい。―――趣味か趣味でないかと聞かれれば俺好みだと言っておこう」


ニヤリと司君が笑う。

私からは見えないけれど、きっと光君の反応が良かったのだろう。満足そうに鼻で笑うと私の手をとった。


「中に人を待たせているから早く入って。シェリエが戻ってくる前に話を済ませたい」

「シェリエさんは君の部下だって聞いたけど?」


部下なら忌避する必要はないだろう。そう言外に匂わせると司君が首を横に振った。


「確かに彼女は俺の直属扱いだけど、それ以前に宰相ジボールの血縁者なんだ。警戒するに越したことはない」


司君に促されるまま、彼の執務室へと入った。


初めて見るその部屋はとてもシンプルだった。大きな窓を背に、ちょっと高級そうな執務机と椅子があり、その横には革張りの漆黒の長椅子と小卓があった。


その長椅子の上が大きく盛り上がっている。


一瞬同化していてわからなかったけど、そこには人が座っていた。


その人は私の姿を認めるとゆっくりと立ち上がりこちらへ近付いてきた。


……大きい。まるで熊だわ。


全身を真っ黒の衣服で包み、髪も黒く肌もほどよく日に焼けていて、瞳だけが夏の空を映したような明るさに満ちていた。


おそらく年の頃は30代前半、私よりは年上だと思う。

身長はこの中の誰よりも高く、その分横幅もあり服の上からもわかる筋肉がより体を大きく見せている。けれどその動きに重さは全く感じない。


真っ黒くろ助さんは私の前に立ちしばらく見下ろしていると、ふいに相好を崩した。


熊がデレた。


「お初にお目にかかる。俺……いや、私の名前はゲイル=ヴィスゴットだ。南の辺境の地、ヴィスゴット領の領主をしている」


にこにこにこにこ。なんとも愛嬌のある方だ。初見の厳つさからは想像も出来ないほど可愛い熊さんは、どうやら私になついたらしい。


私は一瞬迷った後、膝を折らずに笑顔で挨拶を述べた。


「初めまして。私はユリナ=ホシミヤです。王都で宿屋を営んでいます。こちらに居ますツカサ=ホシミヤの姉です。どうぞよろしくお願いします」


お辞儀したくなるのをグッとこらえる。


「ツカサ殿には2年前にとても世話になってな。それ以来交流があるのだ。姉君の話もよく聞いているから、初めて会うのに他人の気がしなくてな。それに初対面できちんと目を見てくれた女性はとても貴重だ」


嬉しそうなのは私が拒絶反応を示さなかったから、らしい。


まあ、確かに年若い貴族の令嬢では、この熊さんの偉容は恐怖でしかないだろう。


「そしてこちらが……ふむ、男だとわかっていてもそそられるものがあるな。よく似合っているぞ、ヒカル」

「まぁ、嫌ですわ。『叔父様』ったら。わたくしの名前はライティアですわ、もうボケてしまわれましたの?」

「ぼ、ほけ?! 俺はまだ33だぞ?! ボケるわけなかろう!」


じゃれている光君を見る限り、なついているのがよくわかる。それは司君もそうだった、この人嫌いが自然体を見せるのは兄妹以外では珍しい。


美少女と熊さんのやり取りを眺めながら、私は司君の腕を突っついた。


「どういうことか、説明して?」

「とりあえず座ろうか。ゲイル殿、光、じゃれるのもそれくらいにしてくれ。いつまで百合奈さんを立たせるつもりだ?」

「おお、これは申し訳ない。女性を立たせたままにするとは騎士の名折れ。さあどうぞ」


巨体に似合わず優雅な動きで私に手を差し出す。

少しだけ戸惑ったけど、私はその手をとった。戦う人特有の固い手のひらはひんやりと冷たく、異性の手に触れたという恥ずかしさは不思議と感じなかった。


「―――おい、おっさん」

「む、そこは叔父様だろう、ライティアよ。それにツカサ殿もそんなに睨むな、取って喰いやしない」


弟達の針のような視線の中をまるで気にせずに長椅子までエスコートしてくれた。

そしてなぜか隣に座ると、向かいに渋い顔をした光君と司君が座った。


「この座りには若干物申したいことあるが、とりあえず時間がないから置いておく。百合奈さんが今一番聞きたいことは光の女装のことだよね?」

「そう、ね。てか、無視していい問題じゃないでしょ」


星宮家長女としては看過できない事だと思う。

司君は重たい溜め息を吐くと、その理由を語りだした。


「いや、ね。凄いんだよ、最近。いきなりどこかのご令嬢が押し掛けてきて抱き付いてきたり、呼ばれて行けば全裸の女が待ち構えてたり、公衆の面前で覚えのない責任を取れと詰め寄られたり」


……おぅ、お城のお嬢さん達って、かなりの肉食なのね。

思わぬ話の内容に呆れて口が塞がらない。隣の熊さんは何やらハンカチを噛み締めているようだ。

きっと、羨ましくて堪らないんだろうね……。


「正直それだけなら痴女扱いして放り出せばいいけど、厄介なのが手順を踏んだ奴等でね。あの机の上を見て。紙が積んであるでしょ? あれ全部見合い書類なんだ」

「なんと! 見合いがたくさん来ているとは聞いていたが、あれ全部か!!」

「は?! あれ全部?!」


執務机の上に積み上げられた紙の束が5つ。


「国外からも来てるからね、返事を書くだけでも一苦労だ。礼儀を守って送ってくるものをさすがに無視はできないでしょ? いい加減うんざりしてね。そこで光に頼んだんだよ」


紙の束を呆然と見詰める私と熊さん。

もう、溜め息しか出ない。


「婚約者を立てる事にしたんだ。ヴィスゴット辺境伯の姪で、ノスモール子爵の末娘ライティアを作り上げて、ね。光ならそこらの令嬢では立ち向かえないし、さらに役目を終えれば不慮の事故で彼女を()すことも出来るだろう?」

「……まぁ、事情はざっくりと理解したけど、そこは本物の女の子を使おうとは思わなかったの?」

「……それなりの立場にあり、親や周囲の思惑を跳ね返し、周囲の嫉妬や羨望に真っ向から立ち向かい、更には絶対に俺に惚れない、護身もできるご令嬢が居るのなら、考えたけどね」


しかも役目が終われば用なしになるのだ、おいそれと他人には頼めないだろ?


そう司君は言うと、大人しく隣に座る光君を見た。

みんなの視線が注ぐ中、光君は完璧な微笑を湛えている。

誰が見ても(姉の私が見ても)元が男だとはわからないだろう。


「確かに光君なら大概の予期せぬ事態を上手くやり過ごしそうよね。見た目は天使だけど中身は司君と競うほど真っ黒だし」

「ふふふ、ゆりなお義姉様ったら。その信頼に全力で応えますわ」

「……まぁ、腹黒云々を抜きにしても、こいつの能力は人を騙すのにお誂え向きだ。ばれる危険性はないだろう」








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