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星宮家と異世界的日常  作者: 兎花
第1章  星宮家の日常
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閑話~司視点 後編~

おまけがありますが読んでも読まなくても本編に支障はありません。ただの変態の独白ですので、特殊性癖(ドM)が苦手な方はご遠慮ください。

「それで。ボスはどうなのさ。元の世界に戻りたいと思う?」


かすみの問いかけに鼻で笑う。

あの世界にどれだけの価値があると言うのか。もし戻れたとしても、俺の生きる世界は陽の下ではないだろうことくらい、自分でもよくわかっている。


「それこそ愚問だな。―――まあだが。一度向こうに戻りたいとは思うな」


意外だと言わんばかりにかすみが目を丸くした。


「うへ、未練があるの?」

「帰りたいわけじゃない、一度戻って始末したい奴がいるだけだ」

「あー、なるほどね」


叶うことなら、この手で八つ裂きにしたい奴等がいる。

そう話す俺を当たり前のように受け止めるかすみも同じ気持ちなのだろう。ふと見下ろせば、普段は明るいその瞳が暗い怒りに濁っているのがわかった。


だがそれも一瞬のことだった。すぐにいつもの明るさを取り戻す。ニヤリと笑うその表情は無邪気なのに、その唇からこぼれたセリフは穏やかなものではなかった。


「てか。一人くらいこっち回してよ。司兄、まだ殺し足りない(・・・・・・)の?」

「………回してやるのは構わんが。お前に出来る(・・・)のか?」

「今更なことを言わないでくれる? 騎士団入ってどんだけになると思ってんのよ。悪人ならもう心も痛まないわ」


騎士団の仕事には王族の護衛や犯罪者の取り締まり、さらには魔物討伐や山賊退治などがあり、そのほとんどが対人戦だ。さらに規模がでかくなれば戦争もある。


この国に保護されてすぐに騎士団に入ったかすみは、もしかしたら兄妹の中で一番対人戦の経験を積んでいるのかもしれない。


こいつも大概ぶっ壊れてるな、と思う。


けれどそれでも俺からしたらこいつはまだ甘い。所詮この世界の人一人の命など倫理的に軽いのだ。法も緩く魔物や病気など死が身近にあるこの世界では、人はいつ死んでもおかしくないと皆が理解していて受け入れている節がある。

しかも貴族が平民や奴隷を殺しても罪らしい罪には問われない世の中だ。


そんな命の価値が軽い世界で殺人を犯すのと、日本の様に命の価値を叩き込まれる中で殺人を犯すのは、覚悟が違う。


「それが女子供老人でもか?」

「………ごめん、子供は無理かも。特に赤ちゃんとか絶対無理だわ」

「そもそも、赤ん坊に悪人はいないけどな」


俺がふと口元を緩めると、すれ違う奴等が驚きに目を見張った。結界は張ってあるが盗聴防止のため、視界を遮ることはない。


「―――ずっと気になってた事があるんだが。お前達には忌避感はないのか?」


かつて自分が犯した罪に対して、こいつら弟妹共が俺を責めたことはなかった。

いくら正当防衛が認められたとはいえ、俺は日本で人を一人殺している。それを後悔したことはないが、こいつらがどう思っているのか、正直気にならないと言えば嘘になる。


「へ? あるわけないじゃん。むしろ感謝してるし。―――司兄が殺ってなきゃ私か、もしくはマコ兄が殺ってたと思うよ?」

「そうか………」

「でもまあ、そうなった原因は司兄にあったわけで、そう考えると腹は立つけどね!」

「そうだな、確かに俺のせいだな」

「うん。けどねぇ、さらに言うなら司兄がそうなったのも、結局はあの母親のせいじゃん? 子供は親を選べないっていうのは辛いねぇ」


母親、か。確かに俺が一時期荒れたのはあの女のせいだろう。今ならわかる。あれは試し行動と呼ばれる、愛情の確認を百合奈さんでしていたのだ。この人は本当に自分を愛してくれるか、何をしても見捨てないか、どんな自分でも受け入れてくれるか。それを成人したばかりのあの人に試していたのだ。


全く、今になってみれば汗顔の至りだ。


しかもその幼児のような甘えで、何よりも大切な人を傷付ける結果になってしまったのだから目も当てられない。


「私は司兄を恨んでいないよ? もちろんお姉ちゃんだってそう。まぁ、お姉ちゃんは事件のショックで記憶が飛んでるしね……。例え覚えてたとしても、お姉ちゃんも恨まないよ、きっと」

「そう、かな……」


あの事件の後、もう2度と傷付けたくないと思ったのに。

この世界でなら完璧に守れると、力があるばかりに傲り高ぶりそして足下を掬われた。


いつの間にか過去に囚われていたようだ。後悔ばかりが渦巻く胸中を持て余していると、かすみが思い切り肩を叩いた。


思わずくぐもった声が洩れた。


「もう! 暗いよ、ボス! 反省すれど後悔はするな! ……お姉ちゃんはさ、なんだかんだ言って、一番司兄を頼ってるんだから、迷いや後悔を見せちゃ駄目!」


バシッバシッ、と音と衝撃が続く。叩かれる肩が痛いはずなのに苦笑が浮かんだ。


「わかったわかった。わかったからそんなに叩くな、お前の馬鹿力じゃ骨が折れる」

「あ“、折れるわけないじゃん! 失礼しちゃうな、これでも花も恥じらう乙女だよ?!」

「乙女が聞いてあきれる。乙女はバスターソードを振り回してフルプレート装備の成人男性3人を一度にぶった斬ったりしない」

「んぐっ!」

「しかも男ばかりの騎士団で『アニキ!』とも呼ばれない」

「……ぐっ」

「さらに言うなら乙女は好きな男を叩きのめしたりもしない」

「……!! だってあれは訓練で! 仕方ないじゃんかぁ! う、ううう、……司兄なんて大嫌いだぁ!」


捨て台詞を残して走り去って行った。かすみが居なくなったことで結界も解けてしまう。


周りの使用人達の視線を浴びながら、何事もなかったように歩いていく。そして長い廊下を歩き突き当たりを曲がるとそこに不貞腐れた表情のかすみがいた。


居ることはわかっていたので驚かない。


「……なんだ、一人で行くんじゃなかったのか?」

「………」

「可愛い妹に大嫌いと言われて、俺は傷心だ。すまないがそっとしておいてくれないか?」

「ごめんなさい、財務管理室まで連れていってください」


かすみがこちらの世界に来て冒険者にならなかった一番の理由がこれだ。


こいつは極度の方向音痴だ。そんな奴が冒険者だなんて、自殺するようなものだろう。


俺は無言で歩き出すとかすみが慌てて着いてきた。




「ねぇ、司兄」


しばらく無言で歩いていると、周りに人が居ないのを見計らってかすみが小声で話しかけてきた。


俺は視線を向けることで先を促す。


「ずっと疑問に思ってたんだけど。お姉ちゃんて、本当にチート無しなのかな?」


俺は念のために結界を張った。


「いや、だってさ、絶対おかしいでしょ? 犬のバルスにもあったんだよ? なのにお姉ちゃんが無いっておかしいよ、絶対」


頭よりも体を鍛えてばかりしてきたかすみは、それゆえか非常に勘が良い。理性よりも直感が勝っているのだろう。本人は「女の勘!」と言い張るが単なる野生の勘だ。


その野生の勘がおかしいと告げていても、脳筋のかすみにはそれをどう表現したいいのかわからないようだ。同じ事を繰り返して「おかしいよ、おかしい」としか言えないでいる。


「お前、本くらい読め。言葉が不自由過ぎる」


自覚があるのかかすみは俺の言葉に項垂れている。


「百合奈さんにチートがないのがそんなにおかしいか?」


問いかけながら視線を流して雲の散った青空を見上げた。


「え、不思議に思わないの、司兄は」

「ああ、別に不思議には思わんな。―――化け物染みた力や便利能力だけがチートじゃないだろう? あの人に必要なのはそんなのじゃない」

「………ふーん」

「そもそも百合奈さんがそんなに強かったら、俺達は必要ないしな。俺達が纏まる為には百合奈さんが必要だし、帰る場所はあの人の側だけだ」

「………へー」

「そういう意味でもあの人が強くなる必要はないだろう? ――なんだ、その顔は。気持ち悪い」

「いやー、もうね、結婚する? しちゃう?」


俺は思いっきり馬鹿にした顔で見下してやる。


「お前と一緒になるくらいならゴリラでも飼ってる方がましだ」

「違う、私じゃないし!! て言うか、ゴリラの方がましってどういうことよ?!」

「確実にお前より食費が安くつく」

「!! ……さ、さすがにそんな事はないと思うよ? それに私は食費がかかっても、それを自力で稼げるもん! その差は大きい!」


ふんぞり返るかすみに優しく言い諭す。


「あのな、動物園のゴリラを見てみろ。あいつらはなにもしなくても金を稼げるが、お前はその見てくれで貢いでくれる奴が居るか?」


見た目だけなら引く手あまたのかすみだが、数時間共にいればすぐにぼろが出る。こいつは愛想もよく社交的だが悲しいことに馬鹿だ。さらに惚れっぽいくせに結婚願望が-100%とめんどくさいことこの上ない。


いつも思うのだが、こいつはどこに向かっているのか。


「くうぅ……! 司兄ってほんと意地悪だね、お姉ちゃんに向ける優しさの10分の1でもいいから、下に分けてよね」


キャンキャン吠えるかすみを無視して廊下を曲がると、そこに見知った顔を見付けた。


目的地である財務管理室を目の前に反対方向から歩いてくるのは藍色の髪のフェオルドだ。真っ白な騎士服に金の刺繍糸で装飾したそれは、近衛騎士団の制服だ。


向こうもこちらに気付いたのか、軽く手を上げたのが見えた。


「ほら、お迎えが来たぞ?」

「え? あれ、ほんとだ。てか、なんでフェオルドが来るの? あいつは近衛騎士じゃん」

「さあな。それより、ほら行け。そこが財務管理室だ。帰りは絶対に独りで戻るんじゃないぞ。迷っても放置するからな」

「大丈夫! フェオルドにしがみついとくから!」


言葉通りにフェオルドに走り寄るとその腕にしがみついた。雰囲気から、フェオルドが苦笑したのがわかる。


………また、城内に変な噂が流れるな。


走り寄るなりその腕に抱き付いたようにしか見えない。どこから見ても恋人同士だ。

かすみを振りほどくわけでもなく受け入れているフェオルドの本心がどこにあるのか。少なくとも世間で言われるようにアムネリアと想い合っているわけではなく、ましてやかすみに恋慕の情を募らせているわけでももちろんない。


最初の頃はそれこそ百合奈さんと心を通わせ合っていたとも思っていたが、それもあの奴隷落の一件以来壁が出来たようにも思う。

あの事件のことでフェオルドの奴が必要以上に責任を感じているのは理解していた。なんせあいつに百合奈さんと茉莉花を託して、俺達は魔王退治に出たのだ。


それなのに気付いた時には百合奈さんは拐われ売り飛ばされていた。しかもその事実に気が付くのに10日以上かかったのだから、どうしても自分を責めてしまうのだろう。


俺はひとつため息を吐くと、結界を解き来た道を戻った。




しばらく歩いていると、俺にとって唯一人の部下であるシェリエ=ノルトレートが息を切らし走ってくるのが見えた。


「ツ、ツカサ様! お探ししましたよ?! どこかへ行かれる際は声をかけてくださいと、あれほど―――!!」


暖かみのある薄茶の髪にペリドットの瞳、走ってきたせいか薄紅色に上気した肌はほんのりと色気を感じさせる。

とても美しい女だ。しかもメリハリのある肉感的な体をしている。


噂では彼女の親衛隊なるものまであるらしい。


シェリエ=ノルトレートは宰相ジボールの姪にあたる存在だ。

ジボールの下心が透けて見えるようで、正直忌々しい。イイ女を宛がっておいて、この国に縛り付けておこうという魂胆だろう。自分の娘だけでなく、幾つも手を打ってくるその節操の無さにただ呆れる。


「ツカサ様! あの、すぐに、執務室に、お戻りください。ハァ、ハァ……。ヴィスゴット辺境伯がお待ちです」


息を整えつつ報告をするシェリエに頷きを返すと、彼女をその場に残したまま歩き出した。


「ま、待ってください……!」

「遅い、置いていくぞ」

「つ、冷たい……! けれどそれがまた……!」


後ろで身悶えしている気配に鳥肌が立った。


俺は速足になるのを抑えられずに執務室へと戻った。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




(おまけ)



私の名前はシェリエ=ノルトレート。王城に勤める女文官です。 半年程前までは宰相閣下である叔父のレストゥア=ジボールの元で働いていました。元々18歳まで騎士団に居たのですが、その腕前と文官としても優秀なことから、叔父に護衛兼部下として拾われたのです。正直に言いますと、騎士としての自分の実力に限界を感じていたため、この申し出は渡りに舟でした。


そんな叔父の元でしごかれながらも充実した日々を送っていたある日。


突然下されたある命令が私の人生を変えたのです。


「シェリエ、お前に重要な任務を言い渡す」


宰相閣下の真剣な表情に、私の繊細な胃が嫌な具合に縮みます。


「は! わたくしシェリエ=ノルトレートは身命をとして命令を遂行する所存でございます」

「うむ、相変わらず騎士団での癖が抜けんようだな」

「っあ! す、すみません、閣下」

「気にするな、それよりもシェリエ。お前にはツカサ=ホシミヤの下に就いてもらう。―――彼のことは知ってるな?」

「―――はい」


予想以上の仕事内容にしばらく自失した後、なんとか一言だけ返事を返しました。


ツカサ=ホシミヤ―――我が国に突然現れた、強大な力を持つその男の名を知らない者は城にはいません。


性格は冷酷にして冷淡、その無情さはドラゴンのブレスですら凍らせる、と言われるほどです。


そして彼と共に現れた弟妹達も人間離れした力を持ち、けっして長男であるツカサ殿の言葉には逆らわないそうです。


国としては何としても縛り付けておきたい存在でしょう。彼等が他国に行くとなると、それだけで国同士の力関係が一気にひっくり返る可能性もあるのですから。


「ツカサ=ホシミヤの部下となり、彼の行動を把握し報告してほしい。またどんな手段を用いてもいい、あの男の懐に入り込め。いいな?」

「――わかりました。異動はいつからになりますか?」

「明日からだ。引き継ぎ等はサルノールがもう済ませた。なので心置きなく行ってくるといい」



そうして私はツカサ様の部下となりました。

ですがツカサ様にとって私の存在はおもしろくないのでしょう。基本的に無視をされ続けています。あの方から私に対して命令や仕事を頼まれることはまずありません。


それは私にとってとても新鮮な体験でした。


貴族階級から言えば上位にあたる私は、今まで無視や冷たい眼差しを向けられることは1度もありませんでした。むしろ、なんとか私の気を引こうと躍起になる人ばかりだったのです。


それが今ではこちらが追いかけるばかりで、私のことなど全く歯牙にもかけない徹底振り。


それは本当に……なんと言いますか、その。………今まで知ることのなかった未知の世界を、私に見せてくれたのです。


冷たくあしらわれ無視される度に、私の心はツカサ様を追うようになり、冷たい眼差しを向けられる度に甘い痺れに襲われるようになりました。


冷たくされればされるほど、私の中にツカサ様が染み込んでいくようでした。


ああ、もっとあの冷めた眼差しで私を見てほしい。感情の籠らない声で名前を呼んでほしい。そしていつか、叶うならばあの方の微笑みを見てみたい―――。


そうして今日も私はツカサ様の後を付いて回るのです。


なぜならそれが私の役目ですから。













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