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星宮家と異世界的日常  作者: 兎花
第1章  星宮家の日常
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閑話 ~司視点 前編~

『ツカサ様』


城の図書室で過ごしていると、影から声がかかった。読んでいる本から顔をあげることなく目で文字を追う。


『人が来ます。おそらくジボールの遣いかと』


俺の影に潜む者に、俺以外への敬意はない。ジボールとはこの国の宰相のことだ。例えそれが王であろうと、こいつらにとっては道端の小石と変わらない。


影の言葉に溜め息を吐いて読書を諦めた。

司書の男に本を渡し図書室を出るとその遣いと思わしき人物と出会した。


「おお、ツカサ殿、お探ししましたよ」


愛想の欠片もない、と言われる俺の表情からさらに感情が抜け落ちた。

かすみなどはさっさとこの城に馴染んでいるが、俺にとって未だにここは敵地だ。


短い挨拶を交わし、要件を尋ねた。


「宰相閣下がお呼びです。力をお借りしたいことがあると」


ひとつ頷いてジボールの執務室へと向かった。




俺達がこの世界へ来てもうすぐ3年になる。いきなり連れてこられた異世界は俺達にとても優しかった。この世界の人間よりも優れた魔力と不死身に近い体力を有し、まさに反則だろう?! と言いたくなるような固有チートをそれぞれが持っていた。


だがなぜか百合奈さんだけは平民並の能力しかなかったが。まぁそれも俺達兄弟の誰かが常にフォローに回れば問題ないだろうと気にもとめていなかった。あの人はただ、俺達と一緒に笑っていてくれればそれでいい。労働や戦闘などのやっかいごとは全部俺らに任せて家でのんびりしててくれればいいのだ。


俺達は端から見ていてもわかるくらい、百合奈さんのことを大事にしていた。だからこの城の人間も例え能力が無くても彼女を大事にしてくれるだろうと疑ってもいなかった。余程の馬鹿でもないかぎり、百合奈さんに手を出せばどうなるか簡単に想像できたはずだ。


だが、どこに行っても馬鹿はいる。特に権力や特権階級に近い者ほど予想外のことをしでかす。


この世界に堕ちて半年が経つ頃、俺達兄弟は魔王討伐の依頼をこの国の王より受けた。驚いたことに、この世界には魔王が3体存在しているらしく、それぞれが広大な土地を治めているという。


その3体の内の1体がこの国と戦争を長く繰り返してきた。その決着を着けるために俺達が駆り出されたのだ。

正直言えばこの国の未来などどうでもよかった。半年世話にはなったがそれは向こうとて同じことで、俺達の存在は外交上でも内政でもかなり有益だったはずだ。

だから俺自身は恩義など欠片も感じてはいなかった。


それなのに魔王討伐の依頼を俺達が受けたのは、ひとえに百合奈さんのためだった。この世界でけして彼女が傷付かないように、誰にも邪魔されずに笑顔でいられるように、戦争の引き金となる魔王を始末しようと考えたからだ。

そうして茉莉花と百合奈さんを除く俺達兄弟5人は魔王討伐の旅に出た。順調に行けば半年もせずに帰る予定だった。いくら俺達が強いとはいえまだこちらに来て半年で、力の使い方も上手くはなかったし、さすがに魔王ともなるとその強さは計り知れない。


だが。その選択が彼女を傷付ける結果になるとは思いもしていなかった。


「よく来てくれたな、ツカサ殿。お前たちは下がっていろ」


この国の宰相ジボールは黒髪茶眼の壮年の男だ。彼が腰掛ける執務机の隣には若い男が立っていた。ジボールの息子であり宰相補佐の仕事をしているサルノールは、確か俺と同い年だったはずだ。奴に視線を向けると小さく手を振ってきた。

俺はそれを無視してジボールに向き直った。


「お呼びと聞きましたが。何かありましたか」

「そう慌てるな。挨拶くらいさせろ」


苦笑とともに嗜めるように言われては黙るしかない。


「最近は図書館に入り浸っているようだな。少しは顔を見せに来い、一応貴殿は私の直属扱いなのだぞ?」

「………俺の自由は保証されているのでしょう? ご機嫌伺いが必要でしたか、それは失礼を」

「ああ、いい、いい。心の籠らない謝罪など不要だ。それよりも図書館で何を調べている?」

「………神話を少々」

「ほう、なるほどな。……教会におかしな動きでもあったか」

「やけに接触をとりたがるので」


この世界にも幾つかの宗教は存在するが、この国が国教とするのはアルージンとルルーシアの夫婦神だ。

このアルザルルはこの夫婦神によって大地と空に分かたれた。そこに夫婦神の子供である生命の女神が生き物を作った。その生き物が育つ環境を他の兄弟神が整えて世界が出来上がったという。


「神殿は貴殿達を神の使いだと思っているからな。神話になぞらえ夫婦神の子供である七柱の地神に当てはめている。いわば信仰の対象だ、是非ともザーヴィアントに来てほしいのだろうな」


ザーヴィアントは宗教都市だ。国や地域、または個人によって崇める神も違ってくるが、おおまかには夫婦神と七柱の兄弟神のどれかを信奉する者が多い。その全ての神を祀り聖地と言っているのがザーヴィアントだ。


神話では七柱の兄弟神が降り立った地がザーヴィアントだという。


最初は俺達を完全無視していた奴らも、俺達の実力が知れ渡るにつれその態度を変えてきた。何とかして懐に引き込もうとするようになったのだ。


下らないと鼻で笑って相手にしてこなかった。俺達を利用しようと接触しようとしてくるも、力のない百合奈さんを無視する奴らを俺達が受け入れることはない。


それなのに。ここに来てただ一人だけ百合奈さんと接触しようとする者が現れた。


ジークラウド・フィルタム。生命の女神を信仰するアーシェリア教の神官を務める男だ。


実はこの女神の存在は、人間社会においてかなりややこしい立ち位置にある。アーシェリアは人間を造り動物や植物を造り、そして魔族をも造った。そして他の兄弟神が命の育つ環境を整える中、弱く脆い人間に肩入れし魔族を滅ぼそうとしたが、アーシェリアの反発に合う。女神にとって魔族だろうが人間だろうが、等しく彼女の造った命であり愛しき者。

女神は魔族を擁護し共に大陸の外へと追放された。


人間にとってアーシェリアとは複雑な存在なのだという。創造神として慕う気持ちが強ければ強いほど、人間を捨てて魔族をとった神として憎しみを向ける一面もあるのだ。


まるで母親に捨てられた思春期のガキだな。


俺の感想もあながち間違いではないだろう。


それでも現在の人間達の間では、女神アーシェリアは出産の神として奉られている。固定の信者が付きにくいが人生においてとても重要な岐路に立ち合う神として崇められているのだ。



なぜ今さら接触を計ってくるのか。あの人には特殊な力など無いことは今では誰でも知っている公然の事実だ。


「………教会に関して何が目的かわからないので放置してますが。それよりも呼ばれた理由はなんでしょうか?」


あまり深く話したい内容ではないので本題を聞く。


ジボールの顔から笑みがすっと消えた。それを合図にサルノールが懐から何かを取り出すと、無言でそれを差し出してきた。


俺も無言で受けとると中身にサッと目を通す。


この世界に来て唯一難儀したのが言葉だった。幸いなことに文法は日本語とほぼ同じでそれが救いとなり半年経つ頃には問題なく喋ることができるようになっていた。文字も今では読めるし書くことも出来る。


それでも未だに公文書をしたためる際には気が重くなる。


手紙の内容は告発文だった。読み進めるうちに眉間にシワがよる。


「これは………国境警備隊の不正、ですか」


内容をざっとまとめると、南東部の国境警備隊と商人との癒着が酷く、情報が隣国に漏れている危険があると。


手紙を読み終えるとサルノールに返し、ジボールに向き直った。


「俺の仕事はこれの事実確認ですか」


すると意外なことにジボールが首を横に振った。


「いや、違う。この手紙の主を見つけ出してほしい。貴殿の“影”を使えば容易かろう」


その言葉を聞いて意識を“内”に向けた。


『出来るか?』

『もちろん。造作もなきこと。明日までに報告出来ましょう』

『そうか、頼む』

『御意』


「わかりました。その仕事受けましょう。明後日の朝には報告書を持ってきます」

「うむ、助かった。ところで、ツカサ殿。この後なのだが」

「お断りします」

「―――おい、まだ最後まで喋ってないだろう。ちゃんと聞け」

「どうせ我が家で食事でもどうか? と言うのでしょう? 聞かなくてもわかることを最後まで聞くのは時間の無駄です」

「まあそう言わずにだな、貴殿を連れてこいと娘が煩いんだ」


ジボールの横で手を合わせて頼み込むサルノールを無視し、俺は冷笑を浮かべた。ジボールの娘にしてサルノールの妹であるクリスティーナとは、数回夜会などで顔を合わせただけだ。ただ挨拶を交わし二言三言話すだけなのに、顔を合わせる度にその目の奥に異様な熱が籠っていく。その様はまるで徐々に距離を詰める肉食獣のようで、不愉快でしかなかった。


「何度も言ってますが。俺は結婚するつもりもなければこの国に飼われるつもりもない。ましてや貴族に婿入りなど論外だ」

「そう言うなよ、ツカサ。クリスティーナは兄の私が言うのもなんだが一途な上に愛らしい。それに君と私の仲じゃないか、一度でいいから妹と向き合ってやってくれないか?」


渋面を作りサルノールを睨む。奴は飄々と肩を竦めた後で気障ったらしくウィンクしてきた。


「君の立ち位置は微妙だからね。一応は宰相閣下の直属となってはいるが、実情は相談役だ。戸籍もなければ地位も名誉もない。あるのは肩書きと力だけ。そうなると君を手に入れようと手を伸ばしてくる奴は幾らでもいるぞ」


宰相の娘と婚姻を結び地位と立場を確立しろと言いたいのだろう。だがそんなのは余計なお世話だ。俺自身はこの国になんの未練もなければ執着もない。ただあの人がこの国に居を構えたからここに居るだけだ。

その事を何度説明してもこいつらは理解しない。いや、出来ないのか。


こいつらから見れば百合奈さんは本当にとるに足らない存在なのだ。美貌も才能も人並みで、この世界の基準から見れば女の旬を逃した、ただの平民の女。そんな彼女に俺達兄弟が執着することが全く理解できないのだろう。特に血の繋がらない兄弟となればなおさらに。


それをなんと形容するのかは俺にもわからない。ただ言えることはこの世界の人間全ての命を天秤にかけたとしても、百合奈さん一人の命の方が俺達には遥かに重いのだ。


「………勘違いしないでほしい。そもそも俺はこの国での立身出世など欠片も興味はない。俺はまだこの国を許してはいないんだ。あの人が忘れても、俺は絶対にあの人が受けた屈辱を忘れはしない」


握りしめた拳をさらにきつく握りこんだ。いまだに忘れることが出来ないその光景が、俺の心を苛む。


2年前のあの日―――。小さな空気穴からしか光の差さない地下室で、冷たい石床に毛布一枚だけを巻き付けた姿で眠るあの人を見付けた時。弱った体に病気を放置され、窶れたその顔面に奴隷紋を見付けた時。


俺は比喩ではなく文字通りその一帯を吹き飛ばしていた。そしてそのまま王の元に戻り城を半壊させたのだ。


どこぞの馬鹿な貴族が百合奈さんを邪魔者扱いし、俺達が魔王討伐に向かっている間に奴隷商人へと売り渡したのだ。


助け出すまでの約3週間、百合奈さんは労働奴隷として辛酸を嘗めた。


もう2年以上経つのに、元凶の貴族どもも罰してこの世には誰一人として残っていないのに、この身を焦がす怒りと後悔の念は薄れることはなかった。


もう一度、あの貴族どもを墓場から引きずり出して地獄を見せてやりたいくらいだ。


俺の怒りに触発されて周りの空気中に含まれた水分が凍り付く。不思議なことに俺の怒りが深ければ深いほど、漏れでた魔力が周りを凍らせてしまうらしい。




俺の態度を見てここまでが限界と悟ったのか、それ以上の誘いは無かったので早々に執務室を後にした。


熱くなった頭を冷やすため、長い廊下を宛もなく歩いていると馴染み深い気配が背後から近付いて来るのを感じた。


「ちょっと、司兄! 顔が恐いよ、まるで恐怖の大魔王みたいになってるよ!」


かなりの力で肩を叩かれた。


「誰が恐怖の大魔王だ。こんなところで何をしている? かすみ。ここはお前みたいな脳筋が来る所じゃないぞ」

「脳筋はマコ兄じゃん!」

「お前も大概だからな」


長いワイヤーのように真っ直ぐに伸びた黒髪を高くひとつ結びにし、騎士の服に身を包んだ血の繋がらない妹は、髪と同じように真っ直ぐで屈託のない性格をしていた。百合奈さんとよく似た顔をしているが、おそらく多くの人間がかすみの方により魅力を感じるのはその笑顔のせいだ。まるで幼子のように顔面くしゃくしゃにして笑われると、あまりの無邪気さになんとも力が抜ける。

幼い頃から百合奈さんに守られて来た彼女は、兄弟姉妹の中で太陽のように輝いている。


「私だってちゃんと書類仕事してますよーだ! 今だって今度の軍事演習の予算案を持っていく所なの」


プンプン怒るかすみを見下ろし、馬鹿にするように鼻を鳴らした。


「予算案を持っていくのになんでこんな所にいる? 財務管理室は東側の二階だが?」


ここは城の西側の一階だ。練兵場や騎士団の詰め所は城の奥にある。

相変わらずの方向音痴振りに、むしろ報告書を持たせた騎士団総長のバーツアに僅かな怒りが湧く。


「……まじで? 何かなかなか着かないなぁ、とは思ってたんだ。てへ」

「はぁ、仕方がないから連れていってやる。泣いて崇めて感謝しろ」

「あは、サンキュー! さすがボス! 頼りになるお兄ちゃん! 大好き!」

「気色悪い」

「酷! 感謝しろっつったのそっちじゃん?!」


そんな軽口を叩きながら東棟に向かう。途中何度も見知らぬ貴族に声をかけられるが、無視を決め込み通り過ぎる。基本城に勤める人間は下働きを含め全て貴族だ。もしくはその貴族からの紹介状を持った豪族や商家の人間だ。


城を半壊させた直後からこちらを恐れて遠巻きにしていた連中も、ほとぼりが冷めたと思ったのかまた再接触を試みるようになってきた。それにともないやたらと女が送り込まれてくる。 そのせいで最近は周りが騒がしくて鬱陶しい。


「――― それはそうと」


ふとその一言をきっかけに雰囲気が変わった。魔術を嗜む者ならわかる結界を張った感覚。かすみが張ったようだ。


「また小蠅が増えたみたいね」

「――ああ。何か聞いてるか?」

「うん、アリスから報告が上がってる。――今度はどこの誰? ボスは何か掴んでるんでしょ?」


俺は溜め息を吐いた。

この国の上層部や冒険者ギルドからの監視、他にもザーヴィアントや他国のスパイなど、あの宿屋の周りには煩わしい奴等がうじゃうじゃいる。

だがこれらを俺は承知の上で黙認してきた。百合奈さんをどうこうしようというものではないからだ。


だが、今回の奴は―――。考えるとどうしても眉間のシワが深くなる。


「―――恐らく魔族だ」

「―――は? 魔族? え、魔族って、あの? ……なんでまた向こうから接触してくるんだろ」


俺はしばし無言で考え込む。


この世界には3体の魔王がいる。まずこの大陸に1体が居て、長年この国と戦争を続けている。そして北の人の踏み込めない氷雪地帯に一体と、西の大陸に一体だ。


今回確認できた魔族は恐らく西からやってきた魔族だ。


「………西の大陸はここよりも魔族と人間との親和性が高い。外見的にもあまり違いがないしな。もしかしたら、俺達を呼び込みたいのかもしれん」

「? ん―、なんのために? あ、そうか。お姉ちゃんが目的ってことか」

「まぁ、間違いなくそうだろうな」


うんざりとした顔になるのは仕方がないだろう。

この世界のやつらはどうしてこう神話や宗教と絡めたがるのか。神話にある通り、魔族を産み出し守護したのは一の女神であるアーシェリアだ。そのため魔族は総じて皆アーシェリア教の信者ばかりで、しかも狂信的な者が多い。


魔族に関して言えば無理な接触はしてこないので、とりあえず様子を見るしかない。


「―――なぁ、かすみ」

「ん? なに?」

「お前は元の世界に帰りたいか?」

「いやぁ、別に。てか、私的にはこっちの方が面白いかな。何だかんだ言って、お姉ちゃんも楽しそうだしね」

「確かにな。日本むこうでは俺達兄弟は底辺の人間だったからな……それだって、百合奈さんが『底辺』を保ってくれてただけで、本来なら『最底辺』で犯罪者になってただろう」


本当に血の繋がりが無いとはいえ、我が姉ながら不思議な女性ひとだと思う。たかが母性愛や義務感だけで10代の少女が下は赤ちゃんから上は思春期の少年までの6人の面倒をみれるだろうか? 本人に聞けば「そうするしかなかったから、そうしただけ」と、何とも言えない答えが返ってくる。


「そうだよね、特に司兄とあの馬鹿は確実に刑務所に入ってたろうね」


俺はその言葉に苦笑を返す。反論はない。事実だからな。


「私はね、とにかくお姉ちゃんが幸せならいい。―――あの『クズ親』がいない分、日本よりこっちのがましだね」


その言に関しては、一語一句同意しかない。







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