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星宮家と異世界的日常  作者: 兎花
第4章  星宮家と獣人の国
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16 ~司視点・前編~


 百合奈さんと別れたあと、影移動を使って闘技会会場へと向かった。


 めんどくさい付き合いなど気にせずに、本当なら俺も百合奈さんと観光をして回りたかった。ノルブレストに来るのは初めてではないが、何か語れるほどの見識もない。


 影移動はその名の通り、影に潜り人がけして歩けない道を進む。影の中は時間の概念がないのか、それとも距離の概念がないのか、よほどの距離が空いていなければほとんど数瞬で着く。


 だが俺は影の中で立ち止まり、影蘭からの報告を聞いていた。


「……そうか、やはり司代王が接触してきたか」

「はい。ツカサ様の予想通りかと。また、ジークラウド様もかなりユリナ様のことを気に止めておいでのようです」


 大雑把な報告ならば毎日受けていたが、改めて聞くと不快にしか感じない。


「気になりますか?」

「……おもしろくは感じないな」

「ユリナ様は心の距離の取り方がとてもお上手な方です。いかなジークラウド様でも一気に詰め寄るのは不可能かと」

「それでも嫌なものはいや――違う、そんなことは今はどうでもいい」


 気を取り直すように咳払いをすると、『影』の一人を呼び出した。


「虚影、来い」

「は、お側に」


 虚影は影蘭や紫影よりは大柄な体格をした男だ。いわば『影』を纏める長のような立場をとっている。


 彼等がどういった存在なのか、俺は知らない。ただ、この世界に来てすぐ、彼等は俺の前に現れて頭を下げたのだ。


 新たな主の誕生を寿ぎ申し上げる――そう言って彼等は俺に忠誠を誓った。なぜ俺なのか、その忠誠が信じられるのか、それらを疑問に思うことなかった。


 俺が影を使う立場である限り、彼等は俺を裏切ることはない。


 膝を付き、静かに俺の言葉を待つ虚影に指示を出す。


「司代王の動向を監視しろ。末端の者でいい、監視だけだからな」

「承知しました」

「けして覚られるなよ。彼等は――魔族は人間よりは話がわかるが、その性質は酷薄だ。害があると思われれば簡単に始末されるぞ」


 それから幾つかの報告を聞き、闘技会会場へと向かう。着いた時には神前試合が始まっていた。


 ジークラウドの気配を目指して出る場所を決める。建物の影から出ればすぐ目の前に男の背中が見えた。


「……やっと着ましたか。どこで道草を食っていたのです?」


 男が座るのは国賓席だ。周りを見渡せばそれなりに見栄を張った顔が並んでいる。さらに下段に目をやれば貴賓席と言ったところか。


 今回は直接武代王ダオロの名前で招待されている。本来ならゲイル殿と共に来る予定だったのだが、時期的に難しくジークラウドを案内人に同行したのだ。


「お待たせしていたのなら申し訳ない。今は神前試合が始まったばかりでしょうか」

「ええ、これが済めば本戦ですね。各部族の強者と推薦が各1名ずつが戦い武を競います」

「今年も大方の予想ではダオロ殿が勝つだろうと言われていますね」


 眼下の円形の闘技場には城の兵士達が整列し、集団での演舞を見せている。白いマントを翻し、長剣や槍を片手に舞う鮮やかな演舞は見ていると壮観だ。


 演舞の披露が終わるとそのまま神前試合に突入するが、これはいわば奉納のための試合だ。最初から最後まで段取りが決まっており、勝者敗者も事前に決まっている。


 それでも見る価値のある試合だった。息の合った掛け合いはまるで熟練者同士の組手を見ているようだ。


 それが終わるとそのまま本戦が始まる。各部族の強者2名と現武代王ダオロが会場に出てくると、割れんばかりの歓声が辺りを満たす。


「……大した人気だ」


 思わず呟くとジークラウドが口の端を僅かに上げる。


「獣人族は純粋に強いものに弱いですからね。ダオロ殿はその点獣人族の憧れそのものだ」


 会場では赤毛の大男が余裕の笑顔で観客に手を振っている。

 

 その視線がはっきりと俺を捉えた。思わず眉間に皺を刻むと赤毛の大男――現武代王ダオロはニヤリと嗤った。


 それを見ていたのか、隣の男が不意に口を開いた。


「……知っていますか? この闘技大会において優勝者には2つの権利が与えられます。1つは武代王となり司代王を支える権利。もう1つが願いを叶える権利です」

「初めて聞きましたが。願いというのは、また曖昧ですね」

「そうですね、ほとんど意味のない権利です。なんせ優勝者は獣人族の中で一番強い武代王になるのですから、それで満足する者がほとんどです」


 ですが――と、ジークラウドは意味深な微笑を湛えたまま言葉を続ける。


「時々、居るんですよ。招いた国賓に対して優勝者の権利を向ける阿呆が」


 男の言いたいことはすぐに察っしたが、そ知らぬ顔で同情の滲んだ労いをかけた。


「それはジークラウド殿も大変ですね。妖魔族の中でも女王に並ぶ強さを誇る方だ。さぞかし絡まれるでしょうね」

「最近は落ち着きましたよ? むしろ他に興味を惹かれる者がいるようで。次男とは僅差で勝てたが、一番強いと言われている長男と戦ってみたい、そう言っていましたからねぇ。まぁ、駄犬の戯れのようなものです。適当にあしらってやってください」


 つまらない擦り付けあいをしている間に本戦が始まった。


 トーナメント形式で試合は進行していく。本来ならば現武代王はシード権で最終戦まで高みの見物が出来るのだが、ダオロは最初から戦いに参加するようだ。


 人間同士の試合ではなかなか見れない、娯楽性の高い有意義な戦闘が続く。おそらく一般人が見たところで目が追い付かないだろう。冒険者でも上位ランク者か、正規の訓練を受けた者でなければ何が起きているのかもわからないはずだ。


 今のところ、ざっと見る限りダオロを倒せそうな奴は一人、魚人族の槍使いの男くらいか。


 視線を流して観覧席を見る。魔力で視力を強化し、百合奈さん達の姿を捜す。


 ……いないな。


 観戦客の熱気と興奮した声の中、目当ての人の姿がないことに僅かな不安が染みとなって心に影を落とす。


『影蘭』

『お呼びでございますか、ツカサ様』


 声に出さずに呼び掛ければすぐに返事が返る。


『今どこにいる? 百合奈さんの姿が見えないが』

『今から向かうところにございます。すぐに――!!』


 突然声が途切れた。と、同時に一瞬で視界が塗り替えられる。闘技場を見ていたはずの網膜に映し出されたのは、灰色に濁った光を透さない煙のような目――。


 それが何か理解する前に、俺はあの人へと手を伸ばした。


 伸ばした手が影に潜り、背後から細い体に腕を回す。そしてそのまま彼女自身の影の中に引き摺り込んだ。


 そのままこちらへ連れてこようかと一瞬迷うが、すぐに思い止まり俺が影の中に潜る。


 影の中に潜る直前、ジークラウドの方を見た。奴の目が面白そうに細められ俺に向かって僅かに頷くのが見えた。その態度が些か不愉快に感じて抱き締める腕に力が籠ったのは、我ながら子供のようだと嗤う。



 腕の中にもたれ掛かってきた体には力が入っていなかった。崩れそうになる百合奈さんを支えるため、無理のないように片膝をつきもたせかけるように抱き止める。


「百合奈さん」


 確認のために声をかけてみるも、予想通り返事はない。


「影蘭、何かあったのか?」


 側に控えていた影蘭に訊いてみたが、何もないのにいきなり意識を失ったという。


 そうか、とだけ返して、意識はもう百合奈さんの寝顔に集中していた。


 おそらく界魔獣の目を見たのだろう。あれは人の罪を映す。業の深い者ほど精神を侵され、正気を失ってしまう。


 意識を無くしたのは無意識の防衛反応だろう。


 安眠を貪るような穏やかな表情に、思わず頬が緩む。ほとんど見たことのない百合奈さんの寝顔は、歳よりも遥かに幼く無防備に見えて、それがまた胸のうちを騒がせる。


 茉莉花特製の化粧水や口紅におかげだろうか、頬に指を滑らせてみれば驚くほど滑らかで唇には跳ね返るような弾力がある。


 この世界では魔力の保持量によって寿命が変わる。魔族はもちろん人間でも高魔力保持者の寿命は百歳を軽く越えるのだ。


 そのことを知った時から茉莉花は自分の寿命が他人より長いのではないかと恐れている。そして“ゆりなお姉ちゃん健康で長生き作戦”がこっそりと実行されるようになった。お茶や食べ物はもちろん、化粧品や石鹸まで、百合奈さんに不信がられない程度に周りを固めるようになった。その全てが若返り、とまではいかないが老化防止の効能がある物ばかりで、百合奈さんの生活にそれとなく紛れ込ませている。


 それを「やり過ぎ注意」と言いながらも、俺達は横目で見ているだけだ。


 その成果だろう。明らかに30歳とは思えない肌艶の出来上がりに今度は別の心配が出てきたのは、思わぬ弊害だった。


 百合奈さん自身は思い込みと生来の能天気さで自分が恋愛対象になるとはあまり思っていないようだが、純粋に好みのタイプではないか腐った性根の人間でもない限り、彼女の魅力に気がつけば得難いものだと惹かれるだろう。


 非常に腹立たしいことだが。


 長い髪の先が手首の内側に触れる度、まるで心をくすぐられているような気になる。


 無意識に触れていた唇から指先を離すと、胸に詰まった何かを吐き出すように息を吐いた。その吐き出した息が思いの外熱い気がする。そのことに僅かに罪悪感を覚えてそっと百合奈さんから視線を外した。


「ツカサ様。そろそろ戻らねば。ナル様がずっとお呼びです」

「……ああ、そうだな。行こう」


 改めて抱え直して立ち上がる。意識のない頭がこてんと胸を叩いた。無防備なその動きにまた胸の奥が騒ぐ。


 自分でも無駄に意識している自覚はあった。この腕の中の存在はいつも様々な形で俺の心をざわめかせる。


 ……あいつらのせいだ。


 今、この大陸には居ない、弟妹達の顔が脳裏に浮かぶ。こちらに来る前に話したかすみと真に、さんざんせっつかれたのだ。

『覚悟を決めろ』だの『さっさと動け』だの。言いたいことだけ言って最後には駄目だこりゃと言わんばかりに肩を竦めて去っていったのだ。


「――本当に、好き勝手言う」


 まだ、この人を縛り付けろと言うのだろうか。やっと俺たちから解放されて自分の幸せを求め始めたのに。


 彼女自身の幸せを邪魔するつもりは毛頭ない。


 様々な感情を振り切るように一歩足を踏み出すと、そこは太陽の下だった。


「司兄!!」


 真っ先に聞こえてきたのは成の声だった。そちらを見る前に周囲の混乱から身を守るために百合奈さん共々結界を張る。


 周囲は騒然としていた。


 おそらく百合奈さんを引き込んでから数分も経っていないはずだ。それなのに先程まで街を包んでいた祭りの熱狂とは違う、明らかな殺伐とした怒気に獣人たちは興奮状態にあった。


 次々に空から落ちてくる異形の者に彼等の怒りは向けられているようだ。


 俺は違和感に従って空を見上げた。


 ……渦がない。界魔獣が落ちてくるときに必ず現れる『購いの渦』がそこにはなかった。


 渦の代わりにあったのは、空の裂け目だった。まるでドームの屋根に大きな鉄球をぶちこんで大穴を空けたような、そんな裂け目が青い空にあった。


「司兄! いきなりゆり姉を連れ込むなよ! 驚くだろ?! てか、ゆり姉どうかしたのか? 気を失ってんじゃん。まさか影に連れ込んで変なこと――」

「うるさい、黙れ」

「はいすみませんボス」


 周りの混乱を避けるように路地裏に入る。後を着いてきた顔を確認する。成にノラ、茉莉花にバルス。――茉莉花の頭には熊耳が着いているのはおそらく百合奈さんの趣味だろう。


 できれば手を伸ばして熊耳の感触を確かめたかったが、腕の中に百合奈さんを抱えている以上、それは諦めるしかなかった。


 素早く状況確認を行う。


「――茉莉花は体調は大丈夫なのか?」


 成とノラ、両方から直前の状況を聞き出し茉莉花にも訊ねる。

 不安そうな色を隠しもせずに茉莉花は百合奈さんを見上げている。


「うん。大丈夫だよ。それよりもゆりなお姉ちゃんは大丈夫なの? 怪我してるの?」

「いや、怪我はしていない。ただ、眠っているだけだから心配するな」

「うん。わかった」


 ――さて、どうするか。


 百合奈さんは相変わらず目を閉じたまま目覚める気配がない。ノーブルの街はこれからさらに混乱を極めるだろう。


 このままヴィスゴットに戻るのも手だ。俺たちが居たところで獣人の国で役立つとも思えない。武力で恩を売るには彼らは強すぎるのだ。


 この混乱もそう長くは続かないだろう。


 俺の考えを読むように成が口を開いた。


「戻るのかよ?」

「いや。……一度ジークラウドの元に行く。お前らもついてくるか?」

 


 

 

 

 


 


 

今日の更新はここまでです。


(司の独白はもう少し糖度を高めに設定していました。しかし、作者が耐えられずカフェオレ程度に。これでも充分甘い?(笑))

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