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星宮家と異世界的日常  作者: 兎花
第4章  星宮家と獣人の国
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15,5 ~幕間 彼女の見た夢~


 ――ずっと、気が付けば誰かが泣いている声がする。


 ひっく、ひっくとまるで小さな女の子が泣いているような、そんな幼さだ。


 けれど私は知っている。その泣き声の主がそんなに幼くないことを。

 姿を見たわけでもないけれど。それでも私は知って(・・・)いた(・・)


 ――いつまで泣くつもりなんだろう。


 もう、いいかげん、イライラする。


 泣いて何か変わるの? 泣いていて、誰か助けてくれるの? 助けてくれる人がいるのならそれは幸せなことだけれど、ずっと、ずぅっと泣いているのに誰も助けてくれないじゃない。


 いい加減、無駄だって気付きなさいよ。


 本当にいつまで泣くつもりなのか。


 泣いたって何も変わらないのに。怒鳴ってもいいだろうか。


 こんなにイライラするのは本当に久し振りだ。彼女の泣き声は私の神経を逆撫でする。


 そんな私のイライラを察したわけでもないだろうけど、ふいに若い男の声が聞こえた。


『……また泣いてるの、莉愛』

『……帰りたい』

『無理だって。いい加減に諦めなよ、元の世界には戻れないんだ。ここは閉じられた世界。出ていくことは出来ないんだよ』

『だって、私がここにいても誰も喜ばないじゃない! みんな、私の家族になってくれるって言ったのに、それなのに私ばかりを責める……』

『君が魔族を捨てれば済む話だよ? そうすればまた皆で――家族で過ごせる』

『それは無理よ……彼等だって私の家族だもの。それなのに、どうして? みんなで仲良く暮らせばいいじゃない』

『それは無理だね。君だって知っているだろう、人間の弱さを。そして愚かさを。君は身を持って思い知っているはずだ』


 男の言葉に彼女――莉愛が震えたのがわかった。そして流れ込んでくる彼女の施設(・・)での生活。


 同じ人間同士であっても強いものが弱いものを虐め、そして異質で脅威となり得るものを排除しようとする本能。


 彼女の知っていた狭い世界では、人間、特に大人は卑怯で汚い生き物だった。


 ――なんなの、これ。


 胸が締め付けられるような痛みに、ただ歯を食い縛る。


 どうも莉愛と私の感情が強く同調? しているみたいで、彼女の感じる恐怖や絶望が流れ込んでくる。


『ほら、皆のところへ戻ろう? ここにいたって、彼等は君を“神“のように崇めても“家族“や“友達“にはなれないよ?』

『……無理よ、あの子達を見捨てることは出来ないもの……』


 男が溜め息を吐くのが聞こえた。その音に莉愛はキュッと唇を噛んだ。


 ……この期に及んで彼女の心を支配するのは自己憐憫の情。苦しい、助けて、どうして誰もわかってくれないの? そんな他力本願な本音が渦巻いている。


 そりゃ、男も溜め息を吐きたくなるわ。


『……それならいっそのこと、君が全てを支配したらどうかな?』


 ふいに男の声が優しくなった気がした。


『え? 私が?』

『そう。君が人間も魔族も支配して、君が絶対的な“法“として存在すればいい。そうすれば皆で仲良く暮らせるよ? 君にはそれだけの力があるんだからさ』


 声がどんどん遠ざかっていく。

 彼女はなんと答えたのか。どうか間違えないでほしいと、祈るしか出来なかった。


 それからすぐなのか、それともかなりの時間が経ったのかはわからない。


 再び声が聞こえてきた。


 深みのある、相手を慈しむ低い声はやはり彼女に話しかけている。


『泣くな、リア。泣くとまた黒いのが飛び込んでくるぞ』

『だって、アル。また戦争が始まるんでしょう? また、たくさんの人間が死ぬわ』

『人間が死んだところで我らに害はない。むしろ数が減ってありがたいくらいだ』

『そんな言い方しないで! みんな大切な命なの、殺し合いなんて間違ってる』

『俺にとって大切なのはリアの笑顔だけだ。それにおかしな話ではないか。俺は主の代わりに戦うために造られたのであろう? その主が戦いを否定するのなら俺の存在は無意味になる』

『違うわ! アルは私の家族よ、一番の友達なの。私だけの味方が欲しくてアルを創ったのよ。戦いのためだけじゃない』

『そうだな。大切だというのなら、主の力を委譲する必要はなかったのではないか?』

『それは……』

『別に責めているわけではない。リア。逃げ続けることも通してしまえばひとつの道になる。だが、目を逸らしては駄目だ。逃げるのならば、逃げた先で何が起こるのかを見定めねば。逃げ出したことからも目を逸らしては単なる卑怯者だ』

『……アルは意地悪だ』

『泣くな。俺はリアの笑顔が見たいのだ』

『泣かせてるのは、アルじゃない!』


 また声が沈んでいく。


 誰かも知らない彼等の会話を聞いていてつくづく思ったのは、やっぱり甘えたさんの側には甘やかす相手がいるんだな、だった。


 何て言うか、甘えたくても甘えられなかった私からしたら、莉愛と呼ばれる彼女は反吐がでそうなほど腹がたった。逆に言えば不愉快なほど羨ましくもあったのだ。


 ……これはきっと夢なんだろう。目覚めたら忘れてしまう、そんな夢だとわかった。


 それから様々な声を聞いた。聞きながら流れるように全てを忘れていく。


 聞いていた内容を忘れても、心は重苦しく大声をあげて泣き出したいほどだった。


 最後に彼女の――莉愛が抱えていた感情は、魂に染み付くような強い後悔と心を引き裂くような悲しみだった。


 呑まれるような時の渦の中で私は叫んだ。


 ――遅い! 死に際に後悔しても遅いんだよ! 逃げ続けて責任を他人に転嫁してそれでも甘やかされて生きてきたくせに!


 ――私はあんたみたいにならない! 何も出来なくても矮小な存在だとしても。私に出来ることを放り出したりしない! 私は生き抜いてみせる! だから――!!



 ――だから、もう泣かないでよ、莉愛。



 貴女と私。どんなに望んでも離れられないのだから。


 だからもう、これ以上泣かないで――。



 






百合奈の、目が覚めると忘れてしまう夢。



ここまでで百合奈視点の獣人の国編は終わりです。次に目が覚めた時、全てが終わった後になります。ですが続きは司視点で書きますので章終わりまでもう少しお付き合いください。

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