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星宮家と異世界的日常  作者: 兎花
第4章  星宮家と獣人の国
46/49

15


 それから宿屋に戻った時の成君は見物だった。初めは私が連れて帰った銀髪美少女が誰かわからなかったようで、あからさまに挙動不審に陥っていた。


 あまりにも落ち着きなくいつまでたっても気付かないので、結局呆れた司君に正体をばらされてしまう。


 それでもノラが動物型に戻るまで挙動不審は続いていた。


 それを見ているこちらの居たたまれなさと言ったら! かつて成君が「姉貴の恋愛事情なんて興味ねぇ」と嫌そうに言っていたのを思い出す。


 確かに最初は面白かったけど、もじもじする成君がすぐに気持ち悪くなった。


 やっといつもの調子に戻った――と見せつつも、なんとなくソワソワした空気を醸し出す二人を生暖かい目で見ていると、隣に司君が座った。


 彼の灰緑の目は、窓際で遊ぶバルスとオニキスを見ている。なんとなく優しさの滲んだ横顔を眺めながら口を開いた。


「向こうにはいつ戻るの?」

「……そうだね、取り敢えず今日と明日は闘技大会を見学するから、3日後かな」


 向こうは落ち着いたんだろうか。

 無言の問いかけに気が付いたのか、少しだけ口の端を上げている。


「心配しなくても大丈夫だよ。そもそも俺たちは部外者だからね。めんどくさいことにこれ以上巻き込まれるのはごめんだ」


 そう言った表情がやたらと重々しくて、向こうで何かあったのかな? となんとなく察してしまう。


「……それよりも、百合奈さんは落ち着いた?」

「あ、うん。もう大丈夫よ。ごめんね、心配かけて」

「いや……」


 しばらく私の顔をしげしげと眺めた後、司君は少し残念そうに微笑んだ。


「百合奈さんはいつも一人で立ち直るね」

「そう、かな? ……今までは単純に悩んだり立ち止まってる暇がなかっただけなんだけどね」

「もう少し、俺達に甘えてよ。頼りないかもしれないけれどさ」


 そう言われてキョトンとしてしまう。

 今でも申し訳ないなぁと感じるくらい甘えているのに、さらに甘えろとは。しかも頼りないとか、ビックリしすぎて開いた口が塞がらない。


 そこでやっと理解した。まるで天啓でも受けたように閃く。


 ……そうか、司君達は頼ってほしかったのか。甘えてほしかったんだ。


 目から鱗だ。


 正直、弟達がなんだかんだと私を閉じ込めたがるのは、愛情の延長線上にある独占欲だとばかり思っていた。いつも出ていく実母の背中を見ていたから、その反動が私に向かっているのだと。

 いつか茉莉花が言っていた通りに、お母さんに家にいてほしい小学生の我が儘みたいなものだと。


 でも本当は違ったのかもしれない。


 私に甘えたいんじゃなくて、甘やかしたいのもあったのかもしれない。頼ってほしかったんだ。


 今さら、そんなことに気が付いた。


 ……うーん、やっぱりだいぶ視野が狭くなってたのかな。精神こころが固いままじゃ物事の裏側にある真実は見えないもの。


 そんなことを思いつつ、心からのありがとうを司君に伝えた。




 さて。闘技大会は3日間行われる。正確にいうならば、闘技大会自体は1日で終わるけれども、その後に王誕祭へと続く。これは文字通り闘技大会の優勝者を新武代王として寿ぐお祭りだ。


 今年の優勝者も現武代王だろうと、みんなが噂しているのを耳にした。


「そんなに強いの? 今の武代王って」

「ん? ダオロのおっさんだろ? 強いのかって、強いに決まってるじゃん」


 なんか、馬鹿にされているようで腹が立つ。ジトッと成君を睨むと頭をかきながら視線を逸らされた。


「……成君は武代王と知り合いなの?」

「何回か、手合わせをしてもらったことがあるんだよ。俺じゃ勝てなくてさぁ。真兄は結構いい線まで行くんだけど、最後は負けるんだよなぁ」


 ボスを出せば勝てるか? と、一人で考え込む成君とノラは相変わらずもじもじしている。正確に言うと、少しだけ態度の変わった成君に対して、ノラは僅かに距離を空けようとしているようにも見える。


 ……ノラは自己肯定感が低いんだと思う。成君がしっかりしないと彼女はきっと逃げてしまうだろう。


 頑張れよ、愚弟。



 早朝から司君はオニキスを連れてジークの所へと向かった。なんでも彼の付き添いでこちらに来たらしい。


 そんなこと、ジークは一言も言ってなかったのに――私がそう洩らすと、司君はそれはそれは嫌そうな顔をして呟いた。


「……邪魔したいんだろ」

「なんの?」

「俺……の」


 首を捻りながらも話を聞く限りでは仲は悪くはないらしい。むしろ何かあれば頼るように、と言われた。


「大丈夫、ジークは……魔族は百合奈さんを傷付けることは絶対にないから」


 その言葉に対して、曖昧な笑みで答えるしか出来なかった。


 闘技場では貴賓席で観戦するそうで、私達とは別行動だ。

 傍らにオニキスを連れて宿屋を去る司君を見送る。黒い小さな塊が黒い人影にまとわりつく様はなんとも微笑ましい。


 ……オニキス、私より司君の方になついたなぁ。


 それが朝のことで、今は私とバルス、茉莉花と成君、そしてノラと姿は見えないけれど影蘭とで、何となく街中を観光している。


 闘技大会は午前中から始まるけれど、本戦は午後からだ。


 それまでの時間潰しに屋台や雑貨屋なんかを冷やかして歩く。


「ゆりなお姉ちゃん、そろそろ時間じゃない?」


 茉莉花にそう声を掛けられた時には、昼を過ぎていた。


 ちなみに今日の茉莉花の頭には可愛い熊耳が付いている。これは雑貨屋で買った観光客向けに売り出されていたお土産のカチューシャだ。セットで尻尾の付いたベルトも売られていて、本人の意思を無視して私が買って着けさせた。


 表情筋が崩壊しそうなほど可愛い。


 いや、周りを見ればリアルけも耳が沢山あるんだけどね。やっぱり茉莉花を上回る可愛いはなかなか存在しない。


 そんなことを考えながら茉莉花の顔を見ていると、その表情が冴えないことに気付いた。顔色が青白く、なんだかしんどそうだ。


 思わず無言で茉莉花の額に手を当てていると、成君の大きな声が響き渡った。


「げっ、てか、昼過ぎてるじゃん! 本戦始まってるって」

「成君、うるさいよ。――茉莉花、しんどいの?」


 手のひらから伝わる温度は平熱だ。それでも不安は解消されずに、さらに心配になる。


 茉莉花の顔をしゃがんで覗き込んでいると、成君も異変に気付いたようで声を潜めた。


「茉莉花……疲れがでたんじゃねぇの?」

「かもしれないね。どこかで休もうか? 痛いところとか辛いとかある?」

「大丈夫だよ、そんなにしんどそうに見える? ……そう言われると、少ししんどいかも。お腹も空いたし」


 茉莉花の言葉ににそういえばお腹空いたな、とお昼を実感する。


 そこでふと、自分の手にあるべきものが無いことに気付いた。


「あっ!」


 大声を上げて立ち上がると、驚いた顔でみんなが注目した。


「あー……」

「なんだよ、ゆり姉。変な声だして」

「どうしたの、ゆりなお姉ちゃん」

「……ごめん、どっかでさっき買ったお弁当、忘れてきた……」

「はぁ?! 嘘だろ、どこで?! 俺の昼飯!!」


 叫ぶ成君とは対照的に茉莉花は少し首を傾げただけだった。


「どこで忘れてきたの?」

「えー、とね。確か……革製品のお店でオニキスとバルスのチョーカーを買ったでしょ? その時はあった。それから次に寄った陶器屋さんで……ああ、そうか」


 陶器屋では家族分のグラスとお皿を買ったのだ。ノルブレストだけで採れる白い砂を使った陶器は焼き上げると薄青に染まってとても美しかった。


 一目惚れして、買い込んだお皿とグラスを成君に持ってもらったのだ。その代わりに私がお弁当を持って行くはずだった。


「あー、陶器屋さんで多分忘れたんだと思う。取りに行ってくるわ。成君、茉莉花をおねがいね」


 陶器屋の場所はここから走れば1分もかからない。乗り合い馬車の停車場がある小広場にあったはずだ。


「ゆり姉! ノラとバルスを連れてけよ。俺と茉莉花はそこの端っこで座って待ってるからさ」


 成君の言葉を素直に聞いてノラと店に戻った。


 通りも店も、どこも人でごった返していた。陶器屋の店内は外に比べれば人の数は少ないけれど、それでもレジには5人ほどが並んでいる。


 目に見える範囲にはお弁当は見当たらなかった。


 レジのお客さんがはけるのを少しだけ待っていると、店員が私の姿に気付いてすぐにお弁当を入れた袋をレジ台の下から取り出した。


「よかった! 気付いてすぐに追いかけたんですが、この人だかりに見失ってしまって。どうぞ。今度は忘れないでくださいね」


 二足歩行の猫店員が爪に引っ掻けた袋を差し出した。お礼を言って受けとると、チラリと中身を確認して店を出ようとした、その時だった。


 パリンッ――と薄い硝子が割れるような音が脳裏に響いた。


 はっきりと聞こえたその音に思わず足を止めた。気のせい――とは言えない。確かに聞こえた。


「どうかしましたか?」


 キョロキョロと不信感丸出しで周囲を見回していると、ノラが不思議そうに声をかけてきた。


「今の、聞こえた?」

「何がでしょうか。なにか気になることがありました?」

「ん、いや……いいや。ごめんね、急ごうか」


 明らかに違和感を感じているのは私だけだ。そんな時は考えても仕方がないので、とりあえず保留にしておく。


 外に出ると周囲は混乱していた――と言うこともなく、お祭り特有の騒々しさで賑わっていた。


 熱気と興奮に満ちた人の流れに紛れようと一歩踏み出す。


 そこで私は上を見た。


 なにか音が聞こえたとか、教えられたわけではなく、ただ上を見上げて――。


 落下してくるそれ(・・)と目が合った。目が合った、と認識したけれどもそれには目がなかった。ただ目があると思わしき場所に、濃灰色の濁った煙が出口を求めて蠢いていただけだった。


 突然のことに体が動かなかった。


 誰かが叫ぶ声が聞こえる。一気に混乱する人々の悲鳴を意識の遠くで聞きながら、私は堕ちてくるそれ(・・)から逃げることも出来ずに、ただ思った。


 ――ああ、罪に呑まれてしまう、と。


 それ(・・)がぶつかる寸前、私の意識は濃灰色に染まった後、黒の中へと呑まれていった。



 


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