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星宮家と異世界的日常  作者: 兎花
第4章  星宮家と獣人の国
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ほとんど説明ばかりです。


 羊人族の村には2泊した。その3日間で5回は温泉に入ったと思う。疲れを取るつもりがお風呂に入りすぎて逆に風邪をひくくらいに、がっつり温泉を楽しんだ。


「ゆり姉、馬鹿だよな。温泉に入りすぎて風邪引くとか、マジでウケるわ」


 熱はないけれど鼻水が止まらない。ちり紙で鼻を思いっきりかんだ後、成君に投げつけてやった。


「うぉあ!? 汚ねえなぁ!」

「捨てといてー」


 チェックアウトの準備をしていると、軽いノック音が響いた。


「失礼致します。ホシミヤ様にお会いしたいとお客様がお見えですが」

「お客様、ですか? 誰だろ」


 心当たりがない。少し考えている間に成君が素早く動いた。


「俺が行ってくるからゆり姉は荷物を纏めといて」

「ん? ……うん、わかった。それじゃお願いね」


 まあ、こんなところにまで訪ねて来るような知り合いは私にはいない。そう考えると成君の客だろう。


 お土産を広げてチェックしていると、いつも側にいるはずの存在が無いことに気が付いた。


 ……あれ、バルスがいない? もしかして成君に着いていったのかな。


 しばらくすると成君が帰って来た。一緒にバルスの姿も確認する。


「誰だったの、成君の知り合い?」

「あー、まあそんな感じ。近くにいたから顔を見に来たってよ」

「へぇ。……それでもう帰ったの?」

「おう」


 ……なんとなく、違和感を感じるのは成君がこちらを見ないからだろう。何かを隠しているのはわかるんだけど……うん、突っ込む必要はないか。


 これが司君あたりなら胡散臭く思うんだけど、成君は基本的に嘘は付けない。問い質されてもあたふたした後、黙秘するタイプだ。そんな成君が知り合いって言うのならそうなんだろうと思う。ただ、どんな知り合いかはわからないけど。


 荷物を纏めて宿を出るとそのままアーヴェ乗り場へと向かう。丁寧にお見送りをしてくれる宿屋の従業員に手を振り、ハウチチェットの頂を眺めながら歩く。


 アーヴェ乗り場に着くとそのままノーブルまで送ってもらえることになった。基本的にアーヴェはノルブレスト内であればどこへでも行けるらしい。


 空を飛んでいくので小一時間もあれば着くという。


 昼前にはノーブルの門を潜っていた。




「――あれ、司君?」


『ラテルの寝床』亭に着く前にノラとは一旦別れた。一度自宅に帰って荷物をほどき、孤児院へ挨拶をしてから再びこちらと合流するそうだ。


 ノラの背を見送ったあと宿屋に入ると、店内の食堂に司君がいた。基本黒がメインの服装が多い司君は、黙っていると無表情もあいまってかなり陰気に見える。


 私の声に顔を上げるとその無表情が僅かに綻んだ。そうなると一気に雰囲気が柔らかくなるから不思議だ。


「あれ、司兄じゃん。どったの?」

「あ、ボスだ。ゆりなお姉ちゃんに会いに来た?」

「ああ、話があってな」


 司君が立ち上がると彼の膝上から黒いものが落ちた。


 にゃあん。


「あ、オニキスだぁ」


 最後に見た時からまだ10日程しか経っていないのに、オニキスは一回り大きくなっている気がした。


 茉莉花が伸ばした指先に顔を擦り付けている。その背中の羽がぱたぱたと揺れていた。まだ飛ぶまではいかないようだけど翼自体はかなり大きくなっているようで、それに毛艶も銀色成分が多いのか輝いて見える。


「なんか、想像以上に立派になってない?」


 何気なく訊いてみると司君に意外なことを言われた。


「ああ……なんか俺の魔力を食べて大きくなってるみたいだよ」

「……え? 魔力を食べるの?」


 おぅ、マジで? 思わぬ事実に蒼白になった。

 今までオニキスに食べ物は与えてきたけれど、魔力を与えたことなんてない。と言うか、どうやってあげるのかもわからない。


 もしかしてオニキスは我が家に来て、お腹が満たされたことがないのかな……。


 色を無くした私の顔を見て、司君が慌てて訂正した。


「いや、ご飯はきちんと食べてるよ。ただそれ以外にも魔獣の合の子ってことで、魔力も好むらしいんだ」


 魔力はこの世にあるもの全てに含まれている。特に命を持つものは魔力量が多いそうだ。


 司君は意識してオニキスに魔力をあげているわけではないけれど、側にいることでけっこうな量が流れているらしい。


「へぇ。そうなんだ。そういえばアーヴェも魔力を食べて大きくなってたっけ。霊鳥とか魔獣って、みんなそうなのかな?」

「さぁ、どうだろうね。俺もそれなりに詳しい知人に聞いただけだから」


 私と司君が話している横で茉莉花と成君はオニキスに手を伸ばしている。けれどオニキスはバルスの側を嬉しそうにウロウロしていた。バルスは基本、自分にじゃれつくオニキスを面白そうに眺めるだけだ。


 食堂で話し込んでも邪魔にしかならないので、部屋に上がることになった。


「今日来たのは新しい家のことでね」


 そう言って司君が広げたのは簡単な設計図だった。


 パッと見た感じ、前の宿屋とそう変わりのない設計になっているようだ。


「建物は以前と変わりのないものでいい?」


 司君の言葉に首を横に振った。


「うん、それがね。実はちょっと考えてることがあって」


 ……今回旅をして、余裕のある生活もいいなと沁々と思ってしまった。


 今まではわざと忙しさを追い求めて何も考えなくてもいいようにしてきた。忙しさは、体さえ慣れてしまえば最高の現実逃避だ。そのことを私は実体験から知っていたから、仕事に打ち込んできた。


「けどねぇ、そろそろ余裕を持とうかなぁと」

「それは良いと思うよ。百合奈さんは人生をもっと楽しむべきだ」


 なんとなく嬉しそうな司君にニコリと微笑んで礼を言う。


「それでね、宿屋だとまた休みがないでしょ? 今はまだシシィやアリス達も宿屋を切り盛りしてくれているけど、すぐにこっちへ来るじゃない?」


 そこまで話をしたら、ふいに司君が私の言葉を止めた。


「ああそうだ、百合奈さんにひとつ報告があるんだった。……シシィのことだけど、彼女は自分の国に帰ったよ」

「あー、……そうなんだ」


 なんとなくそうなるだろうな、とは思っていたけれど実際にそうなると拍子抜けする。肩の力が抜けた私を見て司君は気遣うような声をあげた。


「寂しい? せめて百合奈さんが帰るまでいてもらった方がよかったかな」

「うーん。ていうか、挨拶くらいはしたかったかなぁ」


 別に感謝してほしくて面倒をみていたわけではないし、有り難がってほしいわけでもないけどね。それでも短期間とはいえ、寝食を共にし一緒に仕事をした仲間なんだし。


 せめて、お別れの挨拶くらいはしてもいいんじゃない? とは思う。


 私が寂しそうに見えるのか、司君は優しく微笑んだ。


「またきちんと挨拶に伺います、と言っていたからまた会えるよ」


 その優しさに慰められて私も微笑む。


「それで? 宿屋をどうするの?」

「……うん。アリス達がいたとしても、宿屋は基本年中無休で忙しいでしょ? 慣れてる仕事ではあるんだけどね」


 このまま宿屋を始めたら、また仕事ばかりの人生になる気がするのだ。それは正直、自分でも嫌だと感じる。


「それなら今までの経験を活かせる少し違う仕事をしようと思うの」

「違う何か……」

「うん、ちょうど司君に相談したいなぁと思ってたから、来てくれて助かった。凄く嬉しい」


 へらっと笑うと司君が僅かに目を細めた。他の人が見たら睨まれたように見えるだろうけど、単に照れているだけだったりする。


「アークィンガ魔法学院って、クィンガ領にあるんだよね? 優秀な人間が世界中から集まってくるって聞いたけど、あってる?」


 司君は無言で頷いた。灰緑色の瞳が興味深げに私を見ている。その目をしっかりと見返して話を続けた。


「それならさ、下宿というか学生アパート? みたいなことを出来ないかな、て考えたの。茉莉花も通うわけだし、それなら宿屋とは違って年契約で顧客も確保できるし身元もはっきりしてるし、基本的に部屋の管理は客にまかせられるでしょ? ただ、実際経営するとしてもどれほど顧客が見込めるのか、立地条件とかいろいろ調べてみないとわからないことも多いから、その辺を司君に相談しようと思って。……アークィンガ魔魔法学院は学生寮とかあるの?」


「あるのはあるよ。ただ、やはり百合奈さんが考えるように学生専用の貸アパートもあるんだ。今までそれで間に合っていたからね、今さら百合奈さんが下宿先を造ったとしても……」


 何かを思い出したかのように、突然司君が黙り込んだ。ほんの数瞬考えたあと、再び口を開いた。


「とりあえず、一度調査してみるよ。商業ギルドや学院にも話を訊いてみないことには、具体的な相談もできないからね」

「お願いできる?」

「ああ、それは任せといて。もし貸しアパートが無理そうならどうする? また宿屋をする?」

「うーん、それが無理なら働きに出るのもいいかなぁ。食堂の看板娘とか、ギルドの看板受付嬢とか」

「却下」

「それは辞めた方がいいと思うよ」

「それは無理だろ」


 ……今無理だと言った奴は誰?! 出てきなさい、今素直に名乗り出ればこちょこちょの刑ですませてあげよう。


 じっとりと成君を睨んでいると、司君が大きく溜め息を吐いた。


「百合奈さん。話しておかないといけないことがある。――これから先、俺達はさらに微妙な立場に立たされることになる。そのせいで兄弟がバラバラになる可能性もある」


 ……え?


 司君の言葉の意味がわからなくて目を瞬いた。そんな私を見る司君の目は真剣なんだけど気遣う色が見えた。


「……俺達がいた国――ゴルデインは近いうちにその存在を消すことになる。これは本来ならばもう少し早かったはずなんだ。それを俺達の存在が逆にあの国を長生きさせていた。現に今、新王国メイリースでは周辺の領地が恭順の姿勢を見せている。南東の国境線ではかなり激しい小競り合いが起きているし、中心である王族内にすら独自にこちらと交渉しようとしてくる者もいる」


 ポツリと司君が教えてくれたのは、ゴルデイン国王には3男5女の子供がおり、そのうちの一人にベニーカという名前の王女がいるそうだ。その王女様、なんとメイリースが独立を宣言すると同時に押し掛けてきたらしい。


 なんという行動力。


 驚いて話を聞いていると、成君がにやにやしながら話しに割って入ってきた。


「お、あのお姫様、やっぱり追いかけてきたんだ。モテる男は辛いねぇ、司兄」


 それに対する司君の視線は冷たくて見ている方が凍り付きそうだ。


「ああ、そうだな。勝手に追いかけてきてモテるもなにもないがな」


 ……おおっと、司君の一言で成君が撃沈している。追いかけられたこともない成君には辛い現実だったようだ。


 宿屋で働いていた時からベニーカ王女の話は聞いていた。司君にベタ惚れで宰相の娘クリスティーナと激しい争奪戦(?)を繰り広げていたらしい。


「……司君はそのベニーカ王女とどうこうなるつもりはないの?」

「あるわけないでしょ。あればそもそも国を出なかったよ」


 それもそうだ。納得する私をじっとりと見た後、司君はふいに表情を真面目なものに変えた。


「……でもこれから先どうなるかはわからない」

「え?」

「俺に限らず真にしろかすみにしろ、もしそれぞれに家庭を持った時、それがお互いを敬える関係ならいい。けれどもし、違ったら? ――もしも真や成や光が他国のお姫様と恋仲になったら? かすみはこのままいくとゲイル殿と結婚するだろう。真はなんだかんだ言って好意を持たれた相手に冷たくできない」


 司君が何を懸念しているのかわかる。

 いくら血の繋がった兄弟だろうといくら家族を思っていようと。男女の恋愛関係は全てを壊してしまう。


 私達は、そんな関係を幼い頃からずっと身近に生きてきた。だからこそ弟妹達は私を裏切らないと知る反面、恋が全てを狂わせる事も知っている。


 そして今はどんなに揺らがなくても、私が命を燃やすような恋に堕ちた時、家族を優先できるのか誰にもわからないのだ。


 だから私は社会人になってから恋人を作らなかった。


 私はそっと目を閉じた。重苦しいものが胸を鬱ぐ。


 気分を変えようと頭を振ると目を開けて司君を見た。少し躊躇いながらも司君は言葉を続ける。


「……それと俺達の今の状況を説明しておくと、本当に微妙な立場なんだ。ゴルデイン王国が存在していることによって僅かなりとも受けていた恩恵が、『渡界人特別保護法』と呼ばれる世界的な決まりだ」


 司君の説明によると、この世界では異世界からの転移者が多く存在する。この世界以外の世界から来た者を『渡界人』というのは皆が知っていることだ。


 その渡界人を守るために主要各国で定められたのが『渡界人特別保護法』で、主な内容は渡界人の人権確立を認める事と、その渡界人は保護された国において余程のことがない限り最後まで準国民として面倒を見ること、もしくは望めば国民として戸籍を用意すること。また国家間の取り引きに渡界人を用いてはならないなど、色々と決められているそうだ。


 ……そんなのがあるって、初めて知った。というか、渡界人てそんなに多いんだ。宿屋をやってたけど見たことがない。


「その法があったから俺達は他国の干渉を避けてこられた。曲がりなりにもあの国の保護下にあったからね。けれどゴルデイン王国が消えるかその存在が弱くなると、あらゆる手が伸びてくると理解してほしい」


 じっと見詰めてくる司君の視線が痛い。思わず緩みそうになる頬をぎゅっと締めて私は頷いた。


「……笑い事じゃないから。少しは危機感を持って?」

「うん。まあ、危機感と言うか、事情はわかったよ。うん、気を付けるから」


 そう言っても信用がないのか司君は目を眇たまま何も言わない。


 そんな彼の態度に今度こそ苦笑しながら私は少しだけ首を傾げた。


「大丈夫、本当にわかってるって。ただ、ほらね? 危機感を持てって言われてもあまり実感が湧かなくて。だって――」


 そこで一旦言葉を切ると身を乗り出して司君の目を覗き込んだ。




「だって、何があっても守ってくれるんでしょ?」




 私だってそんなに馬鹿じゃないと自分では思ってるから、司君の過保護振りに気付かないわけがない。普段は大人しい影蘭だっておそらく細かい報告を司君にしているはずだ。


 私を自由にさせてくれている間に、きっと色々な事を片付けているのだろう。結局ノルブレストに来たのだって、司君の望み通りなのかもしれない。


 彼の行動の全ては私のためなのだ。


 にっこりと微笑むと司君の表情がなぜか切な気に歪んだ。驚く私の前で逃げるように俯いてしまう。嫉妬するほど艶やかな前髪に、その表情が隠れてしまった。


「……守るよ」


 しばらくして絞り出された言葉は掠れて聞き取りにくかった。


「何があっても、貴女を守るよ、百合奈さん」


 次にはっきりと聞こえた言葉は司君の強い眼差しと共に私の心に届いた。


「――うん、信じてるよ」


 ……何やら後ろで成君と茉莉花がこそこそ言っているけれど気にしない。司君もチラリと見ただけで穏やかな表情で話の続きを始めた。


姉視点→全身黒くて陰気だなぁ。

姉以外の視点→影がある美形。カッコイイ。



「あれで恋人じゃないってだれが信じるよ?」

「だよね。司兄も手くらい繋げばいいのに」

「(手を繋ぐって。茉莉花もまだ子供だな)」

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