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星宮家と異世界的日常  作者: 兎花
第4章  星宮家と獣人の国
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10


 裏門を使い外に出て大通りに出るとなんとなく周囲が騒がしかった。不思議に思うもとりあえずノラの荷物を取りに彼女の家に向かう。獣人族として成人している彼女は育ったあの孤児院を出て近くの部屋を借りているそうだ。


 仕事のない日や休日になると孤児院の手伝いをしてご飯を食べさせてもらっているらしい。


 家に向かう途中でもう一人の仲間の紹介をしておく。影蘭のことだ。


 ノラは影蘭を見て髭をそわそわと動かした。軽く挨拶を交わして影蘭が私の影に消えるとノラが複雑な表情で首を傾げた。


「……護衛だと聞きましたが、私いりますか?」


 影蘭を見て感じるものがあったのだろうか。ノラは寂しそうに髭を萎れさせた。


「影蘭は普段隠れてるからな。目に見える護衛がほしかったんだ。まあ、牽制の意味でな。それに影蘭は姉貴は守るけど茉莉花は眼中にないからさ」


 影蘭は元々の性格かそれとも仕事に対して忠実なのか、『百合奈(わたし)を守る』ことを徹底している。それはちょっと護衛だと言い張るにはキツいレベルでだ。


 船の中でこんなことがあった。何かと絡んでくる水夫がいた。絡んでくるとは言っても悪い意味ではなく何かと気遣ってくれていた。


 最初こそは旅先でのロマンス?! なんて馬鹿なこともチラッと考えたけど、「あんたは妹に似てるんだ!」と爽やかな笑顔で言われて苦笑するしかなかった。


 そんな男が最終日に客室へと訪ねてきた。タイミングよく、その時茉莉花とバルスは甲板へと出ていたため、二人きりで話すことになってしまった。もちろん部屋には入れていませんよ?


 ほどよく会話も弾み楽しい時間を過ごしていると、突然何の前触れもなく、いきなり肩を捕まれたのだ。え、と思った瞬間には男は影蘭によって吹き飛ばされていた。唖然とする私を放置して彼女は追撃のために影から飛び出していた。


 ちなみに隣の部屋に居た成君は私達の気配に気付いていたそうだ。けれどただ話をしているだけなので邪魔をせずに気配だけ探っていたらしい。吹き飛ばしされた音に反応してすぐに影蘭を止めてくれたけれど、どうせ居るのなら早く出てきてほしかったと思う。


「姉貴の恋愛事情なんて覗き見たくねえって」


 ちょっと抗議すると嫌そうな顔でこう言われた。


 影蘭は私への悪意や害意など、目に見えない感情に反応して動く。もちろん私が恐怖や拒絶した場合も排除してくれる。私がやりすぎじゃない? と軽く訊いてみると迷いなく答えを返してきた。


「害意(下心)を感じましたので」


 それを聞いた成君も


「害意(下心)を感じたのなら仕方がないな」


 と納得していた。


 ……いや、そこは私だって10代の何も知らない女の子じゃないんだからさ。社会人経験もあるし大人な割りきったお付き合いもそこそこある。


 それなりの対応はできるんだけど。


 成君はなるべく影蘭が表に出るような事態にしたくはないそうだ。そうならないように明らかに護衛とわかる、同性のノラを雇ったと言う。そしてもし万が一、影蘭が出るような緊急事態になった時は茉莉花を優先して守るように頼んでいた。


 ……茉莉花は魔法は得意だけど戦闘経験が全くないからね。本人は自分の身は自分で守れるってくってかかってたけど、私も成君もいくら茉莉花が強くても11歳の女の子に自分で闘えとは突き放せない。


 ノラの準備を終え羊人族の町に向かう途中にも、成君とノラはいろいろ細かな打ち合わせをしていた。




 ノルブレストにある唯一の山脈、ハウチチェットの麓に広がる草原地帯が羊人族の領域だ。平原に広がる村と、もうひとつハウチチェットの主峰の中腹にも集落があるらしく、温泉があるのは後者だという。


「えー、山登りかぁ」

「ユリナさんは山登りは苦手ですか?」

「うーん、体力はある方だとは思うけど筋肉に自信はないなぁ」


 私の全身をざっと見てノラは目を細めた。


「確かに筋肉があるようには見えないですね」


 とりあえず麓の村に向かう。そこから中腹の村には定期便が出ているらしい。定期便と聞いて私は馬車か、もしかしたら鉄道でも走っているのかと思った。


 けれどそこに居たのは大きな鳥だった。色や形状は完全に鷹、けれどその大きさは見上げるほどに大きい。


 アーヴェと呼ばれるハウチチェットだけに棲息する霊鳥だ。普段は小さいが魔力を与えると人が乗れるくらい大きくなるらしい。


 その背に乗って空を舞うと、中腹の村まですぐだった。真面目に山登りしていたら4,5時間はかかるそうだ。


 村に着くと宿に向かう。温泉と言われると地面や川から立ち上がる蒸気を思い出すけれど、ここにはその様子はいっさいなかった。


「いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました」


 全体的に古き良き日本の田舎町に雰囲気が似ていた。山と山が連なる窪地にある村はそれほど広くはなく、時間が止まったかのような長閑さだ。


 宿の女将はどことなく着物を連想させる前合わせの服を着ていた。


 ……きっと昔、渡界人が教えたんだろうな、と思うくらいにそこかしこに“日本的”なものを感じる。


 部屋に案内される。一応成君は一人部屋で私達女性陣は四人部屋を借りた。間取り的にも成君とは部屋が離れてしまっていて、こうなるとノラの存在が心強く感じられた。


 ……ていうか、やっぱり無意識にでも成君に頼ってるところがあるんだよね。認めるのもちょっと癪だけど。


 荷物を置いて女子トークを繰り広げていると、成君が部屋にやってきた。


「ちょっと周辺の確認してくるわ」


 ――その間に風呂でも入ってれば? 露天風呂があるってさ。


 その言葉を聞いてすぐに準備に取りかかった。




「う、わー! 良い眺め」


 宿の裏にある露天風呂から見える景色は素晴らしかった。圧しかかってきそうな緑の稜線の奥に、白い岩肌を晒した主峰ハウチチェットはまるで槍の穂先のように天を刺している。


 露天風呂には先客はなかった。


 まずは茉莉花と私は自分の身を清め、その後にバルスを二人がかりで洗った。満足そうに目を細めてされるがままのバルスを見ていると、こっちまで幸せな気持ちになる。


 そんな私達の周りをうろうろしているのが完全動物型になったノラだ。真っ白な長い尻尾をくわえて、周りを警戒しているのか落ち着きがない。


 けれどその自分の尻尾をくわえている姿が可愛くて、もうどうにも動悸が止まらない。


 あぁ、どうしよう、可愛い……。


 いくら露天とはいえ、お風呂場でハァハァしてたら逆上せそうなので、なんとか堪える。


「……もしかしてノラってお風呂苦手?」


 バルスをわしわし洗いながら思い付いて訊いてみる。すると面白いくらいにノラが蒼い目をさ迷わせた。


 ちなみにバルスは宿の人にちゃんと許可を得て入れている。


「……お風呂、と言うかお湯が苦手です。人型なら大丈夫なんですが」

「人型にならないの? お風呂なら毛があると洗いにくいでしょ。それとも洗って上げようか?」


 泡まみれの両手をノラに向けてエアもみもみして見せた。


「人型は恥ずかしくて……。洗ってもらうのも恥ずかしい、です」


 白銀の雪豹が喋ってる……可愛い。しかも喋った後は尻尾をちゃんとくわえてる……可愛すぎる。どうしたらいいの、これ。私はどうしたらいいわけ?!


 内心悶えまくりながらもノラを説得する。とりあえず温泉に浸かるのなら体は洗わないと迷惑だ。


 護衛だからお風呂に入らない方が……とか、今は仕事中なのに……とか逃げようとするノラを、茉莉花と二人で宥めて半ば無理矢理洗うと二人と二匹はお風呂に浸かった。


「あー、気持ちいいねぇ、ゆりなお姉ちゃん。後で成君も入るのかな?」

「どーだろね。成君はシャワー派だもんね」

「馬鹿だからゆっくり湯船に浸かれないんだよ、馬鹿だから」


 茉莉花が上機嫌で「馬鹿だから」を繰り返した。最近の茉莉花はツンデレ化しつつあるようだ。今のところ、成君にはツンしか見せていないけど。


 ふふ、と気分よく天を仰ぐ。雲一つない爽やかな西日の空を映した視界の隅に、同じく黄金色に染まる岩肌が見えた。


「……そういえばあの主峰だけ岩山なんだね。他は豊かな緑なのに」


 まるで違う景観を疑問に思ってノラに話しかけた。


「あのハウチチェットの主峰はかつては緑の山だったと聞いています。ですが神代の時代に龍王陛下があの山に向かってブレスを放ったそうです。それからあの山には緑は生えず、代わりに温泉が湧くようになったそうです」

「……な、なんであの山にブレスを放ったの、龍王陛下は」

「さあ、なぜでしょうか? きっと女神アーシェが望まれてそれに答えたんだと思います」


 ……女神様は何を望んでいたのか。謎だ。


 入浴を終え茉莉花の魔術で全身を乾かしてもらうと、バルスとノラはそれはそれは艶々しい毛玉へと変化した。流石にノラにしがみつくのはマナー違反の自覚はあるのでバルスにしがみつく。


 石鹸と温泉の匂いが立ち上る柔らかい毛の感触に私は天国を見た気がした。



 部屋に戻るとすぐに夕食の準備が整ったと報せがきた。


「もうそんな時間なんだね。長風呂し過ぎたかな?」

「お連れ様はもう食堂でお待ちですが、お部屋にお持ちすることもできますよ?」


 羊人族の女性は全体的にほんわかした雰囲気の女性が多いようだ。でもその分頑固そうだなとも思う。


 食堂に向かうと成君は先に食事を始めていた。


 食事の内容はまるで日本の旅館のように豪勢で、全部食べられるか不安になるほどだった。山の幸海の幸がふんだんに盛られた食卓に自然と笑顔になる。


 食事を終えた後は部屋に戻ってお酒を飲んだ。あっさりとした口触りの酒精の低いお酒で、獣人族の中でもお酒に弱い鳥人族が造っているものらしい。


「……あー、美味しい。なんかいいね、こういうの」


 お酒に付き合ってくれているのは成君とノラだ。茉莉花はシャーベットを食べている。バルスは興味無さそうに私が腰かけている椅子の側に寝そべっている。


「ん? こういうのって、なにが?」

「んー。こっち来てからのんびりしたことなかったでしょ? ――仕事していると忙しい分物事を深く考えなくてすむけど、何て言うか余裕はないよね」

「……あー、確かにな」

「ある意味私にとって仕事こそがストレス解消みたいなもんだったけど。こうしてのんびり旅するのも悪くないな、と思った」


 大好きな家族と見たことのない景色に触れ文化に埋もれ他人と知り合う。美味しいものを食べて美しい物に心から感嘆する。


 そんな心のゆとりもなくこの世界に追われてた気がする。


 その時ふと。幸福を感じる心に浮かんだ面影に彼のことを考えた。


「……司兄も来たらよかったのにね」


 まるで心の中を読まれたかのような、突然脈絡もなく飛び出した名前に驚く。


「それな。ほんとそれ。ゆり姉誘ってやればよかったのに」

「……は? なんで私が誘う前提? てか、司君今忙しいんでしょ?」

「ゆり姉が誘えば絶対司兄は着いてきたって。あの人、痩せ我慢してんだから」


 首を傾げて成君を見る。

 耳が真っ赤で酔っているのだろう。それにしても発言の意図がわからない。

 司君はあの国でやることがあるから来ないって聞いた。それならば私が誘おうが誘うまいが関係ないはずだ。


 そう言うと成君と茉莉花はチラリと一瞬視線を合わせた後、しかたないなぁ、と、言わんばかりに溜め息を吐いた。


 ……えー、なんでよぉ。


「そもそもさぁ。司兄が何かしなくてもあの国に未来はないんだよ。司兄が出張る必要ないわけで。ていうかゆり姉。なんで司兄がヴィスゴットに肩入れしてると思う?」

「え……だって後見人でしょ? なんか政治的な取引があるんじゃないの? それか……友情とか」


 司君が何を考えているのかなんてわからない。知る必要もないと思う。


「うーん、さすがにボスが哀れに感じてきたな。……なあ、ゆり姉。俺達って強いじゃん? はっきり言うと国家間のパワーバランスを崩すほど、一人一人が強いだろ」

「うん、らしいね」

「らしいね、て……。なんか気が抜けるなぁ」

「仕方ないよ、成君。ゆりなお姉ちゃんは成君達が闘っているところを見たことないんだもん」


 茉莉花の言葉に頷く。

 そう、私は弟妹達の全力の戦闘を見たことがない。この旅の間に成君が魔獣と闘うのを見たけれど、あれは全力にはほど遠いものだった。


 成君や真君は冒険者ランクがSSだといい、周りの人間は凄い凄いと褒め称えるけれど私にしてみれば、へぇそうなんだぁ、で終わりである。


 司君だってそうだ。あの子だって城に勤めてて宰相閣下の直属の部下だと聞いていたけれど、どんな仕事をしているのかどれだけ強いのか、私にはわからないし興味もなかった。


 弟妹達が元気で日々を過ごしていればそれだけで満足だ。


「そうは言ってもさ、あの『購いの渦』の時には司兄の本気を見たんだろ? あれを見ても何も思わなかったわけ?」


 ……確かにあれは凄かった。あれを見た時は漠然とした不安を感じなかったわけではない。でもそれは司君がどうこうではなく、ただただ心配だっただけだ。


 それに私は司君に限らず弟妹達の考えていることはよくはわからない。けれど、ただひとつだけわかっていることはある。


 そのひとつだけを知って(・・・)いるから、私は迷わないし信じることができる。


「あの子は絶対に私達を傷付けないでしょ? 司君に限らず、私はみんながそうだって知っているから。だから、好きなことをすればいいんだよ」


 自信満々に笑顔で言い放つ。


 そうだ、結局司君が何を考えて行動しているのかなんて、私は知る必要はないのだ。

 あの子が動くとするなら、それはいつだって私達のためなのだから。


「……そこまでわかっててなんでボスの想いに気付かないかなぁ?」


 何やらぶつくさ言っている成君に対して茉莉花はじっと私を見ていた。何の感情も窺えない表情に少しだけおののく。


「ど、どうしたの、茉莉花」

「ゆりなお姉ちゃんはさ」

「うん」

「結婚したいんだよね?」

「うん」


 二回目の「うん」の方に力が籠ってしまったのは仕方がない。


「私もね、弟か妹が欲しいの」

「うん……うん?」

「ゆりなお姉ちゃんも子供が欲しいんだよね? ……だったらさ、どうして司兄と結婚しないの?」


 ………………あれ、これはもしかして天使のお告げだろうか。あまりに結婚できない私を哀れに思い、神様が御使いを遣わされたのだろうか。それとも神様も贔屓したくなるほど茉莉花が可愛いってことかな。茉莉花の可愛さは次元を超える本物ってことよね! ハハハ、ワカルワカル!


「おい、茉莉花、直球過ぎてゆり姉がおかしくなってっから」

「だって、見ててイライラするんだもん」

「気持ちはわかるけどよ、まあ、あれだ、大人は色々大変なんだよ」

「は? なにそれ、意味わかんない」

「子供にはわからない世界だってこと」

「子供だからこそわかることもあるんだよ!」


 何やら言い合う二人と逃避する私の間でノラはおろおろしていた。




 静まり返った夜の中で目が覚めた。

 目を開けて天井を見据えたまま動かない。


 ――嫌な時間に目が覚めたな……。


 首だけ動かすと隣には茉莉花の寝顔があった。ノラを探すと入り口近くに布団を敷いて寝ている。バルスは窓際でお腹の白い毛を見せて寝ていた。


 皆が寝静まった後の夜の静けさが嫌いだ。色々と考えなくてもいいことを考えてしまうから。


 ――どうして司兄と結婚しないの?


 先程の茉莉花の声が甦ってきて溜め息が洩れた。


 司君以外の弟妹達が見ている世界と私と司君が見て感じてきた世界は違う。きっと歳が下になればなるほど焦れったく感じているんだと思う。


 けれど私と司君は似た者同士だ。だからきっと、茉莉花が望むような未来は選ばない。特に司君は選べないだろうな。


 私はただ、あの子が幸せになってくれればいいと思う。兄弟の中で一番苦労してきた子なんだもの、司君には幸せになる権利があるはずだ。


 再びうとうとし出した意識の隅で、初めて出会った頃の司君がこちらを見ていた。その細くて刺々しい体をそっと抱き締める。


 ――もう、幸せになろうね。ここには私達を傷付ける者も虐げる者もいないし、身を守れる強さも手に入れた。だから、もう、幸せになっていいんだよ。


 そして願わくば。幸せになった弟妹達の側で家族として笑っていられたら、これほど幸せなことはないのにな、とそう思った。



 


 

『雪豹 尻尾』で検索して心臓を撃ち抜かれました……。

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