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星宮家と異世界的日常  作者: 兎花
第4章  星宮家と獣人の国
39/49

9.5

今回はジークラウド視点の三人称です。


「ジークラウド様、どうかされましたか?」


 呼び掛けに男は顔を上げた。いつの間にか同じ室内にいた黒髪の男が物珍し気にジークラウドを見ていた。


「ボーノット、帰っていたのか」

「はい。極北の地はさすがに辛かったです。今度御用を賜るのでしたら、せめて転移陣の起動許可をいただきたいです」

「それは気が利かなかったな。次からは好きに使うといい」

「ありがたき御言葉。それで、何か良いことでもありましたか? 先程から貴方様の微笑に女神官達が色めき立っていますが」

「……笑っていたか?」

「はい、それはもう。淫魔族の私でさえ目眩がするような色気が駄々漏れでした」


 部下の言葉に男は溜め息を吐いた。


「意識していなかったな」


 笑っていたと言われてもわからないが、その間に考えていたことならわかる。つい一時間ほど前に出会った小さな人間の女。ほぼ黒に近い濃茶の瞳に少しだけクセのついた艶やかな黒髪。細身で見た目は20代前半くらいに見えるが、もうすぐ30歳になるという。


 ユリナ・ホシミヤ。どこにでもいるなんの力もない普通の女性だ。みんなが注目するのは彼女自身ではなく、その周りを常に囲っている弟妹達の方だろう。


 だがジークラウドにとって彼女の存在はまさに奇跡だった。こうして同じ時代に同じ世界に存在できる奇跡に笑みが洩れる。


「ほら、また。珍しいですね、ジークラウド様がそんなに穏やかな顔をされるなんて。陛下のことでも考えてらしたんですか?」


 閣下は陛下一筋ですからね――部下の軽口にジークラウドは片眉を上げた。


「確かに私の命と忠誠は陛下に捧げてはいるが。陛下一筋とは少し違うぞ」

「そうですか? 本当にそうでしょうか。私は閣下の下に就いて約30年になりますが、エルメヴィラ陛下以外の生物に関心を持たれたところを見たことありませんが」


 そこまで言われるとジークラウドも考えてしまう。


 確かに長く生きてきた中で他人に興味を持つより持たれることの方が圧倒的に多かった。彼の人生は学びと一族の繁栄のためにあったと言っても過言ではない。


 大概興味を持つのは研究対象として見ていることが多い。その意味では彼の敬愛する妖魔族の女王、エルメヴィラも元は研究対象だった。今では強い敬愛の念へと昇華しているが。


「それで? 今度はどんな生き物に研究欲を刺激されたのですか?」

「……彼女は違う。研究対象というよりは庇護対象だ、と思うたぶん」


 最後の方は締まりのない口調になった。


 初めてホシミヤ兄妹の話を聞いたとき、魔族の総意は半信半疑だった。その強さと7人兄妹という状況から七柱の兄妹神の生まれ変わりだと人間達は誉めそやした。


 けれど当の本人達はそれで傲り高ぶるわけでもなく、保護してくれた国の要請に従いエルメヴィラを倒さんと彼の国と戦いを挑もうとした。


 しかしツカサ・ホシミヤは戦闘を開始する前にゴルデイン国の王都に戻ってしまった。後の調べでホシミヤ家の長女であるユリナに異変があり駆け付けたという。


 その頃から、ジークラウドの興味はホシミヤ家の長女に向けられた。

 ホシミヤ兄妹が本当に第二世期を創り上げた七柱の生まれ変わりだとしたら? それならば魔族が愛してやまない女神アーシェリアはユリナだと言うことになる。


 正直に言えば本人に記憶がない限り生まれ変わりかどうかなど調べる術はないと思われていた。女神アーシェを直接知る魔族があれば判断できたであろうが、一番女神アーシェを知っていた龍王アルファジムは10年前に儚くなった。


 だが、今日の出来事で可能性が色濃くなった。さらには彼女の傍らにあったあの黄金の瞳――。


 それでも誰もはっきりと断定できないからこそ彼の、ジークラウドの興味は尽きない。

 本当に彼女が生まれ変わりなら我々魔族の役目はただひとつだけだ。今度こそ彼女が天命を全う出来るように見守り、そして慈しむこと。


 ジークラウドはそう信じている。


 物思いに耽るジークラウドの耳にボーノットの声が届いた。


「彼女、ですか。もしかして、ホシミヤ兄妹の長女ですか?」


 いつの間にか俯いていたようで、ジークラウドは顔を上げるとボーノットに頷いて見せた。


「そうだ。さっきまでここに居たんだが。もう旅立ってしまわれた」

「そんな! お会いしたかったのに。――ああ、それで大聖堂の方が騒がしかったのですね。女神の大戸が開いたとか……。そう考えるとやはりユリナ・ホシミヤは女神アーシェの魂を持つ者、なんですか?」

「……さあ、どうだろうな。それよりも彼女がここにいることは陛下には内緒だからな」

「わかってますよ。陛下にまで脱け出して来られては国は混乱するばかりでしょ。閣下は闘技大会が終わるまで滞在されるんですよね? ならば、俺にもお会いする機会はありそうだ」


 部下の嬉しそうな声を聞きながら、ジークラウドはユリナとは全く似ていない(ツカサ)を思い出していた。


 つい先日まで一緒に行動を共にしていたが、あの男にユリナを守りきる能力があるのか少し疑問に感じる面もある。けして愚かではないし敵を滅する冷徹さもあるが、妙な甘さもあるのだ。


 一度懐に入れた者に対して情の深い面があるように思われた。


(そこを突かれなければいいがな)


 今日の出来事でジークラウドはほぼ確信していた。ユリナは彼()が守らなければならない存在だろう、と。


 彼女の傍らにはあの黄金の瞳もいる。滅多なことにはならないとは思うが、どうしてか僅かな不安が心に染みを作って落ちない。


「私もお側に侍ろうか……」


 無意識に洩れた呟きに、ボーノットの顔色が一気に悪くなる。


「げぇ! 止めてください、大司教閣下ともあろうお方がフラフラ出来るわけないでしょう?!」

「……なりたくてなったわけではない」

「それは知ってますけどね! そんな今更な我が儘を言わないでください、子供じゃあるまいし。陛下は本当なら総大司教に任じたかったようですよ」

「それこそ冗談ではない。仕事漬けの一生などなんの楽しみがあると言うのか」

「陛下の御為です、引き受けて差し上げては?」


 確かにジークラウドは魔王エルメヴィラに命と忠誠を捧げてはいるが、感情や人生まで捧げる気はない。さらに言うなら、彼でなくてもその地位に相応しい者ならたくさんいるのだ。


 ジークラウドは軽く溜め息を吐くと、めんどくさそうに手を振った。


「私以上の狂信者が国にはたくさんいる。そもそも陛下は宗教上の位階は下られたのだ、国王業に専念されればよいものを、なぜ未だに口出しをされるのか。こちらの迷惑も考えてほしいものだな」

「うーん、今の教皇猊下は陛下の弟君ですからねぇ。口出しがしやすいのでしょう。それに……こればかりは魔族の(さが)でしょうか。流れる血の一滴から女神への思慕が染みついている気がします。しかも魔王ともなるとその念はさらに強いのでしょうね」


 沁々と語る男に呆れた視線を向けた。

 

「変なところで妙な理解を示すのだな、お前は。なんにせよ、これ以上の厄介事はごめんだ。それよりも彼の国はどうなっていた?」


 雰囲気を改めてボーノットに訊ねると、男も途端に真面目な顔付きで報告を始めた。


「はい。その事なのですが。龍王アルファジムの御遺体は彼の地にて永久凍結されておりました。跡を継がれたのは第二の龍族であられるモルブラム様でございました」


 原初の龍であり女神アーシェリアの『善なる力』と呼ばれた龍王アルファジムは、およそ10年前に千五百年という長い生の果てに地に伏した。


 龍王が氷に閉ざされた北の地に移り住み楽園を築いたのはおよそ500年前のことだ。彼の力の影響で発生した龍人族と、複数の魔族を率いて突然に龍王はここノルブレストから姿を消した。


 彼がノルブレストを旅立った理由を知る者は一人もいない。生前に親交のあったジークラウドですら訊けずにいたことだ。


「そうか、やはりモルブラム様が王になられたか。さぞかし憮然としていただろう」

「はい、それはもう。……アルファジム様は偉大すぎましたからね。そのモルブラム様よりお手紙を預かってます。こちらをどうぞ」


 恭しく差し出された封筒を受け取ると、押印を見る。星を目指して飛ぶ龍の姿が蝋の上に刻まれている。


「閣下はアルファジム様とも面識があり、かなり仲が良かったと伺いました。どのような御方だったのですか?」


 小型ナイフで封を切り中身を取り出しながらジークラウドはふと表情を緩めた。


「あの御方は……そうだな、女神アーシェの為だけに存在していた方だったな。よく笑いよく酒を呑んでおられたが、全て演技だったように思う。唯一本心らしきものを見せられたのが、邪神の話になった時だった」

「邪神、ですか……。『女神の茨を踏みし者』もしくは『名もなき堕落の王』……でしたっけ? 本当に存在していたんですか」


 部下の台詞に男はその秀麗な顔をしかめた。不快そうに目の前の男を見ると、ジークラウドは嘆かわしいとばかりに嘆息した。


「愚かな事を言うな。魔族の聖職者でありながらその台詞は許容出来るものではないぞ。もう一度神殿学校から学び直すか?」


 上司の容赦のない言葉に、男は背筋を正した。


「失言でした、お許しください」

「……まあ、神代の時代から千五百年経ち、さらには龍王アルファジム様が極北の地へ引きこもられて五百年だ。いくら長命な魔族の若い者でも実感を抱けないのだろうな」


 自分に言い聞かせるような言葉に苦笑が洩れた。男がこの世に生を受けてもうすぐ150年近くになる。魔族の中でも妖魔族は長命種だ。獣人族でおよそ150年、妖魔族は250年だ。魔族は総じて寿命が長く、さらに成年期が長い。


 彼の龍王が北の地に去ってから生きている魔族はもういない。


 ジークラウドは手紙を取り出すとさっと目を通す。形式こそは整えてあったがそこに書いてあったのは旧友の不義理を詰る文章だった。


 微笑が上司の口の端に登ったのを見て、ボーノットはしばらく待つ。


 読み終わったジークラウドは手紙を封に戻す。


「……だいぶ拗ねているな」

「……え、書いてあったのはそれだけですか?」

「まさか。――ザーヴィアントの封印がかなり弱っているとあるな」

「封印、ですか」

「ああ。あの地は本当に色々と鬱陶しいな」


 本気でうんざりしているらしい上司の言葉に、男は眉をしかめた。人間達が聖地と崇め宗教国家を造り上げている小さな島は、魔族にとっても重要な地だと言われている。やはり始まりの地だと伝えられているためだ。


 封印などと、初めて聞いた。


 詳しいことを訊こうかと口を開きかけた瞬間、扉をノックする音が響いた。ボーノットが開けて用件を聞こうと扉に近寄ると、いきなりその扉が勢いよく開いた。


 男は咄嗟に避けて難を逃れたが、開いた扉の向こうから入ってきたその姿に溜め息が洩れた。


 それはジークラウドも同じだったようで、突然の乱入者に顔をしかめた。


「ノックをしたのならこちらが開けるまで待とうとは思わないのか、武代よ」

「おう、久し振りだな! 妖魔の。お前がいるということは、女神の大戸について何か知ってるな? さっさと教えろ」

「さあ、何のことだ?」

「……おい、まさかとぼける気かよ!?」


 ジークラウドは目の前の大男に冷たい視線を向ける。大柄な骨格に全身を覆う筋肉、焼けた肌はまるで芸術品のようで、それ以上に整った顔立ちは男の野性味に溢れていた。ある意味、ジークラウドとは対極にあるような存在感だ。


「今さらのこのこやって来て教えろはないだろう。失せろ、赤犬」

「あん? なんだと、この二重人格が。俺は犬じゃねえ、狼だ!」

「どっちでも違いはないだろう。それよりも司代はどうした、彼女はなぜ来ない?」


 この脳筋よりは話ができるはずだとジークラウドは尋ねたが、現武代王、ダオロ・ノーブルは嫌そうに顔をしかめた。


「司代の奴は鳥人族の村に里帰り中だ。なんでも急用ができたらしい」

「……鳥人族の村? 確かそれはハウチチェット山脈の西側だったな」

「おう、そうだ。よく知っているな。それよりも、大戸を開けた奴は――いや、御方はどこだ?! 早く教えろ!」

「……教えたらどうするつもりだ?」

「もちろん、王宮にお迎えしてだな? 我等の女神として主人になってもらう!」

「やはり犬か」

「犬じゃないっつってんだろ!」


 ジークラウドは適当にダオロの相手をしながら、視線をボーノットへと流した。そしてモルブラムからの手紙を渡した。


「これをエルメヴィラ陛下にお渡ししてくれ」

「確かに承りました」


 早々に退室の挨拶をして去っていった部下を見送り、仕事にとりかかる。何やら頭上で喚いている男には適当に相手をしてやりながら、もう一人の王と名乗る女を思い出す。


(早速嗅ぎ付けたわけか。流石に龍眼の持ち主といったところか)


 さて、どうでるかと考えるも、しばらくは様子を見るしかないなと思い直す。結局はあの黄金の瞳が傍らにある限り、誰も彼女には手出し出来ないだろうし、それを獣人達が望むとも思えない。


(今頃は彼女も覗き見でもしているのかもしれないな)


 珍しくそんな茶目っ気のあることを想像して、それが思いの外羨ましいことに気が付いたジークラウドは、僅かな苦笑を浮かべるのだった。


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