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星宮家と異世界的日常  作者: 兎花
第4章  星宮家と獣人の国
38/49


 冒険者ギルドを後にし、向かったのは噴水広場の近くにある教会だった。かなり立派な外観で、真っ白な建物に対して大きな両開きの木の扉が存在感を示しており、見事な蔦と花の彫刻が重厚さに彩りを添えていた。


 ぼんやりとその大扉を見上げていると成君に背後から小突かれた。


「ボーっとすんなよ、ゆり姉。中、入んねえの?」

「いや、この扉どうやって開けるのかなー、て考えてて」

「は? ゆり姉がここ開けられると思ってんの?」

「それは無理だと思うよ、ゆりなお姉ちゃん。向こうに通用口があるみたい」


 ……嫌だ、茉莉花にまで憐れみの籠った目で見られたよ。


「べつに開けられるとは思ってないし? どうやって開けるのか考えてただけじゃない」


 ぶつくさ呟きながらも、大扉の彫刻に触れてみようとそっと指を伸ばした。


 扉一面を覆う蔦の彫刻はそれは見事で、生命の躍動感に満ちていた。場所によっては深く彫ったり浅くしたりして陰影を出し、曲線はすべて滑らかで角張った所などひとつもない。


 これだけ見事だと触れるのを躊躇うなぁ。触ったら怒られるだろうか?


 僅かに銀貨1枚分の距離を指先に空けたままふと視線を左にずらした。


 ……あれ、女の人がいる。もしかして女神様?


 絡まる蔦の彫刻の中に、よく見れば女の人の姿が彫り込まれていた。蔦に(いだ)かれているようにも見える、穏やかな横顔の女性。その手には1輪の花を持ち大切そうに眺めている。


 その横顔に吸い込まれるように指先を伸ばした。彼女の頬に指先が僅かに触れた、その瞬間――。


 ガタンッ、……ギィイィィ――。


 驚く私の目の前で大扉が音を立てて開き出したのだ。


「ゆり姉!」


 成君の珍しく焦ったような声が聞こえたと同時に、右手を強く引かれた。


「何やってんだよ、危ないだろ?!」


 本気の顔で怒る成君を見上げて、頭の中が?マークでいっぱいになった。


「え、ゆりなお姉ちゃんが開けたの?」


 目を丸くして訊いてきた茉莉花に対して無言で頭を振った。もちろん、横にだ。


「そんなわけないでしょ、たまたまよ、たまたま。ちょこんと触れたら開いたのよ。お姉ちゃんはそんな力持ちじゃないよ?」


 真君や成君じゃあるまいし。


 成君が真剣な表情で周囲を窺うと、茉莉花の手を引いて通用口から教会内に素早く入った。私の手も引いたままだ。


 中は意外にも人が居たようで、かなりのざわめきに満ちていた。成君は私たちの手を引いたまま、壁沿いに移動して建物の奥へと進んだ。私達の後をバルスが着いてくる。


 もしかして、認識阻害か、完全遮断の結界を張っているのかもしれない。


 成君に導かれながらチラリと礼拝堂を見てみると、たくさんの獣人達が僅かに動いた大扉を見ていた。それを指差しながら声をあげている。


 その混乱ぶりを後目に私たちは教会の奥へと足を進めた。




 教会の奥は中庭が広がっており、色鮮やかな薔薇のアーチが出迎えてくれた。大きな深紅の薔薇に野薔薇のようなシンプルな白い薔薇もあれば、黄色やピンクなど、色も種類も大きさも様々だった。


「ここって、立ち入り禁止じゃないの?」


 人の姿が無いことに不安になり、成君に訊いてみた。


 人気が無くなったことに緊張感が解けたのか、成君は私たちの手を放すと頭を掻く。


「いやぁ、どうだろ。大丈夫なんじゃね?」


 なんとも不安になる返答に思わず茉莉花と顔を見合わせた。


「それにしても凄いな、この薔薇。この時期ってこんなに咲くもんなのかね」


 成君の言葉に誘われるように再び庭園を眺めた。


 薔薇のアーチの向こうには薔薇の垣根が見える。簡単な迷路のようになっているのかもしれない。中心地辺りから水の音がするので、噴水か何かがあるのだろうか。


「ノラさんはどこにいるのかな?」


 茉莉花がポツリと呟いた。


 ……ああ、そういえばノラを探しに来たんだっけ。


 とりあえず庭園には人気がないので、もう少し奥に行こうと成君が言った。彼の話では奥に孤児院があるらしい。


 アーチはくぐらずに迂回して庭園を抜けようと歩いていると、視界の端に記憶にある色が過った。


 あれ、もしかして……。


 一度しか目にしたことはないけれど、とても印象的な色合いだったので覚えている。青銀色の髪なんて、日本に居たらまず見ない代物だ。


 その人は庭園の中央の渡り廊下を教会へ向かって歩いていた。薔薇の垣根に邪魔されて頭しか見えないけれど、そのスピードはかなり速い。


 チラリと横目で確認したその秀麗な横顔は酷く険しい。なんとなく見付かりたくなくて私は無言のまま奥へと急いだ。


 敷地内の最奥に小さな建物があった。

 正面から見たときはそんな感じはしなかったけど、教会の敷地はかなり広い。その中でも塀沿いの奥に隠されるように存在していた。


 こんな奥まで来ていいのかな? 途中ですれ違う人達の様子から立ち入り禁止ではなさそうだけど。


「あ、いた。――なぁ! ちょっと話があるんだが、少しいいか?」


 成君が声をかけた先にいたのは、井戸で水汲みをするノラの姿だった。


 驚いたように固まったままこちらを見ているノラの元へと成君が走っていく。私と茉莉花、それにバルスはのんびりと歩いていく。


「――い、期間はどれくらいですか?」

「とりあえず闘技大会が終わるまで。3食宿付で1日の報酬は10000パッツでどうだ? 基本的に24時間、姉に付き添ってもらうことになると思う」


 二人の交渉の声が聞こえてきた。成君の報酬を聞いて、ノラの尻尾がぶわっと広がったのが見えた。


 ……驚いたのかな?


「そ、そんなにいただいていいんですか?」

「もちろんこれは成功報酬だから。それに少しだけ試させてもらうけどいいか?」


 次の瞬間、いきなりノラが飛び上がった。その高さは軽く成君の頭を越えていた。

 いつの間にか横に振り払った成君の剣が、再びノラに襲いかかる。正直、そこから先の攻防は訳がわからなかった。見えないわけではないけれど、目が追い付かない。


「――うん、それでFランクはおかしいわ。誰かから習ったのか、闘い方」


 成君が満足したように剣を収めると、困ったように耳と髭を下げたノラが頷く。


 そこは怒るところだと思うよ、お嬢さん。


 代わりに茉莉花が五寸釘をゴンゴン打ってくれた。


「成君、サイテー。いきなり女の人に剣向けるなんて、ホントにサイテー。DV兄貴なんてゴミじゃん」


 ……暗雲を背負って井戸を覗き込んでいる姿を見るとさすがに哀れに感じるね。まぁ、ほっとくけど。


 成君はほっといてノラに向き合う。視線を下げるとふさふさで長い尻尾が揺れている。


 もう、彼女を見ているとこの言葉しか出てこない。


 可愛い。


「ごめんね、うちの愚弟が。驚いたでしょう?」

「あ、いえ――冒険者同士だとよくあることなので。きっと大好きなお姉さんの護衛に弱い奴をつけたくなかったんだと思います」

「そうかな? そんな可愛いこと考えてくれてるのかなぁ。――それで、護衛は受けてくれる?」

「はい、条件もいいですし、こちらからお願いしたいくらいです。お願いします」


 私は改めて茉莉花とバルスを紹介した。少女特有の優しい声が、茉莉花と話す時にはさらに柔らかくなる。


「子供が好き?」

「はい。私は孤児院(ここ)の育ちなので、小さな子は大好きです」


 ノラが茉莉花を可愛いと思うのと一緒で、茉莉花もノラを見て可愛いな、と思ってであろう笑顔で見ている。


 その可愛い二人を見ている私は最高に幸せだ。


 約一名を除いてほのぼのとした空気が流れる中、なにやら慌ただしい足音が近付いてきた。人数はおそらく3人前後で、そちらを見ると先程すれ違った男がこっちに真っ直ぐ向かって来るのが見える。その後ろには神官服を纏った女性が二人付いており、一人は私よりも若くてもう一人は初老に差し掛かっていた。


 先頭にいた青銀髪の男は私に気が付くと目を見張った。


 そっと視線をずらして成君の側に寄ると、茉莉花もとことこと近寄ってきた。ちなみにバルスはいつでも私の横にいる。


 ノラだけがなぜかおろおろと落ち着きなく動いている。


「……ノラ! 貴女帰って来てたのね。それならこちらは大丈夫ね――て、あら、お客様?」


 お互いの顔がはっきりとわかるほど近付くと、三人の足が止まった。その中で初老の女性がゆっくりとノラの元へと歩み寄ってきた。


「バアラ先生、こちらは仕事の依頼主です。何かあったんですか?」


 ノラにバアラと呼ばれた初老の女神官は不思議そうにこちらを見ていたが、何があったのかと尋ねられ思い出したように顔を輝かせた。


「それがね、『女神の大戸』が開いたのよ? 信じられる?! まさか私が生きている間に開く姿を見られるとは思わなかったわ」

「ええ! 大戸が開いたのですか?!」

「そうよ! アーシェ様がお帰りになられたの! ああ、龍王陛下の御在位中にお戻りになられなかったのは残念ですけれど……」

「凄い……。本当に開くんですね。あれは迷信だとばかり思ってました」

「あら、ノラ。それは聞き捨てなりませんね。獣人でありながら陛下のお言葉を信じないとは。もう一度一から教育を受け直しますか?」


 華やかな雰囲気から一転、ひんやりとした声のトーンにノラの髭がピンッと張った。


 二人のやり取りの間にもこちらに近付いてくる美麗な男は、胡散臭い笑みで私に声をかけてきた。


「お久し振りです、ユリナさん。私のことを覚えておられますか?」


 ……もちろん覚えている。私は覚えているけれど、向こうが覚えているとは思わなかった。しかも名前まで。


 ジークの隣に並んだ若い女性神官が不思議そうに首を傾げた。


「大司教様のお知り合いでございますか?」

「はい。一度だけ顔を合わせたことがあります。――宿屋を辞められて引っ越しされたと聞きました。あの仔猫は元気でしょうか」

「あー、お久し振りです、神官様。あの仔猫なら弟が面倒をみてくれています。とても元気にしてますよ」


 ……今、大司教様って言ったよね? これってかなり身分が高い人なんじゃないの? 神官様、なんて呼んでも大丈夫なんだろうか。


 私の混乱など気付きもせずに、目の前の高位神官はふと目を細めた。


「弟、ですか。もしかしてツカサ殿のことですか?」

「え、はい。司君をご存知なんですか?」

「ええ、それはもう。いろいろ仲良くさせていただいてますよ」


 なんだろう、言い方に含みを感じる。なんとなく曖昧に笑って流した。


「そういえば。教会の入り口にある大きな木の扉を見ましたか?」


 突然に話が変わった。

 ジークは薄い笑みを張り付けたまま私を見ている。その眼差しに不気味な熱を感じて私は一歩後ずさる。


「はい、見ましたけど……」


 私がそう答えると、ジークの薄い笑みが深いものへと変わった。


「あれは『女神の大戸』と呼ばれる扉なんですよ。ノルブレストの初代王であり女神アーシェリアの忠実な僕でもあった龍王アルファジムが、再び女神と逢える日を願って造ったと言われています。――あの扉は、実に千年もの間閉ざされたままで、どのような方法をとろうともけして開かなかったそうです。それが今、扉が開いたと聖堂は大騒ぎですよ」

「へ、へぇ、そうなんですか。あれですね、さすがに千年も経つと劣化が出てくるんでしょうね。蝶番とか、古くなってたのかなぁ」


 苦しい言い訳だろうけど、そうだと信じたい。誰か、そうだと言って。


 経年劣化だと信じたい。


「大戸を開けられるのは女神アーシェだけだそうです。現に今まで研究されてきましたが、誰一人として開けられなかったそうですよ」

「そ、うなんですか。不思議なこともあるもんですねー」


 別に壊したわけではないんだろうけど、私が触ったことは知られない方がよい気がした。


 私とジークが腹の探り合いのようなことをしている間に、成君とノラの折り合いが完全についたようで成君に呼ばれた。


 いそいそと別れの挨拶をして背を向けると、再び名前を呼ばれた。


「ユリナさん。薔薇はお好きですか?」

「嫌いです」


 反射的に出た答えに、自分自身でも驚く。


「なぜ、とお聞きしても?」


 ジークの問いかけに考える。なぜそんなことを訊くのか、という疑問より自分の即答した内容に気をとられていた。


 はっきり言って薔薇は好きではない。理由は簡単で、私の名前が百合奈だから。なんとなく日本において百合と薔薇って対照的に見られるじゃない? そのせい。


 でもローズの香りとかは好きだし、入浴剤なんかにはよく使う。


 それに棘かな。さっき見た薔薇のアーチや垣根は眺めるだけなら何とも思わない。むしろ綺麗だと思う。けれど側に寄ろうとは思わないんだよね、なんかゾッとする。


 そこまで話す必要もないので、名前が百合奈だからと話した。ちなみにこちらの世界にも百合の花はあって、その発音は日本語の『ユリ』と一緒だ。


 どういう関係があるのか、地球にあった物がこちらの世界にも存在していると、地球上の名前で呼ばれることが多々ある。それは日本語か英語が多くて、食べ物に関してはほとんどが日本語だ。


 転移者が多いせいなのかな、とも思うけれど実際のところはわからない。この世界は地球以外の転移者も多いしね。

 

「名前、ですか。それは面白いですね。――そうそう。アーシェリア神教を表す意匠は植物の蔓なのですが、『女神の大戸』に刻まれている蔓は実は薔薇だと言われているんですよ」

「ゆり姉、行こう」


 成君にぐいっと肩を引かれた。


「ちょっと、成君」

「いいから」


 成君にしては珍しく強引に腕を引かれて歩き出した。慌てて振り返ると、笑顔で手を振るジークと戸惑った表情で私達を見送る女神官二人が見えた。


 ノラと茉莉花も私の後をついてくる。バルスは変わらず私の隣だ。


 私達は挨拶もそこそこに、孤児院を裏口から出ると街の中へと戻っていった。


 

 



お見苦しい点が多々あるかと思います。矛盾やおかしな点があれば教えて下さい。

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