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星宮家と異世界的日常  作者: 兎花
第4章  星宮家と獣人の国
37/49


 翌日、私達は再び朝からギルドを訪れていた。


 昨日採集したベルガーの実は、結局銀貨5枚(500パッツ)ほどになった。お昼御飯代くらいにしかならなかったのだ。

 当たり前だけど、なかなかに冒険者という仕事も厳しいな、と実感した。誰でも出来る仕事はそれだけ安いし、逆に高ければ高いほど命の危険が高くなるし困難になる。


 私としては冒険者として本格的に活動する気はないので、今日は何も依頼を受けるつもりはなかった。


 けれど成君が「ちょっと用事がある」と言うのでギルドに寄ったのだ。


 朝一のギルドは閑散としていた。普段から人気の少ない所なのに、早朝と言うこともあり、職員が1人と3人程の冒険者が居るだけだった。


 その冒険者の中に見知った顔があった。白銀の豹頭が所在無さげに部屋の隅に佇んでいた。


 成君は真っ直ぐに受付カウンターへ、茉莉花は掲示板を眺めているので、バルスを連れてそっとノラに近付くと笑顔で挨拶をした。


「おはよう、ノラちゃん」


 透き通る様な蒼玉の瞳が不思議そうに瞬いた後、ふわりと笑顔を作った。見た目は豹なのにきちんと笑顔になっていて、なんか可愛い。


「おはようございます。ユリナさん。私のことはノラ、と呼び捨てにしてください」


 いやーん、どうしよう、可愛い。連れて帰りたい。恥ずかしそうに揺れる耳もピンと伸びた尻尾も見た目に反した軽やかな愛らしい声も。私の萌え心を擽ってくる。


 しまりの無い顔でへらへら笑っていると、成君がこちらへやって来るのが見えた。


「あんた、昨日の……。確かノラだっけ?」

「はい。昨日は本当にご迷惑をおかけしました」


 2人が並んで立つと少しノラの方が低いようだ。成君はじっとノラの頭を見ている。そして感心したように呟いた。


「あんた綺麗だな」


 全くもって同意だよ、成君。ここまで見事な白銀の艶は見たことがない。他の動物にも白い毛並みの子はたくさん居るけれど、輝きを放つ白は見たことがない。


 言われた方は驚きに目を見張ると、動揺も露にわたわたしだした。落ち着きなく視線がさ迷い、手も意味もなく空をさ迷っている。


 そしてひた、と成君の顔に蒼玉を向けると、ヒュッと息を呑んだ。髭がピンと張られ、途端に動きが止まった。


 ……うん?


 ノラの視線が成君の視線と絡んだまま数秒が過ぎる。先に視線を逸らしたのは成君だった。慌てることなく、この子にしてはスマートに視線を外して私を見た。


「ゆり姉もそう思わね?」

「え、あ、うん。そうだよね、ノラは凄く綺麗な毛並みをしてるよね」


 そう答えながらも先程感じた違和感の正体を探ろうとするけれど、その場からは何も感じなくなっていた。


 ……なんだったんだろう。


「珍しいよな、白銀てことは雪豹? しっぽ長いし」


 成君は興味津々とばかりにノラの背後を覗きこんだ。驚いたノラが逃げるように身を反らす。


「ちょっと、成君。女の子に失礼でしょ? あんまりジロジロ見ないの。それに雪豹はお腹の毛は白いけど、ちゃんと黒い豹紋があるから、完全な白じゃないよ」


 2人の間に身を滑り込ませると成君を睨んだ。


 ばつの悪そうな顔で頭をかくと、成君はくしゃりと笑顔を浮かべて謝罪する。


「そうだよな、悪かった。ところであんた、こんなところで何してんだ? もしかして仕事待ちか?」

「……仕事待ちって?」

「んぁ? あー、何て言うか、新規の仕事が貼り出されるのを待ってる状態のことを、仕事待ちって言うんだよ。それか、ご贔屓にしてくれる依頼主から声がかかるのを待ってたり。自分に合った仕事を待ってるんだよ」


 成君の説明に私はへぇ、と頷いた。そんな私達を蒼玉の瞳が困惑を映したまま見ている。


「で、ノラの基本の仕事はなんなの?」

「……護衛ですね、後は素材回収です」

「まあこの辺りだとそれがメインになるわな」

「はい。……あの、人も増えてきたので失礼します」


 そう言うとノラは申し訳なさそうに、それでも素早く立ち去って行った。少し戸惑って入り口の方を見ていると、成君が私の頬を軽く突いた。


「あんまり関わらない方がいいかもな」

「え? なんで」


 いや、はっきり言って関わらないって無理でしょ。だって、あんなに可愛いのに!


 正直に言おう。彼女は正しく私の理想なのだ。透き通る蒼玉の瞳も白銀の毛並みも。猫よりも気高く虎ほどの力強さもない、愛らしさの同居した絶妙なバランスは私の好みそのものだ。しかも喋る声は鈴の転がるような年若い女の子の声。そっちの趣味はないけれど、許されるのならノラを連れて帰って嫁にしたい。


 べ、別に結婚を諦めたわけじゃないからね?


 私がそんな事を力説すると、成君が顔をひきつらせたまま苦笑した。


「成君だって、綺麗だなって褒めてたじゃない」

「えー、だってそれは純粋に動物として褒めたんじゃん。嫁とかそんなこと考えられん」


 動物って……。それは獣人族に対して失礼にならないのか。しかも成君が身内以外で他人を褒めることはあまりない。その事にこの子自身気づいているのか、いないのか。


「それよりもどうしてあのお姉さんに関わっちゃ駄目なの?」


 茉莉花が不思議そうに尋ねた。


「それなぁ。関わるな、じゃなくて、関わってあげるなよ、てニュアンスなんだよ」

「意味わかんない」

「……それって、あれ? 『混じりモン』て言われてたのと関係ある?」


 初めてノラと会った日に、彼女がそう呼ばれていた。明らかに差別の意を含んだ物言いだった。


 私の質問に成君はへにょりと眉尻を下げた。


「それだよ、それ。はぁ、全くさぁ。イジメとか差別ってどこに行ってもあるんだな。嫌んなるわ」


 毒と言うか重みを含んだその言い方に、なんとなく乾いた笑いが洩れた。散々、こちらの世界でもあちらの元の世界でも差別を受けてきた私としては、今更感が半端ない。


 なんと言おうかと考えていると背後から声がかけられた。


「――獣人族は基本、本能的な生き物ですからね。どうしても異物には反応してしまうんでしょう」


 背後からそう声をかけてきたのは、受付カウンターの事務員さんだった。おはようございます、と挨拶をした後、私は首を傾げた。


「異物、ですか?」

「嫌な言い方だと思いますか?」


 そう笑って事務員さんは『混じりモン』について説明してくれた。


「少し獣人族について説明しましょうか。この大陸には兎人族、羊人族、鳥人族、魚人族、月瞳族、風牙族と存在しています。月瞳族は猫科の獣人、風牙族は犬科の獣人になります。この2種族だけは色々ありまして現在の総称はこれで決定しています。さて、混じりモンのことについての説明ですが」

「あ、ちょっと待ってください。おい、茉莉花、完全遮断の結界張れるか?」

「うん……はい、張ったよ」

「おう、サンキュー。続きをどうぞ」


 成君に促されて、職員さんは苦笑しながらも先を続けた。


「基本的に彼らは自分達の領域から出ることを好みません。そのせいかほとんどが同族の中から番を見付けます。番についてはご存知ですか?」


 あれかな、日本にいた頃通勤途中に読んでいた女性向け携帯小説に出てきたアレかな? いきなり連れ去られて監禁されて執着されたあげく、でろっでろに甘やかされておk……まくるやつかな?


 思ったことをそのまま口にするわけにもいかないので、ソフトに表現してみた。


「なんとなく、わかる気がします。あれですよね、貴方しか見えないの、みたいな、運命の相手?」


 なかなか表現が難しいです。私の苦心を読み取ったのだろう。職員さんが柔らかく笑った。


「そうですね、当たらずとも遠からず、と言ったところでしょうか。番に関しては我々人間にはわからないことだらけです。魂の在り方からして違うんでしょうね……。ああ、混じりモンの説明でしたね。彼らは同族の中から番を選びますが、時々、他種族から番を選ぶことがあります。その場合、例えば兎人族と羊人族が番うと、その子供は羊人か兎人の子供が産まれます。どちらかの特徴を持った子供が産まれるんです。ですが時に、本当に時々、両方の特徴を受け継いだ子供が産まれます。それが『混じりモン』と呼ばれる人達です」

「……それは例えば獣人と人間が子供を作っても同じなんですか?」

「良い質問ですね。実は獣人と他魔族ではほとんど他魔族の子供が、人間相手だとほとんど人間の子供が産まれるんです。おそらく寿命や魔力が関係しているのでは? と言われていますが、本当のところは誰もわかってはいません」


 なるほど。ちなみに獣人以外の魔族と人間が子供を作れば、それぞれの特性を引き継いだハーフが産まれるらしい。


「獣人族は『混じりモン』を嫌っているわけではないのです。ただ、彼らは五感の中でも匂いで個人を見極めているらしく、羊人なら羊人の匂いが、魚人なら魚人の匂いがするのですが、『混じりモン』と言われる彼らは違うそうです。一人の体から数種類の匂いがする、その事が獣人にすれば酷く気持ちの悪いことのようなのです」


 と言っても、皆が差別するわけではなく、ほとんどの獣人は『混じりモン』に対して寛容なのだそう。むしろ『可哀想な子供』と見る獣人の方が圧倒的に多い。


「それでも気の荒い奴らなんかは、自分が感じる違和感そのままにノラに当たり散らしますけどね。彼女もそれがわかっているからなるべく目立たないように気を付けてはいるようですが……」


 それで成君は関わってあげるなよ、と言ったわけか。確かに所々で見かけた彼女はどこか人目を避けるように端や角に居たように思う。


 あんなに可愛いのになあ。


 脳裏に白い雪豹を思い浮かべ、思わず顔面が崩れた。


「ところでナル君。さっきの護衛の話なんだけどね、そのノラはどうだろう?」


 茉莉花に顔面の崩れを指摘されている間にも、成君と職員さんの会話は続いていた。


「ん? ノラ、ですか」

「ああ、あの子なら強さはもちろん人格も保障できるよ。素直で優しい。それなのに、甘さはない。頭もいい。ここで細々と低ランク冒険者としてやっていくには、本当にもったいない素材なんだ」


 茉莉花が成君の袖口を軽く引いた。職員さんの話に耳を傾けていた成君が、眉を上げて茉莉花を見下ろした。


 ほんの少しだけ、不安を滲ませた顔で茉莉花が口を開いた。


「護衛って……。成君どっか行くの?」


 珍しく可愛い顔を見せた茉莉花に嬉しくなったのか、成君は楽しそうに笑った。


「いやいや、どこも行かねぇって。温泉に入りにいくんだろ? なら俺が付いていけない場所が増えるから、誰か女の護衛が要ればな、と思ったんだよ。まさか一緒に風呂に入るわけにはいかないからな」


 そこで止めればいいのに調子にのった成君は続けて「それとも一緒に入りたいか?」なんて聞くもんだから、途端に茉莉花に汚物を見るような目で見られている。


 自業自得である。


「適任者と言えばノラが最適だ、あの子は今日は依頼を受けていないから、話をしたいなら教会に行くといいよ」


 そう助言を受けて、成君は少しだけ考え込んだ後に了解の意を籠めてひとつ頷いた。


「ありがとうございます、バーンツさん。声をかけてみます」

「ああ、そうしてやってくれ。ギルド員同士の契約には職員は関与しないからよく話合ってくれ。まあナル君なら女性に対して非道な態度はとらないだろうからね。その辺は信頼しているよ」


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