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「おや、ナル君じゃないですか。お久し振りですね」
受付カウンターに居たのは男性職員だった。ギルドの受付と言えば美人なお姉さん、てイメージがあったけど、ここでは男の人が多いようだ。しかも結構歳が行っている人が多い。
……なんだか、とても落ち着きます。
成君が声をかけた人は40代後半くらいかな? 顔見知りらしく成君も気安い態度で言葉を返している。
「お久し振りです、しばらくこっちで活動するので挨拶に来ました」
にこやかに話し込んでいた職員さんが数回頷いた後、不意にこちらを覗き込んできた。
それに合わせて成君が紹介する。
「姉の百合奈に妹の茉莉花です。2人の冒険者登録をお願いできますか?」
思わず茉莉花と顔を見合わせて固まってしまった。
今、冒険者登録って言った? え、茉莉花と私の?
はてなマークが飛び交う私達を後目に、成君は話を進めていく。職員から用紙を貰ってさらさらと記入する背中に、慌てて声をかけた。
「ちょっと待って、ちゃんと説明して? どうして私達が冒険者登録をしないといけないの」
私だけでなく、茉莉花が不信感丸出しの顔で睨んでいるのに気付いて、成君はペンを置いた。
少し困ったようにこめかみを掻いている。
「これもさ、ボスの指示なんだよ。茉莉花とゆり姉を冒険者ギルドにも登録させておくように、て」
「司君の?」
「そ、俺達って渡界人だから戸籍が無いだろ? 今まではあの国で土地を借りて家を建ててたから、一応はあの国の保護下にあったんだと。けどさ、ゆり姉はあの店を手放したじゃん? そのせいで今のゆり姉と茉莉花の身元を証明してくれるものが、商業ギルドしか無いんだよ」
その商業ギルドでは少々心許ないそうだ。その点冒険者ギルドは商業ギルドよりは独立した組織なので、庇護下にあれば国からの理不尽さから多少は守ってくれる。
「この世界の冒険者ギルドって、ある意味大国に匹敵する巨大組織だからさ。ゆり姉は今不安定な身分だから、どの国にも所属しないように予防線は張っておいた方がいいってよ」
「……それって、今の私は根なし草ってことだよね? それはやっぱり、ヤバいの?」
成君がうーんと唸りながら天を仰いだ。何やら渋い顔で考え込んでいたけれど、何かを思い付いたと顔を輝かせて口を開いた。
「例えるなら、ゆり姉は空き地に落ちてる石ころみたいなもんでさ。ほとんどの人が気付いても拾おうとは思わないだろ? けど、わかる人にはわかるんだよ、その石ころの価値が。ただのその石ころを拾えば、勝手に金銀財宝やその他もろもろが付いてくるってことがさ」
多少その例えに物申したいこともあったけど、比較的素直に心には響いた。
「けど、その石ころに名前が書いてあれば話はまた違うだろ? 所有者として拾得者に返還を要求できる。まあ、本来ならそんな面倒なことをしなくても、ゆり姉が望むなら俺達は国のひとつやふたつ、滅ぼしても構わないけどさ、ゆり姉は嫌だろ?」
私は振り子の虎の様にこくこくと頭を縦に振った。
当たり前だ、いくら我が身が可愛いとはいえ、国を丸々滅ぼされたら寝覚めが悪すぎる。罪悪感でこっちが死にたくなるだろう。
「だからさ、とりあえずそれなりの組織か国には属しててほしいんだって」
それだけ説明すると成君は記入を再び始めた。
それにしても、私が冒険者か。戦えないのになれるんだろうか?
興味津々で後ろから覗いていると、ちょうど茉莉花の用紙を記入していた。能力の欄があって、そこは魔術師になっていた。保証人の欄に成君は自分の名前を書いている。
次に私の用紙だ。
「自分で書くから、ペン貸して」
名前と所在地、戸籍のある国に保証人の欄など、書く場所はけっこうあった。成君の説明を受けながら記入していく。
その間にギルド職員は茉莉花のギルドカードの登録を行っていた。
「私の能力は何て書けばいい?」
「ああ、そこは獣使いにしといて」
――獣使い? 間を置いて私は足元を見た。そこには大人しく寝転がるバルスがいた。のんきにあくびをしたのを見て成君に視線を向けると、同じ様にバルスを見ていた成君と目が合った。
「――うん、まあ、なんとかなるっしょ」
ゆり姉が戦うことはないし。
成君はそう言って記入された用紙を職員に渡した。職員の男性の指先が用紙に触れたその瞬間。
「スカしたこと言ってんじゃねえぞ、『混じりモン』のくせしてよぉ!」
そんな抑えた怒声が聞こえてきた。そしてドンッと右肩に何かが当たった。
僅かによろけた私の肩を支えて、成君が声をあげた。
「おい、何をしてる? 喧嘩ならよそでやれよ」
そちらを振り返ろうとしたら柔らかい声が鼓膜を叩いた。
「すみません、大丈夫ですか?」
どうやら若い女の子とぶつかったらしい。冒険者の中に女の子を突き飛ばした奴が居るのか。内心は眉をしかめながらも安心されるように笑顔を作った。
そして、声の主を見て、驚きに目を見張った。
萎れた髭と申し訳なさそうな蒼玉の瞳が、その容姿を裏切って妙に愛嬌があった。白銀の毛皮はまるで新雪のごとき滑らかさで、僅かな陽光を浴びて目が痛いほどに白い。
……ま、眩しい。
人間てやっぱりちょっと注意されたくらいじゃ、クセって抜けないよね。
さっきよりもマジマジと白銀の豹頭を眺めてしまった。
私があんまりにも見詰めるせいだろう。萎れていた髭が更に力を無くして垂れ下がってしまった。
あ、やだ。可愛い。
「おい、あんたら謝れよ。うちの連れに当たったんだけど。無視すんなよ」
成君が珍しく苛立ったように声を荒げた。
「は? ガキがいきがるんじゃねえぞ? ぶつかったのはそこの『混じりモン』だろうが。俺達は関係ない。おら、行くぞ!」
私からはその男達の姿は確認できなかった。すぐ側に豹人が居たのと成君に肩を押さえられていたからだ。
どたばたと立ち去る足音が聞こえた。
成君もそれ以上言う気はないようで、無表情で立ち去る男達を見ていた。
「……ご迷惑をおかけしました」
静かになった室内でそう言って彼女は頭を下げた。
「貴女は悪くないじゃない(もふもふ……)。気にしないで(ああ、モフりたい)。私は星宮百合奈と言うの。貴女の名前を聞いてもいい?(モフりたい……)」
目を合わせては駄目だと言われたから、視線をさ迷わせてから耳に当てた。丸い耳がピコピコ震える様子が非常に可愛い。
いけない、鼻息が……。
「……私の名前はノラです。その、あの……、私、どこか変でしょうか?」
あまりにジロジロ見るから不審に思われたようだ。にっこり笑うと謝罪を口にした。
「ああ、ごめんね? 初めて間近に獣人を見たからついつい見入っちゃって」
「いえ、……初めてなんですか。それなら仕方がない――のかな? 怖くはないですか?」
「いいえ、全く(むしろ可愛い)」
少しだけやり取りをしていると、成君に軽く肩を叩かれた。どうやら話し込んでいる間にギルド登録が完了し、ギルドカードが発行されたみたいだ。
男性職員が茉莉花に説明しているのを聞いて、慌てて私も向き直った。そんな私の後ろをノラが歩いて出ていこうとするので、笑顔で手を振る。
ノラも遠慮がちに手を振り返してギルドを出ていった。白い尻尾がゆらゆら揺れていて可愛かった。
ギルドカードを貰った私達は今度こそ観光に繰り出した。まずは乗り合い馬車に乗り中央に向かう。
中央には広場があり噴水があった。この広場の先から坂道が続き城に近くなればなるほど役人や軍人など、中枢の職に就く獣人達の居住区域になり、警戒が厳しくなる。
お城を近くで見てみたかったけど、坂道を上がる体力がなかった。一応小型の馬車が往復しているけど30分に1本とか、時間的にも余裕がないので今回は諦めた。
噴水の周りには様々な種類の、たくさんの獣人達が居た。
「ここはさ、龍王の魔力が満ちた場所らしいぜ。獣人族なら誰でもその魔力を感じ取れるんだと。龍王信仰のいわば聖地みたいなもんかな?」
噴水の噴き出し部分に龍の彫刻が彫られている。
……あれ、龍王って、東洋型なんだね。こっちで目にする飛竜とか竜種は西洋型が多いから、そっちだとばかり思ってた。
噴水の彫刻は昇り龍だった。
人混みをかき分けながら進むとその彫刻の真ん前まで来た。たくさんの獣人がその彫刻の前で跪き、祈りを捧げている。
「あっちにカフェテリアがあるから、そっち行こうぜ」
しばらく噴水を眺めた後、成君に促されて歩き出した。けれどすぐに止まる。いつも横にピタリと付いているはずのバルスが歩き出さなかったのだ。
「バルス? 行くよ」
じっと視線をどこかに当てたまま動かない。不思議に思ってそちらを見ると、そこには全身真っ白な衣装に身を包んだ妙齢の女性がいた。
相手の女性もまた、バルスを見たまま凍り付いている。彼女の周囲の人間がざわめき出した頃、バルスがフイと視線を逸らした。
そのまま私を見上げるので頭を一撫でして成君の元へと向かった。
宿屋に帰ったのはギリギリ晩御飯に間に合う時間だった。夜食用に買ったパンや果汁ジュースを部屋に置くと食堂に下りた。
「こんばんは! 本日のメニューは鹿肉のローストに野菜ごろごろシチューになります。お部屋に持ってあがりますか?」
元気な声でそう声をかけてきたのは、茉莉花と同じ歳くらいの女の子だった。
母親と同じようにエプロンと三角巾をして、テーブルの間を縫うようにしてくるくる動く様は大変愛らしい。
「よ、ひさしぶりだな、ミミル。晩飯を3人前と果汁酒を頼む。」
「あ、私の分の果汁酒もお願いね?」
適当なテーブルにつき、羊人族の女の子に注文をする。
バルスの分は騎獣用の餌を用意してもらっている。きっと、私達のご飯と一緒に持ってきてくれるはずだ。
店内を見渡せばけっこうなお客で賑わっていた。ほとんどが獣人で、特色をどこかに見せていて眺めているだけでも楽しい。
姿形は人間なのに、ケモ耳があったりしっぽがあったり。完全に獣型をとる人は一人もいなかった。
ふと、食堂の隅に記憶に新しい姿を見付けた。必死に気配を殺していたのだろう。美しい豹頭に気付けなかった。
成君が気付いているのか気になって見てみると、成君も彼女の方を見ていた。私が無言で「声をかけてもいい?」と雰囲気で尋ねると首を横に振られた。
仕方なくその場は遠目から眺めるだけに止めておいた。




