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星宮家と異世界的日常  作者: 兎花
第4章  星宮家と獣人の国
33/49


 船での旅はけして快適とは言えなかったけれど、茉莉花特製の酔い止め薬に成君の魔法でなんとか順調に乗りきることができた。


 ノルブレストは三日月を太くしたような形の大陸で、その大陸がまるまる獣人の国だ。

 ノルブレストの玄関口であり首都でもあるノーブルは三日月の下側に位置している。船の上から見た首都ノーブルは、港がある海岸線から高い崖の上に向かってあり、何重もの白亜の城郭に守られていた。そして崖の先端に城郭をも越える高さで白くて大きなドーム型のお城が見えた。


「凄い……」


 その偉容にそれ以上の言葉がでなかった。私がぼんやりと眺めていると、成君がいろいろ説明してくれた。


「俺、中にも入ったことあるぜ」

「え、中って、お城の中ってこと?」

「おう。街の中も城内も真っ白だった。不思議だよな、初代龍王がこの街を造ってから、ずっとこの白さらしい。汚れても汚しても、また故意に壊したり傷付けても必ず自動修復されるんだって。便利だよなぁ。今度家建てる時は真兄にそんな機能付けてもらったら」

「おー、それいいね。真君に出来るかな?」

「出来んじゃねぇ? ゆり姉が可愛くおねだりしたら張り切るって」

「うーん、おねだりかぁ。……なぁる君? お姉ちゃん自動修復の家が欲しいなー。ねぇ、買ってくれる?」

「ははは、気持ち悪ぃ! ゆり姉似合わねぇな! ――て、おぉい、落とそうとするなよ!?」


 ……チッ、落ちなかったか。


「そういう時は大人しく落ちるもんよ」

「無茶言うなって。……それよりゆり姉はノルブレストについてどれだけの事を知ってる?」


 急に真面目な表情で問われて私は即答した。


「何も知らないわよ。獣人の国、ということだけは知ってるけど、ほんとそれくらいよ、私の知識は」


 伊達に3年間も引きこもっていたわけではない。

 この世界にも本はあるけれど、印刷技術はそこまで発達はしていないので文字だけの本が多く、しかも高額だ。


 宿屋のお客様と他国の話をすることはあったけれど、基本的に立ち話程度だし、それにあの国(特に王都)は魔族への敵対心や嫌悪感が凄かったので獣人の話は滅多にでなかった。

 だからこそ、ピーターは宿屋の中でしか兎の姿を取らなかったのだ。もしくは事情を知るご近所さんくらいしか、ピーターの兎姿は知らない。


「そうか。それじゃ俺の知っている範囲で説明するわ。まず第一にこのノルブレストには王はいない」

「え、居ないの?」

「居るけど代理の王なんだ。元々獣人族の王は初代龍王だ。だが彼ははるか昔に一族を率いて北の大陸に渡ったまま、長くその姿を見せていない。龍王が居ない間は武代王と司代王とが獣人達を纏めているんだ。まあ、いわゆる摂政が2人居て、軍部と政事にわけて担当してるんだって」


 成君の話を聞きながら、白い城郭を眺めた。海も空も青く、そのふたつの青を割くように白い都がある。


「そう言えば、後一週間くらいで武闘大会があるぜ。武代王は5年に1度、この武闘大会の優勝者が務めるんだってさ。ゆり姉も見る? 見たいんなら観戦券買っとくけど」

「ゆり姉も、てことは成君は観るのよね? 茉莉花はどうするの」

「ゆり姉が行くんなら茉莉花も来るだろ。2人分、追加しとくわ」


 それから獣人族の習性についても話を聞いた。くどいくらいに念を押して言われたのが、獣人の尻尾にけして触らないこと。またあまり目を合わせて喋らないこと、だ。


 この2つは同性にやれば喧嘩を売る行為で、異性だと下手したら求愛にとられるらしい。


 他にも色々言われたけれど、ほとんどが右から左へと流れていった。間近に迫った港の様子に視線も意識も奪われていたからだ。


「――あれがノルブレスト唯一の港町にして、首都でもあるノーブルだぜ。圧巻だろ?」


 なぜ成君がドヤ顔なのかはわからないけれど、それを突っ込む余裕が私にはなかった。


 海岸線を埋め尽くすたくさんの船の向こうに、帆船の帆よりも白い建物が崖に突き立てた杭のように段々に並んでいる。


 なによりも白が眩しい。青い空と太陽が嫌になるほどマッチしていてまるで映画のワンシーンだ。


 その美しさに時間を忘れて見惚れていたら、茉莉花がバルスを連れてやって来た。

 どうやら無事に接岸出来たらしく、降船準備をして私達を呼びに来たらしい。

 どうりで街が近くなってるわけだ。見惚れ過ぎて距離感すら掴めていなかったみたい。


 先頭に成君を立てて、私たちはノルブレストに始めの1歩を踏み出した。




 港町を見ていて思ったのは、獣人らしい獣人の姿があまり見えないなという、何とも言えない失望感だった。


「――まぁ、獣人と言っても、その場その場で姿を変えるからなぁ。町中なんかだと人型の方が便利だからさ、獣型はとらないらしいぜ」

「えー、そうなの?」

「うん。特に港は潮が気持ち悪いって聞いたぜ。毛繕いが大変なんじゃね?」


 海に落ちたら気持ち悪いだろうし。成君はそう言って肩を竦めた。


「今から行く宿屋は羊人族の家族がやってるんだけど、茉莉花くらいの女の子がいるんだ。友達になれるかもな」




 船を降りて成君の先導で街の中心へと向かう。進めば進むほど、成君が言った通りに獣人らしい姿を見かけるようになった。

 二足歩行している大きな猫に犬、中には四足歩行の者もいて、獣人なのか動物なのかわからなかったくらいだ。


「……おもしろーい、犬が犬の散歩してる」


 茉莉花がポツンと呟いた台詞にその視線を追ってみた。二足歩行の私よりも大きな猟犬が、白い小型犬のリードを握っている。


 その向こうでは虎が悠然と通りを闊歩し、すれ違い様に兎耳の女性と挨拶を交わしている。


 ……常識がさらにひっくり返る光景だ。異世界に来て、魔法や冒険者などを見てだいぶ慣れたと思っていたけれど、さらなるカルチャーショックに目眩を覚えた。


 とりあえず、宿屋に着くまで周りは気にしないようにしよう。ひたすら成君の背中を追いかけておそらく30分くらいかな? その宿屋は通りからは外れていたけれどその分静かな立地にあり、小さな佇まいが可愛らしい庶民的な建物だった。

 

 宿屋の看板は横を向いた羊の形にくり貫いた板に、『ラテルの寝床』と書かれていた。


「ラテルって何?」

「んぁ? ああ、魔獣だよ。見た目が羊に似てるんだ。ゼファルとかミュエルとかも見た目は犬と猫だろ? あんな感じ。小型だから騎獣向きではないがペットとして人気らしいぜ」


 その姿は確かに羊によく似ていた。宿屋に1歩入ると「にゅも~」と鳴きながらすり寄ってきた。


「わぁ、可愛い!」


 羊のようにモコモコの毛は淡い黄色だった。大きさは茉莉花の膝くらいあり、猫より少し大きいくらいだ。

「いらっしゃいませ~。あら、ナルさん。お久し振りですね。お泊まりですか?」


 カウンター奥で、何やら作業していた女性がこちらを振り向いて柔らかな笑顔を浮かべた。年の頃は20歳くらいだろうか。かなりの美人さんだ。柔らかな白髪を三角巾で隠し、薄紅色の瞳はどこかぼんやりとして見えた。


 美人に潤んだ瞳はズルいと思う。


「こんにちは、お久し振りっす。長期滞在になるんだけど、部屋空いてます?」

「ええ、大丈夫、空いてますよ。……ええとそちらのお2人と同じお部屋でいいのかしら?」

「こっちの2人は同じ部屋で、俺はいつもの大部屋で」


 段取りよく部屋の手配を進める成君の服の袖を軽く引っ張った。不思議そうに振り返った視線を受けて私はひとつ提案する。


「ねぇ、成君。別に同じ部屋でもいいんじゃない? わざわざ2部屋とらなくても」


 成君は苦笑した後、私の背後を指差した。


「俺もあんまり気にしないんだけどさ。年頃? の茉莉花が嫌がるんだよ」


 振り返れば確かに嫌そうな顔の茉莉花が居た。

 なるほどね、最近では茉莉花も複雑な思春期に足をかけているようで、なぜか成君と真君に対する風当たりが強い。


 真君は、まあ……わかる。けれど成君に対してはそこまで拒絶反応を示さないけれど、昔のように頭を撫でられたり抱っこされるのを拒否するようになっていた。


 司君や光君にはそんな態度とらないんだけどね。



 宿泊期間は一応10日で予約した。それぞれ部屋に上がって荷物を置いた後、早速観光へと繰り出す。


 とりあえず成君は冒険者ギルドへ行かないといけないらしく、私達も同行することにした。


 ノルブレストの冒険者ギルドはこのノーブルに一軒しかなく、依頼自体があまり無い状態なのだそうだ。元々人間に比べてはるかに身体能力の高い獣人達は、自分達で問題解決してしまうため冒険者を頼ることがない。


 それでもノルブレストは素材や資源に恵まれているため、他所からの依頼で冒険者が入ることが多い。そのためにノーブルの冒険者ギルドは置かれて居るらしい。


『ラテルの寝床』から徒歩20分くらい歩いた頃、その建物は見えてきた。


 周りの建物に比べて少し黄色がかかっているのは、建てられた年代が違うから、らしい。

 龍王が築き上げたこの街を、獣人達はあまり手を入れることを好まない。それでも長い年月で少しずつ人口が増えていき、家屋が足りなくなってくるとなるべく景観を損なわないように白に近い建材で家を建てたり増築したりしてきたそうだ。



 開け放たれた入り口を通り、茉莉花と手を繋いで成君の後に続く。


「こんにちわー」


 成君の間延びした挨拶に、室内にたむろしていた冒険者数人がこちらを見たが、すぐに興味を失ったように視線を外していく。


「こっちではそんなに有名じゃないんだね」


 深い意味はなく、そう呟くと成君が振り返って苦笑した。


「あのな、俺達の事を知らない人間の方が多いんだって。ギルド長とか国の要人とかなら知ってる人間も多いだろうけどさ」


 ……国の要人は知ってる人も多いのね。


 何て返すか戸惑っていると、茉莉花が小さな声で何かを呟くのが聞こえた。気になって茉莉花を見てみると、茉莉花は何かを一心に見詰めていた。彼女の視線の先を辿り、私もまたその存在に視線をとられてしまった。


 ギルドの受付カウンター横にある掲示板の前に、白銀の毛皮の豹の獣人が立っていた。


 二足歩行の豹は目を閉じて大人しく立っているけれど、その尻尾はたしーん、たしーんと背後の壁を叩いていた。


 ……あれって、猫のイライラしている時の仕草じゃない?


 身にまとっている衣服はとてもラフな物で、半袖のシャツに緩めのズボン、胴の部分にだけ革の胸当てを当てていた。


 そして腰には細剣が下がっている。


 じっと見ていると、成君に頭を小突かれた。


「ゆり姉、俺の言ったこともう忘れたのかよ」

「あ……」

「茉莉花もだぞ。気を付けろって」


 それだけ注意して成君は受付の職員と話し始めた。


 

 


 


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