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星宮家と異世界的日常  作者: 兎花
第4章  星宮家と獣人の国
32/49


 国境からノルブレスト行きの船がある港町まで、徒歩で行けばだいたい1週間の道のりだと言われた。それが近いのか遠いのか、よくわからない。


 パーチェ側の兵士の皆さんは私達を笑顔で迎えてくれた。歓迎を受けながらも成君は慣れているのか通り過ぎていく。


「なるべく早く向こうに着きたいんだよな。さすがにノルブレストに入れば、人間は手出し出来なくなるからさ」


 ポツリと成君が呟いたのがやけに印象に残った。



 港町まで騎獣を使うことになった。町の中に騎獣をレンタルしてくれるお店があるらしくそちらに向かう。その途中でふとこんなことを口にした。


「バルスももう少し大きければ茉莉花くらい乗せられるのにね」


 実際は今の大きさでも茉莉花くらいなら乗れるけど、騎獣にはならない。バルスの頭を撫でながら見下ろすと、黄金色の瞳が私を見上げていた。


 最近さらに意思の強さを感じるようになったバルスの目は、私に何かを問いかけているようにも見えた。


 ……そろそろ、見て見ぬふりも限界かな……。そうは思うけど、いきなり本気で愛犬に話しかけるというのも恥ずかしい。が、話が進まないので意を決してバルスに話しかけた。


「バルス、大きくなれる? 港町まで私達を乗せていってほしいなー、なんて!」


 後半は驚きで目を見張る成君と茉莉花に向けた言葉だ。いや、君らだってバルスにチートがあるの知ってるっしょ?! ちょっともしかしたら、なんて思っただけじゃん、私だって本気で――。


 わふ。


 ――ん? 突然響いた低い犬の鳴き声に成君を見た。すると成君が慌てて手のひらを顔の前で振る。俺じゃないよ、という意思表示だろう。

 だとしたら茉莉花? いや、それにしては低すぎた。


 誰よ、犬の鳴き真似なんてしたの。


 そんな事を考えていたら体に影が差した。晴れているのになんだろう、と思って振り返り――固まった。


 まさか、本当に大きくなるとは思いもしませんでした。多分聞いていた誰もが冗談だと思うよね? ね?


 見上げた視線の先に、大きくなったバルスが居た。おそらく馬くらいの大きさはあると思う。しかもサラブレッドというより道産子くらいの大きさだ。


 ……デカッ! 


 さて、ここで質問です。もしも貴方の愛犬もしくは愛猫、愛うさ、愛鳥、愛ハム……なんでもいいですが、それがもし大きくなったら貴方はどうしますか?


 私は間違いなくこうします。いえ、しました。


 モフりたおしましたとも!


 成君の冷めた視線も何のその! 茉莉花と共にバルスに抱き付いて顔をグリグリしたり、背中に乗ってうねうねしたり、大きなお耳を捕まえて頬擦りしたりはむはむしたり。

 外見的には間違いなく秋田犬なのに、その大きさは道産子だ。これが愛でずに居られようか。


 それからしばらくの間、往来の真ん中で私は巨大バルスをモフり続けたのだった。



 そして今。私は必死でバルスの首に着けた手綱(命綱ともいう)にしがみついていた。


 あれから成君にけっこう本気で嫌な顔をされて傷付いた私は、ちょっとだけ反省をした。せめて、往来ではなく人目のないところでやるべきだったね。私がそう言うと成君は呆れた顔で「そういう問題じゃないし」と溜め息を吐かれた。


 地味に成君に溜め息を吐かれたのが腹が立ったので、次回からは本当に気を付けようと思う。


 ちなみに茉莉花はほどほどにモフりを堪能した後、しきりにバルスの口許を見て「もう1回吠えないかなぁ」と期待に顔を輝かせていた。


 あれから大きくなったバルスはかなり目立つので、旅の準備(野営準備ね)もそこそこに町を出たのだ。 

 成君の予定では野営をしながら向かうつもだったらしい。けれど基本的にお荷物な私が操らなくてもいい騎獣に乗れたので(バルスのことね)、一気に旅程を短縮することにしたそうだ。


「でも、バルスがそんなに走れるの? 普通の犬の姿の時ですら、走った姿見たことないけと。無理すぎない?」


 なんてことをバルスに乗る前は言っていたけど。あの時の自分の口を塞いでやりたい。


 成君が《創造:錬金》で作った手綱と鞍を着けてバルスに跨がる。成君と茉莉花は相乗りで借りてきた騎獣に跨がっていた。


 のんきに空を見上げていた私はバルスが走り出した瞬間に――転げ落ちた。


「ぐぅッ!」


 地面に叩きつけられる衝撃を覚悟して身を堅くしたけれど、意外に柔らかな感触が受け止めた。耳元から響いた呻き声に、すぐに理解する。


「だ、大丈夫?! 成君! ごめんね、本当にごめん」


 後ろを見ればやはり成君が居て私の下敷きになっていた。

 私が振り落とされたのを見て、咄嗟に下敷きになってくれたのだろう。若い子は反応が速いね……じゃなくて、慌てて成君の上から降りた。


「いってぇ……。ゆり姉、怪我してない?」

「うん、成君のお陰で痛みひとつもないよ」

「そっか、ならよかった。予想以上に重たくてちょっと受け身とり損ねたわ」


 ……照れたように笑う成君に悪気はない、全くないのだ。むしろ今は恩人なのだからそれくらいは笑って流せとみんな思うだろう。

 しかし、しかしだ。

 わかっていても、この怒りは抑えられるものではないのだ。


 軽く成君の頭を『撫でるように』はたいたけれど、なぜか成君は頭を押さえて蹲った。


「いってぇ!! なんで叩くんだよ、せっかく助けたのに!」

「これで痛いとか馬鹿言わないでくれる? ハンヌゥードゥルの一撃にも耐えた、とか自慢してたくせに」

「ゆり姉の一撃はハンヌゥードゥルをも越えた!」

「おだまり、馬鹿!」


「ねぇ、バルスになら3人で乗れるよ? 早く行こうよ」


 茉莉花の冷静な一言に私と成君はすぐさま口を閉じた。



 バルスの背に私、その後ろに茉莉花、成君の順番で跨がると、成君は風魔法の結界を周囲に張った。それでもバルスのスピードは凄くて、もしかしてこれは違う生き物なんじゃないだろうかと不安になるほどだった。


 私が手綱を持っているので茉莉花は成君が支えていた。さすがはSSランクの冒険者、猛スピードのバルスの上でも余裕の表情だ。


「すっげぇな、バルス! この調子だと夜には港町に着くぜ、ゆり姉!」


 成君の言葉通り、夜の通りが賑わうくらいの時間に港町に着いた。

 私は全身ガチガチである。途中で何度か茉莉花に治癒魔法をかけてもらっても、この有り様だ。


 宿屋でなんとか2部屋とれると、私はベットの上に転がった。町に入る前に元の大きさに戻ったバルスは、いつも通りに体を横倒しにして目を閉じていた。そのお腹を撫でながら茉莉花を見た。


「茉莉花は大丈夫? 体、辛くない?」

「うん、身体強化して乗ってたから平気だよ」


 ……へぇ、いいな。魔力量が多いと、そんな事もできるのね。


 確か荷物を置いたらすぐに晩御飯を食べに行くと成君は言っていた。そのついでにギルドにも寄る、みたいなことも言ってたな。


 横になっているだけで睡魔の誘惑が凄い。私はとにかく眠気覚ましに起き上がろうとしたけれど、茉莉花に止められた。


「ゆりなお姉ちゃん、疲れてるでしょ? 顔色が悪いから横になってていいよ、私と成君でなんか晩御飯買ってくるから。バルスも待っててね」


 そう言って茉莉花は迎えに来た成君と出ていってしまった。


 静かになった室内でバルスのお腹を撫でながら1日を振り返る。


 朝からバタバタと忙しかったけれど、一番の衝撃はやはりバルスだろう。あまりのショックにせっかくの初異世界旅行1日目がバルスで埋め尽くされてしまった。


 体を少しだけ起こしてベッドの淵から顔を出し愛犬を見下ろした。だらーんと力の抜けた体を横たえて瞼を閉じている。時々鼻が大きく動く以外あまり動かない。


「お前は一体……何なのかね」


 私の溢した声にバルスの耳が1度だけ震えた。


 しばらくそうしてバルスの呼吸と体温を手のひらで感じていると、なんだか全てがどうでもよくなってきた。

 弟妹達にしてもそうだけど、その力は異様で強力だ。おそらくあの子達がなにか事を起こせば、この世界は簡単に混乱の渦中に堕ちてしまう。


 だけどその力は私には向けられないものだと、私は知っている。きっとそれはバルスも同じはずだ。

 その事実を私はどんな明確な事実よりも簡単に信じきる事ができた。それは凄く幸せなことだと、そう思う。


 バルスの呼吸が深くなったのを手のひら越しに感じた。その温もりに導かれるように私の瞼も上がらなくなっていく。


 ……それにしても、どうして私達はこの世界に来たんだろうね。


 心地好い睡魔の波に飲まれる際に、もう何度目になるかわからないそんな疑問が浮かんで静かに消えていった。




 目覚めたら朝だった。しかもしっかりと朝日が登りきった朝だった。


 隣のベッドを見てみると茉莉花の姿はなかった。起き上がってベッドを触ってみると掛布団の下はもう冷たくなっていた。


 簡単に身支度を整えて私は成君の部屋へと向かった。そのあとをバルスが着いてくる。


 靴の下で床板が微かに軋んだ音を立てた。灯りのない薄暗い廊下に出ると、ちょうど成君と茉莉花が階段を上がってくるのが見えた。その手には朝食らしき物がのったお盆がある。


「お、ゆり姉起きたか。俺ら朝ごはん済ましてきたからさ、ゆり姉は部屋で食べろよ。お風呂も入りたいだろ? 後でお湯貰ってくるからさ、部屋に戻って」


 成君と茉莉花は昨夜のうちにお風呂は済ませたようだ。


 買い物から帰って私を起こそうとしたけれど、熟睡していて起きなかったらしい。バルスはきちんと起きてご飯を食べたと聞いてほっとする。


 朝食は簡単なものだった。雑穀パンにオニオンスープ、卵とハムだ。バルスにはパンに何かのお肉を挟んだものを茉莉花があげていた。


「今日の予定はどうなってるの? 1日くらいゆっくり出来るのかな?」

「あー、悪いけど、この後昼前に出る船の切符を買ったんだ。観光してる暇はないかも」

「あ……そうなんだね。そっか、うん、そうだよね」


 少しだけ戸惑った思いがもろに態度に出てしまった。心配顔で茉莉花が見上げてくるのがかわいくて、よしよしと頭を撫でる。


「悪ぃな、ゆり姉。観光はノルブレストに着いてからにしてくれ」


 成君も気遣うように見てくるけれど、私はそっと視線を逸らした。


 昼前か……。食べなければ少しは持つかな。


 実は船酔いが酷い私は面に出さないだけでかなり憂鬱だったりする。


 茉莉花に酔い止めの薬でも作ってもらうかな。


 私は素直に茉莉花に相談して、すぐに酔い止めの飲み薬を作ってもらった。そうして昼前には船に乗り、船上で数日過ごしてノルブレストへと入ったのである。




 



※捕捉※


 騎獣は大きくなるものもいるので、町民が大きくなったバルスに驚きはしても怖がることはありません。


 ハンヌゥードゥルは南の群島に生息している大型の猫型ロボ……じゃなかった、猫型魔獣です。どらみ……じゃなくて、虎みたいなものだと思ってください。


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