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星宮家と異世界的日常  作者: 兎花
第4章  星宮家と獣人の国
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 目が覚めてまずはシャワーを浴びに行く。途中ですれ違ったシシィに厨房の様子を聞いてみた。


「お客様の朝食の準備は済みました。今日は早朝から出られる方も居るそうなので、食堂を開けています」

「そっか、ありがとう」


 早朝にも関わらず元気なシシィを見て、初めて会った半年以上前を思い出す。あの頃に比べれば本当に明るくなったし、年相応に輝いて見えた。なによりも体つきが変わった。変な話、今なら性奴隷と言われても納得してしまう。それほどシシィからは女らしさが香り出ている。


「そう言えばシシィはどうするの?」


 私の質問にシシィは首を傾げた。薄桃色の髪がふんわりと肩から流れ落ちる。


「どう、とは?」

「ん、ここを引き払った後、シシィはどうするのか、成君と話し合った?」

「いえ……。あの、ユリナ様は私が着いて行ってもいいのですか?」

「うん、もちろん」


 私は即答した。だって、この8ヵ月近くずっと一緒に居たのだ。それこそ成君や司君達よりも側に居たのに、置いていく選択肢は私にはない。

 むしろシシィが嫌なんじゃないかと気になっているくらいだ。


 素直に本心を話すと、シシィは少し驚いたあと、泣きそうな顔で斜め下へと視線を流した。


「……少し上司と話してみます」


 そう言ってシシィは階下へと消えていった。その背中を見送るまでもなく風呂場へと入り、ふと考える。


 ……上司って、成君のことよね?


 なんか違和感のある言葉だけど、間違ってはいないのだ。奴隷ではないシシィが成君をどう呼ぶか、御主人様はおかしいし、旦那様もおかしい。じゃあどんな関係かと問われれば上司と答えるのが一番妥当だとは思う。


 けど、なんかしっくり来ないなぁ。


 シャワーを浴びているうちにそんな事も忘れ、体を拭いて風魔法でゆっくりと髪を乾かす。


 部屋に戻り身支度を整えると、リビングに向かった。そして中に入ってびっくり、弟妹達が勢揃いしていたのだ。


「え、なに、どうしてみんな揃ってるの? あ、おはよう。何かあった?」


 しかも見れば茉莉花は大きめの鞄を持っていた。成君もいつもの革の袋を椅子の脇に置いている。


 え、まさか。


「おはよう、百合奈さん。とりあえず座って?」


 朝からにこやかな司君が椅子を引いてくれた。それにお礼を言って席につく。


「朝御飯の用意をしたいんだけど」

「今日はもう、アリス達が用意してくれてるよ」


 言ってる側からアリスが配膳してくれる。私は困惑して司君を見上げた。


「どうしたの? 何かあった?」


 それに答えてくれたのは真君だった。私の右隣に居て、大きなあくびをした後に涙目で笑った。


「百合奈さんは心配性だなー。大丈夫、何もかも予定通りだって。なー、司兄?」

「ああ、そうだな。――百合奈さん、朝御飯を食べたら送るからノルブレストに行ってほしいんだ」

「……は? 今日?!」


 いきなりの提案に眉根が寄ってしまったのは仕方がないと思う。まだ予定では20日ほど猶予があったはずだ。


「うん、百合奈さんには1ヵ月後と言ってたけどね、本当は百合奈さんの準備が整ったらすぐに向かってもらうつもりだったんだ。ごめんね」


 夕べから何度目になるかわからない謝罪の言葉に、もう怒る気力もない。何を言うか迷った後、諦めの溜め息をひとつ吐いて肩を竦めた。


「仕方ないよね。そうした方がいいって、司君が判断したんでしょ? だったらそれに従います」


 私の言葉にホッとしたように司君は微笑んだ。


「ありがとう。それじゃ朝御飯を食べたらすぐに出発しよう。途中まで――ノルブレスト行きの船が、隣国のパーチェから出てるから国境まで送るよ」


 本当はノルブレストまで送ってもよかったんだけどね、と司君が笑う。


「それじゃ旅の意味がないよ」


 そう茉莉花がつまらなそうに言うと、同行者の成君は少しだけめんどくさそうな顔をした。多分、成君は短縮できる旅程なら短縮したいのだろう。


「茉莉花がこう言うからさ。とりあえずこの国を出られれば安心だから。何かあっても成がいるから安心して」


 朝食は卵雑炊と煮物が出た。私が大好きな朝食だ。はふはふ言いながら食べ終わると、1度自分の部屋に戻った。

 クローゼットの中から鞄を取り出すと中身を確認する。


 そういえば、旅行なんて初めてかもしれない。せいぜい学校行事で行くくらいだった。


 まぁ、この異世界が半分旅行みたいなもんだけどね。こちらに来たきりで帰れないけれど。


 3年近くこの街で過ごしてきたけれど、不思議と感慨は湧かなかった。私にとって、家族がいる場所が私の帰る場所だ。

 そういう意味では最後まで私はこの街の部外者だったんだと思う。


 最後部屋を出る前に部屋を見渡した。


「……寂しい部屋だな」


 飾りもこだわりもない、まるで安いホテルのような部屋だ。


 次の自室では、もう少しこだわろうと心に決めて、部屋の扉を閉めた。




 国境の街まで一瞬だった。目を閉じて、と言われて瞼を閉じて数秒後にはだだっ広い野原に居たのだ。

 順番としては成君が先に転移して、次に私とバルス、最後に茉莉花で移動した。


「あっちが国境の街だよ。成、くれぐれも頼むぞ」

「おう! 任せとけって。ゆり姉、荷物持つよ、茉莉花も」

「成君が荷物持ったら誰が戦うのよ」

「こんだけ見晴らしがいいんだぜ? なんか来たら気配察知ですぐわかるし、そもそも見えるだろ」


 司君に見送られて街へと向かった。けっこう近くにある気がするけれど、実際は歩いて1時間はかかるらしい。


 天気もいいし、のんびり歩く。


 私は興味津々で回りを見渡しながら歩いていた。私の歩幅に合わせてバルスはピタリと横についている。見えるのは草と空と雲だけだけど、全てが珍しい。むしろ魔物が出ないかな、なんて期待してしまった。


「ねぇ、成君。この辺には魔物は出ないの?」


 先頭を歩いていた成君に聞いてみる。


「出て来ないって。俺、今『威圧』かけてっから」

「え、なにそれ?」


 おー、なんかそれっぽい単語が出てきた。なんだろう、昔はまってた格闘漫画に出てきそうな言葉だ。

 気が付かないうちに身を乗り出して成君を見てたらしい。少し大人っぽい表情で私を見た後、成君は子供のようにニヤリと笑った。


「ゆり姉は何も感じねえ?」

「うん、全く。――茉莉花は感じるの?」


 隣を歩く茉莉花に聞いてみるとこくんと頷いた。


「成君から魔力の波動を感じるよ?」

「え、本当に?」


 まじまじと成君を見てみるが何も感じない。魔力ならば人並み程度に私も持っているので、本当ならその『威圧』は私にもわかるはずだ。それなのに、全く何も成君からは感じられない。

 むしろ青空の元で見る彼は爽やかで、我が弟ながら惚れ惚れするほどイケメンだ。


 ……うん、弄られキャラだから忘れられがちだけど、成君もイケメンなんだよね。


 試しにその『威圧』とやらを全力で私だけに向けてもらったけど、そよ風程度にも何も感じなかった。ただ成君がなんか怖い顔してこっち見てるな、と思ったくらいで。


「……うちの兄弟の中で、ゆりなお姉ちゃんが一番謎かも」

「……だな」


 成君と茉莉花の間ではそう結論付けられた。

 私はたいへん不本意である。



 小一時間も歩くと町へ着いた。町の真ん中に大きな川が通っていて、ただ一本通っている橋が両町を繋げている。この川が国境の役目を担っていて、国境を跨ぐにはこの橋を通るしかないそうだ。


 町はそれなりの発展を見せていて、王都ほどではないが人の気配がたくさんした。


「こんな早朝に、誰だ!」


 町を囲む壁があり、出入り口には小さいながらも門があった。その門を守る門番が私達の姿を見付けて警戒の声を上げた。


「よ、朝から御苦労様!」


 成君が片手を上げて挨拶するのにあわせて、私も笑顔で手を振る。本来の門の通行時間からすれば確かに早い。大きな街になれば24時間体制の場所もあるらしいけど、基本的に門は閉まっているものだ。


 この町は国境に接しているので一応24時間態勢らしい。


 門番さんに町に入って隣国に行きたいと伝える。私と茉莉花は商業ギルドのカードを、成君は冒険者ギルドのカードを見せて身元を示すと、通行調書なるものに名前やら目的やらを書いて中へと入った。ちなみにバルスは騎獣扱いである。乗らないけど。


「このまま橋を渡って隣国のパーチェに入るから」

「ここの観光はしないの?」


 成君は私の問いに肩を竦めた。


「ボスからなるべく早くこの国から出るように言われてるからさ。悪いけどそれは無理だわ」


 残念に思いながらも大通りを真っ直ぐに進む。


「それならいっそ、隣国まで跳ばしてくれてもよかったのにね」

「いや、ボスの話ではゆり姉がこの国を出たっていう、確かな書類が重要らしいぜ? よくわからんけど」


 必要ではなく重要、か。


「なんかその言い方だと腹黒いこと考えてそうだよねぇ」

「だな。ボスはやっぱり腹黒さでは一番だよな。俺や光なんか、まだまだだわ」


 珍しく溜め息なんかつきながらそう愚痴っぽく溢されると、何かあったのか勘繰ってしまう。突っ込んで聞いてみたけど、はっきりとは答えてくれなかった。


 というか。腹黒さは見習わなくていいと思う。


 国境の橋まで来ると成君の口数が少なくっていた。私と茉莉花がだらだら話す中、成君だけ常に意識が外に向いているような気がする。


「これはホシミヤ様! 国外に出られるのですか?」


 成君はけっこう顔が広いらしい。それともやはり星宮兄弟は有名なのだろうか、悪い意味で。


 国境を警備する兵士達が困ったように成君を見ている。対応してくれている兵士以外、何故だか慌ただしい。


 成君がずいっと1歩踏み出すと、兵士は怯えたように3歩下がった。

 

「俺達がどこに行こうと自由だろ? なんか文句でもある?」


 成君の口調はとても軽い。それなのに話しかけられた兵士はどんどん顔色が悪くなっていく。


「い、いえ、ですが、城から命令が、出てまして……」

「へぇ……。なんて?」

「ホ、ホシミヤ家の、長、女を国から出すな、と」


 ドサッ、と兵士が崩れ落ちた。


「ちょ、成君?!」


 倒れた兵士に駆け寄ろうとしたら茉莉花に止められた。振り向くと茉莉花が首を振っていた。


「大丈夫だよ、ゆりなお姉ちゃん。この人、無駄な抵抗したから負担が大きかっただけで、すぐに目を覚ますよ」


 茉莉花が喋っている間も成君は倒れた兵士を跨いで進んでしまった。それに続いて茉莉花も進む。

 小さな茉莉花の手が私の袖口を引っ張っていた。

 悠々と進む成君を遠巻きに見ていた兵士の中の一人が声を張り上げた。


「おい! ホシミヤ家の女! お前自分の立場をわかってるのか!? 国の恩を仇でがぶっ!!」


 私が声をあげるより先に、その頓珍漢はどこかへ吹っ飛んで行ってしまった。びっくりして人が一人消えた空間を見ていると、成君がうんざりとしたように息を吐いた。


「……俺達星宮兄弟は自由に国を出入りできる約束だったな? それを阻止しようと言うんなら容赦はしねえ。望み通り地獄へ落としてやるよ」


 成君が凄むと場が一瞬で静まった。


 その中を私達は抜けてパーチェへと入ったのだった。






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