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星宮家と異世界的日常  作者: 兎花
第4章  星宮家と獣人の国
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 1ヶ月の間に荷物を纏めてお世話になった人達の元へ挨拶に回ることになった。商業ギルドに冒険者ギルド、近所の商店に卸業者、『黄金の月』傭兵団や自警団など。それぞれに粗品を持ってお礼行脚だ。


 商業ギルドでは酷く取り乱したロッドさんに何処へ引っ越すのかしつこく問い質された。全て司君に任せてあるので……と言葉を濁しても諦めてくれない。

 挙げ句の果てには「わかりました、それならば僕と結婚しましょう!」とまで言い出した。これには一緒に行った光君と母親であるローラさんにすら呆れられていた。


「そんな理由じゃゆりなちゃんはあげませんよ。ロッドさんって、情緒がないですね」

「恥ずかしいわ、こんな馬鹿息子でごめんなさいね? もう少し女心のわかる子だと思ってたけど、どうやら買い被りだったようだわ」


 さすがにこの2人の冷めた視線は堪えたようで、ロッドさんはすごすごと部屋を出ていった。それでもきっと諦めずに司君辺りに直接聞くんじゃないだろうか。


 ……結婚しましょう、か。2人きりだったら頷いていたところだった、危ない危ない。


「――でも実際のところ、ロッドさんと会えなくなるのは困るなぁ」


 なんせ貴重な食友だ。彼が持ってきてくれる食材がなければ楽しみが半減してしまう。成君や真君なんかは世界中を旅してるけど、食材については全く無知で、ほうれん草と小松菜の区別がつかないくらいだ。


「定住地が決まれば連絡してちょうだい。あの子はホシミヤの料理じゃないと駄目みたいよ?」


 ローラさんが肩を竦めた。以前彼女に照り焼きの作り方を教えたけれど、ロッドさんにはたいへん不評だったらしい。


 引っ越し先を連絡することを約束して商業ギルドを後にした。


 続けて冒険者ギルドにも顔を出す。

 残念ながらギルド長は不在だったので、アリオスさんに挨拶をする。すると彼はとても残念そうにため息を吐いた。相変わらず重たそうな眼鏡が全てを台無しにしている。


 アリオスさんの隣には受付嬢の銀髪美女が居て、なぜか涙を流していた。「お義姉様が引っ越しされたら、マコト様がここに寄り付かなくなってしまいます……」と嘆いている。


 ……まぁ確かに、私が王都を出たら弟妹達はここへは来なくなるだろう、間違いなく。もしも司君辺りが王都に足を踏み入れるとしたら、それはこの国が滅びる時かもしれない――なんてね。


「……ヴィスゴットの方へ行かれると伺いました。そちらでまた宿屋を?」


 アリオスさんの質問に少し考え込む。

 宿屋をやるかどうかは決めてはいないけど、できれば何かお店をしたいな、とは考えている。宿屋も楽しいけれど、また仕事ばかりの日々を過ごしそうな気がするので、出来ればもう少し余裕がある仕事の方がいいかもしれない。


「まだ考え中です。宿屋は無理でも何かしらしようかな、とは思ってますけど」

「そうですか」


 アリオスさんも何か考え込んでいる。隣のリーナさん(銀髪美女)は赤い鼻をすんすん言わせている。


 考え込んでいたアリオスさんが呆れたように顔を上げてリーナさんを見た。


「リーナ、いい加減にしろ。いい年して恥ずかしくないのか、お客様の前で。少しは場を考えろ」

「だってぇ……。兄さんだってマコト様が居なくなったら困るでしょ?」

「仕方がない。お前にマコトを引き留めるだけの魅力が無かっただけの話だ」

「酷い!」


 仲がいいなぁと思ってたら兄妹だったのか。確かに言われてみれば似てるかも。2人とも美形だし。アリオスさんは重たそうな眼鏡が印象強すぎるんだよね。


「なんにせよ、ユリナさんが居なくなるのは国を揺るがす一大事なんだが。……どうせ城の奴等はわかってないんだろうなぁ」


 あぁ、胃が痛くなってきた。そう言ってアリオスさんは鳩尾辺りを押さえた。その様子が変な意味で様になっていて、思わず笑ってしまった。

 私の笑い声にアリオスさんは顔を上げて同じように笑う。


「兄さん! やっぱり私をヴィスゴットに異動させてください! 私、マコト様を諦めきれない」


 リーナさんの場違いな要望にアリオスさんの胃痛が増したようで、せっかくの笑顔が苦いものに変わった。

 なんとか妹を嗜めつつもアリオスさんは私に真摯な眼差しを向けて口を開いた。


「いずれにせよ、近いうちにどこかでお会いするかもしれません。その時はまた仲良くしてくださいね」


 そう言って意味深な笑みを浮かべた。




 挨拶回りを終えて自分の荷物を纏めた。と言っても日にちはまだあるので、旅行に持っていく分だけを纏めて鞄に入れておく。

 その様子を見ていた成君には「それでも早いって」と笑われたけど。


 その夜は正月休み以来の家族が揃った食卓となった。

 

「百合奈さん、もう挨拶回りは終わった?」


 司君がアリスの煎れた食後のコーヒーを飲みながら尋ねてきた。


「うん、終わった。後は家の片付けかなぁ。ぼちぼちやっていくよ」

「そうか。旅行の荷物も纏めた?」

「うん、そっちも完璧」

「成と茉莉花は荷物の準備は済んだか?」

「おう、俺はいつでも行けるぜ」

「うん、私も旅行の準備は済んでるよ」


 茉莉花が嬉しそうだ。その表情を見ていると私まで嬉しくなってくる。楽しそうにリズムをとって揺れる肩を、にこにこと見詰めていると、司君もふっと表情を緩めて頷いた。


「そうか、わかった。百合奈さん、少しいいかな?」


 司君に連れられて私は屋上に出た。満天の星空がうるさいくらいに瞬いていて、星と月の明かりだけで足元が見えた。


「どうかしたの、こんな所に連れてきて」

「うん、ちょっと確かめたいことがあってね」


 そう言うとおもむろに私から距離を取り向かい合う。


「そのまま絶対に動かないで」


 言うなり司君は左腕を軽く振った。すると振った軌跡を辿るように光が舞う。そして彼の左手には一振りの剣のような物が握られていた。よく見るとそれは淡い蒼を閉じ込めた氷の剣だった。


 その美しさに見惚れていると、司君が軽く地を蹴った。本当に軽く、スキップするように。


 そんな動作に反して司君が一瞬で距離を詰めてきた。え? と思う間もなく、目の前で硬い物同士が激しくぶつかった音がした。それと同時に目の前で火花が散った。


 驚きと訳のわからない混乱で私は動けなかった。瞬きをすることすら忘れていた。


「これくらいは余裕か」


 司君が興味をひかれたような顔で私を見ている。

 そして再び腰を屈めたのを見て、私は慌てて制止の声を上げた。


「ちょちょちょ、ちょっと待ってよ! なんなの、急に。私なんかした?!」

「大丈夫、すぐ済むから。百合奈さんには傷ひとつ付けないし。だからもう少し付き合って、ね?」


 そ、そんな甘えるような笑顔で小首を傾げられても、うんとは言えません! ていうか、そんな顔は他所の女の子に見せなよ、お姉ちゃんに色気振り撒いてどうする!


 てか、説明しろ!!


 私の剣幕にめんどくさそうな溜め息を吐いて司君は手の中の剣を消した。


「いやね、ほら、茉莉花が百合奈さんに御守りを持たせてるって言ってたでしょ? それの効果がどれ程のものか、確認したかったんだ」

「それならそうと先に一言くれる?!」

「え、先に言った方が怖くない? 今から攻撃するから、と言われても困るでしょ」


 攻撃する前提なのね。せめて真君に御守りを持たせて攻撃するとか、力のないお姉ちゃんを使わないでほしかった……。そう私が愚痴を溢すと司君は困ったように笑った。


「それこそあいつらを使うと能力がある分、本能的に防御しちゃうんだよね。御守りの性能を知りたいのに自分の力で塞がれてたら意味無いでしょ」


 それは確かにそうだけどさぁ。


「本当は魔法攻撃もしたかったんだけど。でもまあだいたいわかったからいいかな」


 私は余程情けない顔をしていたんだろう。司君が私の顔を見て頬をぴくぴく震わせている。


 司君が言うには製作者である茉莉花本人に聞いてもどれだけ効力のあるものなのかわからなかったそうだ。茉莉花いわく、「とにかく護りの魔法陣に魔力をたくさん込めた」と言うことらしい。


 1度の攻撃だけでもだいたいわかったらしい。司君が説明してくれたけれど、意味がわからなかった。


「後もうひとつだけ。その茉莉花から貰った御守りを外して俺に見せてよ」


 言われるままに渡すと、司君はそれはそれはいい笑顔で言い放った。


「ごめんね?」


 ふと、司君の姿が視界から消えた。と同時に耳元で風の音が高く弾けた。あまりの音の大きさに体が跳ねた。


「キャァ!!」


 悲鳴を上げてその場にしゃがみこんだ。


「お戯れが過ぎます、ツカサ様」


 すぐ頭上から響いた涼やかな声に私は顔を上げた。まず最初に目に入ったのが夜に溶けそうな漆黒の髪。それがすぐ目の前で揺れている。


 そしてその向こうに氷の剣を降り下ろした司君の姿が見えた。満月の明かりに照らされて無表情さが際立つ。司君の氷の剣を受けて私を庇うように間に居るのは影蘭だった。かがみこんだ私を守るように背中にし、司君と対峙している。


「上出来だ、影蘭」


 表情を緩めると司君は氷の剣を消して1歩離れた。

 対して影蘭は警戒するように短剣を構えたまま主を見ている。


「つーかーさー君?」


 私が立ち上がると影蘭がスッと消えた。なるべく怖い顔を作って睨むと、司君はいたずらっ子のように笑った。


「ごめんごめん。これも確認しておきたかったんだ。影蘭がどちらを優先するのか、ね」

「どちらも何も、影蘭は司君の配下でしょ? 君を優先するんじゃないの?」

「そうだね、本来は俺を優先するだろうね。けど、それじゃ駄目なんだよ」


 私は彼の言う意図がわからず首を傾げた。


「いいよ、気にしないで。それよりもごめんね、こんな時間に付き合わせて。部屋に戻ろうか」


 司君がそっとエスコートの手を差し出した。

 こういう仕草がほんと様になってるな、と思う。


 部屋に戻るとベッドの上に寝転がった。天井の木目を視線で撫でながら先程の事を思い返す。


 昔近所の少林寺教室で弟妹達は鍛えて貰っていたことがある。そこは定年退職した先生が半分ボランティアでやっていた子供向け教室だったけど、護身用にと色々私も教わっていた。

 そこではたまに先生の知り合いが来て稽古しているのを見たことがあったけど、その時と比べても司君の動きは桁違いだった。むしろ、人間辞めてると思う、彼の動きは。


 あれがチートなんだなぁ、と実感するのは、やはり魔法や固有チートじゃ凄いとは思えてもどこか他人事だからだ。だって、端から見ていても大仰な呪文を唱えるでもなく、目に見えて魔法陣が輝きながら浮かび上がるとかもなく、不思議現象が起きてしまうからだ。


 弟妹達が使うチートは「あれ、いつの間に?」というものがほとんどだ。


 けれどああいった接近戦になると、その実態を実感する。

 そりゃ、他の人達から畏れられるわけだ。真君や成君なんかはだいぶ馴染んだらしいけど、未だに司君が冒険者ギルドに顔を出すと場が凍るらしい。


 家に居るときの10分の1でも愛想があれば、また違うんだろうけどな。


 そんな事を目を閉じて考えていると、どうやら私は眠ってしまったらしく、目が覚めたら空が白み始めていた。

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