表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星宮家と異世界的日常  作者: 兎花
第4章  星宮家と獣人の国
28/49

三人称での他者視点になります。主人公は出てきませんので、読み飛ばしても大丈夫です。



 丘の上を吹く風が白い花の芳香を立ち上げる。さわさわと花の揺れる音と日の光だけが世界を満たしている。

 その景色の中を男が一人、歩いている。真っ黒な外套を翻し、片手に酒瓶を持ち、鮮やかな青い目で真っ直ぐに前を見て。


 やがて男が辿り着いたのは、小高い丘の上に建つ小さな墓石だった。その墓石の前でおもむろに胡座をかくと、男は目を眇めて周囲を見渡した。


「今年も満開に咲いたな。美しい」


 しばらく眺めた後、男は酒瓶を持ち上げて墓石に向かってニヤリと笑った。


「メイリー、お前の好きな酒を持ってきた。今日はお前と共に祝杯をあげにきたぞ」


 男は懐を探ると小さなグラスを2つ取り出した。そこに酒を注ぐ。ねっとりとした艶を放つ薄紅色の酒が並々と揺れている。


 1つを墓の前に置き、もう1つを右手に持つと高く掲げた。


「長い間、待たせた」


 それだけを言うと男は一気にグラスの中身を飲み干した。そして空になったグラスを持つ手に力を込める。ミシミシッと音を立てた後、弾けるように割れた。

 そのグラスの欠片を払うように手を振ると、今度は瓶ごと口飲みをした。


「やっと、お前の無念を晴らしてやることができるな。こんなに時間がかかってしまって申し訳ない」


 まるで故人がそこにいるかのように男は真摯に話しかける。彼にとってその人物がいかに大切だったのか、よくわかる態度だった。


 しばらく無言のまま墓石を見詰める。その目に様々な想いが現れては移ろうように消えていく。


「―――おお、そうだ」


 何かを思い付いたように表情を見せると、それから少し困ったように苦笑した。


「もうひとつ、報告があった。どうやら俺は結婚することになりそうだ。メイリー、お前は許してくれるか?」


 一際強い風が男を叩いた。爽やかな芳香を含んであっという間に空へと還っていく。

 男は目線で空まで追い、なんとも言えない微笑を浮かべる。


「お前はいつも俺を置いていく」


 思い返せばいつもそうだった。男にも彼女にも、つまらない肩書きやそれに伴う義務実務が山のようにあった。それなのに彼女はいつも風のように自由で、そして軽やかに己の責務を果たしていた。男には彼女の器用さが羨ましかったものだ。


「少しは妬いてくれるか? 今度連れてくるから可愛がってやってくれ」


 そして再び無言の時を過ごす。

 それはもう10年以上続けている男にとって儀式のようなものだ。死者に語りかけることによって自分の考えや気持ちをを整理しているのだ。


 どれだけの時間が経ったのか―――。ふと男は意識を外に向けた。わざと居場所を教えるような、僅かな草を踏む音が聞こえたからだ。


 男はゆったりと後ろを振り返ると、そこに見知った人物を見つけた。


 漆黒の髪に端正な顔立ちの青年が、ゆっくりと彼に近付いてきた。灰緑色の瞳がチラリと男を見た後、墓石に向かって片膝をつくと手を合わせ目を閉じた。


「それが元の世界での作法か?」


 青年が顔をあげると男が聞いた。


「ええ。奥方のお墓に参るのは初めてですね」


 青年―――星宮司は立ち上がると数歩後退した。そのままざっと周囲を見てふと表情を緩めた。


「とても美しい所だ」

「そうだろう? 俺の自慢の場所だ。そして妻が愛した場所でもある。―――姉君はもう旅立たれたのか。どこに行かれた?」

「ノルブレストへ。獣人の国へ行きましたよ。あの人はモフラーですからね。もしかしたらあの国で未来の夫でも見付けてくるかも知れません」


 その言葉に男は司の顔を見た。穏やかな表情なのにその目がどこか暗い。その顔を見て男は思わず声をかけそうになった。そんな顔をするくらいなら――と。

 だがそれは自分の口出すことではないな、と思い直す。だからあえてずれた感想を口にした。


「獣人族は一途だがその分嫉妬心が強い。そして主に対する忠誠心もまた強くそれ故に小競り合いの多い地だ。―――獣人に見初められると厄介だぞ?」


 ピクリと司の肩が震えたようだった。沈痛な表情でこちらを見た司に男はニヤリと笑って見せた。


「……ゲイル殿は意外に意地悪ですね」

「そうか?」

「もう少し大人だと思っていました」


 はぁ、と溜め息を吐いた司に男―――ゲイルは大笑いした。


「ハハッ、自分で言うのもなんだが、俺はただ図体がでかいだけの子供ガキだ。男なんぞみんなそんなものだ」


 そう言ってひとしきり笑った後、不意に真面目な表情を作ると真っ直ぐに司を見た。


「だがそれなりに年齢を重ねて生きている分、若人よりは経験値があるし見えることもある。俺からひとつだけ忠告しておこう。守りたいものがあるのならば迷うな。迷いは無防備を生み、弱さになる。そして躊躇うな」


 風が2人の間を吹き抜けていく。それに誘われるように司は視線をゲイルから外すと墓石に当てた。


「……ゲイル殿は迷ってしまったのか?」


 問われてゲイルは苦笑する。それをはっきりと聞かれるとは思わなかったのだ。だが彼は誤魔化すことなく事実を告げた。


「ああ、迷った。迷ってしまった。そして、失ってから己の弱さに気付いた。―――ツカサはそうなるなよ」

「俺に迷いはないですよ。躊躇いもない。守るためならば、この世界を滅ぼすことすら厭わないでしょう。ただ」


 そこで司は言葉を切った。言いづらそうにわずかに唇を噛んだ後、迷いを振りきるように首を振った。


「いや、いい。ここでする話じゃないな。それよりも貴方に紹介したい者が居るんです。ここに呼んでも?」

「ここにか?」

「ええ。ほとんどの準備は整った。場のならしも終えた。後は確実な後ろ楯が必要だろうと思って連れてきたんです」

「後ろ楯、か。それはクィンガとヴィスゴットの武力で充分ではないのか?」

「威圧する分には充分でしょう。だが制圧するのであれば対外的にもさらに強力な庇護が必要でしょう」

「……制圧か。正直興味はないが」

「そうでしょうね、ゲイル殿ならばそう言うと思った。―――だが真に復讐を果たすべきなら、この国は滅ぼすべきだ、そうは思いませんか? ―――俺はそうすべきだと思っている」


 ゲイルは司の言葉にそっと目を閉じた。己の胸の奥深くに潜む火はこの10年以上消えることはなかった。


 ゲイルが22歳の時、幼馴染みであり妻となったばかりのメイリー・クィンガが何者かによって殺された。クィンガ領へ里帰りする最中に何者かに襲われたのだ。その殺害方法は残虐で人々は魔族の報復だと噂したが、犯人は捕まることはなかった。


 だが長年魔族との戦いで前線に立ってきたゲイルにはわかる。この手口は魔族ではなく確実に人間側の仕業だと。だがそれを証明する証拠も根拠もなかった。ただ、長年魔族と争って来たからこそわかる、それは確信だった。


 犯人のおおよその見当もついていたし、裏もだいたい読めていた。けれどどうしてもメイリー殺害の証拠がとれないまま、10年以上だ。その間、自領を守りながらひっそりと雌伏の時を過ごした。ただひとつ、復讐よりも先にこの手に残った大切なものを守るために。


 だが。その火が胸の奥から消え去ることはけしてなかった。ずっと復讐の牙は獲物を探し涎を滴らせていた。


「ゲイル殿がどう考えているにせよ、相方のクィンガ領主アーム殿は食い尽くす気満々ですよ。後顧の憂いを絶つ意味でもぜひ会っていただきたい」

「……わかった。ツカサがそこまで言うのならお会いしよう。ここで待てばいいのか」

「すぐそこで待ってもらっています。―――紫影、お連れしろ」


 ゲイルは待つ間、静かに瞼を閉ざし己の心を見詰めた。迷いを払い躊躇いを捨て真っ直ぐに目標へと進むために、隠していた牙と爪を磨きあげる。そして復讐の火を閉じ込めていた小さな囲いを取り外すと、それは勢いを得て大きな炎へと変化した。


 ぐっとこぶしをきつく握り、身体中の筋肉に目覚めの時を告げて魂を揺り動かす。そしてゆっくりと顔を上げていく。


 そこには先程までの穏やかな大男は居ない。

 見るもの全てを食らい尽くさんとする猛獣の姿がそこにあった。


 新たに人の近付いてくる気配にゲイルは肩の力を抜いた。そしてゆっくりと振り返り―――そこに立つ人物に目を見張った。


 司の1歩後ろに立つその人は男だった。それ自体はなんの意外性もないが、その容姿と服装に意表を突かれたのだ。


 長い青銀の髪に濃い青紫の瞳、まるで彫刻のように崩れのない美貌はまさしく人間離れした美しさだ。

 そして服装は青い法衣を身につけていた。右肩に掛かる帯は絡む蔦の刺繍がはっきりと刺されており、左に掛かる帯は紫色だ。


 これはこの美麗な男がアーシェリア神教の高位神官であることを示している。


 ゲイルはすぐにその事を察知し、ぐっと眉根を寄せた。


「まさか魔族を連れてくるとは……」


 ゲイルの眼差しが些か厳しいものになったのは敵意からではなく、ただ単に予想を越えた状況に戸惑っていたからだ。


「……長年争って来た相手なだけに戸惑う気持ちもあるでしょうが。ただ味方になってくれればこれほど心強い相手もいないと、よくわかっているはずでは?」


 ゲイルが戸惑いを見せたのは数瞬の間で、すぐに気をとりなおすと立ち上がった。それを確認すると、司は神官に向き直りゲイルの方を示した。


「こちらはヴィスゴット辺境伯ゲイル殿だ。そしてゲイル殿、こちらはアーシェリア神教の高位神官で、隣国バーアンニーからの使者、ジークラウド・フィルタム殿だ」

「初めまして、になりますね。お噂はかねがね窺っております。我が女王陛下がよくゲイル殿のことを申されておりました、敵ながらに佳い男だと。その陛下より書状を預かっております。ぜひお読みいただき、返事を持ち帰りたいのです」

「……ようこそおいでいただいた。まさかこんなに早い時期にバーアンニーの方と交流が持てるとは思わなかった。これからは過去とは別に、未来はまた違う形で共に歩んでいけたらと、そう考えている」


 相手によっては都合が良すぎると非難を受ける内容だっただろうが、さいわいにしてジークラウドは微笑んだだけで何も言わなかった。ただ理解を込めて頷いただけだ。


「とりあえず、城に戻りましょうか。アーム殿には先触れを出していますから、今頃待ちくたびれてるでしょう」


 司がそう促すとゲイルとジークラウドは同時に頷いた。


 そんな2人の間を爽やかな風が吹き抜けていく。まるで新たな時代の幕開けを寿ぐかのように。



 そして、そんな出会いから半月後。ヴィスゴット領主ゲイルとクィンガ領主アームとの連名で国からの独立を宣言し、バーアンニー魔王国の承認の元、新たにメイリース王国が誕生した。


 メイリースの初代王は魔術の父と呼ばれたアーム・メイリスが就任し、ゲイルは大将軍としてアームを支えたのである。






 


 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ