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星宮家と異世界的日常  作者: 兎花
第3章  星宮家と冒険者達
22/49

閑話~兄弟喧嘩の顛末~



 すき焼きの準備はベルに任せ、私は司君に促されて4階に上がった。その途中で先に言うべきことを言っておく。


「司君、オニキスのことありがとうね。それからお疲れ様。私達を守ってくれてありがとう」


 司君はふっと口元を緩めると1度だけ小さく頷いた。


 4階のリビングには司君の言う通り弟妹達が揃っていた。アリス達はみんな夕飯の仕度に厨房に居るはずだ。


 正真正銘、家族だけの時間になんとなく頬が緩む。


 お茶でも出そうかと思ったけれど、先に座ってと止められてしまった。


 司君のお説教が始まる前に口を開く。


「真君、成君、光君、かすみに茉莉花、3日間お疲れ様でした。みんなのお陰で私もこうして無事でいられます。ありがとう」


 深く頭を下げて感謝の意を示す。やっぱり腐っても日本人、頭を下げてしっくり来るのは長年染み付いた習慣のせいだろう。


 すこし間を空けてから顔を上げた。一人一人の顔をじっくり見ていく。


 ………光君だけ、少し顔色が悪いかな? 後はみんな元気そうだ。けれど、茉莉花……少し顎のラインが丸くなってる気がするなぁ。まあ、可愛いからいいけど。


「ゆりなお姉ちゃんこそ大丈夫? ギルドで絡まれたって聞いたよ?」


 茉莉花が不思議そうに尋ねてきた。心持ち顎を持ち上げて喋っているのは誤魔化すためだろう。明らかにお菓子の食べ過ぎだ。


 その仕草ですら可愛いんだもんなぁ。子供って凄い。


「大丈夫よ、茉莉花。返り討ちにしてやったから」

「へえ! ゆり姉が? マジで? どうやったのさ」


 格闘馬鹿1号が食らい付いてきた。その目は興味津々に輝いている。


「いやぁ、手首を掴んできたからさ、掌底で顎を―――」

「百合奈さん」


 渋みの乗った声が私を諫めた。ピタリと口を閉ざし、司君を見る。


 酷く冷静な顔でこちらを見ている。


「どうしてギルドに行ったの?」

「それは……1回目のこと? それとも」

「両方だよ。俺は確か出歩かないように口酸っぱく言ってたよね。そんなに大事な用があったの?」


 私はついつい溜め息を洩らしていたようで、司君に睨まれた。


「ねぇ、司君」

「なに?」

「私ってそんなに………。まあ、いいや、私の言い分は後にする。先に司君の不満を言って」


 耳タコが出来るほどに言われてきた内容とほぼ変わらなかった。いわく、1度陥れられて死にかけたのに危機感がない、どこで恨みを買っているかわからない今、力のない私は真っ先に狙われる対象になる、それでなくてもホシミヤ兄弟の弱点のように認知されているのに、自覚が無さすぎる。


 もうね、本当にこの3年間言われ続けて、耳でタコ焼きが焼けちゃうくらいよ。


「基本的に俺は百合奈さんには外に出てほしくないと思っている。家の中が一番安全だからね」

「そっか。司君の考えはわかった。みんなも司君と同じ考えなの?」


 一人一人の表情を確認してみる限りでは、大方同じ考えだとわかる。けれどかすみと茉莉花は若干不服そうな顔だ。

 特に茉莉花はなんだか泣きそうになっている。そんな顔も可愛い。


「そうだね。確かに私は君達に比べると弱い。それこそ大人と赤ちゃんくらい違うんだろうね。だからこそ心配をかけるんだろうし、またその心配をありがたく思ってるよ」


 特に弟妹達にとって2年前に私が奴隷扱いされ、死にかけた件は深いトラウマになっているんだと思う。だからこそ今度は守ろうと躍起になってくれている。


 本当にありがたいと思う。


 けどね。私にだって言い分はある。それを言おうと口を開きかけた時、先に司君が口を開いた。


「そもそもいつも酷い目に合うのは百合奈さんじゃないか。それなのにどうしてそんなに危機感がないの」


 なんですと?


「確かにねー、奴隷に落とされたのも絡まれるのもいつだって百合奈さんだし。その辺自覚あるのかな? 助ける方の身になって?」

「僕達はゆりなちゃんが心配なんだよ? ゆりなちゃんが他の奴等に変なことされるんじゃないかって、凄く不安なんだ」

「まあ、それなりには心配してるしさ? ゆり姉もこっちの気持ちを汲んでくれよ。でないとこっちにまで影響が出るからさ」


 げんなりとした成君の台詞の意味はわからないけれど、大方の言い分は理解はできたと思う。理解した上で言うなら私はこれだけは言いたい。


 ―――母親業、なめんなよ? である。




 世のお母様方ならわかると思うけど、母親って我が身を削る仕事だと私は思ってる。


 例えば大きな地震が来た、もしくは近くで殺人犯が逃亡した。そんな時真っ先に連絡が行くのが母親だ。子供の安全のため迎えに来て下さい。ここまでいかなくても子供の熱で迎えに来て下さいは日常茶飯事だ。


 そこに母親達の身の安全や都合なんかは考慮されない。それが親の務めだからだ。


 特に私には頼れる大人ひとがいなかった。高校を卒業してすぐに茉莉花が産まれて、新社会人として生活しながら茉莉花や光君の保育園の送り迎えをし、弟妹達のご飯の支度をしていた。精々3日に1度の割合で家事代行サービスに頼るくらいだ。


 弟妹達が熱を出せば仕事を休んで看病した。何か問題を起こせばその対処に時間を取られてほとんど徹夜明けなんて日もざらにあった。それでも弟妹達は日々食事を必要としているし、家の雑用は溜まっていくばかりで。


 私が熱を出したって仕事を休めるわけがないし、司君や真君がヤンチャしてた頃なんてそれこそ自分の身を構ってはいられなかった。


 そんな私の境遇を理解し助けてくれる人が居なければ、私の精神は持たなかったと思う。


 

 私がこの世界に来てもう3年も経つのに、未だに頭を下げてしまうのはもう癖付いているからだ。たくさんの人に謝罪して頭を下げたし、感謝の気持ちで頭を下げることが自然になっていたのだ。


どんなに世間が冷たくたって、どんだけ頭を下げたって、どんな目にあったって、夜になれば弟妹達はお腹を空かせるし、朝になれば1日が始まる。

 昨日の夜にはペコペコ頭を下げて、次の朝には頭を下げた相手に笑顔で「おはようございます!」を言えるくらい神経図太くないと、母親業はやってられない。


 危ないからといって引きこもっていられなかったし、周りの目が冷たいからといって自分の責任を投げ出すわけにはいかなかったのだ。


 そんな風にして私は弟妹達を守ってきたし、生きてきた。親切には小さな心遣いで。恩には心からの感謝で。義務には真摯な態度で接してきたのだ。


 それが私、星宮百合奈なんだ。


 これからも私は自分の義務や責任には真っ直ぐに向き合っていくつもりだ。むしろ社会人ならそうすべきでしょ?


 だから自分のお店のことでお城へ手続きに行ったし、ギルドへも未成年の光君を案じて話に行ったのだ。そこではもちろん嫌な思いもしたし、多少は恐怖心もあった。けれどそれ以上に司君達への信頼感があったのだ。だからこそそれが間違いだとはどうしても思えない。


 私はそんな自分の考えをゆっくりと話した。


「百合奈さんの言い分もよくわかるよ? それでもあんな目に合ったんだよ? もう少し慎重でもいいんじゃないかなぁ」


 真君の困惑気な顔がなんだか悲しくなる。


「2年だよ、2年経ってるんだよ。私はまだ怯えて家の中で震えてなきゃいけないの? 自分で言うのもあれだけど、私そんなに繊細な神経してないよ? そんなにやわな人間だったのなら、私はきっと君達を見捨てて早々に独り暮らしでもしてるよ。それに城には司君が居るし。―――こんなこと言いたくないけど、真君や成君に光君があちこち自由に飛び回ってるのに、私だけ家に閉じ籠ってろなんて言われたくない。本当に心配してくれているなら、茉莉花や司君みたいに『御守り』や『護衛』を付けるんじゃない? それをしてくれて当たり前、とは言わないけれど、何もしてくれないのに自由に振る舞う人にお説教されたくない」


 普段家に居ないくせに私の行動に口を出さないでほしい。そもそも私が危険な目にあうのも元はと言えば弟達のせいなのだ。


 さすがにそこまではっきりとは言わないけれど、彼らも感じるところがあったのだろう。何も言わなくなった。

 

 司君が焦ったように口を開いた。


「待って、百合奈さん。護衛ってまさか、気付いてたの?」


 今度は司君の番だ。彼の場合、厄介なのは本気で私を守ろうとしてくれているということ。それがわかるだけに私もなるべく彼の意に添うようにしてきた。


 けれどその囲いがどんどん狭くなってきている気がする。


「茉莉花に教えてもらった。以前から違和感を感じてたけどね、はっきりしなくて。茉莉花の探知魔術はかなり精密だって聞いたから」


 時々感じる違和感。誰かに見られているような視界の端の影が動いたような。なんとなく不気味に感じて茉莉花に聞いてみると、私の影にナニかが潜んでいると言う。


 私が茉莉花の方を見るとこくりと頷いた。


「ボスの強い気配を感じたから。ソレ自体に意思は感じなかったけど、ゆりなお姉ちゃんを守るっていう、うーん? 個性? みたいなのを感じたの」


 茉莉花はそこまで言うと、一旦言葉を止めた。数瞬だけ迷った後、クイッと顎を上げて司君を真っ直ぐに見た。


「私はずっとゆりなお姉ちゃんと家にいるでしょ? 私は時々外で遊ぶけど、ゆりなお姉ちゃんはほとんど家にいるよ? それって、ゆりなお姉ちゃんが奴隷扱いされていた時とどう違うの?」

「茉莉花?」


 さすがにそれは違うと言おうとしたら、当の茉莉花に物凄く哀しそうな顔をされた。ていうか、うるうる目から涙が溢れてる。


「だってそうでしょ? あの貴族だってゆりなお姉ちゃんの自由や意思を奪って、家のことや仕事ばっかりさせてた。病気になればほったらかしにしてた。かすみお姉ちゃんだって、お兄ちゃん達だって同じことしてるじゃない」


 ぽろぽろ溢れる涙は真っ直ぐに下に落ちていく。ニキビのひとつもない肌は涙さえも弾いてしまうようだ。羨まし………じゃなかった、末っ子の涙に、私達は何も言えなくなってしまった。


「ゆりなお姉ちゃんはお仕事休んでくれてたよ? いつだって私達のことを優先してくれてたのに、みんな酷すぎるよ」

「茉莉花、お前は勘違いしてる。俺達は百合奈さんを守りたいんだ。けして奴隷と同じじゃない」

「守ってるじゃない。ボスは護衛をつけてるし私だって御守りを持たせてる。外に出る時は絶対誰か付いていくし、バルスだっていつもゆりなお姉ちゃんの側にいる。―――ここまでしてもまだ、家に閉じ込める必要あるの?」

「それは―――」

「そんなの守ってるって言わない。そんなの、学校から帰ったらお母さんに家に居てほしいっていう、小学生の我が儘じゃん」


 小学生の末っ子から言われた痛烈な一言に、弟達は撃沈したようだ。


 茉莉花の一言は図星なんだろう。特に司君や真君はそれこそ鍵っ子だったはずだ。その頃の寂しさが今の私に向かっているのかもしれない。


 現に司君はとても苦しそうで、見ているだけでこちらが辛くなるほどだった。


「確かに、そうだな。結局は百合奈さんを守るため、とか言いながら自分が安心したいだけなんだろうな、俺達は」

「そうだよ。これ以上ゆりなお姉ちゃんを束縛したらダメ! このままじゃゆりなお姉ちゃん、本当に結婚できなくなる」


 ………。

 みんなの無言の質が微妙に変化した気がする。しかも微妙に視線を合わせないようにこっちを窺うのはなんでかな?! 


「……茉莉花はお姉ちゃんに結婚してほしいの?」


 かすみが驚きも露に茉莉花に尋ねた。


「うん、結婚してほしい。私、妹か弟が欲しいもん」

「妹か弟って、あんた……。わかってる? お姉ちゃんの子供ならあんたには甥姪になるんだよ?」

「そんなのわかってるよ。けど私にとっては弟妹だもん」


 片頬だけぷくっと膨らませて茉莉花は可愛らしくかすみを睨んだ。


「あー、それならかすみ姉の方が早いんじゃねぇ? それか真兄か。はは、真兄なら隠し子が2、3人居そう」

「あー! 居そう居そう! よかったねぇ、茉莉花、心配しなくてもマコ兄が弟が妹作ってくれるよ?」

「俺はそんなヘマしませーん。童貞の成と一緒にしないでくれ」


 眉をしかめる内容が、そこから聞くに耐えない下ネタへと進化した。そんな3人を光君は遠巻きに見ているし、茉莉花は私が耳を塞ぎ、司君は溜め息を吐くと「黙らせろ」と誰かに向かって呟いた。


 すると3人の影が伸びてそれぞれの口を塞いだのだ。


 初めて間近に見た司君の能力に意味もなく「おおー」と感嘆符が洩れていた。


「これが司君の能力?」

「そう。せっかくだから紹介しておくよ。出てこい、影蘭エイラン


 司君の言葉にどこからか「御意」という女性の声が聞こえた。

 そしてテーブルの上のランタンの影が揺れて盛り上がると、手のひらサイズの人型に変化した。


 漆黒の髪に透けそうなほどの白い肌、ひんやりとした藍色の眼。私に視線を当てると深々と頭を下げた。


「彼女は影蘭。そしてもう一人も紹介しておくか。紫影シエイ、顔を見せろ」


 またどこからか「御意」と返事が聞こえて、今度は司君の後ろの影が動くと背の高い人型をとった。色味は影蘭と全く同じで、やはり私に視線を当てると深々と頭を下げた。


「お初にお目にかかります。ご紹介に与りました紫影と申す者です。以後、お見知り置きを」


 それだけを言って紫影は影の中へと戻って行った。影蘭だけがまだその場に止まっている。


「これからは何かあればこの2人を動かす。影蘭、お前は百合奈さんに付いてこの人を守ってほしい」


 司君の言葉を受けて影蘭がスッと消えた。

 確認するように司君を見ると、私の視線の意味に気が付いて小さく頷いた。


「何かあれば影蘭を呼んで。彼女が居れば大概のことに対応できるはずだ。元々百合奈さんにつけていたのは紫影の一番弱い分身体だったんだ」


 そこで一旦言葉をきると、司君は改めて私に向き直り口を開いた。


「百合奈さん。影蘭を付けることが最大の譲歩だよ。確かに茉莉花の言う通り、結局は自己満足で百合奈さんを閉じ込めようとしてたんだと思う。けれどやっぱり心配なのは本当なんだ。だから影蘭を護衛としてつけることを許してほしい」


 懇願するように言われて私は了承の意味を込めて頷いた。


「まあ、やっぱりこの王都に居ることがそもそもの間違いなんだろうね。本格的に移住先を考えようかな」


 黒い影と格闘していた真君が不思議そうな顔をした。


「あれ、百合奈さん、移住するの?!」

「うん、まあ。あれ? 真君聞いてなかったの?」

「うん。茉莉花がアークィンガ魔法学院に入ることは聞いたけど。そうかー、百合奈さんもここを出るのかー。そうなると、宿屋はどうするの?」


 私はチラリと司君を見た。


「そもそもここの土地は国の物だからな。百合奈さんが契約の更新をしないなら返すしかないだろう」

「だね。アリス達に任せようかと思ったけど……」


 かすみを見ると首を横に振った。


「無理無理、本人達が嫌がってるもん。お姉ちゃんに着いていきたいんだってさ!」

「まぁ、ここを出ることを決心したなら、引っ越し先は俺に任せてくれないかな? とりあえず、クィンガ領で探してみるから。それよりも百合奈さん。よかったら年が明けたら旅行に行かない?」



 

百合奈の言い分と弟妹達の言い分。やっぱりまだ、微妙にスレ違ってますね。

ちなみにかすみは呆れてます。男連中を見て、お姉ちゃんはそんなに柔じゃないし、と思っております。

うーん、上手く説明できているでしょうか?

後で手直しするかもしれません。

お読みいただきありがとうございました。

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