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星宮家と異世界的日常  作者: 兎花
第3章  星宮家と冒険者達
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最初は司視点から入ります。

 俺はいつも母の背中を見ていた。化粧をする母、ご飯を食べる母、仕事に向かう母。母を思い出そうとするとその背中が一番に浮かんでくる。


 子供の世界なんて狭くて小さい。普通に育てば母親とのスキンシップや愛情で小さな社会を学び、そしてさらに外へと意識が向かっていく。けれど俺達にはその一番最初の世界が構築されなかった。


 いつまで経っても世界は孤独なままだった。


 それでも子供は子供なりに母を想う。そしてその背中を見詰め続ける。少しでも母の力になりたくて。泣いている母を守りたくて。


 だから俺は神に祈った。


 ―――かみさま、どうかおねがいです。おかあさんをたすけてください。ぼくが、おかあさんの痛いのをもちます。だから、おかあさんを苦しめないでください。


 けれど俺の祈りは届くことなく、結局母親が俺達を顧みることはなかった。


 そのことを思う時、いつも俺は皮肉な気分に見舞われる。


 神様という奴は本当に不公平だ。百合奈さんがよくぶつぶつこぼしているのを聞くと、内心では深く同意している。


 ―――あんな子供の願いを今さら叶えなくてもいいだろうに。しかもこんな形で。どんな嫌がらせだよ。


 『罪業の王』―――それが俺に与えられた固有チートで、その能力はかなりの鬼畜仕様だった。

 簡単に説明すると、弟妹達がこの世界で殺した命の数だけ能力が強くなる、そういったものだった。それは人間だろうが魔物だろうが関係無く、命が奪われる毎に俺の中にその(ごう)が溜まっていく。まるで氷の塊を無理矢理腹の底に押し込まれているような気分になる。


 だから俺はいつも体の奥が寒い。 その冷たさに時々魂までが囚われそうになる。


 けれど皮肉なことに、囚われそうになる度に弟妹達の存在が、凍りかけた心を溶かしてくれるのだ。


 そして―――。



「………ね、は、離して、司君。マジ無理、ギブギブ!」


 ぐぇっ、と蛙が潰れたような声がすぐ傍から聞こえた。そしてかなりの力で肩甲骨辺りをタップされる。


 俺はハッと我にかえると、無意識のうちに力が籠って強く抱き締めていた腕の力を抜く。


 すると百合奈さんの体がフラフラと離れた。


 絞め殺されるかと思った。そう百合奈さんが呟いている。


 離された場所が酷く寒い。まるで微睡みの中、炬燵から引きずり出された気分だ。


「お前ら、人の前でいちゃつくなよ。てか、お前ら姉弟なんだよな?」

「当たり前じゃないですか。姉弟じゃなきゃ抱き合ったりしませんよ」

「いや、姉弟でもそんなに抱き合わないと思うが……」


この場合はアルフレドの方が正しいんだろう。


百合奈さんはかなりスキンシップが過剰だ。元々の母性愛の強さもあるのだろうけれど、それ以上に百合奈さん自身に「そうされたかったから自分はそうしているんだ」と聞いたことがある。


 優しい人だと思う、本当に。だけどもし―――。


 そう続いた言葉は何の意思だったのか。


 だけどもし、百合奈さんが俺から離れて行ったら、俺はどうなるんだろう。どうして、しまうんだろうか。


 まるで深い闇の底を覗き込んでいるような悪寒に身を震わせた。これ以上考えては駄目だと防衛本能が働く。


俺はその闇から意識を逸らした。


「ここで立ち話をしてても仕方がない。基地に移動するか」


疲れたようなアルフレドの台詞に俺達は頷いた。




 司君とギルド長に促されて基地へと向かうことにした。


 再びゼファルの背に乗ろうと近付くと、その鼻先に器用に乗ったオニキスが見えた。まるでゼファルが口輪をされているようにも見えて、非常に可愛い。自然と微笑みを浮かべたままオニキスを抱き上げようとして、もうひとつの事実に気付いた。


 ―――塔が無くなってる。


 不気味に雲を突き抜いていた歪な黒い塔が完全に消えていてのだ。そこにあったのは薄曇りの空と見晴らしの良くなった大地だった。


 そう言えばと、慌てて後ろを振り返った。あの私達を襲った衝撃波は王都まで届いたのではないのだろうか。そう思ったけれども、振り返ってすぐにそれが勘違いだったとわかった。私達の後ろ数メートルの距離には、まるでそこで仕切られたように木々が生え揃っていた。


 私達は元々林の中の国道を走っている途中だった。その林の木が綺麗に根本から一本も残っていない。


 私はゼファルから離れると不思議そうにするギルド長に向かって先に行くようにお願いした。


「少し司君と話したいことがあるので。先に行って成君と光君に伝えておいてください。お疲れさま、って」


 不審そうな顔をしながらもギルド長も現場が気になっているのだろう、ゼファルの背に跨がり駆けていった。


「………司君の能力について、教えてくれる?」


 灰緑色の瞳を真っ直ぐに見上げて尋ねると、すいっと逸らされた。それは誤魔化そうと言うよりも、どう言うべきか考えているように見える。


 きっと言いたくないことなんだろう。じっと司君が話始めるのを待つ。


ぼんやりと余所を見ていた司君はやがてぽつぽつと話し出した。司君の固有チートは『罪業の王』と呼ばれるものだということ。その能力は家族の犯した罪が司君のごうとなり、その業が力となること。主に影や氷を操りそこに潜む者達を使役出来ること。


 私は話を聞きながら震えが止まらなかった。


 この子はどれだけ耐えてきたのだろう。どれだけのものをまだ背負うつもりなのだろうか?


 司君は何てことないって感じで喋っているけど、それってかなり辛いんじゃないの? 自分の中に降り積もっていく私達の罪を司君はどんな気持ちで感じていたんだろうか。


 私の貧相な想像力では欠片も理解できない。


 そんな私の気配に気付いて、私を見た司君は静かに笑った。


「大丈夫だよ、百合奈さん。そんな顔をしないで。だって俺は―――独りじゃないんでしょ?」


 いたずらっ子のような表情の裏に見え隠れする小さな男の子。不安そうにこちらを見ている。


「当たり前じゃない。独りになんてなるわけないでしょ? たとえ私が居なくなったって、真君もかすみも成君も光君も茉莉花だって居るわ」

「………うん、そうだね」


少し目を伏せて寂しそうに笑う。


 ああ、もどかしいな。どんなに言葉を尽くしてもどんなに心を砕いても、本当の親の愛情には敵わないのだ。そんなこと、我が身を持って知っていたはずなのに。


 届かないことがこんなにも切ない。


「百合奈さんにしか話してないから。みんなには影を操る能力だって言ってある。そう心得といて。この後どうする? 真達と会っていく?」

「あれ? 真君も居るの?」


確か今はクィンガ領に居ると聞いていたけど。首を傾げた私を見て司君はフッと笑った。


「茉莉花のことをゲイル殿に聞いたらしく、ちょっと掃除してくるって言ってたけどね、それも終わったらしい。ちょうど帰って来たところで今回の騒動に巻き込まれたみたいだよ」


 ……掃除ってなんの掃除だろうか? 気にはなるけど今はスルーしておこう。


 どうしようか、と考えたけどすぐに私が向かったところで何の役に立たないことに気付いた。


 元々弟達を止めてくれ、とギルド長に連れられてきたのだ。現場の様子も気になるけど、邪魔になるようなら行くだけ無駄だろう。


「多分司君的には家に戻ってほしいんでしょ?」


 私の読みに司君は小さく笑って頷いた。


「家に居る分には確実に安全だからね。―――今日はすき焼きが食べたいな、百合奈さん」


 そんな風におねだりされたら帰って準備するしかないじゃないか。


 ―――けどね、どうやって帰ればよいのでしょうか?


 私がじっともの問いたげに見上げていると、司君が方眉を上げて首を傾げた。


「なに? どうかした?」

「いや、どうやって帰ればいいのかなぁって考えてたの」

「ちゃんと送り帰すから安心してください。それじゃ送るよ?」


 どうやって送り届けてくれるのだろうか? もしかして瞬間移動的な転移魔術ってやつ? まさかさっきみたいに空を飛んで帰るのかしら?


「―――そういえば司君。いつからここに居たの? 君は城に居るんだとばかり思ってたけど」

「………うん、1時間くらい前かな。本当は来るつもりは無かったんだけどね。なんせ、凄かったからさ。俺マジで凍り付くかと思って力を解放しに来たんだよ」


 一瞬何のことかと思ったけれど、先程聞いた話を思い出して今度は私が凍り付くような気がした。


 そうだ、成君達がここにいて界魔獣を退治し続けていたのなら、その業は司君の中にどんどん蓄積されていたはずだ。


 他人の罪をその身に受ける。それがどんなものか想像もつかなくて、その事がさらに不安を煽る。


 私の表情を見て司君は宥めるように笑った。


「大丈夫だって、百合奈さん。俺には家族が居てくれるから。それに冷えきったら抱き締めて温めてくれるんでしょ?」

「それはもちろん。それでも、無理だけはしないでね?」


これ以上ここにいても仕方がないので、さっさと司君に家まで送ってもらった。


 今日は全員帰るから、という台詞を残して司君は消えた。


 ちなみに移動方法はよくわからなかった。いざ移動となった時に、突然司君の外套に視界を奪われたのだ。そして気が付けば宿の玄関前に居た。


 何かしら衝撃とか違和感を感じるのかと思っていたけど、多分時間にして1分くらい外套に包まれているだけで目的地に着いていた。


 ちょっとだけ拍子抜けである。


 こっちの世界に来て簡単な魔術なら私も使える。けれど司君が使ったような大きな魔法―――空を覆う雲を凍らせて消滅させる―――は、あまり聞いたことがなかった。茉莉花ですらあそこまでの魔法なり魔術なりを使う場面を見たことはなかった。


 人の身でそんな強大な魔法を使えるものなんだろうか。


 心の隅に燻る不安を持て余しながら、しばらくその場に立ち尽くしていたら、不意に右足に重みを感じた。


 見下ろせばバルスがあくびをしながら寄りかかっていた。


「ただいまー、バルス。………あ」


 バルスのもこもこ顔を撫で回していて違和感に気付いた。いつもバルスの背中にいる黒い毛玉がいない。


 焦った私は意味もなくスカートのポケットを叩いた。いや、入ってるわけないんだけどね、焦っていると意味のない行動とったりするよね。


「あー、忘れてきたぁ。ゼファルの鼻に乗っかってたなぁ」


 さて、どうしようか。多分振り落とされてはいないはず。ゼファルは頭が良いと聞いたから、きっとオニキスを保護してくれているはずだ、うん。そう信じるしかない。


「どうしようか、バルス。こんな時、スマホがあればなぁ」


 無い物ねだりをしてもしかたがないけど、とりあえずオニキスの無事を確かめないことには落ち着かない。


 私は少し考えてから冒険者ギルドに行くことにした。今でもバルスの散歩くらいなら1人でしているのだ、そんなに大事になるとは思えない。


 一応念のために《自動人形》の誰かを連れていけば問題は無いだろう。


 私はそう決めるとバルスを連れて中へと入った。


「お帰りなさいませ、ユリナ様!」


 出迎えてくれたのは兎姿のピーターとベルだった。そこにアリスの姿が無いことに気付き首を傾げた。


「アリスは? もしかして買い出し?」


 尋ねるとピーターが頷いた。

 む、これは困ったな。確かこの3人の中で一番強いのがアリスだったはずだ。


 私はしばらく考えたあと、ベルに声をかけた。


「ねぇ、ベル。ちょっと冒険者ギルドに行きたいんだけど」

「駄目ですわ」


 笑顔で即答されました。

 私は苦笑いを浮かべながらオニキスのことを話した。せめて連絡がないかだけでも聞きたいのだ。それに今なら全ての関心が購いの渦に向かっているので多少は安全だと思う。さらに言うなら、すき焼きの材料も買いに行かなければいけない。


 私は様々な理由を並べ立ててなんとか冒険者ギルドへ向かえるように頑張った。

 かなり強固に反対していたベルも、いくつかの条件を飲むことでやっと頭を縦に振ってくれた。私の粘り勝ちである。


 そうして私は心配そうなピーターに見送られて、ベルとバルスをお供に再び冒険者ギルドへと向かった。





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