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星宮家と異世界的日常  作者: 兎花
第1章  星宮家の日常
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屋内に戻ると、私がやりかけのままだったテーブル拭きを、末っ子の茉莉花(10)が黙々と行っていた。


「お帰りなさい、光君、成君。ゆりなお姉ちゃん、テーブル拭き終わったよ」

「ありがとう、茉莉花。調合はもう終わったの?」

「うん、騎士団の人達に頼まれてた分は出来たよ。後は渡すだけ。傭兵団の方ももう少ししたら取りに来ると思うよ」


茉莉花は義母と実父の血を引いた唯一の子だ。

キレイなグレイの瞳に艶やかな黒髪。まだ10歳という年齢が持つ未熟な色気をその細い体に湛えている。


彼女は私にとって娘みたいなもの。私が18歳の時に産まれたこの子をずっと面倒見てきたのだ。


アホな義弟達と違い、優しく素直で愛らしくまるっきり天使そのものだ。私の自慢であり癒しでもある。


そんな茉莉花のチートは無限の魔力と《創造:調合》だ。茉莉花はまだ体が発達途上なせいか、そこまでの高い身体能力を有してはいなかった。その代わり、おそらく底無しの魔力を持っているらしい。

そして《創造:調合》の能力(ちから)は主に薬を作り出すもので、他にも石鹸や化粧品や洗剤といった物まで作ることが出来る。



「中にいても大体の話は聞こえてたよ。成君」

「な、なんだよ」

「サイテー」

「ぐわっはぁあ!」


可愛い可愛い茉莉花の一言はさすがの成君にも効き目が強すぎたようだ。

奴は倒れたまま起き上がってこない。


みんなをテーブルに座らせると私は奥の厨房に入りお茶と軽食の用意をしてシシィの前に出した。

戸惑った表情で見上げてくる少女に出来るだけ優しく微笑んだ。


「年は幾つ?」

「多分……15です。すみません、誕生日がハッキリとわからないんです……」


茉莉花よりも5歳も年上なのに、身長はそんなに変わらない。まるで棒切れのような体は見ていて痛々しい。


「そう……。お腹すいてるでしょ? 食べて」


促しても最初は不安そうに周りを見渡していたけど、成君が頷くのを見てゆっくりとサンドイッチを手に取った。

小さく一口噛みちぎりゆっくりと租借する。

端まで詰まった玉子サンド。トマトも挟んでいる。


二口、三口と進むにつれて、シシィの手が震え出す。目がみるみる内に潤み出し、やがて大きな滴となって頬を滑り落ちた。


「んっ、美味しい……!」


震える手でどんどんサンドイッチを取り上げ、次々に平らげていく。


成君が慰めるようにシシィの頭を撫でている。


「美味しいだろ? ゆり姉のご飯で俺達は育ったんだぜ! 世界で一番旨いんだからな!」


……まあ、この世界の食事は正直代わり映えがない。不味いわけではないが、基本の調味料が塩コショウに砂糖やハーブやお酢くらいしかないのだ。


この玉子サンドに使っているマヨネーズは私が作ったものだ。

この宿屋『星宮家』が繁盛している理由に、この料理の美味しさもあると思う。


しかも奴隷の食事などおよそ文化人の食べる物ではない。赤ちゃんの離乳食の方がよほど美味しい食べ物だ。


シシィにしてみれば、おそらく初めてのきちんと味付けがされた食事だったはず。その感動のせいかはわからないけど、少女の涙は食べ終わった後も止まらなかった。


詳しい話を聞きたかったけど、今は無理そうだ。

側には心配顔の茉莉花が寄り添って背中を撫でていた。


「これからどうするつもり?」


二人の義弟を見る。冷静になった今は彼らの言い分を疑ってはいないけれど、かといって誉める気にもならない。


人助けとはいえ、人一人を拾ってきたのだ。これから先どうするか、きちんと考えさせなければいけない。


私の問いに成君が口を開いた。義母と同じ緑と灰色の混じったキレイな瞳。そこに見えるのは強い意志の光だ。


「ゆり姉、ひとつだけいいか? シシィを見付けて金を出したのは俺だよ、光は関係ない。だから光は怒らないでくれよ……。それにシシィは俺が守る、それが保護した者の責任だろ? ゆり姉の口癖じゃん。だからちゃんとシシィが一人立ち出来るようにサポートして行く。ただ……俺はまだガキで男だからさ、シシィをサポートしていくには至らない所もあると思うんだ。だからさ、ゆり姉の力を貸してほしい」

「そう……覚悟はあるのね。けれど言うだけなら誰でも出来るのよ、成君。シシィをどこに住まわせるつもり?」

「ゆり姉さえ嫌じゃなければここに置いてあげてほしいんだ。もちろん店の手伝いや家事なんかも手伝わせるからさ。駄目かな?」

「そうね、それは別に構わないけど、ひとつだけ約束してくれる?」

「なに?」

「シシィを買ってきたのは成君だけど、この家の主は私よ。だからこの家に住む限りはシシィに手を出しては駄目よ。純粋に恋愛するのなら構わないけれど、もしそうなった場合もこの家を出る覚悟をしなさい」


普段はあまり見ない真剣な表情で成君は是と頷いた。


私達は日本人だ。たとえ異世界に転移したとしてもそれは変わらない。

私が主である以上、奴隷という存在はこの家には必要ないし、さらに家の中にリア充カップルなど嫌がらせとしか思えない。


「茉莉花、奴隷紋を消してくれる?」

「わかった」


キョトンと私を見詰めるシシィの額に茉莉花は軽く手を滑らせた。

すると蓮の花のような奴隷紋が、シールを剥がすようにぺらりと落ちた。それは地面に触れる前に溶けて消えた。


「どう? 頭が軽くなったでしょ。あれは常に人の思考を鈍くさせるから辛かったでしょう? もう大丈夫よ」


奴隷紋はいわば孫悟空の環っかだ。奴隷を支配し罰するためにあるので、つけられた方は常に集中力を欠いた状態になる。それなのに主人の命令を遂行しなければならない。

あれは辛い。皿洗いひとつをとっても、集中力がかけた状態では割ってしまったり汚れが落としきれなかったりするのだ。そうなると主人の不興を買い、体罰や嫌がらせを受ける。それだけでは済まず、命を奪われることもざらにあるのだ。

この世界での奴隷は使い捨ての道具程度の認識しかない。


「ありがとうな、茉莉花。シシィのこと、よろしく頼むぜ。よかったら調合でも教えてやってくれよ」

「茉莉花も奴隷は許せないもの。それから成君がちゃんと面倒をみなきゃ駄目だよ? あんまりゆりなお姉ちゃんに甘えちゃ駄目!」


末子の強い言い方に成君はたじたじだ。

普段はかすみに対し喧嘩ばかりの成君も、茉莉花が相手では勝手が違うようだ。


それまで無言だった光君が頃合いを見て声を発した。


「とりあえず成兄と僕は着替えてくるよ。正直埃だらけでお風呂も入りたいけどお腹すいちゃって。シシィのことは茉莉花とゆりなちゃんに任せるからさ。アリスの服とかあれば貸してあげてよ」


弟2人が部屋に上がった後、私はアリスを呼んだ。

彼女たちはとっくに休憩を終えていて、夕食の仕込みに入っていた。


アリスを捕まえて事情を話すと、彼女はシシィを連れて部屋へと戻っていった。部屋で着替えさせた後少し眠らせてあげてと頼んでおく。


「……そういえば、ピーターはまだ帰ってこないの?」


厨房に居るのはベル一人のみ。

ピーターには昼から買い出しを頼んでいた。

時計を見るともう3時を回っている。


ベルは仕込みの手を止めてしばし宙を見た。


「……ああ、もう少ししたら着くそうです。なんでも途中で荷車の車輪が取れてしまったようで、修理していて遅くなったようですね」


かすみ作の自動人形達は内部に様々な機能を有していて、これもそのひとつ。自動人形達はどんなに離れていてもお互いの存在を感知できるし、なおかつ会話することも出来るのだ。


「そう、わかったわ。ありがとう、ベル」


ベルと話をしながら仕込みをしていると受付の方からアリスの声が聞こえてきた。おそらく接客をしてくれているのだろう。


そういえば、と思い出す。今朝宿帳を覗いた時、15ある客室は全部埋まっていた。ほとんどが冒険者の人達が独占していて、しかも先に連泊の予約まで入れてくれている。


うちの宿屋はよそに比べれば少し高めに料金を設定しているが、それでもうちを選んでくれるのは料理が美味しいからだろう!


―――きっと、スタッフが可愛いからとか、この国の英雄である弟達の実家だからではないはずだ、多分……。



しばらくすると、光君成君が降りてきたのでサンドイッチを渡す。腹拵えをさせると厨房の仕事を手伝ってもらう。


本日の夕食は温かいシチューにチキンピカタ、そしてハーブサラダに焼き立てパンを用意する。


茉莉花は居ない。あの子は厨房横に別テナントを設けてあり、そこで雑貨屋の店番をしてくれている。そこは入り口を専用に作ってあるが、宿屋の食堂から入ることも可能だ。


この雑貨屋さん、茉莉花の気分営業のため、開店日も時間も未定のままだ。しかも茉莉花自身が調合士としてあちこちから薬の注文を受けているため、開いていたとしても1日2時間だけとかだったりする。そのせいでけっこうな数の苦情がこちらにまで回ってきていた。


……これは早急に人手を増やさないとなぁ。

司君が帰ってきたら相談してみよう。




夕方も5時を回り、チラホラと宿泊客が戻ってきた。

扉の前に陣取っていたバルスも、お客の邪魔にならないように庭の隅に移動している。


冒険者の人達は仕事がらどうしても汚れが目立つので、専用の沐浴場を玄関横の庭に用意していた。そこで汚れた防具や道具や体を綺麗にしてもらうためだ。一応内部は男女別にしてあり、簡単なシャワールームになっている。もちろんシャワー付きだ。これは非常に好評でうちの宿だけの設備だ。

持つべき者はチートな弟妹達である。大概の要望が彼等の力によって通ってしまうのだ。


また、その隣には騎獣を繋ぐ獣舎も完備してある。


けれど実際のところ、そこまで汚して帰ってくる冒険者はこの宿屋には泊まれない。というのも、値段が高めなのでそれなりに稼げるランクの冒険者しか来ないのだ。そうなってくると、うちに泊まる冒険者の人は必然と戦い慣れた人ばかりになり、あまり汚れる事がないし、汚れれば川などで綺麗にしてくるのだ。



食堂にはたくさんの常連客がいた。

ぐるりと見渡してみると、宿泊客でない見知った人が端の席にいた。


遠目でもわかる金髪と珍しい藍色の髪の二人組。

端の席で目立たないようにしているつもりかもしれないけど、食堂にいるお客さんがチラチラと見ている。

目立ってしょうがない。


ため息をひとつ落として覚悟を決めるとその席に向かった。


「あの……、この食堂は宿泊客だけのご利用となっておりますので、席を空けていただけますか?」


思った以上に情けない声が出た。内心慌てる私とは違い、声をかけられた二人はこちらを見上げた。


「あぁ、ユリナ殿。すまない、マリカ殿に頼んであった薬を取りに来たのだ。今団の者が積込をしているので、ここで待たせてもらっているのだ」


いや、だからそれを遠慮してくれと頼んでるんですけど。


艶のある豊かな金髪は髪そのものが光を放つらしい。

その金髪を綺麗に結い上げ、騎士の服に豊かな乳房を詰め込んだ彼女の名前はアムネリア=ヴィ=スラーチェといい、王城騎士団内で女性だけで結成された『白鷹騎士団』に勤めている。


空色の瞳はきらきらしく私を見詰めるけれど、私はその目をまっすぐ見詰めることは出来ない。

彼女を見詰めることも出来ない私は、隣の青年に目を向ける事すらも出来なかった。

それでも挨拶のため、僅かに視線をずらして男を見た。


藍色の髪に不思議な淡い金の瞳をした青年は、アムネリアと同じ城の騎士だ。騎士の中でもエリートである近衛騎士団の副団長様だ。


「お久し振りです、フェオルド様」

「お久し振りですね、ユリナ殿」


秀麗な顔を少しひきつらせて彼は笑う。

声をかけるまでは綺麗な笑顔を見せていたのに。

この人はいつも、私が声をかけると微妙な顔をする。


いわゆる貴族と呼ばれる階級の人達はみな私の存在を笑う。

完全なる嫁き遅れで、弟妹達とは違いなんの役にも立たない無能者。


そう陰口を叩かれ続けた。

弟妹達が居ないところで酷い嫌がらせを受けた。


この国の王に保護され過ごした城での記憶は、あまり思い出したいものではなかった。


ぐっ、と掌を握り締め、私は無理矢理に笑顔を作った。

……よし、無駄に28年間生きてきた訳じゃない、このくらいのわだかまりならまだ飲み込める。


「そうですか、わかりました。少し茉莉花の様子を見てきますね」


そう言い残し踵を返す。……別に逃げた訳じゃないからね。

雑貨スペースへと向かいながら私はおよそ1週間振りに会った二人の事を考えていた。


アムネリアとフェオルドとの縁は浅くはない。あの城で数少ない私を差別しなかった人達だ。

差別はしないが、明確な区別は受けていたと思う。

アムネリアとフェオルドにとって私は“かすみと司の姉”という存在でしかなかった。


この二人は次女のかすみと仲が良く、この世界で親友と呼べる存在だと彼女(かすみ)が嬉しそうに話していたのを思い出す。


アムネリアはかすみと同じ18歳でフェオルドが23歳。


私の心を占めるのは羨望と嫉妬。特に当たり前のようにフェオルドの横で笑い合う彼女が羨ましくて仕方がなかった。


そんな己の心が浅ましくて笑うしかない。


実る果実すら存在しない恋心に行き場はなく、ただ幻のように心の中に巣くっていた。




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