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星宮家と異世界的日常  作者: 兎花
第3章  星宮家と冒険者達
18/49

冒険者ギルドの中は死屍累々の有り様だった。いや、みんな生きてるんだけどね。そこら中に転がっている人を踏まないように、慎重に歩を進めていく。


この臭いはなんだろうか。汗や血や汚泥といった、およそ清潔とは言い難い物の臭いが集まって、凄まじい臭気を発していた。


バルスの鼻がもげるんじゃなかろうか。オニキスの可愛い鼻が歪んでしまうんじゃないか。ちょっと心配になる。


抱いていたオニキスをさらに懐深くに抱き込んだ。


「あの、すみません。ギルド長にお会いしたいんですが」


受付カウンターに座っていた女性に声をかけた。艶やかな銀髪に薄い水色の瞳の美人で、一見すると非常に冷い印象を受ける。


「ギルド長にですか? お約束はされてますか?」

「いえ、約束はしていないです」

「そうですか。それではお会いするのは難しいと思われます。なんせ今現在、こんな状況ですから」


呆れたように言うのは私に対してではなく、このギルド内の惨状に対してのようだった。


よく見れば受付嬢の顔色も若干悪い。メイクで誤魔化しているようだけど、目の下の隈は隠しきてれいなかった。


ギルド長に会うまでは絶対帰らないつもりだったけど、この綺麗なお姉さんを困らせるのも可哀想かな、と二の足を踏んでしまう。


そんな私の躊躇いを見て取ったお姉さんは、目元を和らげてこう提案してくれた。


「もしよろしければ、お名前とご用件を先に聞いてもよろしいですか? 私が判断して緊急だと思えば話を通しますので」


その言葉に私は頷いた。


「わかりました。私の名前はユリナ・ホシミヤと言います。用件は弟達について話があって来ました」


お姉さんは私の言葉を聞くと不思議そうな顔をして私を見上げた。


「……ユリナ・ホシミヤ、様ですか? ……まさか、ナル君やヒカル君、マコト様のお姉様ですか?!」


目の下の隈がどこかへ飛んでいったようです。

私を見る目がギラギラと潤み(?)身を乗り出す様は、まるで獲物を見付けた肉食獣のようです。


マジこえぇ。


久々に聞いたお姉様発言に、真君の笑顔が脳裏に浮かぶ。

君はほんと、ブレないよね。心の中でそう突っ込んでおく。


「すぐにギルド長の所へご案内します! どうぞこちらへ」


でも今回はそのブレない真君が役に立ったようだ。

私はお姉さんに付いて2階へ続く階段を上がった。



ギルド長の部屋は3階にあった。


「で? ホシミヤ兄弟のお姉さんが何の用だよ?」


ボサボサの鋼色の髪を無理矢理後ろに撫で付けて、胡散臭そうな緑の目が私を射抜く。目の下の隈は加齢のせいだけじゃないんだろう。無精髭もよれた服も男の疲れを感じさせた。


年の頃は40半ばくらいか。ギルド長だけあって態度も体もでかかった。


「初めまして。ユリナ・ホシミヤです。いつも弟達がお世話になってます。今日訪ねてきたのはその弟達について話があったからです」

「こっちは馬鹿になるほど忙しいんだ。さっさと用件を言え」

「ではお言葉に甘えまして。どうして弟達は帰ってこないんですか?」

「あ"?」

「あ"? じゃなくて。一昨日から前線に居るはずの弟が帰ってこないんです。他の冒険者の皆さんはちゃんと交替で帰ってきてますよね? なぜですか?」


私は落ち着いているように見えて、非常に怒っていた。

その事にこのギルド長も気付いたのか、ばつの悪そうな顔で髪を撫でた。


「あー、……はぁあ。隠しても仕方がないからはっきり言う。手が足りないからだ。俺は王都の冒険者ギルドの長だ、何よりも多くの冒険者の命を守るのが使命だと思っている。そういう意味では今現在一番使えるのがあんたの弟だ。それに戦場では動ける者が動く。動けない者は足手まといでしかない。どうしたってあんたの弟達が中心になってしまうんだよ。あんたの弟達が動けば動くほど多くの人間が救われるんだよ。それを理解しろ!」


最後はイライラと共に吐き出された言葉に、私の眉間にシワが寄った。

手が足りない? 冒険者を守る? それがなんだと言うのか。それが、今の彼等の待遇に納得できる理由になると本気で思っているのだろうか。


怒りが沸々と沸いてくる。それを抑えるため、私はぐっと拳を握り締めた。


「人が足りないからといって、あの子達だけを帰さない理由にならないでしょう? とりあえず今すぐ待遇改善を要求します」


立ったままの私をギルド長は椅子に座ったままで見下すと、馬鹿にするように鼻を鳴らした。


「ひとつだけ言っておこう。こちら側としては強制はしていない、あくまでも協力を要請してそれに向こうが応えているだけだ。帰ってこないのは奴等の意思でもある。それは理解しているか?」

「はい、もちろん。あの子達は多分自分の意思で最前線に残り、界魔獣とやらを狩ってるんでしょう。けれどそれとこれとは別です。」


購いの渦が出来た地点は馬車で数時間走った場所だと言う。おそらく少しでも余裕がなくなれば、あっという間に王都は界魔獣で埋め尽くされるはずだ。


その危惧がある限りはあの子達は帰ってこない。

だって王都には私や茉莉花が居るんだもの。

王都が絶対に安全だとわかるまであの子達は戦い続ける。


「貴方はそれでいいんですか、ギルド長? 貴方の責任はどうするつもりです?」

「俺の責任?」

「そうです。貴方の仕事は弟達を使い潰すことですか? いくらあの子達が人より強いと言っても人間には変わりありません。このまま戦い続ければどこかで破綻します。あの子達は人間です、ちゃんと夜になれば眠り太陽と共に活動し、貴方達と共に戦う人間なんです。お願いします、あの子達をちゃんと人間として扱ってください。ちゃんと、休ませてあげて……」


涙が自然と溢れて止まらなかった。

この世界の人達から見たら弟妹達はとても強いのだろう。だからなのか、まるで神話の英雄か化け物か、とでも言わんばかりの特別扱いをしようとする。ある者は畏れある者は妬みある者は慕う。どんな感情にせよ、その根底にあるのは『人間(自分)とは違う』という認識なのだと思う。


でも弟達だって、ずっと動いていれば疲れるし、傷付けば痛くて、血を流し過ぎれば死んでしまう。


私は涙を拭うと、目を見張ったまま私を見詰めるギルド長を真っ直ぐに見詰めた。この気持ちが少しでも伝わるように心を込めて言葉を紡ぐ。


「あの子達()貴方が守るべき冒険者です。どんなに強くたってそれは変わらないでしょ? どうかギルド長として冒険者であるあの子達を守ってください」


全てを言い終えて頭を下げた。

何度も臣下の礼以外で頭を下げてはいけないと言われていたけれど、結局は私は日本人だった。心を込めれば込めるほど、自然と頭が垂れるのだ。


しばらくそうやっていたけれど、向こうからはなんの反応も帰ってこないことに急に不安になってきた。


まさか、こんなシリアスなシーンで寝てないだろうな、この人。


ちょっと不安になってきて顔をあげようとした時、ギルド長が大声をあげた。


「だーっ、もう! ちきしょうめ。この馬鹿野郎が!」


一瞬自分が言われたのかと思ってハッと顔を上げると、ギルド長は机に突っ伏し髪の毛に両手を突っ込んでわしゃわしゃとかき回していた。まるでドラマで見た金○一耕介のように。


しばらく唖然としてその様子を見ていると、急に動きが止まった。そしてカバッと顔を起こすと私に向かって真摯な目を向けてきた。


「ユリナ、と言ったな?」

「はい」


内心呼び捨てかよ、と思ったけど言うほど気にはならなかったのでスルーする。


「先に謝っておく。済まなかった。それと感謝する」


目をぱちくりさせる私を見てギルド長はニヤリと笑った。


……あ、この人、けっこう若いかも。


笑った顔が以外にも若々しく、その目は力に満ちていた。

身綺麗にして清潔な服を身に付ければかなり印象が変わると思う。


「あんたの言葉で大事なことを思い出したよ。俺はギルド長だ、部下を守れず何が長だ」

「それじゃあ弟達を帰してくれますか?」

「ああ………と言いたいところだが。現状を考えるとやはり難しいとしか言えない。なるべく多くの冒険者や騎士団、兵士を総動員しているが、なんせ数が多すぎるんだ。―――あんた、あの渦を見たことあるか?」


私は首を横に振った。


「黒い雲の真ん中に大きな穴が開くんだよ。そこから次々と奇妙な形の界魔獣が堕ちてきて積み重なって行くんだ。そして生き残る奴等がどんどん増えて行く。ちょうど2日目くらいになると積み重なった界魔獣が塔のようになって、生存率がぐんと上がるんだ。―――今日は何日目かわかるよな?」


眉間にシワが寄るのを抑えられなかった。

何も答えない私をチラリと見て、ギルド長は深い溜め息を吐いた。


「3日目だ。おそらく今が一番辛い時期だろう。しばらくの間絶え間なく戦いが続くはずだ。そんな状況下でホシミヤ兄弟を前線から退かせることは出来ない。彼等と同等の、力があり求心力のある人間が立たないことにはな」


一気に現場の人間の心が折れてしまう。


そう苦い顔で呟いたギルド長に微笑んで見せた。


「大丈夫です。必要があるのならどんどん使ってください。本人達にやる気があるのなら全然気にする必要はありません。ばんばんやっちゃってください」

「……いいのか?」


ギルド長の顔には「さっきと言ってること違くない?」と書いてあった。


そりゃそうだろう、さっきまでは弟達を帰せ、弟達ばかりを戦わせるな! と言っていたのだから。ギルド長の訝しげな視線もわかる。


だけどそれもさっき言った通り、それはそれ、これはこれなのだ。


周りの冒険者なかまギルド長(じょうし)が人間扱いせずに馬車馬のごとく働かせるのと、きちんと周りと協力しながら本人達が限界まで働くのと。していることは同じでも意味合いは全く違う。


私はただ、あの子達をちゃんと理解してくれればいい。


私が望むのはただそれだけ。


「あの子達をちゃんと同じ人間として扱ってくれたらそれでいいです。それを言いたかっただけですから。―――突然押し掛けてすみませんでした」

「いや、こちらも手が回らずにすまなかったな」

「え?」

「せめて連絡を入れてやればよかったんだよな。そこまで思い付かなかった。基本冒険者なんてのは家を持たないからよ」


確かにそうだろうな。ギルドから、もしくは弟達から連絡があればここまで来なかったかもしれない。


けれど感心するのはそれに気付いたこの男の繊細さだろう。


見かけによらず、優しい人なのかもしれないな。


「あ、でも」


私は一番大切な事を思い出した。

そうだ、これがメインで来たのに忘れてた。


「光君だけはきちんと帰してください。お忘れかもしれませんが、あの子はまだ未成年ですよ?」


私の一言を聞いて今度こそギルド長は机に突っ伏した。

机からくぐもった声が響いてきた。


「あー……、そうだったな。未成年だったか………」


私は退去の挨拶をして部屋を出ると、すぐにアリスが寄ってきた。どうやら私が中にいる間、ずっとドアに張り付いていたようだ。

あ、バルスとオニキスは私と一緒にいましたよ? 空気を読んでおとなしくしていてくれた。


アリスが心配そうに見てくるのを笑顔で宥めると声をかけた。


「次は城に行こうと思うの。付き合ってくれる?」


弟達―――成君と光君は冒険者ギルドでいいけれど、かすみは騎士団所属だし司君も職場はお城なのだ。本来この騒動とは直接関係ないはずだ。それなのに帰ってこないのはなぜなのか。それを確認したかった。


まあ、あの2人に関してはあんまり心配していない。成君や光君に比べれば仕事に対する割りきり方がはっきりしている。


変な情に流されることはないはずだ。


「……………お供します」


かなりの間があってアリスが返事を返した。


けれど私は城に辿り着くことはなかった。




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