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星宮家と異世界的日常  作者: 兎花
第3章  星宮家と冒険者達
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結局その日は1歩も外に出ることなく過ごした。


バルスの散歩をどうしようかな? と考えていたけど、よくよく考えてみればこの犬に散歩は必要なかった。1日中寝てたとしても本人は全く気にしないのではなかろうか。


気が向けばオニキスを連れて裏庭に出ているので、それなりに気分転換はできているのだと思う。


時々、その様子を4階から見下ろせば、裏の診療所の関係者らしき人に撫で回されていたり、騎獣舎で馬や他の野良猫と遊んだりしていた。


私もバルスとオニキスと遊んだり、茉莉花の様子を見に行ったりピーターと一緒に屋上菜園の手入れをしたり、部屋の掃除をしたりして過ごした。


………うん、いつもと変わらないわ。


けれどその夜、いつもと違うことが起きた。前線に行っていた弟達が購いの渦の対応に追われて帰ってこなかったのだ。かすみだけは帰ってきたけど。

こんなこと初めてだった。



次の日は朝から山菜おこわを炊いた。それとおはぎを作って卵焼きと照り焼きチキンをお弁当に詰めてロッドさんに渡した。


「ああ! ありがとうございます。今日はギルドに頼まれて補給基地まで物資を運ぶ手伝いをするんですよ。ささくれだっていた心がこの香りに癒されました」


お弁当から洩れてくる照り焼きの匂いに鼻を鳴らしている。

そんなに好きなのか、照り焼きチキン。

まあ、私も好きだけど。


「それじゃ隣村には行かないんですか?」

「いえ、一応補給路にはなっているのでその時にでも様子を見たいと思います。あ、そうだ。このお弁当って他にもありますか?」

「ありますよ。後5人前くらいなら作れるかと」


私と茉莉花と従業員のお昼ご飯の分は置いてある。残りはどうしましょうかと尋ねると、それもお弁当にしてほしいと頼まれた。


「向こうに行けばヒカル君とナル君に会うでしょうから。その時にお弁当渡しておきますよ」


そう言って優しく微笑まれると、お願いしますと答える声が弱々しくなってしまった。


私はすぐにお弁当を包み、ロッドさんに手渡した。2つはナル君達に渡し、残りはレイノルドさんと友人に高値で売り付けるそうだ。


いくらで売れるか算段している顔が悪巧みをしている悪代官のようだ。元が良いだけに残念である。


「いってらっしゃいませ」


笑顔で見送った後、店のことはアリス達に任せて2匹を連れて4階に上がった。


最近の私は開き直っている。仕事がないのなら余った時間で趣味でも始めようと決めたのだ。


私は自室から刺繍セットを持ってきてリビングに向かうと、オニキスの首輪を外した。


にゃあん。


語尾にハートマークが付いていそうな猫なで声で、オニキスが外した首輪に飛び付いた。そして甘噛みしながら爪を立てて首輪を引っ張った。


仔猫の爪とは言え破れそうでハラハラする。首輪を吊り上げるとオニキスも釣れた。意外にも必死なその姿に笑いが溢れた。


首輪を置いてバルスに手を伸ばすとその大きな体を豪快に撫でた。そしてそのままバルスの頭に顔を埋めた。


ああ、癒されるー。


なんとなく昨日から感じている胸の奥のモヤモヤが薄れた気がする。

いつの間にかバルスの背中に乗ったオニキスが、興味深そうに私の額に鼻先を付けた。小さくて冷たい感触に自然と笑顔になる。


「ふふ……ありがと」


2匹に小さくお礼を言うと私はオニキスの首輪に刺繍を始めた。



15時のお茶をアリス達と飲み、時々茉莉花の様子を見にあの子の部屋に行く。3回ほど覗いたけど、3回ともお菓子を食べていた。茉莉花いわく、大量に消費した魔力を回復するのに甘いものが一番いいそうだ。

不思議に思った私は茉莉花に尋ねてみた。


「魔力回復薬があるんでしょ? それじゃ駄目なの?」

「その魔力回復薬を作るのに、大量の魔力を使うんだよ? 駄目に決まってるじゃん」


うーん、そんなものだろうか。

確かに魔力回復薬を作るのに魔力回復薬を飲んでたら意味ないか。納得いくような、いかないような微妙な気分で茉莉花の部屋を後にした。



夕方になり、外出していた宿泊客が帰ってくる。その中には冒険者もたくさんいた。彼らは晩御飯を食べて寝て、また早朝に出発するそうだ。


私は落ち着かない気分のまま玄関先で篭いっぱいのおしぼりと共にお客様を出迎える。


「お帰りなさいませ。こちらをどうぞ」

「お、ありがとよ、女将さん。気が利くね」


ニカッと笑ってそう言ったのはバスターソードを背負った大男で、名前をグランスさん。その後ろから彼のパーティーメンバーが入ってくる。


「あ、ありがとう、女将さん。今日ね、ヒカル君とナル君と一緒だったんだよ」


凄かったー、と穏やかに微笑むのは魔術師のリリアンだ。確か歳は15才で、グランスさんの娘さんだ。さらにその後ろからリリアンをぐっと大人っぽくしたような女性と、金髪の青年がやって来た。


「本当にね、なんだが冒険者をやっているのが空しくなったわ。あんなに働いてあんなに強くて。どうやったらあんなに強くなれるのかしら?」


彼女はリリアンの母親で名前はアーミナさん。

グランスさんとアーミナさんは夫婦で、リリアンは二人の実の娘だ。実はこの世界ではこういった夫婦や家族での冒険者も珍しくはない。


「彼らを見ていると自分がいかに実力不足か思い知らされます」


最後に肩を落とした金髪の青年はサフリッドで、グランスさんのお弟子さんだという。

私的には彼の実力云々より、リリアンとの間に流れる甘酸っぱい空気の方がよっぽど気になっていたりする。


「は、バカ言うんじゃねえよ。あれは規格外だ、自分と比べてたら伸びねえぞ」


あんなの目標にしたら潰れるぞ? そう言ったグランスさんの背中をアーミナさんが力強く叩いた。

その一叩きで自分の失言に気付いたらしい。ハッとしたように私を見ると、巨体を縮めて軽く頭を下げた。


「……すまん、失言だった」


私は力なく首を横に振った。


「大丈夫です。悪意のない発言だとわかりますから」

「ごめんね、店主さん。うちの人ってば馬鹿だから。無神経なこと言ってごめんなさい」


アーミナさんにも謝られて、その隣でしおらしくしているリリアンとサフリッドを見る段になって、堪えきれず笑いがもれた。



4人と別れた後も私は玄関先で成君達の帰りを待ち続けた。いつの間にか足元に座り込んだバルスとオニキスと共に。


日が沈み外灯が点る頃になっても成君達は帰ってこなかった。何度かアリス達や茉莉花が様子を見に来て中に入るように促したけど、どうしても私は中に入る気にはならなかった。


待てども待てども帰ってこない。21時を過ぎる頃には私は後片付けのために店内に戻った。

一応お金のことに関しては私が全て管理しているので、雑貨屋と宿屋、両方の売り上げの確認をして金庫に入れる。雑貨屋の在庫管理を軽くして明日の献立を考える。色々とやるべきことをやって、気付いたらしい23時を回っていた。


結局、その日も成君達は帰ってこなかった。しかもかすみまでもが帰ってこなかった。




「アリス、今日はギルドに行くから」


翌日の朝。再び前線に戻っていく冒険者達を心ばかりのお弁当を持たせて見送ると、私はアリスにそう宣言した。


宣言である。私の態度にすぐさま覚悟のほどを悟ったのだろう。アリスは少し目を見張った後、すぐに頷いてくれた。


「わかりました。ならばお供します」


私は外に出る準備をするため1度部屋に戻った。肩にショールを羽織り、財布と鞄を持って1階に下りた。


そこにはアリスが居てバルスとオニキスが居た。


「バルスとオニキスはお留守番だよ?」


よしよしと頭を撫でてから外へ出た。


通りを行き交う人はいつもより忙しく感じる。それなのに空に重く蓋をした雲のせいか、人々の表情はどこか暗い。


ギルドまでは歩いて約20分だ。少し早足気味になってしまうのは気が急いているからだろう。


アリスが1歩下がり無言で後を付いてくる。


程無く赤レンガ造りの建物が見えてきた。


私はその建物の前を通りすぎる。


「え、あ! ユリナ様、行き過ぎましたが」


私は振り返りもせずに答えた。


「今日は商業ギルドじゃないよ、あっちに用があるの」


振り返りもせずに指差した先にあるのは、白い漆喰壁の建物だった。白い清潔感のある外壁からは想像もつかないけれど、ここが冒険者ギルドである。


幸いなことに、商業ギルドと冒険者ギルドは数分の距離しか離れていない。

私はそのままアリスの声を無視して進んだ。


「ユリナ様! 駄目です、お待ち下さい、冒険者ギルドだけはいけません。ユリナ様の身が危険です!」


私は一旦立ち止まりアリスの方を振り向いた。どんなに止められたって私は行くつもりだ。そう言おうと思って振り返ったのに。


「………あれ、バルスにオニキス? どうしてここに」


にゃにゃん。


やっと気付いてくれたー、と言わんばかりにオニキスが飛び込んできた。頭をグリグリ胸元に押し付けてくる。


「もしかして、ずっとついてきてたの?」

「はい、私と一緒に後ろを歩いておられました」


全然気付かなかったよ。


毒気を抜かれた気分で腕の中のオニキスの小さな頭を撫でた。その手を掴んでガシガシ噛まれる。


地味に痛い。


オニキスからそっと手を抜くと私はアリスの方を向く。

アリスもまた固い表情でこちらを見ていた。


「アリス。私は行かなければならないの。私が危険だと言うのなら貴女が守ってくれる?」

「………守りきる自信があれば私も止めません。ですが今の冒険者ギルドは本当に危険なのです。ご理解していただけませんか」

「それはやっぱり、弟達のせいなの?」


アリスは唇を噛んで何も答えなかった。けれどその様子が全てを物語っていた。


どうしたいのか、どうするべきか、私の心ははっきりしている。私1人だけなら迷わずに踏み込んだだろう。けれど今はアリスがいる。彼女を傷付けるのは本意ではないのだ。


私は情けなくて溜め息が溢れた。

本当に神様は不公平だ。私にだけ、家族を守る能力ちからを与えてくれなかったのだから。


だからといって、力がないからと私は自分の役目を放り出す訳にはいかない。


少なくとも、私があの子達の姉である限りは。


「ごめんなさい、アリス。私は行かなければならないの。アリスは先に帰って」


いいよ、と続けようとしたけれど、アリスが食い気味に口を開いた。


「いいえ、それこそありえません。どうしてもユリナ様が行かれるのでしたら私も行きます。それに―――」


アリスは悩むようにバルスを見た。そしてしばらく沈黙した後、急に諦めたように肩を落とした。


「……わかりました、行きましょう。ですがけしてバルス様から離れないようにお願いします」


……バルスから?


私は思わず隣であくびをしている愛犬を見た。後ろ足で気だるそうに耳の後ろをかく姿は実に穏やかだ。


……そういえば、バルスもチート持ちだっけ。どんなチートなのかは知らないけれど、司君が呆れたように「どんだけだよ、これ」と呟いていたのを聞いたことがある。

我が家でバルスのチートについて知っているのは光君と司君だけだ。


アリスは何か知っているのだろうか。


「バルスって凄いの?」

「はい、神に等しい方ですから」


………どんだけだよ、バルス。








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