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星宮家と異世界的日常  作者: 兎花
第3章  星宮家と冒険者達
16/49

ほのぼのが散歩に出たまま帰ってきません。

お見かけしたかたはご一報ください。

その日は珍しく、朝から重い雲が立ち込めていた。珍しく、というか、初めてかもしれない。ここまで天気が悪いのも。

これでまだ風が強いとか雨が降っているとかあれば、ただの悪天候だと思うんだけど。


日本に居る頃に見た、深夜アニメを思い出す。重い雲を割って現れる巨大な化物、もしくは審判の時を伝える天使の軍勢。とにかく、何とも言えない不安を呼び起こす。


掃き掃除の手を止めて、重い空を見上ながらそんな事を考えていたから、だろうか。


いつもの朝の光景を繰り広げている王都の街並みに、けたたましい鐘の音が鳴り渡った。


―――カーン! カーーン、カー……ン!


バルスと遊んでいたオニキスが警戒心丸出しで周囲を見渡していた。バルスも興味があるのか、鼻先を空に向けてじっとしている。


通りを行き交う人達も不安そうにざわめいていた。


この世界に来て、初めて聞く音だった。


一瞬、魔族が攻めてきたのかな? とも思ったけれど、以前聞いた話では魔族から攻め込んできたことは1度もないそうだ。その話を思い出すと違う気もする。


私は拭い去りがたい不安を抱えて宿屋の中に戻った。



ほとんどのお客はもう出ている中、まだ数人が食堂に残っていた。レイノルドさんと商人のロッドさんだ。


そうだ、レイノルドさんなら何か知っているかも。


私はそう思い付くと2人に近付いた。

私の姿に気付いたレイノルドさんが組んでいた足を下ろし、そして笑顔で迎え入れてくれた。


「今日はお仕事はお休みですか?」

「うん、まあね。休もうかと思ってたけど、そうもいかなくなったよ。店主さんはさっきの鐘の音が何か知ってる?」


聞こうと思っていたことを向こうから切り出してくれた。

私は素直に首を横に振る。


「いいえ。あれは何ですか?」

「前回あれが鳴ったのは5年前だったかなぁ。あれはね『界魔獣』の発生を報せる鐘だよ。聞いたことある?」


界魔獣? 初めて聞く単語だった。


「いえ、それも初めて聞きました」


なんだろう、少し不安になってきた。そんなに寒くもないのに鳥肌の立った腕をさする。


「この世界は異世界との境界線が薄い(・・)のは知ってるよね? 店主さん達は渡界人だし」


渡界人とは私達のような異世界から渡って来た人のことを言う。この世界ではよくあるらしい。私は会ったことはないけど、成君や真君は会った事があると言っていた。それも、地球とは全く違う世界の人らしい。


「時々、その境界線上の穴から界魔獣と呼ばれる異形の魔獣が出てくるんだ。しかも大量にね。そこまで強くはないけど何せ数が多くて、しかも穴が閉じるまで出てくるんだ。なのでその穴―――『購いの渦』と呼ばれてるんだけど、それが現れるとあの鐘が鳴り住民に報せるようになっているんだ」


眉をひそめた私を見て、ロッドさんが安心させるように笑った。


「ただ用心のための報せですから、そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。なんせここには『雷響のレイ』も『紫光のフラン』も『操獣のファナ』も居ますからね。王都は安全です」


そこまで言うとロッドさんは一旦言葉を切り天井を見上げた。


「それにここに居れば間違いはないでしょうし」


それはどういう意味だろう。私も天井を見上げてみるが何も見えない。木目がまるでムンクの叫びのように見えるだけだ。


私が意味を聞こうと口を開きかけた時、いきなりレイノルドさんが勢いよく立ち上がった。


「さて! 行くか。今回は短いといいけどなぁ。前回は確か半月以上降ってきてたからな。短めで済みますように! じゃ、行ってくる」


笑顔で出ていこうとするレイノルドさんを慌てて追いかけた。するとちょうどタイミングよく階段上から成君が現れた。


「お、レイさん。今からギルド行くの?」

「ああ。成君もだろう? あの鐘はギルド員に対する緊急召集の意味もあるからね。行きたくないけど、行かないと。さすがにこれを無視したら罰則くらう」

「あー、めんどくせえ。こんなことならランク上げなきゃよかったよ。―――あ、ゆり姉はしばらく外出禁止な?」


いきなり話を振られて固まってしまう。


「え、なんで? ていうか、もしかして成君も行くの!?」

「おう、行くよ、もちろんじゃん。俺こう見えてもSSランクだぜ? 行かなきゃレイさんの言う通り罰則くらう」


ニカッ、と良い笑顔で笑う成君。

思わず胸元のエプロンをギュッと握り締めていた。


「………ぷっ、まさかゆり姉、心配してる? なにそれ、今さらだろ?」


声を立てて笑う成君を見る視界が少し滲んだ。


―――わかってる。そんなの今さらだって。今までだって魔物を討伐したり旅に出る成君達を見送ってきた。きっと私が知らないだけでたくさんの危険や危機があったんだと思う。


けれど明らかに異常事態とわかる状況で、弟達を送り出したことはなかった。


頭の中であの鐘の音が鳴り響いているのだ、ずっと。そしてあの重くて暗い雲が胸の奥を圧迫している。


そんな私の様子に成君は息を飲んだ。


「………泣くなよ、ゆり姉。そんな泣かれたら………脂肪フラグが立ったらどうすんだよ?!」

「フラグって何よ? お姉ちゃん心配してるんだよ?! 成君が魔王をも越える強敵に倒されるんじゃないかとか、綺麗なお姉さんに誘惑されて付いていったら、逆にカマ掘られて帰ってくるんじゃないかとか、キレた司君に囮に使われて童貞のまま帰らぬ人になるんじゃないかとか―――! お姉ちゃん、いつも心配してるのに!」

「そんな心配(フラグ)いらねぇ! てか、サラッと俺がちぇりーだってばらすなよ!!」

「あらやだ?! 冗談のつもりだったんだけど?」

「!! お、おおおお俺だって、冗談だって! 冗談に決まってるじゃん!?」

「そうだよね、成君モテるって聞いてるから、さすがに初体験もまだ、ってことはないよねー」


ははは、と笑い合う私達の間にそっと入り込む人がいた。

生暖かい笑顔で諭すように見詰めながら、ロッドさんは成君の肩をポンポンと叩いた。目頭を押さえたレイノルドさんが成君の背中を優しく促す。


「大丈夫だよ、成君。俺が居るから安心して。人生の、男の先輩としてその年で童貞のまましぬなんて―――! くっ、哀れすぎる。必ず守るから!」

「そうですよ、大丈夫。頑張って生きていれば必ずいい出会いがありますよ」


優しくも暖かい先輩方に見守られ、少年は大人になっていくのだ―――。


レイノルドさんに連れられて成君が出ていくのを見送った。なにやら必死に言い訳をしている成君と、それをいなすレイノルドさん。どこへ言っても成君は愛すべき弄られキャラだ。


「―――て、ゆり姉! 外出禁止なの、忘れるなよ!」


振り返った成君がそう叫んだ。私は了承の意を込めて笑顔で手を振った。


その私の手が微かに震えていることに、隣に立つロッドさんは気付いたようだけど、成君にはばれなかったことにほっとした。


門の所で遠ざかる2人の背中を見送ってから、室内に戻ると隣に居たロッドさんが口を開いた。


「さっきの話の続きなんですが。あの鐘はギルドからの緊急召集の意味もあるんです。ユリナさんは商業ギルドの会員ですよね?」

「はい。一応宿屋(ここ)の店主ですから」


見上げる私に向けてロッドさんが笑みを浮かべた。

ああ、目に毒目の毒。たいへん眼福ですが、三十路手前女に美形の微笑みは地雷でしかない。


「先程レイノルドが言っていたように、この騒動は終息まで早くて2週間、長いと2月3月を越えることもあります。そのため、商業ギルド、冒険者ギルド、薬師ギルド、魔技術ギルドなどが協力して事にあたります。まあユリナさんは宿屋経営なのでこれと言って問題はないでしょうが、マリカちゃんがもしかしたら―――いや、必ず呼ばれる事になると思います」


私は茉莉花の名前が出たことに体が震えた。

思わずすがり付くようにロッドさんを見てしまう。すると少し驚いたように眉を上げると、ロッドさんは安心させるように私の頭をポンポンした。


………ポンポンって! 平常時なら絶対ときめいてる、私。


「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。呼ばれるのは薬師としてですから。さすがに未成年を前線には立たせないでしょう。すみません、無駄に不安にさせてしまいましたね。突然呼び出しがあると不安になるかと思って先に教えたんですが」


その心遣いに素直に感謝すると、ロッドさんは笑って頷いてくれた。


外出禁止令が出たことだし大人しく掃除の続きをしようと厨房へ向かう私をロッドさんは呼び止めた。


「ユリナさん、実は東の大陸で面白い物を仕入れて来たんですよ。よかったら使ってみません?」


この人が言う仕入れて来た物とは、ほとんどが食材だ。

思わず身を乗り出して聞いてしまう。


「どんな物ですか?!」

「いつも通り厨房にお持ちするので、先に行って待っててください」


厨房にはピーターがいて洗い物をしていた。ベルとアリスは客室の掃除でシシィは洗濯だろうか。最近の流れがいつもそんな感じだ。


ロッドさんが来るまでの間、ピーターと買い出しするものについて話す。


無くなりかかっている備品や消耗品の補充は彼の仕事だ。


その辺りの確認をしているとロッドさんが厨房に現れた。


さすがに中までは入り込んでは来ずに、カウンターに何かをボンと置いた。


「これなんですけどね、多分お米の一種なんでしょうが炊こうと思っても上手く炊けないんです。食べ方わかりますか?」


もちろん一目でわかった。これは餅米だ。普通のお米より少し大振りで白い粒が美しい。


「これで美味しいものを作って食べさせてくれませんか?」

「もちろんです! あ、けど今すぐは無理かも。明日の……昼過ぎには提供出来ると思います。明日はどこか遠出されますか?」


言いながら頭の中で宿帳をめくっていく。確かロッドさんの宿泊予約は1週間だったはず。この短さならそう遠くには出ないはずだ。


「明日は隣村の様子を見に行こうかと思ってますよ。この騒動で物資が不足している可能性もありますから」

「わかりました。それなら明日持って歩けるように用意しておきます」

「やあ、それはありがたいですね。明日が楽しみです」

「きっと気に入っていただけると思いますよ」


餅米の他にも幾つかのスパイスも入っていた。


実はロッドさんは1年前まで冒険者をしていた。有名な精霊使いでランクはAだったけれど、ある衝撃的な出会いがあって商人になった。


その出会いというのが我が宿屋が出した照り焼きチキンだった。ロッドさんいわく、レイノルドさんの雷撃を受けた時よりも大きな衝撃だったらしい。照り焼きチキンの味が忘れられずに冒険にも身が入らず毎夜夢にまで見る始末。さらに言うならば予想外に強い敵に当たって死にかけた時も、もう1度照り焼きチキンを食べたい! と、その一心で上位ランクの魔物を倒したらしい。


その甲斐あって生きて戻ってうちの宿屋を見た時は、人目も憚らず大通りで大泣きしたという。


………て言いますか、その場面を私は見ていた。夕方のバルスの散歩から帰ると、大の男が家の前で泣いてるんだもん、仕方なく雑貨屋の方から入りましたよ。


それからロッドさんはSランクに上がり冒険者としても成熟しようという時に、突然商人になった。しかも食材をメインに取り扱う商人に。


ロッドさんが言うには、あの黒くてしょっぱいだけの醤油があんなに美味しくなるとは思わなかった、世の中にはもっと美味しいものがあるはずだ、どうせ同じ命をかけるなら、俺は美味しいもを食べるためにこの命を使いたい、とそう言って商業ギルドの扉を叩いたそうだ。


………とんでもない食いしん坊さんだ。気持ちはわかるけど。



「ゆりなお姉ちゃん」


スパイスについてロッドさんと話していると茉莉花が顔を見せた。


「やあ、マリカちゃん、こんにちは」

「こんにちは、ロッドさん。ゆりなお姉ちゃん、あのね、薬師ギルドから連絡があって、回復薬とか傷薬の発注が入ったの。しばらく部屋に籠るね」


茉莉花はそれだけを言って奥にいるピーターの元へと歩いていった。しばらく2人でごそごそしていたようで、戻ってきた茉莉花の手にはたくさんのお菓子が抱えられていた。


この子は本気で籠るつもりなんだろうけど、全部がお菓子ってどうなのよ? 私が呆れ顔で言うと茉莉花は一番下でお菓子達の土台になっている容器をコンコンと指で鳴らした。


「こほひゃひゃにほひる、はひっへふ」

「ドーナツくわえながら喋らないの。何が入ってるの?」

「はんほひっひ」

「サンドイッチ? ……お昼頃に覗きに行くから、鍵だけは開けておいてね」

「ふん」


鼻息で返事をして茉莉花は厨房を出ていった。











脂肪フラグは間違いではありません。念のため(笑)

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