閑話~happy birthday~
閑話がもう一本あるのを忘れてました。
どうぞ。
「ゆり姉、これ」
成君がぶっきらぼうに差し出した、リボンのかけられた小さな箱。
いきなり目の前に差し出されると反射的に受け取ってしまう。
「なに、これ?」
「ゆり姉今日誕生日だろ? だから誕生日プレゼントだよ」
照れたようにどこかぶっきらぼうに言う成君。
プレゼント、嬉しいよ。だけどね、ひとつだけ言わせてもらおうか。
この世界では1ヶ月が30日で一年は360日しかない。つまり、正確に言うならばまだ4日早いのだ!
憤慨してそう言えば思いっきり笑われた。
「細かすぎるって、ゆり姉! ははっ、おもしれー!」
「笑うんじゃないわよ! いい? これは大事なことなの!」
「いやー、そんなこと言ってたらさ、誕生日が毎年5日ずつずれることになるぜ? そんなのめんどくさくて覚えてらんねぇ」
確かにその通りだ。思わず私も笑ってしまった。
「ありがとう、成君。開けてもいい?」
「おう、ゆり姉に似合うと思うんだ」
そんなにハニカまないでほしい。頭を撫で回したくなる。
私は期待に弾む胸を抑えてリボンを外すと蓋を開けた。すると中にはラベンダー色の袋に包まれたなにかがあった。
なんだろう? 大きさ的にはアクセサリーっぽいんだよね。
ああ、それにしてもあの成君がプレゼントをくれるなんて………。しかもアクセサリーだよ?
駄目だ、気を抜くと涙が出そう。
ラベンダー色の袋を少し持ち上げて、手のひらの上に中身を出した。
コロリン。
………なんすか、これ。
固まる私に気付くことなく、ハニカミボーイは恥ずかしそうに鼻をかいている。
「それ、さ。俺が作ったんだ。ゆり姉があんまり装飾品をしてるの見たことないからさ、作ってみた」
私の手のひらの上でキラリと光を反射するそれ。
大きさは500円玉より少し大きいくらいで、形は丸みを帯びた星形。多分素材は金だろう。星の中には漢字の『宮』の字が掘り込まれていた。
………どこの校章だよ、これ。
「どうせ身に付けるなら名前にちなんだ方がいいかと思ってさ」
いや、愚弟よ。どうせ名前に関連付けるなら、せめて下の名前にしてくれや。私、百合奈っていう結構お気に入りの名前があるんですけど?!
なんで百合の花をモチーフにしない!
これは一言言わねば、と意気込んで顔を上げてみると。
そこにはとても良い笑顔の成君がいて。私は肩の力が抜けるのを感じた。
「……成君」
「おう」
「ありがとね、大切にするよ」
そう笑顔で言うと成君は破顔した。
………そうだよ、百合奈。去年の誕生日プレゼントを思い出して。あろうことかこいつは飛竜の骨を持ってきたじゃないか。それに比べれば遥かに進歩してる。うん、褒めていいことだ。
また来年に期待できる分だけ、楽しみじゃないの。
でもこれはかすみにはばれないようにしないと。ばれたら絶対成君が虐められる。
―――私はひたすら隠し通したのに、自爆した成君がかすみや司君から冷たい眼差しを受けたのは、また別のお話―――。
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「ゆりなお姉ちゃん、誕生日おめでとう!」
茉莉花が差し出した白いレース編みの袋を笑顔で受け取る。
「ありがとう、茉莉花。可愛い袋ね。今年は何が入ってるのかな?」
去年は手作りのハンドクリームだった。
袋の口を開けて中を見てみる。薄紅色の瓶に入った液体が見えた。なんだろう? 香水だろうか。
そっと瓶を袋から取り出した。
この瓶、成君が作ったんだろうな。薄紅色なのに形は完全にオロ○ミンCだ。
まあ、可愛いけど。
「これね、なんだと思う?」
楽しそうに茉莉花が聞いてきた。その幼さが可愛くて微笑ましい。
「んー、なんだろね? 香水? それとも化粧水かな?」
すると茉莉花は首をふるふると横に振ると、身を乗り出して言い放った。
「それね、若返りの薬なんだ!」
………………………なんですと!?
予想外の台詞に頭の中が真っ白になり、瓶を持つ手が震え出した。
茉莉花の言った言葉が真実ならば、この世界はとんでもないことになる。その事実が与える混乱振りを考えて背筋が凍った。
「本、物、なの?」
私の声が震えていることに気付かない茉莉花は無邪気に頷く。
「もちろん! ゆりなお姉ちゃん、最近凄く気にしてたでしょ? だからね、頑張って作ったんだ」
茉莉花の言葉を聞いて目の前が真っ暗になる気がした。
確かに茉莉花の前で、何度か最後の20代だ、みたいなことを言った。
それがまさかこんな形で自分に帰ってくるなんて。
茉莉花の固有チート《創造:調合》は文字通りAとBを合わせてCを作る能力だ。けれどそこにはある程度の下地がいる。砂糖と塩を合わせて胡椒が出来ないように、適当に混ぜ合わせたからといって望む物が出来る訳じゃない。一応ある程度のレシピは《創造:調合》の能力に添付されているみたいだし、魔力のゴリ押しで調合過程を飛ばすこともできる。
もちろんこの世界には若返りの薬なんぞ存在しない。茉莉花が努力で創り上げたか、それかチートなレシピに載っていたのか。
もしこれが本当に若返りの薬だとしたら。
………どうしよう、最悪のシナリオしか浮かばない。これはすぐに司君に相談しないと。
私は知らず握りしめていた瓶をじっと睨んだ。
そんな私の様子には気付かず、茉莉花は得意そうに薬の説明を続けた。
「それでね、この薬の使い方なんだけどね。一気に使っても効果はないから、毎日少量―――この瓶の蓋一杯分ね、これを桶半分の水に溶かしてその中に髪の毛を浸すの」
「………髪?」
もしかしてこの薬は髪の毛の先から吸収するのだろうか? それじゃまるで妖怪じゃないか。
そんな自分の姿を想像して、ちょっと気分がブルーになる。
「そう、髪。そしたら傷んだ毛先も生えたての髪の毛みたいに艶々になるから!」
「………髪が?」
「そう! だってゆりなお姉ちゃん、枝毛が増えたとか、パサパサするとか言ってたでしょ? 最初はコンディショナーにしようかと思ったけど、やっぱり地毛が健康的な方がいいかな、て。だからね、それなら毛先を若返らせて艶々にすればいいって考えたの」
満面笑顔の茉莉花は目がキラキラしていてとても可愛い。
この子はやっぱり天使だと、私は本気で信じてる。
「………ありがとう、茉莉花。今日の夜、早速使ってみるね」
私の言葉に茉莉花は嬉しそうに頷いた。
結論―――茉莉花はやっぱり可愛かった、まる
―――後にこの薬は雑貨屋に並べられ、将来に不安を抱く紳士諸君に爆発的に売れたのもまた別のお話―――。
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私の29才の誕生日はこんな感じで過ぎていった。
ちなみにかすみからは真珠の髪飾り(これはかなり嬉しかった)を、真君からは郵送で百合の花束が届いた。魔力を帯びて輝く黄金の百合が2本と、薄紅色の百合が9本と。なんと言うか、さすが真君、そつがない。光君からはこの世界では珍しい本をもらった。これも嬉しかったな。
そんな中で一番嬉しかったのが、司君のプレゼントだ。なんと晩御飯を作ってくれたのだ。
………実は私、男の人の手料理に憧れがあったりする。父子家庭だったのにも関わらず、私は父親の手料理を食べたことがない。いつも作るばかりだったから、このプレゼントは本当に感動して涙が出た。
味は可もなく不可もなく、て感じだったけどね。
その夜、感謝の心と幸せな気分で私は眠りにつくことができた。これも弟妹達のおかげである。