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星宮家と異世界的日常  作者: 兎花
第2章 星宮家の婚約事情
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閑話 ~他者視点~

~???視点~


長い長い時間を彼は生きた。

一族の中でも最長の寿命を誇った彼は、今やっと己の寿命が尽きる時を迎えて深い安堵の中にいた。


―――ああ、やっと。やっと追いかけることが出来る。


長い一生の中で僅か数十年という時は、まるで彗星が過ぎるがごとき短さだ。

それなのにその数十年で満たされた心は、それ以上の喜びも意味もそれからの生で見出だすことは出来なかった。


だからただひたすらに残された仲間を纏めることに費やし、その祝福の時を待ったのだ。


たゆたうような浅い眠りの淵で見る夢は、懐かしい笑い声と優しく撫でる手の感触。寄り添う温もりは春の日射しよりも柔らかい。


―――おいで、おいで、『 』私の大切な友達。


軽やかな声で彼を呼ぶ。


待って、待って。俺を置いていかないで。今度こそ貴女を守るから。だから再び貴女の側に。


願う心は叫ぶけれど伸ばす腕は空をきるだけで何も掴まない。


だけど今度こそ本当に―――。



共に生きてきた大切な仲間や家族が見守る中、彼はその老いた肉体を脱ぎ捨てた。

肉体を捨てた魂は軽く、彼は光の速さで主の魂を探す。時間を越え空間を越え次元を超えて、長い放浪の果てに見付けたその魂の側に寄り添った。


新たな肉体を得て。





彼の新しい肉体は、なかなか彼の魂に適合しなかった。元々小さな体に宿っていた魂は今では彼と融合したが、脆弱な肉体は魂の強さを受け止めることが出来なかった。


だから常に四肢は怠く眠たかった。特に最初の1年は彼の魂はほとんど眠っていた。


それでも彼に不満はない。


常に主が側に居て頭を撫でてくれたから。柔らかい薫りに包まれていたから。


そこに主がいる。それ以上の幸福はなかったから。




にゃあ。


その声に彼は意識を向けた。

とても懐かしい気配だ。かつての生で共に戦った戦友ともの気配。


彼は重い体を起こすと声の元に向かった。


そしてその青い瞳を見て、とても綺麗だなと思った。だから主に見せたくなって口にくわえて運んだ。


喜ぶ主の顔を見て、溢れんばかりの幸福感が彼を満たす。


そうだ、笑っていて。どうか泣かないで。貴女の喜びが私の幸福。貴女の涙が私の絶望。


だからどうか笑っていて、ご主人様―――。



○●○●○●○●○●○●○



~ベル視点~



皆様、初めまして。

私の名前はベルと申します。創造主であられるカスミ様に体を頂いた元精霊にございます。


カスミ様が私に下した命令は至極単純なものでございました。


『お姉ちゃんの側に居て、不埒な輩から守って』


宿屋という特性上、どうしても不特定多数の獣―――もとい、人間が出入りします。その中でもいろんな意味で不埒な輩が出没するであろうから、ユリナ様を魔の手から守ってほしい。そうカスミ様は仰いました。


私達にとってカスミ様の言葉は神の言葉。粛々と従うまでです。


最初はただカスミ様の命に従い守っているだけでした。

それがいつからか『守りたい』と思うようになり、今では『絶対に何者にも触らせない』とまで思うようになったのです。


私達精霊は、この世界に満ちている神の意志から抜け落ちた存在と言われています。ですから自己が強ければ強いほど力が強いとされ美徳とされます。


そんな価値観の中にあって、ユリナ様の魂の強さや輝きは目を見張るものがあるのです。


どれほど踏みつけられても太陽に向かって伸びる野の花のように、まるで泥の中に咲く蓮の花のように。

凛と美しく折れない強さは魂までも魅了する輝きに満ちているのです。

それでいて己の弱さを許さない厳しさもあり、他者を思いやる心の柔らかさもある。


ああ! 本当になんて素晴らしい方なのでしょう!


ユリナ様の素晴らしさを知れば知るほど、私の心は強く誓うのです。必ずこのお方をゲス共の手から守って見せる、と。



「ねぇ、ベル。この間のアシャンティのクッキー美味しかったでしょ? 今日ねぇ、商店会の集まりでアシャンティの新作ケーキをもらったの! 一緒に食べよう?」


同じようにピーターやアリスにも声をかけられた後、ユリナ様はケーキを振る舞ってくださいました。


「ユリナ様、シシィは呼ばないのですか?」


ピーターの言葉に私とアリスの動きが一瞬止まります。


―――本当にこのうさぎっ子は。


シシィは普段雑貨屋の店番をしています。もしシシィを呼ぶのであれば誰か代わりの者が店番をしなければなりません。


そうなると必然的に選ばれるのは私かアリスになります。獣人族と間違われるピーターは、基本的に接客には回せませんから。


「シシィには後であげるつもりよ。今日は成君も光君も居ないし、茉莉花は調合室から出てこないから。独りでの接客も慣れてもらわないとね」


クスリ、とユリナ様が笑われました。

その笑顔の可愛らしさと言ったら! 私は胸が熱くなり吐息までも熱を持っているようでした。


仕事の合間を縫ってのお茶会が始まりました。


ユリナ様のお話は大体がお料理の話か弟妹方の話になります。最近では新しく増えた仲間のオニキスの話も多いですね。


「―――それでね、アリス。オニキスやバルスの首輪を作ったんだけど、刺繍を入れられないかな、と思って。赤い色の首輪なんだけど、どんな模様がいいかな?」

「そうですね。無難なところだと花や鳥でしょうか。ユリナ様の希望はありますか?」

「うーん、生き物はちょっとなぁ。どうせなら蔦模様とか、トランプのマークとか?」


最近になってユリナ様は刺繍を始めたそうです。針の扱いはアリスの領分(いろんな意味で)ですので、彼女から習っているようです。


2人で和やかに話している姿を見ていると、とても癒されます。


ユリナ様の少しくせの付いた黒髪が一筋こぼれ、その髪を耳にかける仕草。かける繊手の美しさに思わずそっと手に取り頬擦りしたくなります。


「……あっ、……」


うっとりと見詰めていると、不覚にもお茶を少し溢してしまいました。

熱いお茶が私の指先にかかりましたが、私達は表面の痛覚はほとんど切っていますので、さほど痛みはありません。

ですがユリナ様は驚いた後、素早く立ち上がり私の手を握ると一番近い水場に向かい冷やしてくださいました。


「火傷は素早さが命だからね。すぐ冷やさないとじくじく痛むのよねー。昔はよく冷やしてあげてたなぁ」


懐かしそうに微笑むユリナ様の顔がすぐ目の前にありました。するとふんわりと石鹸の匂いとユリナ様の匂いの混じった、なんとも言えない芳しい匂いが鼻腔をいっぱいに満たしました。


ああ、良い匂い……。出来ればギュッと抱き締めて、思う存分吸い込みたい。そうしたらきっと、とても幸せだろうに。


胸の奥がギュウッと締め付けられるようです。


「うん、もう大丈夫だよね。はい、タオル」


ユリナ様は自分が拭くよりも先に私にタオルを差し出します。私は心のままに微笑みお礼を言って受け取ると、手を拭いてユリナ様に渡しました。


「……ユリナ様?」


何やら頬を赤くしたユリナ様が私を見詰めています。

少し照れ臭そうにユリナ様はこめかみをかきました。


「いや、ベルってほんと色気半端ないよね。爪の垢でも煎じて飲めば、その色気が少しは付くかな?」


真剣に考える姿がまた可愛らしいこと。


ユリナ様は私を見るといつも同じ様なことを仰います。けれどそれは私の仕様なので特別なことではありません。


むしろユリナ様の美しさに比べればなんと俗物的か。その意図を持って造られたとはいえ、少し恥ずかしさを覚えます。



お茶を終えると、アリスが雑貨屋の方へと向かいました。

シシィと交代するのでしょう。入れ違いに薄桃色の髪の少女が入ってきました。


初めて見た時に比べればまるで別人のようです。ふっくらとした頬にすらりと伸びた手足、はち切れんばかりの瑞々しさが乗った細い体。


嬉しそうにユリナ様に話しかける姿を見ていると、自然と眉根が寄ってしまいます。


「ベル、表情に出ています。抑えてください」


アリスの言葉に私は軽く息を吐きました。


「わかっているわ、アリス。ツカサ様やバルス様が見逃しているのだから、私もそうしなければね」


私は仕事をするために屋上に向かいます。アリスは厨房でしょう。


ああ、それにしても煩わしいこと! このユリナ様の宿屋には虫が多すぎるのです。さっさと本性を現してくれればすぐさま退治しますのに。


ツカサ様いわく、「今はまだ害虫には至っていない、むしろ益虫だから放っておけ」だそうです。


―――虫ごときに守られなくても私が守ってみせますのに。


なんとなく面白くない気分のまま、私は今日の仕事をこなすために働くのです。












ベルの百合奈に対する想いは恋愛ではありません(笑)。尊敬や崇拝といったものです。

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