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星宮家と異世界的日常  作者: 兎花
第2章 星宮家の婚約事情
13/49

途中○●がありますが、それより先はかすみ視点になります。司よりはましですが、やっぱり闇成分がありますのでお気をつけください。

翌日の18時前に、司君とかすみがゲイル様と共に帰って来た。3人とも歩きである。

事前に連絡を受けていた私はベルに給仕役を頼むと、表に出てゲイル様を迎えた。

相変わらず大きな体に全身真っ黒で、今日はマントだけが瞳の色と同じで鮮やかな蒼だった。


「ようこそお越し下さいました。心からのおもてなしをさせていただきますので、どうぞごゆっくりとおくつろぎください。こちらへどうぞ」

「うむ。歓待いたみいる。姉君はまだ仕事が?」

「はい、今からお客様方の夕御飯の時間になりますから。それが終われば御一緒させていただきます」


挨拶を済ませ私は厨房に向かう。ホールはシシィとアリスが、厨房はピーターが一人で頑張っている。


この宿屋に泊まる冒険者はほとんどが高ランクカード持ちだ。なので基本的な体調管理はしっかりしていて、平日にお酒を飲むことはほとんどない。飲んでもコップ一杯程度だ。

その代わりによく食べる。しかも肉と野菜のバランスの取れた料理をとても喜んでくれる。健康への意識が高いのだろう。


デザートのシャーベットを盛り付けていると、食堂の方から大きな歓声が聞こえた。その中にゲイル様の声もあるようだ。


なにやってんだろ、あの熊さんは。


覗きに行こうと思って、止めた。

司君の言っていた『この宿屋の価値』とやらを堪能しているのだろう。


しばらくするとアリスが少し戸惑った表情で厨房に姿を見せた。そして注文を口にした。


「ゲイル様からの注文です。今日お土産に持ってきたワインを皆様に配りたいので、その、グラスを貸してほしいと言われました。どうしましょうか」

「それじゃあ棚から出して持っていってくれる? 一番良いやつ、使っていいから」


さすがに地球にあったような、弾くと澄んだ音の鳴るようなグラスは無いが、ほぼ無色に近い彫りの入った厚めのグラスははある。


アリスが再びホールに消えるとまた歓声が聞こえた。


それを聞きながらピーターを呼び、盛り付けたシャーベットに保存の魔術をかけてもらう。

ワインのつまみを用意することにした。簡単にチーズとフライドポテトを手早く作り盛り付けると、ちょうどタイミング良く顔を出した光君に持たせた。


「はい、光君。これ持っていって」


光君が食堂に消えると、入れ違いで茉莉花が入ってきた。


「ゆりなお姉ちゃん、晩ごはん食堂で食べてもいい?」

「ええ、いいわよ。その代わりゲイル様の邪魔をしないようにね? ていうか、ちゃんと挨拶した?」

「うん、大丈夫。可愛い可愛いって、頭を撫でてくれたよ。珍しくバルスもなついてるし、私も話しやすい」


おお、それは珍しい。バルスは基本私以外にあまり興味がない。さらに言うなら茉莉花は人見知りだ。その一人と一匹を手懐けるとは。ただの熊ではないようだ。


「お姉ちゃん、ここが片付いたら4階に上がるから。そう伝えといてくれる?」


嬉しそうに茉莉花が厨房を出ていくと、後片付けに精を出す。

4階に上げていたベルも下りてきて、弟妹達は揃って食堂で食べることにしたようだ。


………テーブル、足りるだろうか。まあ足りなければ司君なり成君なりが納戸から予備のテーブルを出してくるだろう。


粗方の洗い物を終えて私は盛り上がる食堂を後目に4階に上がった。



○●○●○●○●○●○●○



お姉ちゃんが階段を上がって行った。その真っ直ぐに伸びた背中を見送っていると、その後ろをバルスが付いていくのが見えた。


「―――それで。決めたのか?」


司兄の声に私は無言で頷く。

同時に軽い結界を張った。私達の会話が盗み聞きされないための、認識阻害の結界だ。一応話し声は聞こえるけれど、内容まではわからない、そんな結界だ。


お姉ちゃんがここに執着するのを止めると言った日。あの日にこの国の命運は決まった。


「ボスの思う通りにしたらいいよ。別に反対はしないし邪魔もしない。必要ならば手を貸すし。ただ、引き込める人間はこっちに入れてもいいでしょ?」

「ああ、できるだけ引き込むといい。ただし屑はいらないからな」

「わかってるって。で、いつ行動を起こすの?」

「百合奈さんと茉莉花を年明けに旅行に誘おうと思う。その間に片付けるつもりだ」

「………結構急だね。間に合うの?」


私の疑問に司兄がふっと笑った。城に居ては絶対に見れない笑顔だ。


「準備だけなら済んでたからな」


そうだろうな、と思う。ボスが奥の奥に閉じ込めているものがこの国を許すとは思えなかった。



私がこの国に来て騎士団に入ったのは、手に入れた力を思う存分使いたかったから。正義の名の元に悪を正す正当性があれば、力は鉄槌となり憧れの対象となる。力は所詮暴力に過ぎない、その暴力に意味を持たせた上で思い上がった奴等を叩きのめしたかったんだ。


それが結果的にお姉ちゃんを苦しめることになり、また繋ぎ止める結果になった。


お姉ちゃんは私達のためならいくらでも自分を殺す。

あの事件の後、それがわかってて私は騎士団に残った。あのまま怒りに任せて国を滅ぼしでもすれば、今度は私達がこの世界の敵になっただろう。大き過ぎる力をただやみくもに振るう者を、人は恐れはしても決して認めない。


だから、うまく言えないけれど今はまだその時ではない、そんな感じがした。怒りのままに力を振るえば私達兄妹はバラバラになってしまうと。


それに私やボスはまだいいけれど、光や茉莉花、それにお姉ちゃんが世界からはみ出してしまったら、それはあまりに可哀想じゃん?


茉莉花は特に8歳の子供なのに、友達が出来ないとかって。


せめてもう少し場が整うまでは、と私はあえてこの国に残ることを決めた。そうすればお姉ちゃんも残ると思ったから。


そしてお姉ちゃんが残る限りこの国は存在を赦される。そしてその間にあの人が全てを整えてくれるだろう。


私だってけして大好きな姉にされた仕打ちを忘れたわけではない。


時が来れば、綺麗な形で壊してくれる。


司兄に対するその信頼感だけは揺らがない。



「騎士団の掌握はどれくらいできているんだ?」

「下の立場の奴らほど私に心酔してるよ? 私ってば貴族社会に媚を売らない、本物の『勇者』だからね。近衛騎士はほとんどが見かけ倒しだから問題なし! 相手にもなりゃしない」

「お前の『親友』はどうなんだ」


その含みのある言い方に笑いが口の端に浮かんだ。


「さあ? 親友だけど信じる物が違えばまた道も違う。そんなの当たり前じゃん。昨日の敵は今日の友、て言うくらいだから、その逆もアリってことなんじゃないの?」

「なんだ、もっと守りに入るかと思ったが。えらく割り切ってるじゃないか」


司兄がニヤリと笑うのを見て、ほんと性格悪いよな、と思う。


フェオルドとアムネリア。騎士団に入ってすぐに気が合った2人だ。身分なんか気にしない気安い性格にすぐ意気投合した。


冗談で親友なんて言ってたけど、本当はわかってた。こいつらとは本当の意味で理解し合えないって。


司兄は私のことを明るい性格だって思ってるみたいだけど、それは違うと言いたい。私は明るく振る舞ってるだけだ。


さすがの私だって立場や身分の違いはわかるし、産まれ育った環境の違いは嫌と言うほどわかってしまう。


仲良くしながらもその劣等感はなかなか消えなかった。


「私は私で守りたいものがあるの! あの2人まで私の手じゃ囲えないし」

「そうか。それじゃ以前に話したフェオルドとの婚約は……」

「無理! 惚れた女も守れないような男、こっちから願い下げだっつーの」

「あれはフェオルドのせいじゃないだろう」


呆れたように言う司兄に苛立ちが募る。


確かにお姉ちゃんが売り飛ばされたのはあいつのせいじゃないけどさ。それでも好きな女の苦境にすぐに気づいて欲しかった。


……うん、わかってる。これは八つ当たりだって。


「フェオルドが嫌なら当てはあるのか?」

「ゲイルさんがいるじゃん。駄目なの?」


冒険者の人達と楽しげに語り合う男の姿を見る。

肩を組んでいるのはレイノルドだ。2人でご機嫌に歌を歌っている。


「ゲイル殿か。………百合奈さんといい雰囲気だったんだよな」

「え、そうなの?」

「ああ。偽装とはいえ、妹の婚約者になるとあの人は絶対遠慮するだろ? だから迷う」


そう言って難しい顔をする司兄は心底馬鹿だと思う。普段冷酷にして冷淡、迷いなど一切見せないこの男が。お姉ちゃんのこととなるとすぐにあれこれ迷い脆くなる。


ほんと、さっさと結婚しちゃえばいいのに。


魔法で程好く冷えたワインを舐めるように一口含むと、つまみのチーズを放りこむ。


まあ、余計なことは言わないけどね。


司兄にしろマコ兄にしろ光にしろ。絶対にお姉ちゃんを『姉』とは呼ばずに名前で呼ぶ。その意味・・に気付いていないのは司兄とお姉ちゃんだけだ。


「うーん、ゲイルさんとお姉ちゃんねぇ。―――いやぁ、ないでしょ。あの2人って似てるからさ、一緒に居ても恋愛にならないんじゃないかな?」


頭の中で2人を並べてみる。お姉ちゃんは例えるなら細身で良く動く働き者の鹿だ。ゲイルさんは見た目通り熊だ。一見すると捕食者と被捕食者だけど、その実中身は海の生き物鯨だ。

住む場所も存在も、大き過ぎて私達にはよくわからない生き物、て感じがする。


「それが逆にお似合いにはならないか?」

「ならないと思うね。多分お互いぽやぽや~てして終わるよ。それに例え好きになったとしても、お姉ちゃんは貴族は選ばない。選びようがないんだもの」


貴族の結婚はいろいろ制約が付きまとう。お姉ちゃんは多分子供を産む選択をしないだろうから、後継ぎを一番に考える貴族の長男は絶対に選ばない。

そう考えたらゲイルさんは無理なんだよね。


確かにお似合いなんだけどさ。


「まあ、確かに貴族は無理だろうな。後継ぎに関しては弟の子供を養子に貰うつもりみたいだが」


「―――おい、何か俺のことを言っていないか? 先程から何度か呼ばれている気がするんだが」


熊がぬっと顔を出した。

精悍な顔立ちに爽やかな青い空の瞳。社交場のご令嬢達はみんなこの人を恐がるけれど、私から見ればとてもかっこいいと思う。


「ああ、ちょうどゲイル殿の話をしていた。ゲイル殿は確か子供は居なかったな? 後継ぎはどうするつもりだ?」


近くの椅子に座るとゲイルさんは腕を組み、そして不思議そうに首を傾げた。


「ふむ。確かに俺には子はない。後継ぎは弟の子の中で優秀な者に譲るつもりだが。それがどうかしたか?」

「かすみの婚約者の話をしていたんだが」

「おお! そうか。カスミ殿もとうとう好い出会いがあったわけか! して、相手は誰だ?」


興味津々のゲイルさんに、司兄はそれはそれはよい笑顔を向けた。あれが私に向けられていたら、間違いなく回れ右して逃げ出すね。


私は心の中で熊さんに手を合わせた。


「ゲイル殿。かすみを預かってはくれませんか? よろしければ無期限で」



●○●○●○●○●○●



なんでかよくわからないけれど、かすみとゲイル様が婚約することになったらしい。


食堂でのちょっとした宴会を終えて4階に上がってくるなりそんな報告を受けた。びっくりである。


「………まあ、本人同士が納得しているのならいいけど。くどいようだけど、本当に納得しているのよね?」


ニコニコとゲイル様の腕にすがり付くかすみとは逆に、すがり付かれている方はなぜか遠い目をしている。


ゲイル様……この短時間に何があったのか。おもしろ………可哀想なくらいに顔色が悪い。


「もちろんじゃん! 私達愛し合ってまーす」

「さすがにそれは冗談だってバレるから止めなさい」


私がかすみを注意していると、諦め混じりの溜め息を吐いたゲイル様が困ったように私を見た。


「まあ、話の流れ上こうなったが。私自身はそう悪い話ではないと思っている。姉君は赦してくれるか?」

「本人がいいと言うのであれば私は何も言いません。ですが我が家では辺境伯の元に嫁ぐのに、体裁を整えられるかどうか」

「ふむ、その辺はこちらで対処しよう。とはいえ、まあ、偽装なのだがな」

「あ、やっぱり偽装ですか。そうだろうな、と思いました。出来れば本当であれば嬉しかったんですけど」


一瞬、やっと1人片付く! と喜んだのに、隣を見れば新郎になるはずの男が心労で顔色が悪いのだ。なにか裏取引があったんだな、と思うのが普通だろう。


その後は私の料理に舌鼓を打ちつつ、婚約する際の設定を細かく詰めていく3人の会話を聞くともなしに聞いていた。


そして最後に茉莉花の話をする。学院に通うために後見人になってほしいことを頼むと、快く承諾してくれた。これで来年の試験に合格できれば晴れて茉莉花も学生である。


迎えの馬車が来るまで楽しく過ごした。


でもほんの少しだけ、心の隅に墨汁を一滴垂らしたような黒い感情がある。


ゲイル様が帰りみんながそれぞれの部屋に下がった後、その黒い感情と向き合ってみた。


それは小さな不安。かすみが偽装とはいえ婚約し、茉莉花の学院行きもほぼ確定して、私の心の中に余裕と言う小さな隙間ができた。そこに不安が湧き出しているのだ。


早くみんな一人立ちしてほしいと思ってた。けれど実際それが見えてきた時、言い様のない不安が私を襲った。ここまで必死に弟妹達を守ってきた。

けれど実際みんなが輝く未来に飛び出した時、私の存在意義はどこにあるんだろう。


………しっかりしなきゃな。


弟妹達の面倒を見ると決めたのは自分自身。あの子達に責任はないし、青春を潰されたと恨むのも筋違いなのだ。


もう少し強くならないと。


私はそう決めるとバルスとオニキスと共に眠りについた。








かすみとゲイルの婚約が偽装とはいえ決定しました。辺境伯であり国一番の武力を誇る領地の主となると、なかなか結婚は難しいようです。その点かすみならば誰からも文句は出ないでしょうね、国一番の女武者ですから。ある意味お似合いな2人です。


今は偽装となっていますが、今後どうなるかはまだ謎です(笑)



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