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星宮家と異世界的日常  作者: 兎花
第2章 星宮家の婚約事情
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 にゃあ。


そのか細い声に草むしりの手を止めた。


私たちが暮らすこの国は一年を通して気温の変化があまりない。今の季節は12月の初めだけど、気温は長袖のシャツ一枚にカーディガンを羽織るくらいでちょうどいい。


年中温暖な気候のせいか、とにかく雑草がよく生える。

今日もぶちぶちと雑草を引き抜いているとその声は聞こえた。


にゃーぁ。


立ち上がり周囲を見渡すけれど鳴き声の主は見当たらない。


声が聞こえると見付けたくなるのは、動物好きのせいだろう。キョロキョロ見渡して居ると、建物の影からのそのそとバルスが歩いてきた。その口に何か黒いものをくわえている。


にゃーお。


くぐもった鳴き声がさっきよりもはっきりと聞こえてきたのには、正直顔色が変わった。

慌ててバルスの傍に駆け寄ると、お座りしたバルスの口元に両手を差し出した。


「 アウト! バルス、アウトして、ほら! 放せ!」


バルスが口を開くと、手の上に黒いものが落ちてきた。

じっと見詰めていると、綺麗なスカイブルーの瞳と目があった。私の手のひらの上でちょこんとお座りをしてこちらを見上げている。三角のお耳と長い尻尾が時々揺れて大変愛らしい。


にゃおん。


「……猫だと思ったんだけどな。君はどこの子? とっても綺麗な瞳ね」


鳴き声も仕草も姿形も間違いなく仔猫だ。

その背中に翼さえなければ。

………まぁ、ここは異世界だし? 魔獣がいる世界だもの、猫の背中に翼があったとしても驚きません。むしろ萌ポイントですわ。


なんとなくバルスと翼猫(仮)と遊んでみる。バルスも翼猫に対して警戒心はないようで、むしろ興味深そうにその動きを眺めている。


バルスが尻尾を振ると飛び付く翼猫。見ていてとても癒される。2匹が遊んでいる姿を見ながら、この仔どこから来たんだろうと考えていると、どこからか声が聞こえてきた。


「……ぉーい、どこにいるー? ミュエルー、帰るから出ておいでー」


宿屋の裏から聞こえてくる。ミュエルー、と呼ぶ声に翼猫が耳を立てて反応を示した。そして尻尾を立てたまま声の方に走って行く。


にゃあ。にゃあん。


裏の塀に向かって何事か喋っている。すると塀の向こうから人が現れた。


……おう、これまた美形だな。


相変わらずこの世界の顔面偏差値は高いらしい。


地球では見ることのない青銀の髪に濃い青紫の瞳。年の頃は20代後半くらいか。彫りの深い顔立ちに高くすっと通った鼻梁、全体的に冷たく見える印象を更に際立たせる薄い唇。


なんというか、人間離れした美しさだ。


その人がこちら側に居る翼猫に気づいた。そして少し目を細めると「そこに居るんだよ」と声をかけて姿を消した。


しばらくすると、今度は表の方から先程の男性の声がした。「すみません、失礼しますね」と大声を発しながら、こちらへ回ってくる。


……ん? 珍しいな。こんな時はアリスかベルが出てくるのに。忙しいのかな。


考える私の横を黒い影が走り抜けた。そして建物の影から出てきた人物に勢いよく飛び付いた。


「うわ?! ミュエル、危ないじゃないか! 人間の前に姿を見せてはいけないとあれほど―――あ」


さっき塀の向こうから覗いた時は肩から上しか見えなかったが、今は全身見えるのでこの人がどういう人か一目でわかる。


白い服に青の法衣は神官の衣装だ。右肩に掛けている布の模様でどの神様を信仰しているのかがわかり、左肩の布で階級を現していたはず。


……駄目、わからないわ。一度も教会に行ったことのない身としては、模様を見ても何もわからない。


「すみません、うちの『猫』が迷い込んでしまって。えと、もしかしてこの宿屋の店主さんでしょうか?」


喋る男性をバルスがじっと見ている。その頭を無意識に撫でながら私は頷いた。


「あ、はい、そうです。あの、どちら様でしょうか?」

「ああ、やっぱり。突然の訪問失礼致します。今度裏の土地に建ちます助産院の関係者です。ジークと申します。ご挨拶が遅れまして申し訳ございません」

「ご丁寧にありがとうございます。私は宿屋『ホシミヤケ』を営んでおります、ユリナ=ホシミヤといいます。………あの、助産院ですか? 診療所ではなくて?」

「主に助産院、ですね。それにともない女性特有の病気等も専門に診ています。―――この国ではまだ珍しいですからね。戸惑いもあるかもしれません。この服装を見ていただければわかりますように、私はアーシェリア教の神官でして。女神アーシェリアは命を産み出す神ですから、それにちなんで教会では助産院も運営しているんですよ」


最初の印象とは違い、非常に人懐こい人のようだ。聞いてもいないのに女神アーシェリアについて語りだした。世の中の人はみんな勘違いしているから始まり、女神アーシェリアの慈悲深さや命を産み出す大変さ、そして命そのものの尊さを真剣に語っている。


……これはあれだろうか、もしかして勧誘されている?


適当に聞き流していると、その様子に気が付いてジークはばつの悪そうな顔で頭をかいた。


「すみません、調子に乗りましたね。あ、別に勧誘ではないですよ? ただ、話を聞いてくれる方は貴重なんです」


この国は特に偏見が酷いですから―――。


そう言って目の前の美形は困ったように笑う。

その辺のことは私にはわからないので何も言えない。なんせこの国から出たことは無いのだ。冒険者である弟達の話を聞くだけで、この世界の人たちがどんな思想を持ちどんな文化を造り上げているのか、私には王都(このまち)のことしかわからないから比較のしようがない。


ジークの腕の中の子猫がにゃあんと鳴いた。あまりの可愛らしさに微笑んでいると、子猫がピョンッと男の腕の中から飛び降りて私の足元にじゃれ付いてきた。


「おや、珍しい。人にはなつかないんですが。どうやら貴女の事は気に入ったようですね」


私、動物になら好かれる自信があります。


「ミュエルちゃんて言うんですね。雄ですか?」


しゃがみこんでミュエルに手を差し出すと体を擦り寄せてきた。……はうん。猫も可愛いくて萌えます。


「ミュエルは名前ではなくて種族です。ミュエルは猫形の魔物で、その子は普通の猫とミュエルとの合い猫なんですよ」


いろいろ突っ込みたいことはあるけれど、私も大人だ、あえて何も言わないでおこうと思う。


「……じゃ、じゃあ、なんて呼べばいいかな? ねえ、おちびさん?」

「お好きにどうぞ。私の飼い猫ではないので」

「え、神官様の猫ではないんですか?」

「はい。元は野良猫が産んだ子なんですが、魔獣と動物の合いの子はとても珍しいので保護したんですよ。―――そうだ。もしよければこの子の里親になりませんか?」


とてもよい笑顔で、そう提案された。




「―――で、引き取ってきたんだ」


呆れた表情で司君が見ているのは、バルスの背中で器用にお座りしている黒い子猫だ。機嫌が良いようで、時々尻尾の先がゆらゆら揺れている。


「うん、可愛いでしょ? 可愛い誘惑には勝てないよ」


日本人は偉大だね。可愛いは正義って真理だと思う。


そもそも猫を拾ってきたところで弟妹達に迷惑はかからない。バルスの時もそうだったけれど、面倒を見るのは私なのだ。ならば私が拾っても誰も文句は言えないだろう。


「面倒の見方は普通の猫と変わらないって。バルスにも凄くなついてるし。司君は反対? この仔飼うの」


私がいざとなったら頑固なのは司君が一番よく知っているはずだ。にこにこ見上げる私をなんとも情けない顔で見おろし、司君は諦め混じりの溜め息を吐いた。


「まあ、いいんじゃないかな? ただ、その神官は気になるけどね……」

「ん? 神官様がどうしたって?」

「いや。その神官はなんて名乗ったの?」

「ジークって名乗ったよ。超美形だったの、スマホがあれば写メ撮ったのになぁ」


しみじみ思い返していると、司君がなにやら考え込んでいた。

そして黒猫とバルスを見た後、窓際に近付くと裏の敷地に目をむけた。


「ジーク、ね……。ねえ、百合奈さん、裏の助産院いつ出来るか聞いた?」

「うん? 聞いたけど。確か年明けになるって言ってたような」

「その神官、また来るのかな」

「どうなんだろうね。助産院自体の責任者は違う人みたいよ。女の医術師と助産師が責任者になるって。でも、あの口振りだとまた来るかもね」

「そう………」


その一言を最後に司君が深く考え込む。私はそれを放置して仔猫の元に近寄った。さいわいバルスは私がどれほど仔猫を可愛がろうと頓着していない。むしろ仔猫に対する興味の方が強いみたいだ。


「名前、どうしようかな? バルス繋がりでシータとか。ていうか、君は女の子なのかな? ちょっと失礼―――うん、女の子だね。それか黒猫だからジジ?」


言っていて笑いが込み上げてきた。これじゃかすみや神官様のセンスを笑えやしない。


むーん、と腕を組んで考えていると、ふと古い記憶が甦ってきた。まだ私が幼い頃、お祖母ちゃん家に居た猫。いつも縁側の座布団の上で丸くなりながら日向ぼっこしていた黒猫。


名前、なんだったかな。確かお母さんが付けたってお祖母ちゃんは言ってた。子供心にカッコいい名前だな、て思ったんだよね。


………そうか、もうお母さんのお墓参りも行けないのか。

お父さん、お義母さんと再婚してからお墓参りも行かなかったもんな。こちらに来て2年半、誰も手入れしていなければ荒れ果てているだろう。


………あんなにラブラブだったのに。男女の愛ってなんなんだろう。


苦い息を吐き出すと、脳裏に閃きが訪れた。


「………! 思い出した、オニキスだ。オニキス!」

「!! なに、どうしたの。ビックリした」


余程考え込んでたのか、司君が肩を震わせて驚きの声をあげた。


「あ、ごめん、ごめん。この仔の名前考えてたの。昔ね、母方のお祖母ちゃん家に居た猫の名前を付けようかと思って。オニキスってどうかな?」

「名前? ああ、いいと思うよ。オニキスってあれでしょ? 黒い色の宝石」

「そうよ。確か負の感情を退けたり魔除けの石でもあるの」


そっと子猫を抱き上げると、その毛並みに手を添わせた。


「魔除けか。それはちょうどいいかもな。―――名前通りに、ご主人様を守るんだぞ?」

「よろしくね、オニキス」


私と司君が声をかけると、オニキスはにゃあんと鳴いた。




「それで? 結局ゲイル様はいつ来られるの?」


オニキスに首輪を着けようと思い、洋服ダンスの中を探りながら司君に尋ねた。


もちろん首輪を買いに行ってもいいんだけど、こちらの世界にあまり可愛いものが無いのだ。なので、要らない服を再利用してオニキスとバルスの首輪をお揃いで作ろうと思う。


部屋の入り口でドアを閉めずに佇んでいる司君が、ヒョイと肩を竦めた。


「明日来ると言っていたよ。なかなか時間が取れないらしい」

「そうなんだね。まあ、こちらとしてはいつでもいいから、無理だけはされないように言っといてね」

「………ゲイル殿にしたら、多少無理をしても来たい所なんだよ、ここは」

「あらやだ。そんなに私の事をお気に召したのかしら?」

「はは、違うよ。この宿屋の価値をわからないようじゃ、辺境伯失格だって―――よっ」


私が投げたタオルの塊を笑顔で避ける司君を思いっきり睨み付ける。少しくらい、夢見させてもバチは当たらないと思うけど!


「あはは、ごめんね、百合奈さん。そんなに睨まないでよ。明日は必ず来るって言ってたから、茉莉花にも言っといて。あの人は優しい人だけど甘くはないからね」


その笑顔の底にひんやりとしたものを感じて、思わず喉をならした。











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